日立評論

イノベーションの新たな展望

計測技術を起点に,多彩な知見を融合

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日立評論

COVER STORY:FOREWORD

イノベーションの新たな展望

計測技術を起点に,多彩な知見を融合

Luc Van den hove

Luc Van den hove
Interuniversity Microelectronics Centre 代表 兼 CEO
1984年imecに入社,シリサイドおよびインターコネクト技術の分野の研究を開始。1988年にimecのマイクロパターニンググループ(リゾグラフィ,ドライエッチング)のマネージャー,1996年にユニットプロセスステップR&D部長,1998年にシリコンプロセスおよびデバイス技術部門の副代表に就任。2007年1月よりimecの副代表およびCOOを経て,2009年7月imecの代表兼CEOに就任。ベルギーのルーベンカトリック大学より電気工学のPhD授与。単著または共著による200以上の著書を持ち,学会にも貢献。

過去数十年間にわたり,われわれの日常生活は急速な技術革新によって,祖父母の世代には想像することもできなかったレベルにまで向上してきた。しかし,終わりのないイノベーションを継続して実現するためには,みずからの知見を越える思考が必要である。言い換えれば,われわれは多くの学問分野にまたがって,さまざまな角度から知識を結合し,自身の専門分野を越えた先にあるものを見る必要がある。

近年の医療分野における進歩は,その代表例である。ウェアラブル,ラボオンチップデバイス,ニューロプローブなどの新技術により,これまでは不可能だった計測や解析が可能になっている。最先端の技術と医療の専門技術を融合することにより,われわれは疾病や症状の進行過程,その治療,さらに予防の方法について新しい洞察を得つつある。

こうした学問分野をまたがる進歩の一例として,imec(Interuniversity Microelectronics Centre)で新たに開発したマイクロ流体ウェルプレートを備えたマルチ電極アレイチップがある。この小さなチップ上では,心臓細胞など特定のヒトの器官を正確に模倣した複数の細胞構造を育てることができる。このチップを用いることで,薬剤をより短期間で,またより高い信頼性をもって試験することができ,上市までの期間を早めることが可能である。

また,人工知能や機械学習の高度化においては生物から多くを学ぶことができる。ヒトの脳はずば抜けた膨大な計算能力と低エネルギー消費を兼ね備えており,すなわちこれが人工知能の最終目標になる。imecでは,われわれの中核を担うチップ技術を活用し,ニューロモーフィックコンピューティングのプロトタイプとなる自己学習チップを開発した。これは,われわれの脳の働きを模倣して学習するチップである。このチップは,既存のニューロモーフィックコンピューティングのソリューションと比較して,ハードウェアとソフトウェアの双方を最適化しているため,より小さく省エネルギーである。

現在,ニューロモーフィックチップのプロトタイプは,新しい音楽を創作することができるが,理論上,その可能性は無限である。われわれの目標は,ハードウェアとソフトウェアコンポーネントの双方をさらに高度化し,極めて低電力で高性能,低コストの非常に小さなニューロモーフィックチップを実現することである。これらはヘルスケアやエネルギー,公共交通など,さまざまな分野での活用が期待されている。例えばチップを心拍センサーと一体化すれば,学習によって個別のECG(Electrocardiogram)パターンを認識し,異常を示す著しい心拍の変化を識別できるようになるかもしれない。別の可能性としては,義足がその用途として考えられる。義足に一体化されたチップは,個々の患者の動きを学習し,身体の他の部位と調和して動くことを習得できるようになるかもしれない。

これらは,人類の技術がまだ限界に達していないことを示す2つの例にすぎないが,現在の技術では不可能と思われることを実現するためには,固定観念にとらわれず,世界中の研究者やイノベーター,技術開発者と協力することが必要である。imecと長年の協力関係にある日立グループをはじめ,共同研究のビジョンを共有する組織や企業と共に,われわれは今後も,社会イノベーションの原動力たる技術を進展させていく。