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BREAKTHROUGHS 変化を歩む人 vol. 1PORTRAITS 変化を歩む人 vol. 1

鹿志村 香さん
日立アプライアンス株式会社 取締役 CDO(Chief Digital Officer)事業戦略統括本部長

Kaori Kashimura | 1990年日立製作所入社、デザイン研究所配属。ユーザーリサーチによる製品・サービスのユーザビリティおよびエクスペリエンス向上の研究に従事。デザイン本部長、東京社会イノベーション協創センタ長を経て、2017年未来投資本部 ロボット・AIプロジェクトリーダを務め、2018年4月より現職。日本心理学会,日本認知科学会,日本認知心理学会会員。

飽くなき人間への興味が、
人を、仕事を、引き寄せる力になる

時代とともに「デザイン」の求められる領域が広がっている。
モノからソリューションへ、さらには未来のビジョンへ。
今、日立では、研究者とデザイナーが一体となってイノベーション創出に取り組んでいる。こうした「協創」の形をつくりあげるのに、中心的な役割を果たしてきた一人が鹿志村 香さんだ。
デザイナーではない彼女は、入社当時に配属された「デザイン研究所」において、異色の存在だった。心理学専攻というバックグラウンドと、人間を中心に据えた視点で自分の仕事を創り出し、事業に大きく貢献するまでに育て上げた。ある意味、門外漢ともいえる立場から、自分の領域に仕事を引き寄せ、「変化」を巻き起こしていったのである。

やっと手に入れた「自分の仕事」。

「これ、このままじゃ、あんまり上手くいかないかもって思い始めて。」
2001年、60回ものプレゼンテーションを決行してようやく手に入れたユーザビリティ調査の仕事。やっと軌道に乗り始めたというのに、早くも鹿志村さんの頭にはそんな思いがよぎっていたという。
依頼は山のように舞い込んでいた。
2人の部下も連日忙しく働いていたのに、だ。

「だけど、これじゃない!って、気が付いちゃったんですよね。私は、人にやさしいモノをつくりたかった。人とモノとのインタラクションの質を上げたかったのに、この方法じゃダメだ。もっと上流に行かないと目的は達成できないって。」

当時、ユーザビリティ調査は製品のリリース直前に行っていた。そのタイミングでデザインの改善を提案しても、もはや間に合わず、提案はボタン名の変更など限られた部分にしか活かされなかった。これでは大きな効果は望めない。
「次の機会に」と言われても、いつになるやら、わからなかった。

心理学と社会の接点。

鹿志村さんは、子どもの頃から「心のメカニズム」に強い関心を抱いていた。
実体のない「心」をモデル化して、人間の行動を説明・検証していくっておもしろい。
そうして、学生時代の専攻は心理学。
飽くなき探究心から大学院まで進んだ。
しかし、研究したことが世の中でどんな風に役立つか、イメージがもてずにいた。

そんな中、ゼミで出会ったのが、『User Centered System Design』という一冊の本。
米国の認知心理学者、ドナルド・ノーマンの著書だった。
使う人(ユーザー)の視点を元に、製品やシステムをつくるという手法を知った鹿志村さんは、「心理学と社会の接点を見つけた!」と思った。

縁あって日立の学生向け研修に参加。
いよいよモノづくりの現場で自分の専攻を活かす「チャンス」が巡ってきた、と思った。
だから、迷わず進路を決めた。

日立に入社して数年後、鹿志村さんは、米国、ワシントン大学へ留学する機会に恵まれる。
1年間、本場でユーザビリティについて学び、戻ると、今度はユーザビリティ専門の部署を設立してもらうという幸運。これでやっと自分のやりたいことができる、そう思った。
しかし、蓋を開けてみたら、仕事はまったくなかった。

「ユーザビリティ調査をやらせてください!」
猛烈にアピールし、仕事を手に入れるまでに、60回ものプレゼンを行った。
徐々に周囲の理解を得て、仕事は着実に増えていった。
はた目には順調な前進。
けれど、鹿志村さんは気づいてしまったのだ。
このままでは、いつまで経っても調査結果は製品に活かされない。

ならば、次のステップへ。

「部下には内緒でね、勉強を始めたの。」
鹿志村さんは当時を思い出して、茶目っ気たっぷりに言う。
このままではダメだ、と気づいた鹿志村さんは、すぐに次のステップを探し始めた。
学会へ顔を出し、たくさんの人に会った。
背後には、製品に反映してもらえるかもわからないまま仕事にまい進する部下たち。
申し訳ない気持ちもあった。

