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PORTRAITS 変化を歩む人 vol. 7PORTRAITS 変化を歩む人 vol. 7

高月 宏明さん
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ
サービスデザイン&エンジニアリング部 主管デザイナー

1984年日立製作所入社、デザイン研究所配属。掃除機や冷蔵庫のデザイン、北米市場向けの大型TVのデザイン、カーナビや携帯電話のユーザーインタフェースのデザインに従事。またデザイン業務へのCADやCGの活用にも注力。2015年の東京社会イノベーション協創センタ発足時より、顧客協創方法論NEXPERINECEの高度化並びにグローバルな展開に努める。

まだ見ぬものにカタチを与え、
共に手触りを確かめながら
協創を推し進める

今、日立は社会イノベーション事業の加速に向け
お客さまの課題をともに検討する
顧客協創方法論「NEXPERIENCE(ネクスペリエンス)」の活用を推し進めている。

創発的なワークショップを通し、
新しいビジネスやサービスの創出をめざす。
「手法」、「ITツール」、「協創空間」三位一体となっている点がユニークで、
2016年にはグッドデザイン賞も受賞した。

プレゼンター、ファシリテーターとして方法論に命を吹き込み、
NEXPERIENCE陰の立役者とも謳われるのが
今回お話を伺うデザイナーの高月さん。

家電のデザインからスタートした彼が、
デザイナーである強みをどのように生かし、
役割を変化・拡大させていったのか、その歩みの一端を覗いてみたい。

「これだ!」を探る、協創の原点

「デザイナーの得意なところは、カタチのないところをカタチにするところ」

デザイナーである高月さんを実によく物語る言葉だ。
アートとデザインの違いについて尋ねてみると、
「デザインは課題解決の手段であると同時に、“経済活動”」と話してくれた。

アートのように一人の価値観で完結するのではなく、いろいろな人の思いや制約を調整し、コンセンサスを得て成り立っているのだと。

高月さんの仕事(1)
エレベーターのデザインツール

そんな高月さんの協働の原点ともいえる仕事がある。
1992年、入社10年目に手掛けたオーダーメイドエレベーターのデザインシミュレータ。
当時としては珍しいリアルタイムCG(Computer Graphics)を活用した。

高価なオーダーメイドエレベーター。当時は紙でデザインをやり取りしていたため、納品後に実物を見て、「イメージと違う」とクレームが入ることもしばしば。紙と実物。人間の認識では全く異なるものとして見えてしまう。

少しでもギャップを埋めようと考案したのが先のシミュレータ。ディスプレイを用い、お客さまと話をしながら意図を汲み取り、デザインシミュレーションをリアルタイムにCGで作成していく。それを画面で見ながら対話を重ね、少しずつ理想に近づいていく。すると、「これこれ!」とお客さまが唸る瞬間がある。

「お客さまの中にある『これだ!』と思うもの、フィットするものを捉えたときは、非常にワクワクしますね。喜んでもらえた瞬間、やった!と思います」

とある運転操作のシミュレータ機。まだCGの技術が低かった頃、どこを省略しどこを追求すれば、現場で使う人がリアルと思えるか。お客さまと話し合い、リアルに見える条件を見極め「これだ!」を実現させた。

お客さまの頭の中に存在している、まだカタチをまとっていないもの。それに少しずつカタチを与えていくことで、一緒に理想のものを作り上げた。

デザイン×コンピュータの可能性

先の2つのシミュレータ。実は、高月さん自身でプログラミングして作ったもの。

小さいときから工作や電子工作が好きで、仕組みや構造も興味の対象。大学も美術大学ではなく、九州芸術工科大学(当時)を選んだ。プロダクトデザインに加え、プログラミングやCGなどコンピュータスキルも身に着け、デザイン×コンピュータ、領域をまたぐ異色のデザイナーとなった。

日立入社後、社で初めて家電のデザイン業務にCAD(Computer-aided Design)を導入。先輩のデザイナーが、理想の3次曲面(冷蔵庫のハンドル)を実現できず悩んでいたときも、意図を聞き出し、数値に置き換えながらCAD上で設定することで、理想通りの滑らかな曲線を実現させた。美しい文字間隔を追求し、アウトラインフォントの間隔を決めるアルゴリズムを開発したこともある。

「人間にとっての気持ちよさ、美しさや使いやすさみたいなものを、数学的に翻訳する作業が面白いと思っていました。今思えば、コンピュータの技術を使えばそういったものの奥にある“真理”を取り出し、普遍的なものにできるかもしれないとワクワクしていたのだと思います。美は、必ずしも天才の中にだけ存在するわけではないと」

――コンピュータの力は、人間の能力を何倍にも引き出し伸ばしてくれる。 自分の強みであるデザインとプログラミングの力を生かせれば、将来にわたって何か面白いことをやれそうだと、胸に良い予感があった。

