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21世紀の今日,環境,エネルギー,食糧など,地球規模での重要課題を打開するための取り組みが急務となる中,
科学技術には人間と自然との共生や精神的な豊かさの実現が求められる。
生命や心の領域をテーマとする最先端の研究分野を中心に,科学技術と人間との新たな関係が模索され始めている。 20世紀後半における日本経済の飛躍的発展をもたらした技術力やモノづくり力も,こうしたパラダイムシフトに伴い,そのあり方が問い直されている。 科学技術が大きく変容する中で,新たな発明・発見をいかにして生み出し,イノベーションにつなげ,社会に役立てていくかが企業にとっても大きな命題となる。 21世紀におけるイノベーションのあり方とは。その実現のために求められるものとは──。 「クオリア」をキーワードに,謎に満ちた脳と心の研究に挑む気鋭の脳科学者,茂木健一郎氏を迎え,日立の研究開発部門を統括する武田英次執行役常務と論を交わす。
武田 かねてからの念願であった茂木さんとの対談が実現し,本日は楽しみにして参りました。どうぞよろしくお願いします。
21世紀は脳の世紀,すなわち人間の世紀と言われています。最先端技術も,その技術を基にしたサービスも,すべてがより人間的な視点を重視するようになり,技術と人間との新たな関係性が問われ始めています。技術の創造,イノベーションのあり方もまた,変容しつつあるのではないかと感じます。 私ども日立は「技術を通じて社会に貢献する」という理念の下,2010年で百周年にならんとする歩みの中で,一貫して自主技術,モノづくり技術の確立にこだわり続けてきました。科学も,技術も,人間の領域に踏み込んだ21世紀,イノベーションをどう実現し,それによってどう社会に貢献していくのか,あらためて考えるべき時に来ています。そのヒントを,茂木さんとの対話の中から探っていけたらと期待しています。 茂木 おっしゃるように,21世紀における技術課題は,従来とは少し変質しつつあります。イノベーションのためには,「総合性」や「システム性」を取り入れる必要が生じている。つまり,何か一つの要素技術によってイノベーションを起こせた時代から,総合的に対象を理解し,その複雑なふるまいの本質をとらえなければ,イノベーションが起こりにくい時代になっている。その「総合性」や「システム性」の象徴が脳であり,生命であり,環境です。複雑混沌とした要素を総合的にとらえて,新しいものを生み出すために,それらの分野,特に脳の創造性,ひらめきのメカニズムが注目されているのだと思います。 脳の研究そのものは,まだ収束のフェーズではなく,発散のフェーズにあります。僕が今,東京工業大学の研究室で取り組んでいる記憶の研究などは,一つのことがわかると同時に,十のわからないことが出てくるという具合で,包括的な理解はまだまだ進んでいません。21世紀を展望したとき,たしかに脳というのは重要分野ではあるものの,今のところ,その研究を,例えば脳型コンピュータのような具体的な技術として形にするのは難しいと思います。ただ,脳科学で得られた新しい知見を,ほかの分野に応用していくこと,社会に役立てていくことは,これからの技術の進歩に欠かせなくなるでしょうね。 武田 私は1975年に日立に入って,半導体分野をずっと歩んできたわけですが,その中で感じているのは,半導体の,と言うより,すべからく技術というものの根本にはサイエンス,科学があるということなんです。先人の科学研究で得られた知見によって技術は進歩し,技術が進歩すると,またそこから見えてくる科学がある。この科学と技術の絶えざる循環の中で,イノベーションが生じ,製品の性能向上という形で社会に貢献してきたと言える。その循環は完全にグローバル,地球規模ですね。私は先日,数年ぶりに,ケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所の中にある,日立ケンブリッジ研究所に行ってきたんです。 茂木 あそこでは何を研究されているんですか。 武田 主にナノエレクトロニクスや物理学の分野ですね。それで,行ってみると隣りに新しい研究所ができていて,そこでは「Physics of Medicine」の研究をしていると言うんです。Medicine(医療)と言っても,医学に限らず広いテーマを扱うようですが,いずれにしても,キャベンディッシュ研究所の原点であるPhysics(物理学)をやるんだと。つまり軸足は科学にあるわけですね。 日本は,すぐにエンジニアリングを志向する傾向にあるでしょう。それはもちろん大事なことではあるのですが,イギリスでは,「科学すること」が基本になっている。この原点を貫く姿勢に,イギリスの懐深さを見せられ,われわれも見習うべきだと思いました。技術の背後にある科学にきちんと目を向けていくこと,それがイノベーションの鍵であると,世界で最も多くのノーベル賞受賞者を輩出しているキャベンディッシュ研究所のあり方から感じたんです。
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