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COVER STORY:ACTIVITIES1

「超スマート社会」への協創を導く将来ビジョン

人と技術が寄り添う時代へ

ハイライト

Society 5.0がめざす「超スマート社会」の実現に向けて,さまざまな科学技術の強化施策が進められている。これに呼応するように,日立は,超スマート社会への変化の過程で想定される課題と,それらを解決する将来ビジョンを描き出すプロジェクトを推進している。それは,将来あるべき社会の姿にテクノロジーがどう貢献できるのか,「ビジョンデザイン」という手法によって一つの解を示す試みだ。

こうした将来ビジョンを描く意味やその特徴,発信の意義などについて,同プロジェクトに第一線で取り組んでいる主要メンバーに聞いた。

目次

将来ビジョンを描くことの意味

鹿志村 香
未来投資本部 ロボット・AI プロジェクトリーダ

図1│パートナーとの協創におけるビジョン共有の方法他の研究アプローチが現状把握のために用いられるのに対して,ビジョンデザインは将来の社会課題を把握するために用いられる点で大きく異なる。

日立は,顧客との協創を進めるにあたって多様な研究アプローチを駆使している。その一つが将来ビジョンを描くビジョンデザインだ(図1参照)。これは,将来の潮流(きざし)を把握し,それらが解決した社会の姿を生活者の視点で描くという手法である。世界が直面している課題を,未来を形づくる潮流として捉え,そこにイノベーション創出のチャンスを見出す。すなわち,社会課題はマイナス要因ではなく,新たな価値をつくる原動力になるのである。

日立が推進する社会イノベーション事業では,ソリューションやサービスが実際に利用されるのが5年先,10年先になることも珍しくない。その点を踏まえ,製品・サービスのユーザビリティ研究やさまざまなデザイン技術の探求に携わってきた鹿志村香(未来投資本部 ロボット・AIプロジェクトリーダ)は,ビジョンデザインの必要性を次のように説明する。

「将来像を描くといっても,もちろん簡単なことではありません。そもそも将来のことは誰にも分からないし,自分たちだけで考えると偏った見方になりがちです。また,仮に将来大切になるであろう問題を設定できたとしても,そのままでは漠然とした議論にとどまってしまうことも多い。だから問題解決のアイデアを具体的に示すことで,まずは好き嫌いのレベルからいろいろな人に意見をもらい,より大きな課題についての話し合いに発展させるきっかけをつくろうと考えたのです。」

実り多い対話を促すためのいわば「叩き台」として,日立のアイデアを示すものが将来ビジョンなのである。

「スマート」の先にあるもの

柴田 吉隆
研究開発グループ 東京社会 イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト ユニットリーダ

日立の将来ビジョンの特徴は,議論を活性化させるため,問題に対する着眼点とそれを解決するアプローチの面白さを意識していることである。そしてより根本的な特徴として,生活者の視点に立脚していることが挙げられる。

ビジョンデザインの活動に携わってきた柴田吉隆(研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト ユニットリーダ)は,内閣府の第5期科学技術基本計画の中に掲げられている「Society 5.0」への共感とともに,次のように語る。

「産業や経済ではなく『ソサイエティ』であることが,人が中心の新しい社会像を考えようとしているという点で私たちの考え方と一致していると思います。とはいえ,Society 5.0のいう『あらゆる人が活き活きと快適に暮らすことのできる超スマート社会』の具体的なイメージはなかなかつかめないのではないでしょうか。スマートな技術が人々の暮らしに浸透した後,その先にどんなことが起きているのか。そういった議論を深めるため,生活者が実感できる等身大の課題を捉えた具体的なアイデアを提示したいと,私たちが考える将来ビジョンをつくっているところです。」

その一例として,自動運転というスマート技術を挙げる。自動運転の社会価値を考える場合,モビリティの効率化という観点だけでなく,人の心理や組織を含めた社会的な営みとしてトータルに捉えなければならないと,柴田は強調する。スマート技術だけでは解決されない人々の切実な問題にも着目し,ただスマートになることを超える解決のアイデアを示そうというのは日立の将来ビジョンの独創性だといえる。

人に寄り添う技術を志向して

日立が将来ビジョンに取り組み始めたのは2010年に遡る。将来のあるべき社会の姿を描くため,2025年の社会で人々が抱えるであろう課題を25個の「きざし」※)にまとめた。そこから始まるビジョンデザインの活動に基づいて,国内では柏の葉スマートシティの構想,海外では英国のヘルスケアサービスの提案など,数々の実績を積み上げてきた。2015年,デザイナーと研究者が一体となったCSI(Global Center for Social Innovation:社会イノベーション協創センタ)という組織が設置されてからは,よりオープンに活動を推進している(図2参照)。

図2│ビジョンデザインにおけるワークショップ

将来生活者の価値観変化である「きざし」に基づき,ワークショップで検討を重ねながら将来ビジョンを描いていく。

具体的には,エネルギーやものづくり,自動運転,コネクテッド家電などの領域において,さまざまな「きざし」から,その答えとなる解決のシナリオを検討している。例えば,「人やモノが入れ替わる」,「家族の形の多様化が進む」,「どこでもつながる」といった「きざし」に対し,「持たないことの幸せとは」,「住まいや家族の役割はどう変わるか」,「私たちを自由にするのか管理するのか」といった問いを立てて,将来ビジョンを描いていくというわけだ。

