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空調設備は家庭からオフィス・店舗・病院・学校・工場などあらゆる建物に設置され,近年では熱中症予防対策としても,止められない重要なインフラ設備と位置づけられている。また,冷凍設備も幅広い製造業や食品流通などのコールドチェーンで冷却・冷水供給を行う重要な設備であり,突然の故障停止が発生した場合には顧客に重大な損害や負担が生じてしまう。

そこで日立グローバルライフソリューションズ株式会社は,空調・冷凍設備の大量の稼働データを収集・分析することで,故障に至る前の予兆を検出し,故障停止前に保全を行う「exiida遠隔監視-予兆診断サービス」の提供を開始した。これにより顧客へ機器を納入するだけでなく,その後の快適な環境の維持,事業上の損失の低減など,顧客へ経済価値を提供することが可能となった。また,冷媒(フロン)の排出抑制による環境負担軽減,夏季に集中するメンテナンス業務の平準化により,現場の作業者不足解消といった社会価値の提供も実現する。

目次

執筆者紹介

馬場 宣明 Baba Yoshiaki

  • 日立グローバルライフソリューションズ株式会社 空調事業統括本部 空調システムエンジニアリング事業本部 企画部 所属
  • 現在,空調IoTサービス開発に従事

戸倉 伯之Tokura Noriyuki

  • 日立グローバルライフソリューションズ株式会社 空調事業統括本部 空調システムエンジニアリング事業本部 企画部 所属
  • 現在,空調IoTサービス事業開発に従事

渋谷 久恵 Shibuya Hisae

  • 日立製作所 研究開発グループ 生産イノベーションセンタ 生産システム研究部 所属
  • 現在,異常検知・診断技術の研究開発に従事
  • 博士(情報科学)
  • 電気学会会員
  • 精密工学会会員
  • 画像電子学会会員

岡 恵子Oka Keiko

  • 日立製作所 研究開発グループ 生産イノベーションセンタ 生産システム研究部 所属
  • 現在,異常検知・診断技術の研究開発に従事
  • 博士(理学)
  • 日本光学学会会員

國眼 陽子Kokugan Yoko

  • 日立製作所 研究開発グループ 機械イノベーションセンタ 熱流体システム研究部 所属
  • 現在,異常検知・診断技術の研究開発に従事
  • 機械学会会員

1. はじめに

空調設備は,そこで活動する人の健康維持・生産性向上,冷凍設備は品質維持といった観点から顧客の重要度が高い設備の一つである。従来から設備機器が故障停止する前にその兆候を検出したいというニーズはあり,センサー単位の閾(しきい)値管理により自動化を試みてきたが,使用環境により稼働状態が複雑に変化するため自動化は難しく,故障発生時の警報監視またはベテラン作業者による診断に委ねられていた。そこで日立グローバルライフソリューションズ株式会社(以下,「日立GLS」と記す。)は,空調・冷凍設備と同様に,稼働状態が使用環境によって複雑に変化する発電機向けとして実績のある予兆検出技術を,空調・冷凍機器に適用するべく開発を行った。

2. 空調・冷凍設備における課題

2.1 設備の稼働維持における課題

顧客にとって空調・冷凍設備の安定稼働維持は重要な課題であり,これらの設備機器の修理は迅速かつ的確に行う必要がある。従来は対象設備機器の(1)定められたセンサーの数値の記録,(2)センサー単位で規定した閾値を超えていないか確認,(3)センサー値間の相関性が正常時と変化がないか確認,(4)機器の稼働音や振動がないか確認,(5)油漏れや冷媒漏れを目視で確認,といった作業者のスキルに依存する点検を定期的に行い,変調が確認された場合に保全作業を行うことで故障抑制につなげてきた。このような定期点検は点検者の経験により故障停止前に不調を発見できるものもあり,設備稼働維持に有効な方法であるものの,属人的な判断によるところが大きいという課題があった。

また,設備機器に警報出力および稼働データを送信できる装置を設置し,監視センターなどで警報監視,警報種別判別,修理指示,故障時データ確認を行うことで,修理に要する時間を短縮するシステムも構築してきた。しかし,故障停止時間を短縮するという効果はあるが,故障停止した時点で警報出力されるため,設備機器の運転停止は避けられないという課題が残っていた。

2.2 空調・冷凍設備管理の社会的課題

オフィスビルにおけるエネルギー消費量は約40%以上が熱源機器で使用されている状況であり1),空調設備・機器は地球温暖化に密接に関連している。空調・冷凍機器の多くは冷媒(フロン)を使用しているが,フロンは二酸化炭素を基準とした地球温暖化係数が高く,フロン排出抑制法により漏洩(えい)抑制のための点検,機器更新時のフロン回収,破壊などが義務化されている。

一方で,社会全体の労働人口が減少しており,設備の安定稼働や保全作業のための人財確保も課題になってきている。特に空調・冷凍設備の修理依頼は夏季に集中する傾向があり,ピーク時の作業者不足は深刻になってきている。また,作業者の高齢化による作業の点検技術の継承も大きな課題になるなど,属人的でない空調・冷凍設備機器の保全作業手段の構築が求められている。

3. 予兆診断技術による課題改善

3.1 技術開発の経緯

空調・冷凍設備機器の稼働データは複雑に変化する。例えば空調機の冷えが悪いといった場合に,運転時の圧縮機温度のみを計測していても,高負荷による温度上昇か,機器の不調(熱交換不良や冷媒不足など)によるものか判断はつかない。これを判断するには,空調・冷凍設備機器内の冷媒圧力・温度や圧縮機電流値・負荷状態を相関的にみることが必要である。ただし,これらの相関性は複雑で,特徴的な症状と稼働データの変化がないとベテラン作業者でも原因判断に迷う場合がある。

