日立評論

「つくる」だけでなく「活かす」発想を

産業パラダイム転換の時代における経営基盤のあり方

ページの本文へ

Hitachi

日立評論

COVER STORY:TRENDS

「つくる」だけでなく「活かす」発想を

産業パラダイム転換の時代における経営基盤のあり方

ハイライト

デジタライゼーションが本格化し,ビジネスや社会が大きく変貌しつつある。生活者の価値観が急速に変化する中で,企業には従来のビジネスモデルや勝ちパターンからの脱却が迫られている。産学連携推進機構理事長の妹尾堅一郎氏は,こうした現状から,産業パラダイムの転換が加速し始めたと語る。

『技術力で勝る日本が,なぜ事業で負けるのか』の著者として知られる妹尾氏は,現在のマクロトレンドと企業経営をどのように見ているのか。パラダイム転換の背景と,その中で勝ち残る企業の経営基盤のあり方という2つの側面から聞いた。

目次

パラダイムの転換に必要な3つの要素

妹尾 堅一郎
NPO法人産学連携推進機構理事長
慶應義塾大学経済学部卒業後,富士写真フイルム株式会社勤務を経て,英国国立ランカスター大学経営大学院博士課程満期退学。産業能率大学助教授,慶應義塾大学大学院教授,東京大学先端科学技術研究センター特任教授,九州大学客員教授,一橋大学大学院商学研究科(MBA)客員教授等を歴任して現職。現在も東京大学等で大学院生や社会人を指導。内閣知的財産戦略本部専門調査会前会長,農林水産省技術会議議員ほか,多くの省庁委員や大手企業役員を兼務。ビジネスモデルと知財マネジメントに関する研究と教育を続ける。著訳書多数。中でもベストセラーになった『技術力で勝る日本が,なぜ事業で負けるのか』は題名が流行語にもなった。また,実践面では,秋葉原の再開発プロデュース等で著名。
平成20年度 産業財産権制度関係功労者表彰 経済産業大臣表彰。

最近のグローバルな動向を見ていると,産業パラダイムの転換がいよいよ一気に進むのではないかと感じます。私が最初にパラダイム転換の可能性を指摘したのはもう15年余り前になりますが,ここにきて加速する要件がそろってきました。

パラダイムの転換は,「技術」,「制度」,「社会文化」という3つの要素が互いに関連しながら変容することによって進みます。技術だけが進んでも,制度面での規制あるいは後押しや,社会文化面での変化の促進あるいは受け入れる素地ができなければ,パラダイム,すなわち準拠枠組(常識として思考の基盤となる枠組み)が変わらないということです。

通常,産業パラダイムの変換あるいは移行は,例えば19世紀の産業大革命に匹敵するようなものを意味します。イノベーションが相互に関連しながら,次々に連鎖的に展開し,ある時点で急激に社会や産業全体を加速度的に大変革してしまうのです。

ただし,実は,イノベーション自体も同様に「技術」,「制度」,「社会文化」の相互が関係し合って,社会を変えています。例えば自動車を例にとると,第二次世界大戦後の経済発展の中で,米国の自動車産業界ではエンジンの大排気量化が進みました。しかしそれによって大気汚染が深刻化すると,環境対策を求める社会文化が形成され,1970年にマスキー法(改正大気浄化法)という厳しい制度が作られます。その規制を技術がクリアし,低公害車は当たり前のことになりました。すると今度は交通事故対策が社会的要請となりました。これに呼応して3点式シートベルトが開発され,その特許が無料開放されると装備が制度で義務づけられ,安全重視社会への転換が促される,といった具合です。

個々のイノベーションの研究をしていた私が久しぶりに産業生態系全体のパラダイム転換について言及し始めたのは,3つの要素それぞれでそうした大きな変化要因が出現したため,いわば「役者がそろった」からに他なりません。

サイバーとフィジカルのインタラクションで価値を創出

役者とは,技術におけるCPS(Cyber Physical System),制度におけるSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標),社会文化におけるSSSC(Service,Subscription, Sharing and Circular)です。

それぞれについて簡単に説明しましょう。まず第一の役者であるCPSとは,ドイツのIndustrie 4.0,米国のIndustrial Internet,日本のSociety 5.0などに通底する技術概念であることは言うまでもありません。モノ(フィジカル側)の技術が価値創出を行った工業化社会,デジタル(サイバー側)の技術が価値を創出した情報社会,そして,フィジカルとサイバー,アナログとデジタル,リアルとバーチャルが相互に関係し「AND」化する時代,顧客価値(社会価値,産業価値,生活価値など)はCPSによって創発される時代に移行し始めているのです。

例えば,CPSの中心概念であるデジタルツインを介して,プロダクティビティ(生産性)に加えて「プレディクティビティ(予測性)」の向上が期待できるようになりました。センサーを使ってフィジカル側のデータを集め,AI(Artificial Intelligence)分析することで故障の予兆をつかむことによって「予防保全」が可能になっています。これは生産設備や社会インフラの話だけではありません。われわれの健康の「予知保全」も期待されています。

