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自動運転の実現に向け,欧州では多くの国が政府系機関を中心に実証実験を進める一方,欧州全体の枠組みに基づく産官学連携によるプロジェクトも進行している。しかし,それぞれ異なる交通ルールや社会背景,自然条件に応じた固有の課題も抱えている。各国個別の事情や日立が参画するプロジェクトについて,欧州拠点の最前線で開発の指揮を執るJohn Conlonが報告する。

目次

執筆者紹介

John Conlon

  • Managing Director, Hitachi Automotive Systems Europe GmbH.
  • 1984年入社,Hitachi Consumer Products UKやHitachi EuropeのHitachi Digital Media Groupのゼネラルマネージャなどを経て,2009年Hitachi Automotive Systems Europeのゼネラルマネージャ,2013年より現職。

欧州における自動運転への取り組み

日立オートモティブシステムズ株式会社の大沼邦彦取締役会議長,筆者,藤下政克European Executive Vice Presidentはじめ,Hitachi Automotive Systems Europe GmbH.パリブランチオフィスのメンバー

図1│欧州が推進する「Horizon 2020」

自動運転の実現に向けた取り組みが世界中で熱を帯びる中,欧州では,ヒューマンエラーに起因する重大事故の低減,増加し続ける高齢ドライバーや運転に自信のないドライバーの運転代替,および交通流適正化による大気汚染物質排出量の低減,さらには渋滞によって空費していた時間を,読書やネットサーフィンなどの趣味に自由に使えようにし,ドライバー一人ひとりのQoL(Quality of Life)を向上させることなどを目的として,欧州各国個別またはEU(European Union:欧州連合)全体としての戦略と絡めて研究開発が進められている。日本ではこのような情報は,特にドイツメーカーによる自動運転の開発情報がプレスリリースを通して華々しく語られることが多いものの,他の欧州各国においても自動運転実現に向けた開発が着実に進められている。

スウェーデンでは,官民一体で進められている「Drive me」プロジェクトにおいて,自動運転レベル4相当(一般公道の特定の区間に限る。)の機能を搭載した自動運転車両を一般ユーザーに貸し出し,自動運転車両と非自動運転車両が混在する交通環境下における大規模な実証実験が進められている。本プロジェクトでは,自動運転車両の判断や動作に対する自車両の運転席に座ったドライバーのリアクションや,周囲を走行する非自動運転車両のドライバーのリアクション,特定の自動運転区間の走行終了時や非常に厳しい悪天候時にシステムからドライバーへ制御主体が移される際のドライバーのリアクションといった,自動運転システムと人間の関わりについての評価が期待されている。

英国では,自動運転の実現に向けて,運輸省による「Driverless Cars」プロジェクトが開始されている。英国国内における自動運転の実証試験の実施要領作成,同じく英国国内において課題となる規制の明確化および改正案の検討,さらに国際的な規制において課題となる規制の明確化および改正すべき内容の整理を段階的に実施するというアクションプランに基づき,長期的に完全自動運転を実現していくための開発が進められている。

また,オランダでは,政府系の機関を中心として,自動運転車両とインフラとの関係に注目して,いわゆる車車間や路車間の通信を用いたシステム構築や,自動運転車両の安全性を検証し,認証するスキームについて積極的に研究が進められている。

このような国別の動きとともに,欧州全体での新しい研究開発やイノベーションを促進する枠組みである「Horizon 2020」を活用した産官学連携のさまざまなプロジェクトも進行中である(図1参照)。

正確にはこの枠組みの前身にあたるFP7(The Seventh Framework Programme for Research and Technological Development)を活用したプロジェクトであるが,「AdaptIVe(Automated Driving Applications and Technologies for Intelligent Vehicles)」プロジェクトでは,総額2,500万ユーロ,2014年1月から2017年6月の42か月間をかけて,フランス,ドイツ,ギリシャ,イタリア,スペイン,スウェーデン,オランダおよび英国の8か国から28のプロジェクトメンバーにより,自動運転で想定される典型的なユースケースを高速道路の走行時,都市一般道の走行時,および駐車時や渋滞走行時についてそれぞれ定義し,これらの実現に必要な技術の研究開発およびデモ車両を用いた実証,さらに必要となる法整備まで含めた,大規模で総合的な研究開発が進められた。このプロジェクトの成果は,今後の自動運転の開発において重要なリファレンスの一つとなると見込まれている。

