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日立は,2018年4月に第四次産業革命センターとパートナーシップを締結して以来,日立の持つ技術やその実装での経験を生かし,センターの活動へフェローとして貢献している。ここでは,センターの活動を紹介しながら,日立としての本センターでの取り組みについて紹介する。

目次

執筆者紹介

古屋 聡一

  • Hitachi America Ltd. 主任研究員
  • 現在,ブロックチェーンと分散台帳技術の技術ガバナンス設計に従事
  • 博士(工学)
  • 世界経済フォーラム 第四次産業革命センターネットワークフェロー
  • 電子情報通信学会会員
  • 情報処理学会会員

1 はじめに

第四次産業革命センター サンフランシスコ事務所

近年のネットワーク技術,センサー技術,解析技術の発展を軸に,ロボティクス,3Dプリンティング,バイオ技術などさまざまな技術が融合し,さらにその便益は分野を問わず広くもたらされようとしている。このような特徴を持つ第四次産業革命は,これまでの産業革命に比べ,進化が早く,また技術やその影響の予測が各段に難しくなっている。

これらの技術のまさに劇的な進展に対し,既存の社会や経済のシステムを見直していくことが必要である。しかし,従来のルール形成のアプローチでは技術の進化に追いつかないと言われている。世界経済フォーラム(World Economic Forum)が設立した第四次産業革命センター(C4IR:Centre for the Fourth Industrial Revolution)ネットワークは,技術革新のメリットを最大化し,リスクを最小化するポリシーやガバナンスの基本となる考え方を設計してこれらを世界に向けて実装していくことをめざす組織である。

日立は,2018年4月にC4IRとパートナーシップを締結して以来,日立の持つ技術やその実装での経験を生かし,センターの活動へフェローとして貢献している。本稿では,センターの活動を紹介しながら,日立としての本センターでの取り組みについて紹介する。

図1│第四次産業革命センターネットワークの拠点

2 背景

これまでいくつもの技術革新を世界は経験し,そのたびに人間は豊かになってきた。そのつど,技術そのものやその使い方があらぬ方向へ進まないように,技術を統制する社会的な仕掛けや決まりごと(技術ガバナンス)が,必要に応じて作られてきた。つまり技術とそのガバナンスが両輪となって,技術革新を進めてきたのである。

そのバランスが大きく崩れつつあるというのが,この第四次産業革命の課題の一つである。ドローン,自動運転,あるいは暗号通貨のような分野での技術進展の速度と,それらに対応すべき優遇策や規制,あるいはガイドラインなどの整備の速度に開きが大きいことは世界のトレンドとして容易に把握できるであろう。

しかし,技術の進化は待たないのである。性能的な進化のみならず,技術は常に新しい利用法の開発や融合が繰り返される。そのため,技術ガバナンスのメカニズムは,迅速に,かつアジャイルなアプローチで設計されなければならない。そのプロセスを通じ,願わくは,革新技術やそれらのもたらす社会が,その多様性を尊重しつつ多くの社会構成員に公平に便益が与えられ(インクルーシブであり),持続可能性が高く,そして社会やそれを支える技術が信頼できるものとして発展してもらいたい。

2.1 第四次産業革命センターネットワーク

第四次産業革命センターネットワーク(以下,「C4IR」と記す。)は,2017年3月に,革新技術の利用を加速するためのポリシーを共同設計する場として,最初の拠点がサンフランシスコに設立された。

C4IRのビジョンは,社会に広く生きる人々の人間性の向上のためにAI(Artificial Intelligence:人工知能),ブロックチェーンなどの革新技術の開発・利用の形作りを支援することである。そしてそのミッションとして,技術ガバナンスや技術ポリシーの基本的な考え方を共同設計・テストし,改善しながら,革新技術の便益を最大化し,リスクを最小化することをめざしている。

