日立評論

日立のデジタルトランスフォーメーション 人財育成と教育体制

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ハイライト

日立は2018中期経営計画において掲げた「IoT(Internet of Things)時代のイノベーションパートナー」となるべく,デジタル技術を活用した社会イノベーション事業を推進している。その成長をグローバルに拡大していくためには,まず事業のフロントで顧客やユーザーと共にイノベーションを起こす人財を強化する必要がある。デザインシンキングに代表される態度や実践的な手法の浸透も不可欠である。また,デジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)を牽(けん)引すべきデータサイエンティストなどの専門家は世界的な人財不足であり,独自の育成が急務となっている。

本稿では,既存の教育体系ではカバーできないこれらの課題に対する日立グループの横断的な取り組みや新たな教育体制を紹介する。

目次

執筆者紹介

有吉 司Ariyoshi Tsukasa

  • 日立製作所 総合教育センタ 日立総合技術研修所 所長
  • 現在,社内教育機関の統合による新たな技術教育体系の構築に従事
  • 公益社団法人日本工学教育協会理事
  • 公益財団法人日本デザイン振興会理事

1. はじめに

日立は2018中期経営計画において掲げた「IoT(Internet of Things)時代のイノベーションパートナー」となるべく,デジタル技術を活用した社会イノベーション事業を推進している。その成長をグローバルに拡大していくためには,まず事業のフロントで顧客やユーザーと共にイノベーションを起こす人財を強化する必要がある。デザインシンキングに代表される態度や実践的な手法の浸透も不可欠である。また,デジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)を牽(けん)引すべきデータサイエンティストなどの専門家は世界的な人財不足であり,独自の育成が急務となっている。

本稿では,既存の教育体系ではカバーできないこれらの課題に対する日立グループの横断的な取り組みや新たな教育体制を紹介する。

2. DXを担う人財育成の加速

2.1 フロント人財の強化

2018中期経営計画がスタートする2016年4月より,日立は社会イノベーション事業を推進するためのフロントビジネスユニットの体制を敷いた。顧客やユーザーとの対話を通じて具体的な社会課題を発見し,データ利活用とOT(Operational Technology)×ITおよびプロダクト・システム技術の組み合わせ・統合によって課題を解決し,価値を創出するDXをサービスの形で提供することがフロントの機能・使命である。この役割を担うフロント人財の育成は既存の教育体系ではカバーすることが難しく,新たな学びの場とそれを常にブラッシュアップする仕組みづくりが必要であった。そこでCMO(Chief Marketing Officer),CSO(Chief Strategy Officer),CHRO(Chief Human Resource Officer)を中心とした「社会イノベーション事業フロント人財強化委員会」を設置し,準備委員会による半年間の検討を経て中期経営計画に連動する3年間の強化研修プログラムをスタートさせた。

研修はフェーズ1〜4に区分され,社会イノベーション事業推進の中核を担うために選抜されたリーダー人財(コア人財)から段階的に育成を進めた。フェーズ1・2においては重要プロジェクト担当のコア人財を対象とした実案件のアクションラーニングやケーススタディ・ワークショップを実施した。その状況を常にモニタリング・評価してプログラムを見直すと同時に,実施内容や成果を随時コンテンツにまとめ,フェーズ3・4にてフロント全体へ強化プログラムを拡大していく際の生きた教材とした。現在は対象をさらに拡大した一般研修を立ち上げ,eラーニングやハンドブックの発行なども併せて全従業員への社会イノベーション事業の理解・浸透施策を推進している。

顧客協創の最前線でイノベーションを起こすことを担うフロント人財強化の詳細については,本号掲載の論文「社会イノベーション事業を推進するフロント人財強化の取り組み」を参照されたい。

2.2 DXを牽引するグローバルな専門家集団の育成

図1|データサイエンティスト育成のアプローチグローバルなプロフェッショナル・コミュニティの形成により,実務者の相互研鑽を進め,必要スキルや教育・認定などの課題解決にも取り組む。

AI(Artificial Intelligence),IoTやビッグデータ利活用など,進展するデジタル技術を活用したDXがさまざまな企業で求められる一方,データ分析の専門家であるデータサイエンティストの世界的な不足が課題となっている。例えば,国内におけるビッグデータ,IoT,AIを担う人財の不足数は,2018年時点では約3万人だが,2020年には約4万8,000人に拡大すると推計されている1)。現在,データサイエンティストを外部から採用することは容易ではなく,先進のグローバル企業でも,データサイエンティスト育成の取り組みが始まっている。

日立は,これまでにも一般社団法人情報処理学会の認定情報技術者制度[CITP(Certified IT Professional)制度]に準拠した高度IT人財の社内認定制度を立ち上げ,国内での人財育成を推進してきた。しかし,社会イノベーション事業におけるデータサイエンティストには,IT分野だけではなく電力,鉄道,産業などのOT分野の業務知識や,データ分析のスキルが必要である。

OT×ITおよびプロダクト・システム技術の組み合わせ・統合によるDXを牽引するデータサイエンティストの育成は,単独の事業部門内のOJT(On-the-Job Training)や既存の研修プログラムだけでは不可能である。そこで,AIなどの先進技術や事例,ノウハウの共有,課題に対する解決手法に関するディスカッションを促進するプロフェッショナル・コミュニティを2018年6月に立ち上げた。具体的には,データサイエンティストが直面するさまざまな課題に対して,高度なAI技術を生み出した国内外のトップクラスの研究者やOT×ITによるDXの経験を持つ実務者が相互に情報提供やアドバイスをするなど,データサイエンティストの自発的な行動と実務を通じた相互啓発的な学習,相互研鑽(さん)を支援するコミュニティである(図1参照)。

