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「つながるクルマ」で実現する自動運転技術

鉱山合理化のためのダンプトラック自律運転システム

ハイライト

鉱山各社で生産効率向上が強く望まれる中,日立建機(株)は鉄道で用いられる閉塞制御技術を応用し、より多くの車両を制御でき,過酷な通信環境でも継続的な運用可能なダンプトラック自律運転システムを開発した。オーストラリア試験サイトでの実機検証など,その開発過程を紹介する。

目次

執筆者紹介

田 朋之Hamada Tomoyuki

  • 日立建機株式会社 顧客ソリューション本部 事業企画センタ AHS開発プロジェクト 所属
  • 現在,AHSにおける主に管制システムの開発に従事
  • 博士(工学)
  • 日本機械学会会員・情報処理学会会員

齋藤 真二郎Saito Shinjiro

  • 日立建機株式会社 顧客ソリューション本部 事業企画センタ AHS開発プロジェクト 所属
  • 現在,AHSにおける主に車体システムの開発に従事
  • 自動車技術会会員
  • アメリカ機械学会(ASME)会員

1. はじめに

長期化する景気低迷を受けて資源価格はここ数年低い水準で推移しており,鉱山業界ではかつての「掘れば儲かる」時代から「生き残りを懸けた変革」の時代へと転換を迫られている。また,鉱山は本質的に危険な職場であり,従業員の安全確保が課題となっている。このような状況下で,鉱山会社では鉱山の安全化も含めて鉱山運営の全体最適化による効率向上や,イノベーションによるさらなる操業コストの低減など,生産コストの徹底的な削減と効率化が求められている。このような合理化手段の一つとして,ダンプトラック自律運転システム(AHS:Autonomous Haulage System)が注目されている。

AHSは,図1に示すように,露天掘り鉱山の中で最も人員を要するダンプトラックを無人化して,管制システムから統括管理することで鉱石や土砂の搬送・放土作業を行わせるものである。ダンプトラックを無人化することにより,人件費を抑制できるだけでなく,休憩時間・シフト交代時間をなくすことによる稼働時間の拡大,機械制御された効率的かつ適正な走行による燃費の低減,機械寿命増加などの経済的メリットが見込まれる。また,機械制御とすることでダンプトラックの走行における人為的ミスが減り,安全性の向上も期待できる。さらには,生産管理システムと連動した搬送プロセスを管理することで,鉱山運用自体の効率化も可能と期待されている。

図1|AHSの概要無人化されたダンプトラックは,GNSSや各種センサーを用いて自律走行する。管制システムは各ダンプトラックと無線通信することで,車両全体の運行管理,交通管制を行う。鉱山現場には人が運転するショベルやブルドーザ,グレーダなどの補助車両も共存し,無人のダンプトラックと連携する必要がある。

2. 日立のAHSの概要と特徴

AHSによる効果は,多くのダンプトラックを有する大規模鉱山でスケールメリットが働くため,できるだけ多くのダンプトラックを運用できることが求められる。しかし,管制システムとダンプトラックを結ぶ無線通信の容量により制御可能な車両台数が制約される。特に,各車両の位置情報をリアルタイムに把握して制御する車両位置ベースの制御方式では,通信量による制約が顕著となる。そこで,日立建機株式会社では鉄道で用いられている閉塞制御技術を応用することで管制システムとの通信を抑制し,より多くの車両台数を制御可能とした。

一方で,有人オペレーションの現場を一気にAHSに切り替えるのには大きな投資が必要でありリスクも高いことから,有人オペレーションを段階的にAHSに切り替えられることが求められている。これに対して,日立建機では有人用のダンプトラックを簡単な改造で自律走行ダンプトラックに変えられるレトロフィット対応システムで対応している。これにより,顧客の現場では有人用として購入したダンプトラックを将来的にAHS化することが可能となる。これらの特徴を支える技術の詳細について以下に述べる。

2.1 閉塞制御の原理

図2|閉塞制御による車両の交通管制走行許可区間により車両が走れる領域を排他的に制御することで,車両間の干渉を回避する。

閉塞制御では,ダンプトラックが追従走行する走行経路を複数の区間に分割し,個々の区間の走行を1台のダンプトラックに排他的に許可することでダンプトラック同士の干渉を防ぐ。ダンプトラックは走行許可が与えられた区間(走行許可区間)内においては,管制システムと通信することなく走行することができる。ダンプトラックが走行許可区間の終端に近づいたら次の区間の走行許可を管制システムに要求し,許可が得られたら走行を継続する。図2(1)の例では,合流区間においてダンプトラックAへの走行許可がすでに与えられているので,ダンプトラックBへの走行許可が与えられず,干渉が回避される。

また,有人車両については,固定的な走行経路の設定が困難であるため,走行許可区間で管理せず,有人車両が無人のダンプトラックの走行許可区間に入らないように有人車両のオペレータをガイドする。具体的には,有人車両の車載端末にダンプトラックの走行許可区間を表示させるとともに,同図(2)に示すように有人車両の進行方向に設定されたバッファ領域が走行許可区間と重なったら警告を表示し,同時に管制システムの指示でダンプトラックを減速・停止させて干渉を回避する。

