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PORTRAITS 変化を歩む人 vol. 8PORTRAITS 変化を歩む人 vol. 8

守屋 俊夫さん
日立製作所 研究開発グループ
テクノロジーイノベーションセンタ
主管研究長

日立製作所入社後、システム開発研究所にてマルチメディアシステム、コンピューターグラフィクス、画像処理の研究開発に従事。その後、基礎研究所にて空間情報処理の研究開発、中央研究所ならびにテクノロジーイノベーションセンタにて、人工知能、人間・空間計測、ロボットシステムなどの研究マネジメントに従事。電子情報通信学会、情報処理学会、IEEE各会員。博士(工学)。

好奇心を3次元という空間に注ぎ込み
時代の夢を具現化し続ける

劇場公開映画のCG合成シーンの作成。
アミューズメント施設の臨場感映像システム。
地図を生成し、工場や物流倉庫を自律移動する無人搬送台車。
近頃は社外のシンポジウムでAIと人間の関係についての持論も語る。
一見何の脈絡もない、けれども時代の旬を切り取ったような研究対象。
これらを手掛けてきたのは、テクノロジーイノベーションセンタ主管研究長の守屋俊夫さん、今回の主人公だ。
好奇心を駆り立てられるその道のりは、偶然か必然か。
守屋さん自身にその内実を伺う。

「空間を“記録”する、空間を“認識”する、空間を“加工”する、さらには空間そのものを“動かす”。私の研究対象はすべて『空間』なんです」

インタビュー早々、守屋さんは自身の研究についてこう述べた。
冒頭に並んだ研究は、どれも守屋さんにとっては「空間」の研究であり、その本質は変わらないという。
果たしてこれはいったい何を意味するのだろう?

日本一有名な主人公を、あの空間に立たせる。

守屋さんが「空間」の研究――、正しくは「空間情報処理技術」の研究に足を踏み入れたのは、映画制作に関する依頼がきっかけだった。
あるシーンを、CG(コンピューターグラフィクス)技術を用いた映像合成で作ってほしいというのだ。

その映画というのが、山田洋次監督、渥美清さん主演で長く愛され続けた往年の人情映画「男はつらいよ」。
その第48作『寅次郎 紅の花』。

時は1995年。
阪神・淡路大震災が起きた年。
震災直後の街を寅さんが見舞うというシーンを、セットによる再現ではなく、実際のニュース映像に寅さんを映像合成させることで、臨場感を持たせて作りたいという。

燃え盛る火、崩れ落ちる建物、横には跪(ひざまず)く人がいて、道ゆく人が助けようと手を差し伸べている。
そんな映像の中から、道ゆく人だけを寅さんに置き換えたい。

守屋さんは日立製作所システム開発研究所(当時)に入所。
それ以来ソフトウェア、特に黎明期のマルチメディア分野の研究に携わり、動画像の編集やCG作成の研究にも着手していた。
だが当時は、ハリウッドでもようやく一部の映画でCGが使われ始めた時代。
手探りの挑戦となった。

「何が難しいかというと、ニュース映像に人を違和感なくぴったり合成するためには、合成させたい対象を、ニュース映像を撮ったときとまったく同じカメラ位置・方向から撮影しないといけないんです。でも、そんな記録あるわけがない。ですから元の映像から撮影時のカメラ位置・焦点距離などを逆算し、復元する技術を開発することになりました」

画像を扱う研究はしていたが、3次元の認識処理をそこに導入する試みは初めて。
元の映像から、被写体の構造を3次元復元し、人間やカメラの位置を割り出していく。
そのアルゴリズムは非常に複雑だった。

さらにそれと寸分たがわずに、演技する寅さんを撮影していく。
わずかでも焦点距離がずれれば、映像と寅さんはぴったりと合わない。

映画パンフレットには「寅さんで実現したハリウッドが驚くCG技術」として紹介された。

3次元という未知の領域。試行錯誤の末に、歴史的なシーンを完成させた。
日立の事業にはほとんどならなかったと笑うも、ハリウッドだけでなく日本映画にもCG技術が使われ始めたとして話題となり、社内外への大きなアピールになった。
映画パンフレットにも大きく取り上げられている。

その後も山田洋次監督の他の作品では、監督の思い描く夢のような「虹」や「風船」を、CGを使って“ゼロ”から創り出す(生成する)経験もできた。

一つの式だけで何十行!? 空間の裏に潜む拘束条件を探る

1990年代後半から2000年代にかけてはマルチメディア技術の実用化が隆盛する。
守屋さんは当時ブームになっていたモーションライドなど、アミューズメント施設の臨場感映像システムを担当。
平城京の当時の様子を、現在の空撮映像から復元するといった案件も手掛けた。