さらに,日立グループ内のデータサイエンティストのスキルをグローバルな人財マネジメント統合プラットフォーム2)に登録し活用することで,データサイエンティストを定量的に把握し,人財育成の効果測定をはじめ,適切な採用や人財配置などに生かしていく予定である。

日立は,2021年度までに3,000名を目標として,国内外の日立グループにおけるデータサイエンティストを増強することで,顧客のDXの支援を一層強化し,グローバルでのデジタルソリューションの拡大を推進していく3)。なお,これらの取り組みの詳細は,本号掲載の論文「さまざまなデータ利活用のニーズに応えるプロフェッショナル・コミュニティ活動」を参照されたい。

日本企業の間に広く普及しているITスキル標準を参照モデルとし,情報処理学会が創設した認定制度。

2.3 顧客協創を加速するデザインシンキングの浸透

複雑な因果関係を内包する社会課題や,生活者の価値観を起点としてバリューチェーン全体が革新されるデジタル時代に対応するための手法として,デザインシンキングが有効であることが認められるようになってきた。課題発見から解決アイデアの創生および価値検証を迅速に繰り返すデザインシンキングの態度や手法は,フロントから研究開発に至るすべての職種に対して多くの企業で導入されている(図2図3参照)。

日立ではデザインシンキングに基づく顧客協創方法論および手法・ツールの体系である「NEXPERIENCE」を2015年に開発した4)。その後は実践からのフィードバックによる継続的なアップデート,ITツール,シミュレータなどの拡充を進め,現場の知を結集した価値創造の基盤であるLumadaを,IoTプラットフォームと共に社会イノベーション事業を推進するための鍵となる手法・ツールとして位置づけている。

社内教育機関においても,デザインシンキングを知識レベルでなく実践的な力として習得した人財を増強するために,NEXPERIENCEを活用した実習の選抜研修や,一般研修への導入拡大を計画している。詳細は本号掲載の論文「顧客協創方法論NEXPERIENCEに基づくデザインシンキングの浸透」を参照されたい。

図2|デザインシンキングが求められる理由複雑な因果関係を内包する社会課題や,生活者の価値(観)を起点としたバリューチェーン全体のダイナミックな変化に対応するために,デザインシンキングの態度や手法が多くの企業で導入されている。

図3|デザインシンキングのアプローチの特長課題発見から解決アイデアの創生および価値検証を迅速に繰り返し,常に変化するニーズを把握すると同時にその本質を探究していく態度がデザインシンキングの特長である。

3. 社内教育機関の統合によるDX人財育成の加速

DXを担う人財(以下,「DX人財」と記す。)は,おのおのの専門性を高めるだけでなく,分野をまたがって異なる技術・製品を統合したり,顧客協創のフロントから研究開発やモノづくり現場まで,職能の壁を越えて縦横無尽に行動したりすることが期待される。これまでの日立の教育・研修は,株式会社日立総合経営研修所が経営やビジネススキルを中心とした研修,株式会社日立インフォメーションアカデミーがITを中心とした研修,日立製作所 日立総合技術研修所がOTや製品向け技術を中心とした研修というように,3つの機関に分かれて提供してきた。これらの機関を2019年4月1日付けで1つの会社に統合し,おのおのの特長を生かしながら,統合化技術としてDXの新たな教育体系を構築し,実行することを最優先で進める計画である(図4参照)。

今後,新会社では従来日立グループで培ってきた教育・研修業務を体制化し,事業戦略に応じた人財育成の戦略企画から研修,運営の提供までを一貫して実施することで,社会イノベーション事業をグローバルで加速するための人財育成施策をリードしていく。また,これらの実績・ノウハウを基に,従来から提供してきた顧客への人財育成サービスを強化し,デジタル技術を活用するための研修などを通じて,新たな価値創出に向けた顧客との協創につなげ,課題解決を支援していく5)

図4|新会社による教育体系の基本的な考え方DX人財育成を加速するために,3教育機関の特長を生かした新たな教育体系の構築と実行を進める。

4. おわりに

本稿では,DX人財の育成として,フロント人財の強化や,データサイエンティストなどの専門家集団の育成,デザインシンキングの浸透などに焦点を当て,日立グループの横断的な取り組みや新たな教育体制を紹介した。

時代のパラダイムが激しく変わるイノベーションの最前線では,単独の事業部門や自らの技術だけでは扱えない複雑な課題に一人ひとりが対峙(じ)する。課題を解決するよりどころとなる知識や互いに学びあう場を彼らが求めるとき,そのコミュニティの形成と運営を支え,相互研鑽の営みを記録・蓄積して次世代に伝えていくこと,次の時代を切り拓くイノベーターたちを輩出するエコシステムを現場と協力して作り上げることは,コーポレートおよび社内教育機関の普遍的な使命であり,その役割と仕組みのDXが求められている。

参考文献など

1)
経済産業省:IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果を取りまとめました(2016.6)
2)
舘田清志:日立のグローバル人財戦略の取り組み,日立評論,100,4,378〜382(2018.7)
3)
日立ニュースリリース,デジタルソリューションのさらなる拡大に向けデータサイエンティスト育成を加速(2018.6)
4)
石川奉矛,外:顧客協創方法論「NEXPERIENCE」の体系化,日立評論,97,11,659〜664(2015.11)
5)
日立ニュースリリース,デジタル技術を活用した社会イノベーション事業のグローバル展開をリードする人財の育成を担う新会社を設立(2018.10)
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