「25のきざし」においてディレクターを務めた赤司卓也(研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト 主任デザイナー)が,このプロジェクトでは問題を解決するサービスの具体的な提案にまで至ったことを報告する。その成果の一部は,2017年3月にドイツで開催された国際情報通信技術見本市「CeBIT 2017」で披露された(図3参照)。

図3│「CeBIT 2017」での日立グループブース

ビジョンデザインプロジェクトの成果の一部は,ドイツ・ハノーバーで開催された国際情報通信技術見本市「CeBIT 2017」において利用シナリオ映像として披露された。

「プロジェクトでは,『きざし』を使って今ある社会課題を人の視点で読み解くと,浮かび上がってくる切実な問題は何かと発想するところから始めました。そうして導いたものが,『人やモノが動き入れ替わる 持たないことの幸せ』と『消せない不安から人々を守る社会』という方向性の異なる2つの将来ビジョンでした。CeBITでは,それに対応させた,コネクテッド家電と人間共生ロボットの利用シナリオを映像として発信したのです。」(赤司)

提案された利用シナリオは,家電とロボットそれぞれ3つの合計6つ。「Ageing with me」という利用シナリオは,「消せない不安から人々を守る社会」という将来ビジョン対し,ロボットに何ができるかを追求したシナリオである(図4参照)。映像の主人公は,認知機能の低下に不安を抱く独り暮らしの高齢女性だ。息子からプレゼントされたサービスロボットは,会話を介して女性の性格や趣味を学んでいく。アップルパイづくりが得意な彼女の依頼に応じてリンゴを発注するなど,いつもそばにいて生活を支援している。それが,認知機能低下の微細な兆候に気づくようになると,役割を変化させる。「去年はどういうパイをつくったっけ?」,「何を買っておけばいい?」などと,記憶を呼び起こすような発話を促して,ロボットが認知症の予防をサポートしていくという内容である。

利用シナリオ映像「Ageing with me」

マグナスと名づけられたロボットが,自然な会話を通じて高齢女性の認知症の予防をサポートするストーリーが描かれている。

「注意してほしいのは,認知機能を技術で補完しようとするのではないことです。認知症という誰しも不安になる問題に対し,その機能が低下しないよう,自然な形でロボットがサポートするというシナリオなのです。技術ならではの人との寄り添い方の一例として提案しました。こんな違う世界があるんだということを見せ,そういう世界のほうがいいねとどれだけ共感されるかを知ることがプロジェクトの大事なねらいです。」(赤司)

「人やモノが動き入れ替わる 持たないことの幸せ」に対応するロボットの利用シナリオ「Educating kids with robots」(図5参照)など,CeBITで展示された6つの映像は動画共有サービスでも公開されている。

利用シナリオ映像「Educating kids with robots」

子どもがより国境を越えて動く未来において,多様な文化的背景を持つ生徒たちとその教師の学びの場をロボットがサポートするというストーリーが描かれている。

※)
25のきざしhttp://www.hitachi.co.jp/rd/design/25future/

未来を協創する次なるステップへ向けて

赤司 卓也
研究開発グループ 東京社会 イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト 主任デザイナー

さらに現在,サービス提供者とそれを利用する生活者との接点として,ペイメント(支払い)に注目した将来ビジョンづくりにも取りかかっているという。これは,サービスの設計が複雑になるにつれ,価格が意味する価値が消費者に伝わりにくくなっている問題を意識したものだ。

フォーカスしたのは,生鮮食品につきものの消費期限。値段が同じであれば,大抵の人は消費期限の遠い食品を手に入れようとするだろう。それはフードロスを増やす一因ともいわれている。しかし,例えば消費期限が1日近づくたびに値段を下げるとすれば,「すぐに飲んでしまう牛乳なので消費期限が近くても買う」といったように,消費の仕方によって買い方も変化することが考えられる。

「つまり,商品の価格と価値をより精緻に連動させることで,生活者自らの価値判断を促すとともに,フードロスも減らすことができるのではないかという提案なのです。ペイメントの方法の利便性が高まってもさほど人の意識は変化しません。それより人の気持ちをどう変えるか,社会の仕組みをどう変えるかという観点からペイメントを検討しているのです。このような生活者視点の将来ビジョンが,次のマーケットを見つけることにつながるはずです。」(赤司)

将来ビジョンづくりの次なる展開は,どのようなものになるのだろうか。

「ウェブやイベントなどを介して社外のパートナーと議論する機会をもっと増やしていきたいですね。また,描いた将来ビジョンを具体化することも重要です。実現しようとしたら,どんな技術で具現化できるか,どういうビジネスモデルなら成り立つか,どういうパートナーと協創するか。そこまで含めてビジョンだと思っています。」(柴田)

2017年4月,日立は,次世代テクノロジーの潮流や世の中の変化の動向を捉えた中長期的な強化分野の検討などを担う「未来投資本部」を新設した。同本部で,新事業の立ち上げを担当する鹿志村は,今後の展望を次のように語る。

「少子高齢化が急激に進み,平均寿命世界一の日本では,『長生き』という本来はすばらしいことが,大きな不安を引き起こしているといえるでしょう。『消せない不安から人々を守る社会』というビジョンは,日本が世界に先駆けて直面しているこの課題に対して,技術だからこそできる人への寄り添い方を方向づけるものです。未来投資本部の中で私のプロジェクトは,ロボットや人工知能が人々をどのように幸せにできるのかという可能性を,社外のさまざまな方々と議論し,新しい事業として実現させることをめざしていきます。」

日立は,顧客やパートナーとの協創によって,超スマート社会を誰にとっても快適なものにするため,将来ビジョンを次なるステージへ展開させていく。

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