また一方では,自動運転に必要とされる高精度地図を取り扱うメーカーを,ドイツ大手自動車会社から成る企業連合が買収したほか,AI(Artificial Intelligence)技術を巡っても世界的な合従連衡の渦中にある。このように自動運転に向けて,各国間,各自動車関連企業間,さらには従来の自動車関連企業を超えた枠組みでの技術開発,またそれと並行したビジネススキームの再構築が急速に進展している。

欧州における先進運転支援システムの動向

図2│Euro NCAP AEBロードマップ

SAE(Society of Automotive Engineers)による自動運転レベル定義によれば,主に自動運転レベル2以下に分類されるADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)と呼ばれる技術はさらに高レベルな自動運転を支えるベース技術として着実に普及が進んでいる。その中でも特に衝突軽減ブレーキシステムは急速に普及が進んでおり,一般ユーザーの認知度も高まっている。一方で,この衝突軽減ブレーキを実現するシステム構成はさまざまで,赤外線を用いたシステムや,単眼カメラまたはステレオカメラを用いたもの,もしくはこれらのカメラとミリ波レーダを組み合わせたシステムなどがある。

当然ながらシステム構成ごとに,システムが作動する車速範囲や制御対象,また有効に動作する環境に関する制限に差異があるが,一般ユーザーがその特性の理解や,システムの比較評価を下すことは難しい。そこで,自動車メーカーや自動車関連企業から独立した消費者団体である,Euro NCAP(European New Car Assessment Programme)によるシステム評価が行われている。このEuro NCAPはヨーロッパ市場で販売される自動車の安全性について,一般ユーザーにも分かりやすく,星の数に換算した評価結果を公開している。これまでは主にパッシブセーフティと呼ばれる衝突時の安全性能を中心として評価し,一般に公表してきたが,上記のような状況を鑑みて,2013年より衝突軽減ブレーキシステムを手始めに,アクティブセーフティに分類されるADASシステムを新たな評価項目としている。このEuro NCAPによる評価結果は,ジャーナリストにより発表される記事や技術論文,各種ニュースリリースなど,さまざまな形で直接的,間接的に引用されるため,消費者の購買行動に大きな影響を与える指標となっており,自動車関連企業もその動向に注目せざるを得ない状態となっている。

近年は,車両に対する評価シーンの多様化や,特に歩行者やサイクリストなど,自動車の乗員以外の交通弱者を保護するための評価項目が開発されており,この評価項目および内容がADASシステムの設計に非常に大きな影響を持つため,その動向を静観するだけではなく,積極的に評価項目の開発プロジェクトへ参画することが必要となってきている(図2参照)。

自動運転実現に向けた欧州各国での課題

図3│高齢人口比の推移

このような欧州での自動運転およびADAS開発トレンドに対して,各国が抱える課題に目を向ければ,トレンドのみでは対応しきれない個別の課題を抱えていることが分かる。

例えば,フランス都市部を走行していると,渋滞中の車両の横を猛スピードですり抜けるバイクや観光地を行き交うサイクリストにヒヤッとさせられることが多く,どのようなシステムで,どのように接触事故を未然に防いでいくかが大きな課題である。また,買い物に向かえば,路上の駐車スペースを探して市内を走り回ることになり,運よくスペースを見つけることができても,非常に狭いスペースに対して自分の車両が納まりきるかを瞬時に判断し,そのスペースへ素早く駐車する運転技術が求められる。

一方,ドイツでは,アウトバーンの走行制限速度が無制限となる区間が含まれるため,走行するスピードの選択肢が多くなり,結果として車両間の走行速度の差異が非常に大きくなる場合がある。例えば,200 km/hを超える速度で高速走行レーンを走行している際に100 km/h程度で走行する車両が予期せぬタイミングで高速走行レーンに進入してくることもあり,この場合の車両間の相対速度は100 km/hにもなる。これを日本で走行している際に遭遇するシーンに例えると,高速道路を100 km/hで走行中に,急に前方に停止している車両を発見したような状況である。このような状況に対応するためには,センサーにはより遠い距離まで,正確にセンシングする能力が求められる。このアウトバーンでは道路の混雑状況に応じて,走行車線ごとの制限速度が変更になることがあり,この情報は電光掲示板に表示されるため,見落としてしまうと走行可能な車速が分からなくなってしまう。またアウトバーン・一般道を問わず頻繁に遭遇する道路工事区間では,本来の走行レーンを示す白線と,工事期間中の臨時走行レーンを示すオレンジ線が複雑に絡み合い,人間でも時折混乱するような路面情報を読み取り,解釈する技術が求められる。