また,「マスカスタマイゼーション」も期待されます。受注から製造ラインまでがCPSでシームレスにつながると,ユーザーごとにカスタマイズした製品を効果的・効率的に生産できるようになります。個別のニーズに応じた最適な生産が可能になれば,大量廃棄のような資源の無駄がなくなるでしょう。

SDGsはルールメイキングのリソース

第二の役者はSDGsです。国連が,持続可能で多様性と包摂性のある社会をめざして決議した17の開発目標群は高邁な理想として誰も反対できないものでしょう。そこでこれらの開発目標群が今後の社会の常識となりつつあります。ただし,見逃してはならないのは,SDGsがビジネスにおける「ルールメイキング・リソース」になりうる点です。現在17の開発目標は169の具体的ターゲットに分解されていますが,さらにその先は国際標準化と認定・認証ビジネスにつながっていくはずです。その認定・認証を通らないとグローバルなサプライチェーンから外されかねません。すなわちSDGsは高邁な目標であると同時に,欧州主導のしたたかな産業政策の側面があり,それは日本企業にとって大きなリスクになりうるという点を指摘させていただきたい。つまり,どんなに優れた技術を持っていても,SDGsに対応していない企業はグローバル市場から排除されかねないのです。

現在,環境(Environment),社会(Social),企業統治(Governance)に配慮している企業に対して選択的に投資を行うESG投資が注目を集めていますが,これも同様の流れなのです。これらをしっかり読み解き,適切に対応することが求められています。

経営にSGDsを取り込むとなると,従来のCSR(Corporate Social Responsibility)報告書から統合報告書を経て「SDGsレポート」のような形で発信することが求められます。それを意識している企業は日本では日立を含めてまだ一部ではないでしょうか。企業の皆さんには,SGDsをはじめとする制度的な側面が産業パラダイムを大きく変えるのだという点に気づいてほしいものです。

所有から利用へ,急速に変容する社会文化

第三の役者はSSSCです。これは,社会文化の大きな流れを表した私の造語です。サービス経済への移行,所有から利用へという流れはかなり以前から進んでおり,例えばITであれば,ハードウェアやソフトウェア自体のパッケージ販売からクラウドサービスの提供に移行しています。最近では自動車業界も,利用に対して課金するサブスクリプション方式のビジネスを始めました。ユーザー側からすると運用コストの削減や常に最新のバージョンを利用できるというメリットがあり,今後も拡大していくでしょう。

シェアリングとサーキュラーは双子の関係にあると言えます。例えば,ネット上のフリーマーケットなどは,リユースによるサーキュラービジネスであるとともに,本質的にはシェアリングビジネスでしょう。若い世代には,数百万点のアイテムが詰まったワードローブ(洋服ダンス)をシェアしているような感覚で捉えられています。また先日,最近の大学の学生寮では下着のシェアが当然のように行われていると聞いて,そこまできたかと驚きました。このように,若い世代を中心にシェアリングやリユースを通じて「所有より利用」感覚が浸透してきているのです。

また,シェアリングはサービス経済とも親和性が高く,「単独では価値のない未利用や利用済み資源をネットワーク化を通じてビジネス価値化する」というサービスモデルが一気に展開されています。

他方,産業文化も,この流れを受けて変容しています。製造業のサービス化,サブスクリプションやシェアリングはB2B(Business to Business)でも新しい話ではなくなりつつあります。またサーキュラーを前提にした静脈経済もイノベーションの宝庫になりつつあります。つまり,社会文化のみならず産業文化も大きく変容していることを自覚すべきなのです。

産業生態系の変化を見据えた知財マネジメントを

以上のように3つの要素において役者がそろい,産業パラダイムの転換が起き始めています。特にSSSCの潮流は,製造業の産業生態系を激変させるかもしれません。日立も危機感を持ってさまざまな手を打っておられると思いますが,この大転換の時代に勝ち残るためには,事業戦略だけでなく全社戦略を見直し,企業の基礎・基盤部分の改革と強化を図ることも必要です。本特集のテーマとなっている知財(知的財産),モノづくり,人財教育は,まさに「知」と「モノ」と「ヒト」の育成と活用であり,企業の競争力の根幹として欠かせない要素ですね。

まず知財部門では,CPSによってデータなどの「非権利化知財」が価値を生む時代への対応が求められます。従来のような知財権中心主義からデータ中心主義への転換という側面のみならず,企業における「知」というものをどう生み,活かすかという,広い視野での戦略が必要になっているのです。つまり,「知」という経営資源をどう内部で生んだり外部から入手したりするか,それらをいかに組み合わせて活用するか,さらには外部へどう提供するか,です。知財経営とは権利化という部分的な話ではなく,「知のリソースの入手と活用のマネジメント」を指す時代になったのです。