これらの原理はみな同じだ。
複数の実写映像に写る、複数の点の対応関係から、撮影時のカメラ位置や焦点距離、あるいはその点の3次元位置を復元するという技術が基盤になっている。

しかし、ここで決まって同じ問題に出くわす。

Q: 対象物を異なる位置から撮影した複数の映像があったとき、それぞれの映像上の2次元的な位置の関係にどういう拘束条件があるか?

「その拘束条件が分かると、どこから撮影したか、写っている点は3次元的にどこにあるか、すべて計算で求めることができるんです。例えば2つの映像に同じ点が5点以上写っていれば、それらが原理的には求まるんですが、これが実に難しい。一つの式だけでもA4用紙1枚では書ききれないほど長いものになり、式で解くのはギブアップ(笑)」

これらはすべて「幾何学」の問題だ。
守屋さん、実は学生時代から「カタチ」を愛してやまない。
ピタゴラスの定理など、目に見える「カタチ」の裏に潜む、目に見えない法則性を追求することが面白いという。
であるから、この「幾何学」の世界にどっぷりのめり込んだ時期もあった(専門的には、射影幾何学というらしい)。

仕事で必要な計算を、延々とノートに図形を書きながら考え続けた結果、独自の定理を発見。
学会での発表に至ったこともある(後に、これは1600年代に発見された「デザルグの定理」と同じものだと気づき、ひどく落胆したのであるが)。
定理を語る面持ちは、生き生きと輝かんばかりだ。

任意の3つの光源から投影される物体の影の幾何学的性質。デザルグの定理と同じ拘束が導かれる。

空間情報処理技術の主戦場へ

……が、しかし。
射影幾何学、拘束条件を求める世界も非常に面白いけれど、たとえ定理を発見できたとしても、実のところ日立の事業にはあまり役には立たない。

今まで研究してきた空間情報処理技術のポテンシャルを活かし、もっと世の中に役立つ研究をしてみたい。
守屋さんはここで思い至る。

「3次元の空間認識技術は何のために使うかというと、最大のアプリケーション(使いどころ)はロボットなんですね。普通はカメラ位置を知りたいなんて思わない。
でもロボットを作ろうと思ったら、ロボットが自分の位置、相手の位置を認識するというのは必須の技術なんです」

でも守屋さんは映像とソフトウェア研究を行う部隊の所属。
そう簡単にはロボット研究に手を出せないはず。
……なのだが、そこは巧妙な口実(本人曰く、言い訳)を作りだし、“1台のロボット”と“研究時間”を手に入れた。

あるとき、守屋さんのグループの成果に関して、"自動撮影ロボットによる、つなぎ目のない超高精細映像の生成” という記事が、最新技術として新聞で取り上げられる。
実はこれが先の“巧妙な口実”そのものだったのだ。

当時は、前述のようにアミューズメント向けの大型映像システムの研究開発を行っていたのだが、そこで守屋さんは
「そういうシステムで使う、超高精細あるいは撮影範囲が極めて広い特殊映像を取得するには、カメラを動かして撮影しなければいけない」
という課題に目をつけ、ロボットによる自動撮影システムの研究を立ち上げたのだ。

「ロボットが好きなように動き回れることこそが、ロボットの基本機能」
と考える守屋さんは、そういった技術の土台を、映像撮影というアプリケーションの想定のもとで築いていった。
そして次に着手した研究が「未知の環境でロボットが自分で地図を生成し、自律移動する技術」。

ロボットが動き回りながら作成している途中の地図(左)と、完成後の地図の例(右)

ロボットが、未知の環境を動き回りながら周囲の形状を計測、自分の位置や方向を認識するのと同時に、部屋の断面形状をあらわす地図を作成していく。
これは今となっては、“SLAM: Simultaneous Localization And Mapping”と呼ばれる技術分野として多くの手法が開発されているが、当時は、ほとんど研究も行われていなかった先端的な技術だった。
完成した技術は、日立のヒューマノイド型ロボット初代EMIEWの視覚にも採用された。
まさにロボットが、自律移動によって空間そのものを“動かしている”という状態だ。

