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INSPIRATIONS 社会イノベーションをめぐる対話 vol.03INSPIRATIONS 社会イノベーションをめぐる対話 vol.03

  • 日 一義
    東京工業大学 環境・社会理工学院 教授
  • 赤津 雅晴
    日立製作所 研究開発グループ 技術戦略室長 
    兼 システムデザインマネジメント室長

進化するサービスサイエンス

新しいサービスが社会イノベーションを実現する

「サービスサイエンス」という言葉が生まれて十数年、デジタライゼーションの進展により、サービスの持つ価値はますます重視されつつある。サービスサイエンス研究の第一人者である東京工業大学の日一義教授は、サービスが持つ本質的な価値と構造を明らかにし、体系化することで、新たな価値創造の道筋を示す。

カギとなるのは、サービスが提供される際に生じる「生成的価値」と知の交換、すなわち協創だ。

社会をより豊かにする革新的なサービスを創造するために必要な取り組み、そして現在の課題とは何か。日立の研究開発部門で技術戦略を統括する赤津雅晴が話を聞いた。

日 一義Kazuyoshi Hidaka
1984年東京工業大学大学院総合理工学研究科修士課程修了。同年日本アイ・ ビー・エム株式会社東京基礎研究所入所。最適化技術、離散アルゴリズム、数理解析技術、ビジネス・ソリューション、計算組織論などの研究プロジェクトの指揮にあたる。IBM Research ワトソン研究所の戦略部門での海外勤務を経て東京基礎研究所ビジネス・サービス・リサーチ担当部長に就任。北陸先端科学技術大学院大学教授、文部科学省科学技術政策研究所客員研究官、文部科学省サービス・イノベーション人材育成推進委員会委員、文部科学省サービス科学・工学の推進に関する検討会委員、科学技術振興機構・問題解決型サービス科学研究開発プログラム・アドバイザー等歴任。情報処理学会フェロー、サービス学会会長(第4期)、サービス学会理事(第1〜3期)、IEEE会員、日本オペレーションズ・リサーチ学会会員、経営情報学会会員。2010年10月より現職。博士(理学)。
赤津 雅晴Masaharu Akatsu
1987年東京大学計数工学科卒業。同年日立製作所入社。システム開発研究所にて離散系システムの計画・運用最適化技術、分散オブジェクト技術、情報システムマネジメント、サービスイノベーション等の研究開発に従事。2006年システム開発研究所第五部長、2010年システム開発研究所情報サービス研究センタ長、2014年情報・通信システム社スマート情報システム統括本部戦略企画本部長などを経て、2017年より現職。日立グループ全体の研究開発戦略統括を担当。スタンフォード大学Engineering Economic Systems学科客員研究員、東京大学非常勤講師、大阪大学非常勤講師等歴任。北陸先端科学技術大学客員教授、科学技術と経済の会理事、横断型基幹科学技術推進協議会理事。電気学会フェロー、サービス学会会員、経営情報学会会員、情報処理学会会員。博士(工学)。

サービスが持つ「生成的価値」とは

赤津2005年に米国IBMのアルマデン研究所が「サービスサイエンス」という概念を提唱して以来、サービスが研究対象となってから十数年にわたり、日先生はサービス研究に従事してこられました。その間、世の中は大きく様変わりしりましたが、振り返ってみていかがですか。また現在の取り組みについて教えてください。

この十数年で、インターネットの普及やモバイル機器の進展を背景に、私たちの研究がますます重要になってきたと実感しています。2012年には「サービス学会」も立ち上がり、大学や研究機関、企業の研究者などによる会員は約450名を数えるまでになりました。とはいえ、これまではむしろ準備期間で、これからようやく、社会に真に役立つ新たなサービスが形成されていくのではないかと期待しているところです。
 私自身はサービス研究者として、また長年、情報産業に携わってきた者として、現象論的な面はもとより、その背後にどのようなロジック(論理)があるのかに興味を持ってきました。例えば、21世紀型のビジネスモデルは、「もの」から「こと」への変化として語られることがよくあります。では「もの」から「こと」への変化の背後にあるロジックは何か。それを考えることが重要と思われます。
 私は顧客にもたらされる価値には二種類あると考えています。一つは企業などが提供する価値そのもの、そしてもう一つがものやサービスを提供する際に生じる価値です。米WIRED誌の創刊編集長で、テクノロジー界の思想を牽引してきたKevin Kelly氏が、コピーできない価値という文脈の中で言及している「生成的な価値」がこれに当たると思います。これは、例えばものやサービスへのアクセスの良さや、使い勝手の良さなど、ものやサービスの利用とともに生じる相対的な価値を指します。
 例えば、HILTIというヨーロッパの建築工具の企業が、ドリルなど建築工具の「所有から利用へ」のレンタルモデルのサービスを行っています。というのも、顧客である建築業者は、建築工期のフェーズごとに使用する工具が異なるため、必ずしもすべての工具を所有している必要がないからです。むしろ、使うときに工具が手元にあればいい。顧客は必要に応じて工具をレンタルできれば、高価な工具を買い揃える必要はありません。また、初期コストを含めたさまざまなコストの抑制、availability の向上も可能となります。
 つまり、ここにおける価値は、工具そのものが持っている価値ではなく、工具を使おうと思った際に生じる価値、すなわち生成的価値と言えます。そして最近は、こうした生成的価値に比重が移ってきている。製品やサービスを提供する企業が、単にそれを売るだけでなく、使い勝手やデザイン、廃棄まで含めた、ライフサイクル全体で価値を把握して、対応可能になってきたことが、生成的価値を押し上げてきているのだと思います。