CPSをベースに,これまで接点のなかった企業と産業横断的なアライアンスを組むこともある時代です。企業にとっては,ビジネスエコシステム(事業生態系)だけでなく,産業全体の生態系がどう変化していくのか,変化させるべきかを検討することが極めて重要です。その中でどのようなビジネスを展開するのか,そのために誰と手を組むのか,そのパートナーと最適な関係を築くためには,先を読んだ適切な知財マネジメントが必須であり,それを考えるのがこれからの知財戦略なのです。

産業生態系とビジネスモデルの観点から見て,重要なのはシェアではなく主導権です。主導権を握るビジネスモデルをデザインするうえで重要な要素の一つが知財マネジメントであるという意識を持たなければなりません。

モノづくり技術で味方・仲間を増やす

モノづくりもCPSによって大きく変容しています。昭和の製造業の特徴は,「オールインワン・フルセット」という製品志向,「垂直統合・擦り合わせ」という技術志向,「自前主義・抱え込み主義」というビジネス志向の組み合わせでした。これらをいかに次世代パラダイムに適合させるかが重要です。デジタル技術によって生産の効率化,品質の安定性向上,スマートファクトリー化などをめざして取り組むのは当然ですが,その一方で,グローバル企業であれば海外拠点を含めた生産やバリューチェーンの最適化も進めることも必要でしょう。

ただし,社内で自前の改善を図るのは当然のこととはいえ,今後はそれに加えてオープンという要素についてももっと意識すべきでしょう。近年,オープンイノベーションと盛んに言われますが,そのほとんどはインバウンド型,つまり外部の知を取り込むという形に留まっています。そこで,アウトバウンド型も考えてみてください。知的リソースを囲い込むのではなく,あえて外に出すことによって,産業生態系の主導権を握れる可能性があるのです。すなわち「脱・自前主義」とともに,「脱・抱え込み主義」も必要だということです。

何を外へ出してオープン化するか,もちろん戦略的な検討が必要です。ただしその際,「強み・弱み」で分析することは避けた方がよいと申し上げています。「強み・弱み」というのは既存のモデルを踏襲する場合の戦術的分析の話です。モデル自体が変わるイノベーションの時代,産業パラダイムの大変革の時代には,従来の強み・弱みをいくら分析しても意味がありません。自社にあるのは特徴だけだと割り切るべきです。そして,自社の特徴をビジネス的な強みに転換するために,あるいは特徴を弱み化しないために,どのようにすれば良いのか,それが戦略です。そういう戦略発想それ自体にイノベーションが求められているのです。

また,日立は鉄道事業のグローバル化に成功し,日本とは文化の異なる海外企業のモノづくり現場から多くを学んでいるはずです。そこから次のモデルへの気づきと学びをしていただければと思います。

ところで,「モノづくり」した後は「モノ売り」だけでしょうか。先述したように「モノづくり」した後には,モノ使わせ(サービスモデル化),あるいはモノ使い(自社によるソリューションビジネス化)もありえるのです。逆に言えば「モノ使わせ」や「モノ使い」を事前に意識した「モノづくり」をされてみてはいかがでしょうか。

人財育成は農業メタファーで考える

人財面でもオープン化がカギとなります。生え抜き主義(自前主義)だけではなく外から優れた人財を取り込むこと(インバウンド型)も重要ですが,逆に,自社を辞めた人とよい関係を築いてネットワーク化すること(アウトバウンド型)も極めて重要です。これも味方や仲間を増やすということですね。

教育については,私自身が長年大学院や企業内研修(インハウストレーニング)を行っている経験から申し上げると,最も重要な人財育成の場は家庭と職場,つまり「現場」であると感じています。2番目が「交流」,さまざまな人たちと付き合うことで刺激や気づきがあります。そして3番目に「オフサイト」,すなわち研修などです。

「企業風土」という言葉があります。人の考え方や文化に影響を及ぼす環境が風土,すなわち風と土であるならば,人財育成の基本は農業メタファーで考えるのが基本でしょう。つまり,植物のように本人自身が自ら成長し,花開いて実を結ぶことが基本なのです。それを助けるのが教育です。その全体のガバナンスが人財育成ということなのです。それを旧来の工業メタファーのまま,標準化して型にはめてしようとするから間違ってしまう。「皆と同じことしか言わない=凡人」と「他と違ったことしか言わない=変人」の割合をどうするか。イノベーションとは他と違うことをすることです。すなわち,個性化を進めるべきなのです。ただし,企業人としての常識も必要です。そのためにも風通しをよくして土を肥やさなければ,本当の意味で個性ある人は育ちません。

「知」と「モノ」と「ヒト」の育成には,つくって終わりではなく,いかにそれらを活かすかという観点も重要な時代です。それを強調させていただきたい。それが企業経営,事業戦略の基盤に他ならないからです。

Adobe Readerのダウンロード
PDF形式のファイルをご覧になるには、Adobe Systems Incorporated (アドビシステムズ社)のAdobe® Reader®が必要です。