事業化には思わぬ苦労もあった。
警備ロボット、エレベーターのボタンを押す保守点検ロボット、自律移動するプリンタなど、さまざまなデモ機を作成しては事業部へと売り込む日々が続いた。
「面白いとは言ってもらえても、なかなか製品化の決断をしてくれる事業部が見つかりませんでした」
最終的には、工場や物流倉庫で用いられる自律型AGV(Automated Guided Vehicle)「インテリジェントキャリー」として結実する。地図を生成し無軌道で移動する搬送台車として製品化されたのだ。

十数年の時を経て、今やネット通販全盛時代。
こういったロボット技術は、次世代モデル「小型無人搬送ロボットRacrew(ラックル)」をはじめとするビッグビジネスに成長している。

インテリジェントキャリー(左)とRacrew(右)

自律したロボットの織り成す世界

守屋さんは今、日立グループのロボット技術すべてに横串を通す「ロボットイノベーションラボ」のラボラトリ長を兼任し、「Collabotics(コラボティクス:コラボレーション+ロボティックスの造語)」というコンセプトを打ち出したばかり。

「自律協調」が主要概念で、「自律個」である個々のロボットの“自律性”が最大限尊重される点がユニーク。守屋さんのロボット観を物語っている。
全体を統括する「全体知」は、自律個から情報を吸い上げず、自ら全体を観測しサジェスチョンを与えるだけ。自律個が力を発揮できれば、自ずと全体も上手くいくという。
「ロボットだって都合の悪いことは上司に言いたくないんです(笑)。人間もそうでしょ?」

Collaboticsの概念図

人間の限界を超えていく

これからやってみたいことをお聞きすると……

「空間を良くする」
やや抽象的な言葉が返ってきた。

AI技術が近年、情報を「認識」するものから「生成」するものにだんだんと進化してきているように、空間情報処理技術においても、空間を「認識」するものから「加工」し「生成」するものへと、変貌する段階に来ているというのだ。

「人間の顔写真や絵画をAIが生成できるようになりました。AlphaGo Zero(アルファ碁ゼロ※))は、人間の過去の対局データを用いず自己対局のみで最強になった。創造性やコミュニケーションも、AIやロボットが得意になると考えています。よって、空間の状態を変える機能をもつものがロボットとすれば、より良い空間を、ロボットが作ってくれるような時代が来ると思っています。ロボットには、技術の進歩によって、今ある様々な限界を超えて発展する可能性があります」

※)
人間のプロ囲碁棋士に初めて勝利したことで話題となったDeepMindのコンピューター囲碁プログラム「アルファ碁(AlphaGo)」の進化版。過去の対局データを使わず、自分自身との対局により学習することで、短期間ですべての旧バージョンを超えたとされる。

――「しかし…」
守屋さんは続ける。

「実は人間も、ロボットと同じように限界がないんじゃないか。私はそう考えます。AIに伴走者やメンターとなってもらって人間が教えを請ける。そうしたら人間の能力はいくらでも向上するかもしれない。極端な話、100 mを3秒で走れるようになることだってあるかもしれませんよ(笑)」

人間が限りなく成長していく世界。
――それこそが、人間がより良く生きていける「良い空間」ということだろうか。
思いもよらない大予想に胸がワクワクした。
守屋さんの頭の中からはこれからも、とてつもない未来像が更新されていきそうだ。

守屋さんに聞く、「変化を歩む極意」

時代は変わるものです。
ですからその中で「何を変えないか」が大切だと思います。
私の場合は、空間を相手にすることは変えなかった。
空間というテーマは極めて本質的で、50年100年先もテーマとして絶対なくならないと思っていました。
対象は、映像やCG、ロボットと常に変化していきましたが、研究の根本は決して変えてきませんでした。 研究の世界には、絶対勝てないような賢い人が山のようにいます。
しかし長く取り組むことで、経験の蓄積によって本質的な勘が働き、そういった観点では簡単には負けなくなると考えます。

とはいえ世の中は変化し続ける。
その変化にまったく乗っていかないのもマズイ。
変えずに長くやる部分と、変化に乗る部分、このバランスを上手く保つことが大切です。
世間はとかく変われ変われと煽りますが、変わるだけではただ流されるだけになってしまいます。

プログラミングも、その言語の形態は時代とともに変わっていっても、その基本部分はいつも必要とされるような本質的な技術。でもプログラミングでは、若い人にもすごい人がたくさんいて、とても敵わない。
そういったことは「自律個」に任せて、自分は「全体知」として機能するのが良いのかなと、近頃は考えています。