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デジタル時代の企業経営を支える知財活動

粒子線治療装置開発における産学連携と知財の創生

ハイライト

粒子線を用いたがん治療は,患者への負担が少ない治療法として期待が大きく,国内外で普及が進んでいる。日立はこれまで大学と協創し,粒子線治療装置の開発を進めてきた。2014年には,北海道大学と共同で取り組んだ国家プロジェクトの最先端研究開発支援プログラム「持続的発展を見据えた『分子追跡放射線治療装置』の開発」の成果として,日立開発のスキャニング照射技術と北海道大学開発の動体追跡放射線治療技術を融合した移動性臓器対応スキャニング照射技術を実用化した。さらに,その開発中に共同で創生した発明が,2017年度全国発明表彰においてその最高賞となる恩賜発明賞に選ばれた。今後も協創を通じた技術開発を進め,粒子線治療のさらなる普及に貢献していく。

目次

執筆者紹介

藤井 祐介Fujii Yusuke

  • 日立製作所 研究開発グループ エネルギーイノベーションセンタ 電磁応用システム研究部 所属
  • 現在,粒子線治療システムの研究開発に従事
  • 日本医学物理学会会員

梅川 徹Umekawa Toru

  • 日立製作所 研究開発グループ エネルギーイノベーションセンタ 電磁応用システム研究部 所属
  • 現在,粒子線治療システムの研究開発に従事
  • 理学博士
  • 日本医学物理学会会員

梅澤 真澄Umezawa Masumi

  • 日立製作所 ヘルスケアビジネスユニット 放射線治療システム事業部 粒子線治療システム本部 システム設計部 所属
  • 現在,粒子線治療システムのシステム設計に従事

1. はじめに

放射線を用いたがん治療は,治療後のQoL(Quality of Life)が高い治療法として近年普及が進んでいる。その中でも粒子線と呼ばれる高エネルギーに加速した陽子や炭素を用いた粒子線治療は,腫瘍への線量集中性が高いことから治療効果の向上および副作用の低減が期待でき,関心が高まっている。日立グループは,物理研究用の粒子加速器の製造・開発で培った技術を活用し,粒子線治療システムの開発を進めてきた1)。筑波大学附属病院陽子線医学利用研究センターに治療専用施設として初めて納入した陽子線治療システムで2001年に治療を開始している2)。また,2002年に世界有数のがん治療病院である米国テキサス州立大学のMDACC(MD Anderson Cancer Center:MDアンダーソンがんセンター)から受注した陽子線治療システムにおいて,商用施設として世界で初めて陽子線スポットスキャニング照射技術(以下,「スキャニング照射技術」と記す。)を用いた治療を2008年より開始した3),4)

スキャニング照射技術は,粒子線治療の特長である線量集中性を高めることが可能な照射技術である。呼吸などにより腫瘍が移動する場合,線量集中性が高いという利点を生かしきれないという課題があった。この課題を克服するため,国立大学法人北海道大学が開発を進めてきた移動する腫瘍の位置を可視化する動体追跡技術と,日立が開発したスキャニング照射技術を融合する技術開発に同大学と共同で取り組んだ5)。この共同開発は,2009年に国家プロジェクトである最先端研究開発支援プログラムの「持続的発展を見据えた『分子追跡放射線治療装置』の開発」にも採択された。プロジェクト進行中は,いくつもの技術的課題にぶつかりながらも,共同で困難を乗り越え,システム開発を完遂させた。完成したシステム(PROBEAT-RT)は,北海道大学に納入され,2014年2月に薬事法に基づく医療機器の製造販売承認を取得し,同年3月にスキャニング照射法による陽子線治療を開始した。動体追跡技術とスキャニング照射技術を組み合わせた治療システムについても薬事法に基づく医療機器の製造販売承認を同年8月に取得し,同年12月に治療を開始した。開発した技術は,現在,治療開始準備を進めている国内外の8施設において適用され,より多くの患者の治療に利用される予定である。ここでは,呼吸などによって移動する腫瘍に対して高精度に粒子線を照射する技術の共同開発について述べる。