世界へインパクトを与え続け,社会変化を加速させていくために,C4IRでは世界中の国や自治体などの政府・公共機関,世界のリーディング企業からスタートアップ企業に至る多様な企業,市民団体,学術機関,国際機関から人材を集めてプロジェクトを推進している。そして,その成果が政策立案者,立法者,規制機関などで採用されながら,さらに多くの社会や分野で採用されるべくスケールアップもめざしていく。

設計されたポリシーや統制の枠組みの社会実装を加速すべく,2018年に日本センター,中国センター,インドセンターが順次設立され,さらに2019年冒頭に開催されたダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)ではアラブ首長国連邦,イスラエル,コロンビアにそれぞれアフィリエートセンターを設立すると報道発表された。

3 日立の取り組み

当センターの活動は開始から2年を数え,いくつかのプロジェクトの成果が出てきている。こうしたポリシーやガバナンスフレームワークの最前線に立ちながら,近い将来形成される新しいエコシステムと,日立の事業とのリンクはここでの活動の趣旨の一つである。

3.1 技術ガバナンス作り

図2│サプライチェーン向けブロックチェーンプロジェクトでのガバナンス設計のアプローチ

当センターとパートナー契約を締結すると,契約のレベルに応じていくつかのプロジェクトの「ポートフォリオ」へ参画できる。ポートフォリオとは,プロジェクトを束ねる技術分野と考えればよいだろう。当センターでは現在,人工知能と機械学習,IoT・ロボティクス・スマートシティ,ブロックチェーンと分散台帳技術,自動運転とアーバンモビリティ,ドローンと次世代空間,精密医療,デジタル貿易,地球のための第四次産業革命,そしてデータポリシーの9個のポートフォリオを組みながら,配下のプロジェクトを推進している。

筆者はこのうち「ブロックチェーンと分散台帳技術」ポートフォリオに属する「トラストの再設計:サプライチェーン向けブロックチェーン」プロジェクトに参画し,ブロックチェーン技術を物流,流通,サプライチェーンといった分野に適用したときの技術ガバナンスや関連ポリシーの「フレームワーク」,つまり基本的な考え方を設計中である。これまでいくつかの典型的なユースケースに対し,世界のさまざまな場所でブロックチェーンを使ったソリューションの実証や実運用が進められてきたが,これらがあるべき発展を遂げるために,どのような視点が技術ガバナンスとして欠落し,それをどのように解決していくかを考えている。

これまでの課題意識のいくつかを簡単に紹介すると,まず一つ目には,インターオペラビリティ(相互運用性)への重要性の認識の高さがある。これはもちろん,サプライチェーンという産業的性質上,高い相互運用性による地理的,あるいは産業的な網羅性の高いソリューションを期待する声がある一方,現状の多くのパイロットやソリューションがその後,互いに接続できるものであるかどうかの不安もあるようである。業界を越えた多くの事業者や公共部門が,中央の管理母体,あるいは仲介者を持つことなく,手軽につながる仕掛けを提供することがブロックチェーンの特徴的なメリットである。

また,もう一つの重要な視点として,ブロックチェーンがもたらす新しいID管理のパラダイムである中央管理組織を持たないID管理手法,すなわち自己主権型ID管理(Self-sovereign Identity)のサプライチェーンや物流・流通での活用機会と注意点もある。これらについて技術ガバナンスの設計という形で解決策を模索し,その暁にはインクルーシブで持続性の高いソリューションとそれが支えるエコシステムをめざすものである。

この活動は,多岐にわたる有識者や各リーダーによる支援で推進されている。例えばある一つのテーマについての白書のドラフトを完成させると,プロジェクトに参画する有識者らによるレビューを受ける。ここで得られたコメントを参考にドラフトを修正したり,意見をまとめたりするわけだが,この有識者コミュニティの広さ,多様性こそが世界経済フォーラムの一つの大きな特徴と言える。