情報の流通が生成的価値の実現を可能に

赤津なぜ、製品やサービスを提供する企業は、そうした新たな価値を把握して、対応できるようになってきたのでしょうか。

 その背景には情報の流通があります。自分が持っている、今は使っていないドリルを、誰か他の人が使いたいと思っている、という情報を、現在はインターネットを介して取得することができます。つまり、「サービス≒情報」だということです。情報の流通の効率が飛躍的に高まったことが、生成的価値の提供を可能にしたと言えます。
 先述のKevin Kelly氏は、インターネット時代においてはさまざまなもののコピーが可能であり、むしろコピーできないものに価値があると述べています。コピー不可の価値とは、まさに即時性や、使いたいときに使えるといった、生成的価値と言えるでしょう。
 そうしたことから最近では、ソフトウェアのオープンソース化が加速する中、マニュアルを有料にして利益を得るといったビジネスモデルが出てきています。ソフトウェアはコピーが可能であり、コピーされるほどプライスはゼロに近づいていく。一方で、そのソフトウェアを使いこなすノウハウは価値を生むというわけです。そこにこそビジネスチャンスがあるとKevin Kelly氏は指摘しています。
 このことは、「もの」から「こと」へというビジネスモデルのシフトと同じ構造として捉えられます。このように、サービスが持つ本質的な価値と構造を明らかにし、ロジックとして体系化していくことがサービスサイエンス研究者の役割だと思っています。

受益者に求められる「サービスリテラシー」の向上

そうした中でより重要になってきたのが、「サービスリテラシー」です。なぜなら、もはや市場は、従来のようなサービスの提供者と消費者ではなく、プロバイダ(提供者)とレシーバ(受容者)の新たな関係にシフトしているからです。
 これまでの消費者というのはどこかで創造された価値を消費して無に帰す、破壊する存在と捉えることができると思います。しかし、サービスの場合には消費者の中には経験が残り、その経験にこそ価値創造の源泉がある。そして、このサービスの経験価値を高めるためには、受容者の側の能力、すなわちリテラシーを高める必要があり、サポートするシステムが求められると考えています。これは、サービス学会の中でも議論すべき重要なテーマとして現在、取り組もうと思っています。

赤津最近では、プロシューマ(生産消費者)の存在も注目されています。個人が生産する側に回って、価値を還元しつつあります。

自宅に取り付けた太陽光発電による売電などもその一つですね。サービスの受益者が提供者となる一方で、責任も生じる。だからこそ、リテラシーの向上が必須なのです。しかし、これはまさに新しい形の民主主義とも言うべき姿で、世の中全体が非常にいい方向に向かっていると感じます。

赤津まさに皆で価値をつくっていくわけですね。

知識資本を得るためには、顧客協創が不可欠

赤津先ほど日先生がおっしゃったように、何に価値があるかを明らかにするためには、プロバイダ(提供者)とレシーバ(受容者)が双方に協力しあうことが重要だと思います。顧客とのインタラクションにより、初めて価値の創造が可能になるのだと思います。

 だからこそ協創が欠かせないのです。サービス研究の第一人者であるハワイ大学のStephen L. Vargo教授は、論文の中で経済活動のベースに必要な資源には二種類あると述べています。一つは天然資源。そしてもう一つは知識・スキルです。この二つが作用することで初めて社会の中に効果が生じるのだと。かつて石油や鉄鋼石などの天然資源(operand resource)は、莫大な投資能力を持つ提供者である企業のみが持てる資源でした。ところが、知識・スキル(operant resource)に関しては人ならば持つことができる。すなわち企業だけでなく顧客も持てる資源なわけです。ここに「顧客の資源化」と言う現象が起こります。協創における顧客の資源化が注目されるのは、現在のビジネスにおいてまさに知識資本が重要になっているからにほかなりません。

赤津天然資源を買うような資金は一社で集めることができても、人的資源を一社だけで独占するなどということは不可能ですからね。だからこそ協創が不可欠だということですね。

はい、ここでもその底流にあるのは情報化です。

協創に求められる人財とMoTの役割

赤津そうした協創、知の統合のためには、どのような人財が必要だとお考えですか。

よく言われているのが「T型」人財です。ご存知のように、数学や経済、法律など、さまざまな分野に幅広く通じている様を横軸で示し、専門的な深い知識に通じている様を縦軸で表して、Tの文字になぞらえてT型人財と呼びます。要するに、幅広い知識と同時に、何らかの深い専門性を携えた人物が大事だということです。
 ただし、いくら横軸に広がりがあっても、縦軸が短ければ意味はありません。やはり、知の探究や深い洞察力といった、知的作業の基本的態度を身に着けていることが重要なのです。そのためには、そもそもT型人財を育成する側の教員や教育プログラムもT型でなければなりません。それこそが、MoT(Management of Technology:技術経営)の役割だと思います。