2. スキャニング照射技術の特長

日立の陽子線治療システムでは,円形加速器の一種であるシンクロトロンによって陽子線を光速の70%程度まで加速する。シンクロトロンから取り出された陽子線は,陽子線を輸送する高エネルギービーム輸送系,患者に対して任意の方向から陽子線を照射する回転ガントリー,陽子線が形成する線量分布を腫瘍形状に合致するよう成形する照射装置を通過して患者体内へ達する。従来用いられてきた散乱体照射法と,スキャニング照射法の照射野形成装置の構成を図1に示す。散乱体照射法では,単一エネルギーの陽子線を照射野形成装置に入射し,深さ方向拡大装置と横方向拡大装置を用いて高線量領域を拡大する。線量分布拡大には,陽子線が物質を通過するとエネルギーを損失しながら散乱によって拡大するという原理を用いる。線量分布が拡大した後,コリメータを用いて腫瘍形状に合わせて切り出す。一方,日立が開発したスポットスキャニング照射技術は,加速器から輸送された細い陽子線の径を極力拡大させず患部に照射し,その照射位置を三次元的に走査することで腫瘍形状に線量分布を合致させる。陽子線進行方向,すなわち深さ方向の到達深度はシンクロトロンで加速するエネルギーによって調整し,陽子線進行方向に垂直な面内には2台の走査電磁石を用いて電磁的に走査する。形成される線量分布の自由度が高まるため,より腫瘍の形状に合致した線量分布を形成することができる。

図1|照射野形成装置の比較(a)散乱体照射法では,散乱によって拡大された分布をコリメータで腫瘍形状に合わせる。
(b)スキャニング照射法では,エネルギー変更と走査により照射する位置を順次変更して腫瘍形状に合わせた線量分布を形成する。

3. 動体追跡技術とスキャニング照射技術の融合

呼吸などによって移動する肺や肝臓といった臓器に対する陽子線治療に関して,日立は筑波大学附属病院陽子線医学利用研究センターと共に呼吸同期照射と呼ばれる照射法を提供してきた。これは,呼吸同期信号を発生する装置が体表の動きを検知して呼吸位相信号を取得し,あらかじめ定められた位相でのみ出力されるゲート信号がオンになっている間のみ陽子線を照射するものである。

今回の開発においては,この呼吸同期照射におけるシンクロトロンの運転方式をベースに,さらに高精度化するため北海道大学が開発してきた移動する腫瘍に対する放射線治療を可能とする動体追跡技術6)と,日立のスキャニング照射技術を融合させた。図2に治療室の写真を示す。動体追跡技術は,患者体内の腫瘍近傍に直径1〜2 mmの金マーカーを刺入し,2方向からのX線透視画像を1秒間に30回取得して体内の金マーカーの三次元的な位置を把握し,そのマーカー位置があらかじめ定められた範囲にある場合にのみ放射線を照射するものである。動体追跡技術とスキャニング照射技術を組み合わせることで,腫瘍の動きを把握できるようになり,移動する臓器に対する正確な照射が可能となる。共同開発は,主に研究開発を担う日立のチームと,その検証を担う北海道大学の研究チームとの体制でスタートした。共同開発が始まった当初,「腫瘍と共に移動する金マーカーを目印に,粒子ビームを照射する」というゴールイメージが明確であったため,開発は問題なく進むだろうと思われていた。

図2|北海道大学病院陽子線治療センターの治療室治療用の陽子線照射装置と,腫瘍の位置を計測するための2方向のX線透視装置を備える。陽子線照射装置が回転可能な構造となっており,360度の任意の方向から腫瘍に向けて陽子線を照射可能である。