筆者は,過去にISO/IEC(International Organization for Standardization/International Electrotechnical Commission)の標準化委員会で暗号技術に関する規格化作業を数年経験し,アクティングエディターとして,各国のコメントを集約・処理し,規格ドラフトを編集する作業を行ったことがある。その作業を今振り返ってみると,統一した技術仕様の完成という目標を共有する,主に技術有識者の間での議論は,対象となる技術の前提知識がおおむねそろっており,技術の討論の進め方や結論を導くための議論の進め方は明確であった。一方で,世界経済フォーラムの幅広いステークホルダーの技術ガバナンスに関する議論を見ていると,まさにさまざまな立場から,それぞれの前提や価値観を背景に提供されるコメントが集約される。正直なところ想定外のコメントが多いという印象である。技術ガバナンスを考えるという活動に必要とされる視野は,従来の自然科学の教養だけでなく,社会学的,あるいは人文学的視点も多く求められるものである。

図3│日立から社会学の専門家を招いての内部ワークショップ

3.2 多様な視点を取り込む

図4│プロジェクトを協業(推進)するメンバー

当センターで活動していると,スピード重視である,失敗を恐れないといった気概など印象的な行動指針をよく目にするが,やはり意見や視点の多様性への尊重とその成果物への具現化の取り組みはC4IRならではであり,日々の行動によく刻みこまれている。

ここC4IRでの象徴的な活動の一つはワークショップである。プロジェクトのスコーピングのための課題を特定したり,特定した課題に対しどのような枠組みを設計したらよいかというガバナンス設計のためのワークショップであったり,あるいは成果物としてのポリシープレーブックや,技術ガバナンスのためのツールキットなどのプロトタイプへのフィードバックを得るものであったりとさまざまである。

世界経済フォーラムの強みの一つであるネットワークの広さを基に,さまざまな分野のリーダーや有識者を参加者に招く。その多様性の実現とワークショップにおける特徴の引き出しこそが独特のフォーラムの実力である。さらにダボス会議ほか,多くの世界レベルの会議を主催してきた知見を生かし,多様な参加者から意見を引き出し,衝突とは言わなくとも,互いを刺激しあいながら,課題意識への深い理解の醸成,インクルーシブで持続的なアプローチの発見と共感を生んでいく。

この議論は,意見の異なる者どうしが無責任に持論を展開するだけではきっとうまくいかない。すべての参加者がすべての参加者への行き通った配慮や敬意の中で,秩序を持った自由な討論を維持することが肝要に思う。そんなことを思ったとき,C4IRがここサンフランシスコに設置された理由が理解できた。自由な発想や意見を尊重するシリコンバレーの文化と,スイスに本部を置く世界経済フォーラムとしての高い多様性や場の格式がうまく相互補完する。こうした絶妙な多様性の尊重から,ユニークなワークショップのインサイトが生み出されている。

4 おわりに

執筆の直前の出来事を紹介してこの稿を結びたいと思う。すでにGPS(Global Positioning System)を使った配車サービスは知名度が高く,その便利さを体感した読者も少なくないと思う。先日,これを使って車を手配した折に,耳の不自由な運転者のお世話になった。GPS機能がなければ,例えばタクシー運転手のような,口頭での会話が頻繁な仕事は無理だったに違いない。それどころか,世の中で会話への依存度の少ない仕事などどれだけあろうか。この配車サービスは,こうした制約の中で生きる人を大きく支えるサービスでもあったことを今更ながら知った。このような仕事に従事していながら,これこそ痛感したと言ってよい。

われわれが思っているよりも技術というものは世界に貢献しているのかもしれない。そして,そうした技術のポテンシャルを本当の意味で知っているのは,実はわれわれが意識していない誰かなのかもしれない。そのヒントがこの職場にあると考えると,多様性の荒波にもまれるこの仕事を通じて,一層身の引き締まる思いで毎日を過ごしている。

参考文献など

1)
ムラット・ソンメズ,鈴木教洋:新たなデジタル技術の恩恵をすべての人々が受けられる社会へ―第四次産業革命が導くSociety 5.0の実現,日立評論,101,1,5〜12(2019.1)
2)
World Economic Forum Press releases:World Economic Forum Technology Governance Network Expands to more than 100 Organizations, Five G7 Nations (2019.1)
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