自分で手を動かし作りながら考えたい高月さんにとって、プログラミングは模型を作ることと同じであり、かつ最もフィットする方法でもあった。

デザイナー×研究者、協働のダイナミズム

1989年、東京・青山にデザイン発信拠点「FEEL」が開設される。
外部との交流、社内におけるダイバーシティの実現や組織を越えた協働が狙いだった。

先のシミュレータも、このFEELにて手掛けた案件。
1995年、高月さんはここで「デザイナー×研究者」の協働プロジェクトに携わる。

高月さんの仕事(2)
Artificial Dolphins

テーマは「Artificial Dolphins」――VR(Virtual Reality:バーチャルリアリティ)のイルカ。中央研究所、システム開発研究所(当時)、日立研究所の研究者らと協力し、彼らが持つさまざまな技術、入力・出力デバイスを合わせ、リアルタイムで現実世界をどこまで表現できるかにチャレンジした。立体音響や、人間のジェスチャーを認識しイルカが反応するインタラクション技術にも取り組んだ。

初めての本格的な研究者との協働。その可能性の大きさに高月さんの胸は高鳴る。

「違ったバッググラウンドを持った人間が集まり同じ目的で動くと、考えてもみないところに行ける! そのダイナミズムを体感しました。すごいことが起きるんだと」

「日立の強みでもありますが、社内にはいろんな分野の研究者がいて、皆がそれぞれものづくりのプロ、一流なんですね。デザイナーの思い描いたことが、翌日には出来上がってくる。そんなスピード感で変わっていくのが面白かったし、そういう人たちと一緒にやれることにワクワクしました」

今までは自分自身でプログラミングをしてきた。だがそれもユーザーインタフェースが限界。裏で働くアルゴリズムや高度なデータ構造設計は、プロの力を借りなければできない。1年掛ければ自分でもできるかもしれないが、それが1日で完成してしまうのだ。

一方で、研究者はすごい技術を持っているのに、そのすごさを、一般の人が、あっと驚くような形で表現することは得意ではないと気づく。

「デザイナーの力を生かせば、その橋渡しができると思いました。技術のすごいところを皆に分かりやすいように見える化し、面白さを伝えることができる」

――カタチのないところをカタチにする。

はじめは個人的な好奇心で行っていた。だが組織を越えた協働においてもその強みを生かせれば、よりダイナミックな働きに貢献できる。高月さんは手ごたえを掴んだ。

デザインの力で、互いの力を生かす

高月さんの仕事(3)
Mimehand2

2015年、東京・赤坂にNEXPERIENCEの舞台となる「東京社会イノベーション協創センタ」が開設された。それに併せ,デザイナーと研究者を融合した新たな部門も創設。デザイナー集団の中に、研究者たちが100人規模でやってきた。

先の協働体験の後も、MIT(マサチューセッツ工科大学)留学など、時代に合わせたコンピュータスキルを磨きながら、手話ソフト「Mimehand2」や携帯画面のインタフェース、ビッグデータの可視化など、プレイングマネージャーとしてさまざまなものを具現化し、カタチにしてきた。

だが、ここで思い至る。
――今度は私の番だ。

研究者との協働プロジェクトは、当時の上司が機会を与えてくれたもの。
2005年北米駐在時、あるHR(ヒューマンリソース)のマネージャーと出会ったことも大きい。彼は人の強み・弱みを見極め、一人ひとりが力を生かせるよう支援していた。

「一人がいくら頑張ってもできることは知れています。チーム、組織ですごいことを成し遂げるには、人を生かす運営が必要。今度は自分がそれをやる側だと思いました」

若い世代のデザイナーと研究者。どうすれば互いにワクワクできるような付き合い、研究テーマの設定ができるか。若いデザイナーらに働きかけ、伝えた。NEXPERIENCEの体系化を進める際も、研究者の力を借りながら作っていくことも意図的に仕掛けた。

NEXPERIENCEの実践においても、想いは同じだ。

――企業と企業、外部のさまざまなパートナーやユーザーを巻き込み、その強み・弱みを見極め互いの力を生かしながら、何かを共に進めていくことにまで応用できないか。

NEXPERIENCEのプレゼンテーションはその仲間づくりと考える。研究者にインタビューし、背景にある技術や思いを汲み取る。それを共有しやすいカタチに翻訳し、国内外の企業幹部や国の関係者に、都度伝え方や内容を変えながら伝える。共感と、「面白い!」、「何かやってみよう」を引き出したい。

実際のワークショップではファシリテーターも務める。お客さまを交えた議論において、互いの強み・弱みを理解したうえで、どういったところだったら共に進んでいけそうか、その先も正しい方向に動いていけるよう、刺激を与えアプローチし続けていく。

相手の考えていることを汲み取り、適宜、絵にしたり言葉にしたり目に見えるカタチにアウトプットしたりしていくことで、参加者の合意形成が進むような発想へと後押ししていく。