北海道大学の研究チームとの共同開発では,最初に動体追跡技術とシンクロトロンを用いたスキャニング照射技術を組み合わせた場合の照射効率と線量分布について議論を進めた。ここでいう照射効率とは,動体追跡システムが照射を許可する全時間のうち,陽子線が照射可能な時間の割合を指す。議論では,日立からシンクロトロンの制御方式の詳細を,北海道大学から動体追跡装置の出射許可信号の特徴を互いに説明し,スキャニング技術と動体追跡技術を組み合わせたシステムについて理解を深めた。ところが,腫瘍の動きと照射タイミングとを合わせることが予想よりも難しいことが判明した。日立が従来呼吸同期照射運転に用いていた運転方式では,シンクロトロンへの陽子の入射・加速後,出射待ち状態に移行し,ゲート信号がオンになった時に出射していた。当初,動体追跡技術と組み合わせたシステムにも従来運転方式を適用する予定であった。しかし,動体追跡では1秒間に30回金マーカー位置を把握するが,腫瘍の動きが複雑かつ不規則であるため,照射許可信号が短時間でオン/オフする場合がある。従来運転方式では,図3(a)に示すように最初の照射許可信号がオンの間のみ陽子線を照射し,シンクロトロンが減速に移行するという事象が発生する。北海道大学の研究チームが,過去のX線による動体追跡放射線治療の照射許可信号データを用いて照射効率を見積もったところ,照射効率は4%にとどまった。これは,従来の方法での1時間以上の照射に相当し,臨床に適用するのが困難であることが分かった。

この問題の解決のため,出張やテレビ会議を繰り返して日立チームと北海道大学チームとで何度も議論を重ねては,振り出しに戻るという状況が続いた。解決策として腫瘍の動きを予測して照射許可信号を生成する手法を検討した。しかし,北海道大学の研究チームの経験から,人体の動きが複雑であるため,腫瘍の動きを予測する手法は不採用とした。他にも連続照射ができる加速器自体の改良など,開発期間とコストの制約で断念した手法が多くあった。知恵も尽きたと思われたあるとき,日立がこれまで開発してきたスポットスキャニング照射技術に,照射位置を変更する際に粒子線照射を一時停止する機能があったことに気付いた。この発想を基に,従来システムからの変更を最小限とする対応策として考案されたのが,図3(b)に示す手法である。出射開始後に新たな待機制御を導入することで,腫瘍の位置が照射可能な範囲から外れると粒子線照射を一時停止する機能を加えた。この一時停止機能に最長時間を設定し,一時停止中に腫瘍が照射可能な範囲に戻ると照射を再開し,一時停止の最長時間までに腫瘍が戻らなければ,シンクロトロンが減速を開始する運転方式とした。この運転方式により,腫瘍が照射可能な範囲から外れ,すぐに戻る場合にも,効率よく粒子線を照射することが可能となる。早速,北海道大学の研究チームが新制御方式を適用した場合の照射効率を見積もった結果,43%以上となり,臨床適用に必要な照射効率が得られることを確認できた。この共同開発では,技術の融合だけでなく,医療現場スタッフの患者の負担を最小限に抑えたいという強い思いから,治療時間の短縮化にもこだわり,高い目標を掲げていた。照射効率を4%から43%に向上することで,治療も数分から数十分で完了することができ,患者の治療に対する負担を大幅に減らせる。

図3|加速器の運転方式の比較(a)待機制御がない従来の制御では,腫瘍位置が目標範囲から一度外れると照射準備が始まるため,照射可能な時間が限られていた。
(b)腫瘍位置が目標範囲から外れた後に待機制御を設けることにより照射可能な時間が拡大した。

この新しい制御方式を適用した場合の腫瘍に形成される線量分布を解析した。人体を模擬した水中に,一辺が6 cmの立方体で腫瘍を模擬した標的を設定し,標的内に一様な線量を照射する条件を求めた。標的の移動を全幅20 mm,周期3秒のsin関数の4乗の関数であると仮定したうえで,標的の移動経路の特定位置に照射許可範囲を設定し,照射許可範囲の幅と標的内の線量分布一様度との関係を調べた。移動方向は,スポット照射位置を優先して走査する方向(主方向),それに垂直な方向(副方向),さらに陽子線の進行方向となる深さ方向への3方向に対して設定した[図4(a)参照]。その結果,照射許可範囲の幅を2 mm以下に設定することで,標的の移動方向によらず,線量一様度を目標である3%以下にできることを示した[同図(b)参照]。また,より実態に近い体系での検証として,過去のX線による動体追跡放射線治療を適用した実患者の呼吸移動データ,および治療計画CT(Computed Tomography)データを用いた評価が北海道大学の研究チームによってなされている。動体追跡技術とスキャニング照射技術を組み合わせることによって,照射許可範囲の大きさを±2 mmにすることで腫瘍への的確な照射がなされることが示されている7),8)。このように照射効率と線量分布が臨床適用可能であることを確認したため,新しい制御方式を採用した。