そして舞い込んだのが、昇降機の保守員が使う携帯端末を改良する仕事だった。
依頼はいつもと同様、ユーザビリティの改善。
けれど、鹿志村さんの目には、新しい展開に進む好機と映った。

「エスノグラフィー調査をやりたいんです。」
ユーザーの作業現場に入り観察を行うことで、ユーザーの実態を把握し、潜在的なニーズや課題を引き出すエスノグラフィー調査。
ぜひ、この案件でやらせてほしい。
依頼元を説得し、男性ばかりの保守現場に、女性の部下を派遣した。
保守員に同行していいのは1人だけ。
当時、営業とマネジメントを兼ねていた鹿志村さんは現場には出向けなかったが、連日、部下が持ち帰る現場の情報を、一緒に分析した。

そうして課題を抽出し、つくり上げた改善提案は好評を得て、依頼元の社長も高評価。
保守員の携帯端末の全面更改に向けて、事態は動き出した。
地道に集めた観察結果を基に操作手順や機能を見直し、保守員の人に実際に試してもらう。より「人」を中心に据えた、使い易いデザインへ。
鹿志村さんは確かな手応えを感じた。

「当たり前」の中から、種を探す。

鹿志村さんは、人間について話すとき、本当に楽しそうだ。
目を輝かせて、「人の営み」に興味がある、と語る。

導入された製品がどのように使われているのか。
実際に現場に行って、「人の営み」を観察することで、課題を見つけ出す。

「本人も気づかず、当たり前だと思って諦めていることや、仕方なくそのままにしていることの中に本当は求められているものがある。潜在的なニーズを掘り起こしていかない限り、新しいモノってできない。」

システム開発者へのヒアリングだけでは、表面的なことしかわからない場合もある。
あるとき、「業務は全部システムで行なえるようになっています。ペーパーレスです」と聞いていた現場に行ってみると、入力された情報のチェックや次の作業者への引継ぎ用に大量の紙が使われていて、びっくりした。
システムに合わせて業務をカイゼンした結果、新たに生まれてしまった手順や属人的な工夫。しかし、現場の人たちにとっては、もはや日常的な業務風景だった。
とりたてて苦情がなかったのは、問題として捉えられていなかったからだ。

「英語で発見することをuncoverって言いますけど、まさに潜在的な問題をuncover、ベールを剥がして明らかにしていく感じ。そこにドキドキするような驚き、この仕事のおもしろさがあるんです。」

エスノグラフィー調査後のワークショップの様子。
調査結果は関係者全員で共有し、業務全体の視点から課題・ニーズを整理、見える化していく(写真左)。
抽出された課題を元に対話を重ね、「業務のあるべき姿」を創出する(写真右)。

見つけた課題をSEやデザイナーと共有し、ときにお客さまも巻き込んでディスカッションを繰り返す。意見が自由に飛び交い、どんどん発展していくさまに、「ものすごく新しい可能性がある」と鹿志村さんは考えている。

そして今…

鹿志村さんは2017年2月に新設された未来投資本部に参画し、ロボット・AIプロジェクトリーダーを務めた後、現在は日立アプライアンス株式会社取締役・CDO(Chief Digital Officer)・事業戦略統括本部長として、デジタル時代の家電事業における新しい価値創出に取り組んでいる。
人の営みはこれから先、どんな未来へ繋がっていくのだろう。
変わらぬ「人間」への興味を軸に、人のくらしに寄り添う次世代テクノロジーのかたちを模索している。

鹿志村さんに聞く、「変化を歩む極意」
「自分なりの視点で課題をセットする。」

「自分の仕事」を形づくる上で大切なのは、自分なりの視点を持つことだと思います。日々の仕事の中にあるイノベーションの種を見つけて、自分の方に引き寄せていく。
最初は、自分のやり方を主張しても、わかってもらえないかもしれません。そんなときは、依頼された仕事に自分なりの視点を加えて、「ここにはこんな課題が隠れていると思います。こんなアプローチでその解決策を導き出してみませんか?」って提案してみる。
価値観やトレンド、会社の戦略は時代に応じてどんどん変わっていきます。常に新しいものを生み出していくためには、自分の頭で考え、新しい課題を発掘してそれにチャレンジする。その積み重ねだと思っています。