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品質と信頼性で社会の発展を支え続ける計測技術

協創とデータ活用が生む新たな価値

ハイライト

日立には,早くから電子顕微鏡をはじめ,液体クロマトグラフや生化学分析などの計測技術および機器の開発に従事してきた歴史がある。近年では,オープンイノベーションで顧客やパートナーと課題を共有し,協創によって新しい装置開発を進めるとともに,ITの進展を背景に計測装置で集めたデータの利活用にも取り組んでいる。

先端医療や創薬,ヘルスケア,環境計測,革新的な新材料の開発など,幅広い分野の社会課題解決に資する日立の計測技術がめざすべき方向性について,日立ハイテクノロジーズ 代表執行役 執行役専務 CTOの池田俊幸が語った。

目次

微細・微量なものの計測がもたらしてきた大きな成果

池田 俊幸

池田 俊幸
株式会社日立ハイテクノロジーズ 代表執行役 執行役専務 CTO
1980年日立製作所入社。同那珂工場において自動分析装置,検体搬送自動化システムの開発などを経て,2013年には株式会社日立ハイテクサイエンス代表取締役取締役社長。その後,2016年より株式会社日立ハイテクノロジーズ代表執行役専務に就任。2018年より同CTOを兼任。
一般社団法人日本分析機器工業会副会長,一般社団法人日本臨床検査薬協会理事。

計測技術はウイルスの発見やDNA(Deoxyribonucleic Acid)の解析といったサイエンスの進展に必要不可欠な基盤であり,その成果を社会に還元する形で,研究開発や品質管理などにより産業の発展に大きく寄与してきました。また,地球環境問題や人々の健康の維持,安全な食や水の確保,新エネルギーの創出といった社会課題の解決やイノベーションにおいても,計測技術はなくてはならない存在です。

現在,医療の現場にしろ,半導体製造の現場にしろ,計測装置に必要とされる重要なポイントは,誰が測っても常に安定して同じ結果が得られることにあります。しかも,あらゆる分野で,より小さいもの・より少ないものを計測することが求められています。半導体であればナノスケールでの微細な加工が,血液の分析であればより微量な成分の詳細な分析が必要とされているのです。

日進月歩での進歩が要求される計測装置において,安定的に常に同じ結果を出すことは容易ではありません。それを実現するために日立グループは,長年にわたり,技術の高性能化に加えて,それぞれの目的に合った使い勝手のよい装置の開発に取り組んできました。

「電子線」と「分光」の技術を足掛かりに,サイエンスと産業の発展を支える

日立の計測技術はこれまで,主に「電子線」と「分光」の2つを柱に進化してきました。電子線は波長が非常に短く,電子顕微鏡において測定したいものに電子線を照射することで,可視光線を用いる光学顕微鏡よりもはるかに高い分解能でものを観ることができます。日立は1940年代から現在までの長きにわたり電子顕微鏡の開発を継続してきた実績があり,物理学や化学,生物学,医学,工学など非常に幅広い分野で,人類に恩恵をもたらすサイエンスの進展に大きく貢献してきました。

さらに電子顕微鏡の技術を応用して,半導体の製造プロセスに欠かせない測長SEM(Scanning Electron Microscope:走査電子顕微鏡)を開発し,半導体の微細パターンの寸法計測に特化した装置として,世界の半導体製造の現場で広く活用されています。

一方,分光技術を活用した計測装置では,紫外域・可視域の光でものを測ります。分光技術を用いる液体クロマトグラフは,複数の物質が混ざった液体を分離・検出する計測装置で,製薬のプロセスや食品中の物質の分析など,幅広い分野で用いられます。また,この分光技術を応用した血中の生化学的・免疫学的な成分を測定する生化学分析装置は,医療現場に欠かせない機器として人々の健康を支えてきました。

さらに,分光技術を用いる計測装置にDNAシーケンサがあります。日立のDNAシーケンサは,効率化・高速化を実現したことにより,ヒトの遺伝子配列を解読する「ヒトゲノム計画」(1990年〜2003年4月)の大幅な期間短縮に貢献したことで知られています。生物学や医学分野などで重用されており,現在,日立のDNAシーケンサのグローバルシェアは8割を占めています。

今後は,電子線の制御で培った真空や電磁界制御技術を,電子からより大きな荷電粒子であるイオン粒子に拡張していくことが目標です。この技術は具体的には,質量分析計の広範な応用へとつながっていきます。また,DNAシーケンサでは,PCR(Polymerase Chain Reaction)などで増幅した分子を集団として扱うことで情報を得てきました。生化学・免疫分析装置においても,採取した血液が全身状態を代表するものとした「均一溶液」の概念に立脚しています。しかし,生体内の一つ一つの細胞にはそれぞれ違った機能や性状があります。今後はこれらの個々の細胞,そして個々の分子に着目した単分子計測へどうやって迫っていくかが課題と考えています。それには,一層の微量化・高感度化が求められます。多くの対象の中から目標を効率的に抽出するなどのデータ処理技術もAI(Artificial Intelligence)を活用した方法が要求されるようになると考えています。

走査電子顕微鏡 FlexSEM 1000 II

装置開発・製造における高い技術力

このように,日立の製品がグローバルに,多種多様な分野で活用されてきた最大の理由は,その装置のロバスト(頑健)性にあると言っていいでしょう。ロバスト性の実現には,製品開発と製造の両輪において,高品質かつ高信頼な機器をしっかり作り込む確かな技術が不可欠です。