本開発は,大学と企業が連携して大きな成果を得た事例として認められ,第13回産学官連携功労者表彰において文部科学大臣賞を,さらに第101回日本医学物理学会学術大会において大会長賞,第44回日本産業技術大賞において審査委員会特別賞,第6回技術経営・イノベーション賞において科学技術と経済の会会長賞をそれぞれ受賞した。

医療機器の開発は,医師だけ,あるいは,企業の研究者だけで行うことはできない。今回のプロジェクトも,北海道大学の研究チームの現場の意見や臨床データに基づく検証,日立が先人から積み重ねてきた技術開発力とそれぞれの強みを出し合い,融合することで新たな動体追跡技術の開発へとつながった。

図4|線量分布検証結果(a)立方体標的を,呼吸移動を模擬した関数で移動させて線量分布を求めた。
(b)走査方向によって相違はあるが,目標となる線量一様度3%以下を照射許可範囲幅2 mmで達成できることが分かる。

4. 知財の創生

開発中,北海道大学の研究チームとの間で,知財の重要性について考えを共有していた。そのため,最先端研究開発支援プログラムの期間中,3か月に1回の頻度でアイデアの創出に関する打ち合わせを実施した。ここで紹介した新制御方式に関する発明,透視X線と陽子線照射のタイミングに関する発明,また,将来的なものとして陽子線の照射位置を標的位置に追従して変更する追尾照射に関する発明など,この開発期間中に北海道大学と日立の産学連携発明として10件の特許を共同で出願した。このうち,8件が国内で権利化されており,さらに4件は国外においても権利化されている。

2016年3月には,この動体追跡技術の発明の特許が成立し,このタイミングで北海道大学と共同で2017年度全国発明表彰へと応募した。そして,これらの開発および知財の内容が評価され,2017年度全国発明表彰において最高賞である恩賜発明賞の受賞が決定した。これは日立製作所としては,約20年ぶりの快挙であった。

5. おわりに

ここでは,呼吸などによって移動する腫瘍に対して高精度に陽子線を照射する技術を北海道大学と共同で開発した状況について述べた。北海道大学が開発した動体追跡技術と,スキャニング照射技術を組み合わせた照射法を開発し,照射効率を向上させるシンクロトロンの運転方式を考案した。今後は,本研究で開発した技術を陽子線のみならず炭素線を用いた粒子線治療システムにも適用する研究開発を進め,粒子線治療のさらなる普及に寄与していく予定である。

謝辞

ここで紹介した内容は,内閣府総合科学技術会議によって制度設計された最先端研究開発支援プログラムの「持続的発展を見据えた『分子追跡放射線治療装置』の開発」による成果であり,また,北海道大学大学院医学研究院の白𡈽博樹教授および工学研究院の梅垣菊男教授,そしてその研究グループとの共同研究成果である。この研究開発にあたり,ご指導,ご支援いただいた関係各位に感謝申し上げる。

参考文献など

1)
廣田淳一,外:粒子加速器トータルシステム構築と設計技法,日立評論,79,2,211〜216(1997.2)
2)
梅垣菊男,外:次世代がん治療を担う陽子線治療システム,日立評論,85,9,605〜608(2003.9)
3)
松田浩二,外:世界初の商用スポットスキャニング照射装置,日立評論,91,3,314〜319(2009.3)
4)
A. Smith et al.: The M. D. Anderson proton therapy system, med Phys., 36, 4068-4083(2009)
5)
梅澤真澄,外:移動性臓器対応小型陽子線治療システムの開発,日立評論,97,6-7,388〜393(2015.6)
6)
H. Shirato et al.: Real-time tumour-tracking radiotherapy, THE LANCET, 353(9161),pp.1331-1332(1999)
7)
T. Matsuura et al.: Integration of a real-time tumor monitoring system into gated proton spot-scanning beam therapy: An initial phantom study using patient tumor trajectory data, Med Phys., 40, 071729(2013)
8)
S. Shimizu et al.: A Proton Beam Therapy System Dedicated to Spot-Scanning Increases Accuracy with Moving Tumors by Real-Time Imaging and Gating and Reduces Equipment Size, PLOS ONE, 9, 4, e94971(2014)
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