赤津かつて上司から、「富士山の頂上に登れば裾野は全部見える。何か一つのことに突き抜ければ、全体が見えてくるものだ」と言われたことがあります。やはり、一つの専門を深く探究し、突き抜けることが重要なんですね。そもそも、人から何か知識を得ようと思うなら、こちらからも提供できる知識がなければ、協創は成立しませんからね。

広がりや多様性ばかりを追い求めて、専門性をおざなりにしてしまうと元も子もありません。しかも、深い専門性を探究するやり方は、他の知を獲得する際にも役立つ。縦軸を伸ばせる人は、横軸を伸ばすことにも長けていると思います。

赤津日立が博士人財を多く採用している理由は、必ずしも彼らの専門性だけを求めているわけではなくて、課題の見つけ方やロジックの組み立て方の基礎を備えている人を必要としているからです。

MoTの試みも同様です。自ら課題を見つけて、深く探究し、さまざまな議論を通じて論理を組み立てられるトレーニングを積む場となることが重要だと思っています。

分野の壁を越え、知の交換を図るために

赤津協創の中で感じる難しさが、異分野間にある言葉の壁です。例えば、「リアルタイム処理」という言葉一つをとっても、ITとOT(Operational Technology)では、イメージが異なります。ITでは、単位時間当たりの処理能力が高いことが重要視されます。一方、OTの世界では、決められた時間制約の中で処理を終えることが求められます。その言葉の持つイメージの食い違いから、本質的な深い議論に至らないケースがあります。

その溝を埋めるためには、やはり興味を持ってさまざまな分野を渡り歩くことが重要だと思っています。私自身、ハードウェアのエンジニアを経て、ソフトウェアのエンジニア、さらに離散アルゴリズム、サービスサイエンスと、複数の分野の研究に携わってきました。そうした経験を経ることで、トランスディシプリナリー、すなわち専門性を越えた超学際的なアプローチが可能になるのだと思います。
 このように学問を越え、統合されていく方向性というのは非常にいい流れだと思います。本来、博士はPh. D.(Doctor of Philosophy)、哲学博士と言われるように、世の中の道理に通じている人のことを指します。近代以降の学問の体系化の中で専門分野が細分化していったわけですが、再び統合の方向に向かっているのは喜ばしいことではないでしょうか。

赤津そういった意味でも、日本の教育で高校の段階で理系と文系に振り分けていることの弊害は無視できませんね。

海外には見られない教育の姿です。サービス学会などは、文理両方の分野の人が参加していて、双方のカルチャーの違いに驚くことも多い。理系の論文だと、何かつくって、テストをしておしまい、というものも少なくありませんが、それがどのような価値を生むのか、またその価値を生かすためのフレームワークをどうするのかといった、文系的アプローチも非常に重要だと思っています。

社会イノベーション実現のために

一方で、テクノロジーの進展に伴う負の側面と社会的影響についても、議論を深める必要があると思っています。

赤津自動走行車による事故などもその一例ですね。自動走行車の普及により、はるかに事故数を減らすことはできますが、万が一事故が起きたとき、一体、誰が責任を取るのかというのは大きな課題として立ちはだかっています。

社会がテクノロジーをいかに受容していくのか、自動走行車に限らず、さまざまなテクノロジーについて、考え方の整理をしておく必要があると思います。

赤津そういった意味では、やはりテクノロジーを作るだけではダメで、社会で使用される際のルール形成まで含めて、研究者が入り込む必要があります。実際に日立の研究開発部門では、事業化を見据えたルール形成や法整備への働きかけにも取り組もうとしています。

それは非常に重要な取り組みですね。そもそも、世の中の仕組みの多くがテクノロジーに大きく依存している現在、技術が分かっている人間の参画なくしてルールを形成するのは難しい状況にあります。それは経営トップにも当てはまる課題で、技術がもたらす影響まで踏まえて、全体を俯瞰して経営判断をしていくことが求められています。

赤津現在、注目されている「SDGs(持続可能な開発目標)」の実現についても、社会全体を俯瞰しながら社会課題解決の道筋を見いだす取り組みが必要ですね。

従来は、提供する側と消費者という二者で考えてきたわけですが、SDGsの実現のためには、さまざまなステークホルダーまで含めた協創により、社会システムとして構築していく必要があります。その場合は、従来のような短期的な収益ではなく、長期的な成長という観点から取り組まざるを得ない。社会的な価値と企業のリターンのバランスをどう取るのかというのは、非常に大きな課題です。日立の社会イノベーション事業から、そうした先駆的事例が数多く生まれることに期待しています。

赤津本日は非常に示唆に富むお話をしていただきまして、ありがとうございました。