また図3に示すように,ドイツはEU内でも特に高齢化が進んでいるため,高齢ドライバーによるアウトバーンの逆走[ドイツでは俗に「Geisterfahrer(幽霊車両)」と呼ばれる。]や,アクセルとブレーキの踏み間違いによる事故が増加するなど,日本と類似した課題が顕在化してきている。

さらに,北欧各国に目を向けると,これらの国は高い緯度に位置しているため,日本と比較すると,一年を通して太陽の光がより低い位置から照りつける。特に冬の太陽光はほぼ真横から照りつけてくるような状態となるため,カメラ系のセンシングシステムは厳しい逆光にさらされることになる。また,雪に埋もれる期間・地域も多いため,現状のカメラシステムでは路面上にある白線を検出することは困難であり,この情報を基に自車走行レーンを決定することが難しくなる。

日立オートモティブシステムズヨーロッパの取り組み

図4│「DENSE」プロジェクトで開発するシステム構成の概略

以上のように,欧州市場に受け入れられる製品および技術を開発していくには,トレンドに対して高いアンテナを張りめぐらせながら,同時にトレンドに埋没しがちな各国個別の事情を丁寧にくみ上げた技術開発ロードマップを策定して,開発を推進していくことが重要となる。

そこで,日立オートモティブシステムズヨーロッパ(Hitachi Automotive Systems Europe GmbH.)では,日立ヨーロッパ社のR&D(Research and Development:研究開発)チームと協力し,高度自動運転の実現に向けて,濃霧などの悪天候時にもロバストなセンシング能力を備えたセンサーシステム開発を目的とした「DENSE(Adverse Weather Environmental Sensing System)」プロジェクトに参画して,将来を見据えた技術開発を推し進めている(図4参照)。

さらに欧州道路環境における特徴の一つであるラウンドアバウト(環状交差点)を含む道路を熟練ドライバーが運転するようにスムーズに運転する自動運転技術の開発を目的とした「Human Drive」プロジェクトにも参画している。

これらの活動は,上記のような技術開発を推し進めるとともに,前述の産官学で連携して欧州における技術トレンドを醸成するグループの中に積極的に入り込んでいくための活動として重要な役割を持っており,継続的に同様のプロジェクトへの参画を推進している。

また,前述の雪に覆われて白線の検出が困難な環境下では,車線逸脱警報や車線逸脱防止システムなどのADAS機能を作動させることが難しい。そこで,このような状況への対応として,日立オートモティブシステムズが戦略製品と位置づけるステレオカメラの特徴を生かした路端検出技術を用いることで,ガードレールや雪壁を検出して,道路境界として認識することにより,既存の車線逸脱防止から路外逸脱防止への拡張をねらったシステムの先行開発を進めている(図5図6参照)。

この路端検出技術を用いることで,前述の白線とオレンジ線が複雑に絡み合う道路工事エリアにおいては,臨時に設置されているガードレールや縁石,または連続的に設置されるポールを検出することで,道路境界を識別することが可能となる。

さらに,アウトバーンを中心とした電光掲示板に表示される制限速度や,その他標識を検出する技術を含めて,欧州内のさまざまな道路環境および運転環境に対応するため,実車走行による実証を積極的に進めている。

図5│寒地テストコースでの試験の様子

図6│路端検知の様子(赤線が検出した路端を示す。)

参考文献など

1)
OECDウェブサイト
2)
Volvoウェブサイト
3)
Department for Transport, United Kingdom: The Pathway to Driverless Cars: A Code of Practice for testing(2015)
4)
DAVIプロジェクトウェブサイト
5)
AdaptIVeプロジェクトウェブサイト
6)
DENSEプロジェクトウェブサイト
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