課題と解決手段を探ることも、意図を汲むことも、カタチのない新しいビジネスモデルをカタチにしていくことも、全てデザイナーならではの役割だ。

高月さんの仕事(4)
NEXPERIENCEの協創空間

「いちばん大切にしたいと思っているのは、人と人の“良い関わり合い”をデザインすることです。ワークショップでの関わり合い方であったり、そのための舞台装置である空間であったり、ITを駆使したツールであったり。それらをどう組み合わせて使うか、全てがデザイン対象なんです」

NEXPERIENCEは商品ではない。協創するための方法論であり一つの体系。日々刻々と変化する社会や人間に合わせ、その中身や手法も生き物のように変化させていかなければならない。
目には見えなくとも、人々の中に“兆し”として存在する、次代に求める“良さ”。それをどうやって具現化し、皆で話し合えるものとしてカタチを与えられるか。その方策や技術を日々模索し続ける。

「今もまさに新しいNEXPERIECEの手法を巡って議論しているんです」

未来の新しいカタチ。それにフィットするNEXPERIENCEの現在進行形を求め、今日も高月さんは若い仲間たちと議論している。

高月さんの歩み
1984年 日立製作所入社。デザイン研究所に配属。
1985年 掃除機のデザインチームに配属。小型掃除機等を担当。CADを使い始める。
1986年 所内の「技術開発グループ」で研修。デザイン業務のCAD化等を担当。
1987年 冷蔵庫のデザインチームに配属。滑らかな曲面の定義にCADを活用。
1989年 青山オフィス開設。ユーザビリティやGUI(Graphical User Interface)のデザインが始まる。
1990年 グラフィックWS(Work Station)を導入。CGの制作に着手。リアルタイムCGのためのプログラミングも始める。
1991年 人をCGで表現する研究に参画。大型ディスプレイを導入。ユースケースに基づき、仕様まとめを担当。
1992年頃 リアルタイムCGを活用したエレベーターのデザインツールを開発。ショールームでの顧客協創の走り。
1995年 VRのイルカ「Artificial Dolphins」を作る研究に参画。翌年SIGGRAPHで展示。
1996年〜97年 MITに留学。CG、AI(Artificial Intelligence)、プロジェクトマネジメント等を学ぶ。
1997年 TV会議システムや会議予約システム等のプロトを開発。CD-ROMコンテンツの制作を担当。
1999年 手話アニメーションソフトMimehand2の表示部を開発。翌年グッドデザイン賞のインタラクションデザイン賞、2002年にiF賞を受賞。
2000年〜2005年 米国駐在。大型テレビの外観とGUIのデザインを担当。
2005年 帰国。携帯電話やカーナビ等の組み込み系のGUIデザインを担当。
2008年 赤坂オフィス開設。プレゼンテーションルームの機器の仕様まとめを担当。パリとロンドンで開催された「Japan Car」展向けに、車両の走行データの可視化を担当。
2009年頃 若手の育成を目的として、新しいGUIの開発環境等の勉強会に着手。
2012年〜 データの可視化(Infographics)の先行研究に着手。ユーザーエクスペリエンスのデザインの効率化のために、カスタマージャーニーマップ制作用のツールを開発。
2014年 NEXPERIENCEのツール開発に着手。協創空間の機器の仕様まとめも担当。
2015年 協創空間完成。10月、NEXPERIENCE広報発表。翌年にNEXPERIENCEは、グッドデザイン賞を受賞。これ以降、さまざまなお客様とのワークショップを推進。
2017年 未来投資本部 アーバンモビリティプロジェクト兼務開始。NEXPERIENCEを適用して、新規事業の創生に取り組む。
高月さんに聞く、「変化を歩む極意」
「世の中を良くしたい――想いは変えずに、時代に合わせ自分を変化させる」
「志を同じくする仲間を大切にする」

世の中は常に変わり続けていくものです。それに合わせユーザー像も、求められるスキルも変化していきます。デザインを生業とするからには、「世の中を良くしたい」という根本姿勢はそのままに、好奇心を持ち続け、自ら体験し感覚を取り込んでいくこと、自分自身をプロとして鍛え続けていくことが大切です。スキルの面でいえば、アイデアを見える化し、伝えるためのスキルを磨いてきました。

そしてもう一つ。仲間を大切にし、絶えず自ら発信し続けること。
「僕はこう思うけど?」まずは自分からアイデアを投げかけ発信します。反応を見つつ、また投げかける。生の反応の中に本質や次に進むべき方向があると思うので、そういうキャッチボールを大切にしているんです。特にスマートシティなど10年後20年後の暮らしは、必ずしも今の価値観では語れません。発信して反応をもらってまた発信して。それを千本ノックのように繰り返すことで、未来の街の風景・暮らし方を、少しずつ立体的に、目に見えるカタチにしていくのです。そのためには良い世の中を作りたい――、同じ志を持つ仲間作りも大切にしています。