2.2 閉塞制御の効果

表1|制御方式による制御可能車両台数の比較同一通信条件下での制御可能車両台数の試算例を示す。ダンプトラックと有人車両の比率は1:2.5を想定している。

閉塞制御では,ダンプトラックの位置を高頻度で把握する必要がないため,管制システムへ位置情報を通知するための通信量を削減することができる。表1は,高頻度で車両位置を把握する車両位置ベース制御と閉塞制御について同一通信条件下で制御可能な車両台数を試算した例である。この試算例によれば,閉塞制御では車両位置ベース制御に比べ約1.7倍の車両を制御可能と見込まれる。

2.3 レトロフィット対応

日立建機のEH-3型シリーズのマイニングダンプトラックには,走行性能・操作性能の高いAC(Alternating Current)駆動制御に加えて車体安定化制御が搭載されている1)。これにより,滑りやすい路面状態や,急な発進・減速においても車体自体が走行の安定化を図るため,AHS化に際しては単純なアクセル指令と操舵(だ)指令をインタフェースとするAHSアドオンユニットを搭載するだけで,有人用のダンプトラックを自律走行ダンプトラックに変えることができる(図3参照)。

図3|有人用ダンプトラックの自律化車体安定化コントローラの搭載による車体の安定化機能により,有人用ダンプトラックを簡単に自律走行ダンプトラック化することが可能である。

3. ハイブリッドシミュレータでの開発・検証

AHSの技術開発・検証に際しては,ダンプトラックを用いた積み込み・搬送・放土のオペレーションを再現する必要があるが,大規模鉱山のオペレーションで想定される100台規模の車両を用いた試験環境の構築は現実的には容易ではない。そこで,図4に示すようなハイブリッドシミュレータを構築して開発・検証を行ってきた。

図4|ハイブリッドシミュレータの概要実機ダンプトラックとシミュレーションによる仮想ダンプトラックの組み合わせで大規模オペレーションを再現した。

このハイブリッドシミュレータでは,管制を行うサーバ部分と管制からの指示をダンプトラックに伝える無線通信の部分は実機を用い,ダンプトラックの部分については実機とシミュレータを混在させる。また,車載コントローラの制御ロジックについては,シミュレータ上で開発した制御モデルをそのまま実機に搭載するモデルベース開発の手法を用いる。

このハイブリッドシミュレータを用いることで,開発期間が短縮できるだけでなく,シミュレータで模擬される仮想ダンプトラックと合わせて100台規模の鉱山オペレーションを再現・検証することができる。さらに,開発の初期段階では,実機ダンプトラックと仮想ダンプトラックの組み合わせで交通管制の試験を行うことにより,実験における安全性も確保することができる。

4. オーストラリアでの実機検証

オーストラリアの電力企業Stanwell社(Stanwell Corporation Limited)の協力を得て,オーストラリア東部のブリスベンから約100 km内陸に同社が所有するMeandu石炭鉱山内に試験サイトを構築した。同サイトでは,1か所の積み込み場,3か所の放土場を備え,放土場は崖上からの土砂投下,平地への土砂展開,および破砕機への鉱石投入が模擬できる環境を用意した(図5参照)。この試験サイトに,前章で述べた管制システム,ダンプトラックシミュレータ,および実機ダンプトラック3台から成るハイブリッドシミュレータを構築した。ダンプトラックには,自律ダンプトラックに改造したEH5000AC-3を,土砂を積み込むショベルにはEX3500を用いている。

当試験サイトにて,これまでにダンプトラックによる経路追従走行機能,位置決め停止機能,放土機能,ショベルによる積み込み位置の指定と積み込み位置までの走行経路の自動生成機能,複数台実機ダンプトラックと仮想ダンプトラックを用いた閉塞制御機能の確認などを行い,積み込み・搬送・放土から成る一連の鉱山オペレーションが実現可能であることを確認している(図6参照)。

図5|オーストラリアに構築した実機試験環境1か所の積み込み場,3か所の放土場を備え,積み込み・搬送・放土の一連の鉱山オペレーションを再現した。

図6|オーストラリア試験サイトでの実機試験の状況(1)にショベルが指定した積み込み位置に位置決めするダンプトラックを,(2)に閉塞制御による交差点での合流の様子を,(3)に土砂を積載して走行するダンプトラックをそれぞれ示す。

5. おわりに

本稿で紹介したAHSの開発は,試験サイトの運営を担う日立建機オーストラリア(Hitachi Construction Machinery Australia Pty., Ltd.),管制システムの中で特に運行管理を担うカナダのWenco社2),3)(Wenco International Mining Systems Ltd.)との3極体制で進められてきた。また,要素技術の開発では,日立製作所をはじめ日立グループ各社の技術が活用されている。今後は,日立の総力を生かし,AHSを核とした顧客ソリューション事業への展開を図っていく。

参考文献など

1)
小田尚和,外:日立グループの総合力で進化したダンプトラックEH-3型シリーズ,日立評論,97,5,295〜298(2015.5)
2)
古野義紀,外:ICTを駆使した鉱山ソリューションビジネスのグローバル展開,日立評論,97,5,282〜286(2015.5)
3)
鉱山マネジメントをダイナミックに変える日立建機のMICTとは?,日立建機情報誌TIERRA+,Vol.112(2015.3)
4)
Hitachi dump trucks Autonomous Haulage Solution -AHS-(Hitachi Construction Machinery Channel)
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