例えば,先述のDNAシーケンサがヒトゲノム解析に貢献できたのは,それまで同時に8本程度のキャピラリー(毛細管)しか読み取れなかったものを96本と大幅に増やし,それらを正確に並べて同時に串刺しでレーザー照射により読み取るという,画期的な装置を開発したからにほかなりません。測長SEMにしても,ナノスケールで長さを正しく測ることができる校正装置を作る製造技術があればこそ,世界中の半導体メーカーから信頼を寄せられているのです。

こうした製造技術に欠かせないのが,確かな腕を持つ技術者・技能者たちの存在です。日立は,若い技術者がモノづくりやサービスの技を競う技能五輪に毎年出場し,複数の課題で好成績を上げています。優秀な技能者を数多く擁するのも,安定したモノづくりを実現するうえで,日立グループの大きな強みとなっています。

使いやすさと安定性によりそれぞれの現場で活用される専用装置

これまで日立の計測技術は,より小さいもの・より少ないものを計測するというニーズに応える中で,大きく分けて2つの方向に進んできました。すでに述べたように,高性能の追求ならびに常に同じデータを出せる安定性の実現と,小型で廉価な卓上電子顕微鏡といった誰もが簡単に使える装置の開発です。

電子顕微鏡や分光装置そのものは一般的で汎用的な技術です。しかし専門の知識がないと使いこなすことが難しい装置です。そのため日立ハイテクグループでは,それぞれの現場に特化して高度化した専用装置を作り上げることにより,誰もが簡単に使える装置の開発をめざしてきました。

その成果の一つに,加熱脱離質量分析計(フタル酸エステル類検査装置)があります。フタル酸エステル類は,樹脂を柔軟にするために添加されるもので,絶縁被覆材や電気絶縁テープ,包装用フィルムなどに幅広く使用されています。しかし,2019年7月からEUのRoHS(Restriction of Hazardous Substances)指令において,4種類のフタル酸エステルが規制対象物質に加わることが決定しており,その測定が急務となっています。われわれの装置では,分析原理を変更することで,測定時間を従来法の3分の1以下に短縮しました。

また,臨床の現場で使われる血液の分析装置については,近年,ホルモンやがんマーカーなど,ごく微量な物質を安定的に測ることが求められています。この要求を受けて実現した「高速・高感度フローセル方式免疫分析装置」は,1 mm以下の微細なフローセル(流路)にサンプルを流し込みながら,それぞれのサンプルのコンタミネーション(試料汚染)がないように,連続的に高速に計測する装置です。

この装置は,正確な検査結果を迅速に医師や患者に提供し,医療の質の向上や人々のヘルスケアに寄与している点が評価され,2018年3月,「第64回大河内記念技術賞」を受賞しました。

加熱脱離質量分析計(フタル酸エステル類検査装置)HM1000

多様なパートナーとの協創によるアプリケーション開発

日立はこれまで,ハードウェアに関して高い技術力を誇ってきました。それとともにこれからの計測技術に求められるのは,それぞれの現場で自在に装置を使いこなすためのアプリケーションです。そこで現在,日立は顧客やパートナーとの協創により,現場のニーズをより広く,深く知り,計測装置の開発に生かすさまざまな取り組みに注力しています。

スイスの製薬会社ロシュ社とは,40年の長きにわたる強固なパートナーシップのもと,ロシュ社から試薬の提供を受けることで,生化学・免疫自動分析の装置と試薬の最適な組み合わせを実現してきました。

先述のフタル酸エステル類検査装置についても,日立ハイテクノロジーズのグループ会社である株式会社日立ハイテクサイエンスと,2017年に買収したOxford Instruments plcグループの産業計測器事業の技術を組み合わせることで生まれたものです。近年では,一社だけでこうした画期的な技術を開発することは難しく,複数の企業が互いの要望や悩みなどをオープンに話し合い,協創することで開発できた技術と言えます。

また,測長SEMについては,2005年からベルギーの国際研究機関imec(Interuniversity Microelectronics Centre)に装置を納入するなどして,先端技術に求められるニーズ,装置を使う側の課題を探りつつ,その課題解決に資する装置を共同で開発しています。

新たな知見につながるオープンなデータ共有基盤をめざす

もう一つ,これからの計測技術に求められる重要な要素が,各装置で得られたデータの活用です。血液の検査でこれまで正常値範囲とされてきた数値などでも,複数のデータと組み合わせて分析することにより,従来の知見が覆されることがあります。半導体の異物の検証も,AIを活用することでより効率的に検知することができるでしょう。それには個々の計測装置から得られた多種多様なデータをクラウド上に集約することが不可欠であり,そのための仕組み作りを行うことがわれわれの役目です。

これに先駆けて,日立ハイテクノロジーズでは,当社が提供する装置向けIoT(Internet of Things)サービスポータル「ExTOPE(エクストープ)」を開発し,計測データや装置稼働データをクラウド上で収集・蓄積・管理するとともに,お客様のデータ共有や分析などに活用可能なWebポータルを提供しています。

秘匿すべきデータのセキュリティは強固に守りつつも,一方でオープンに広く活用できるデータについてはクラウド上でつなげ,AIなどで解析して新たな価値を見出すことで,今後も社会課題解決に大きく貢献していきたいと考えています。

IoTサービスポータル ExTOPE