また,この相関性は機器個体差だけでなく,配管距離,配管径,高低差などの施工条件や,室外温湿度,室内温湿度,在室人員や機器発熱による冷却負荷,換気や日射による侵入負荷などさまざまな要因によって変化する。すべての相関性を図式化・数式化することは非常に困難であることから,大量の稼働データを活用した新たな診断技術が必要と考えられた。

そこで日立GLSは,稼働データが複雑に変化する類似課題を持つ発電機の予兆検出に使用されているアルゴリズムを応用することで,空調・冷凍設備機器の予兆検出が可能ではないかと考え,日立製作所研究開発グループ生産イノベーションセンタおよび機械イノベーションセンタと共同で空調・冷凍設備機器の予兆検出技術開発を行った。このアルゴリズムは,機器が正常に稼働していた一定期間に,指定された間隔で取得された特定のセンサーデータを学習し(学習データ),評価したいデータ(評価データ)と学習データを特徴ベクトル空間で比較して,その距離が大きいとき異常として検出する。

3.2 実稼働データによる技術開発

まず,空冷式チラーユニットの故障の発生した実稼働データを用い,アルゴリズム適用検証を行った。そこで学習する期間,使用するセンサーデータ取得間隔,データの演算前処理などデータクレンジング方法を検討し,学習期間は季節によって稼働環境が異なることから,学習データ量が多くなるものの1年間を学習期間とした。その検証結果を図1に示す。

修理依頼前1年間を除く過去の故障発生がない1年間のデータを学習し,故障発生前1年間のデータを評価した。数値は,学習評価期間の当初から異常測度が徐々に上昇し,その時に自動的に算出される閾値を超え,予兆検出されている。評価期間後半で修理を行うことで異常測度は低下し,本検証において予兆検出の妥当性が認められる。ここで検証した事象は機器側で異常を検知できない程度の冷媒漏洩であった。予兆検出期間が長い(約8か月)ことから冷媒の微小漏れが継続したと考えられる。

本開発では,この事例以外にも309台のチラー・冷凍機および415台の店舗・オフィス用パッケージエアコンの稼働データによる検証も行った。そこで故障事例すべての予兆(11件)を検出し,故障発生のないものについては予兆検知しないことを確認し,検討した診断アルゴリズム適用とデータクレンジング手法の妥当性が評価できた。

また,予兆検出だけでは異常測度を高めている原因が分からないため,それに寄与しているセンサーを自動的に特定する機能も付加している。ここで得られるセンサー挙動により必要な保全作業の内容が推定され,効果的な保全を行うことが可能になる。前述の検証結果でも正常時と明らかに異なる挙動を示すセンサーが特定されている。

ただし,現在検知対象としている不調要因は修理する場合に比較的修理期間が長くなり,顧客の損失が大きくなる機械的な故障事象としている。電気部品の故障については技術的課題もあり検出対象としていない。

図1|チラー稼働データによる予兆検出検証結果(製品型式:RCUNP500AV)正常に稼働していると想定する1年間の稼働データを学習し,メンテナンスコールの前後1年間を評価した。正常稼働状態と比較すると,約8か月前から変化が現れ始め(異常測度の上昇),メンテナンス後に正常稼働(異常測度の低下)に戻っている。

3.3 「exiida遠隔監視-予兆診断サービス」の構成

ここで提供するシステム構成を図2に示す。このシステムは顧客が使用する空調・冷凍設備機器※)に遠隔監視アダプタ内蔵の盤を接続することで導入可能である。春夏秋冬1年分の正常な稼働データを蓄積して学習データを作成し,学習後は日々収集される機器稼働データを学習データと比較・評価する。学習データと所定の差異を検出した場合に,予兆として通知し保全作業を行うシステムとなっている。

※)
日立ジョンソンコントロールズ空調株式会社が製造する,H-LINKプロトコル対応の対象機器を指している。

図2|「exiida遠隔監視-予兆診断サービス」の構成空調・冷凍設備機器に遠隔監視用アダプタを接続し,LTE(Long Term Evolution)仮想閉域網を経由して遠隔監視システムに蓄積する。そこから必要な期間のデータから学習データを作成し,LSCを用いて評価データと比較して予兆を検出,通知する。

3.4 予兆診断による課題の改善

予兆診断による保全により,顧客は空調・冷凍設備機器の故障による長期間の故障停止を低減することになり,酷暑時の快適性維持や生産性の維持につながる。また,予兆は冷媒漏洩の早期検知・熱交換器の汚れなどによる機器の効率低下も検出することから,温暖化係数の高いフロン放出の抑制,および機器効率も維持することで無駄なエネルギー消費の抑制も可能で,地球環境保全に貢献する。

予兆診断はベテラン作業者が行う点検作業(法定点検を除く)を補完し,保全・修理作業実施後に再診断を行うことで作業の有効性も判断できる。予兆による保全は計画的に行えるため,夏季のピーク需要を移行することも可能で,メンテナンス効率化の実現にも寄与し,作業者の高齢化に悩む設備管理事業者にとっても有益なサービスと考えられる。今後,「exiida遠隔監視-予兆診断サービス」で顧客設備の安定稼働維持と社会課題解決の双方につなげていく。

4. おわりに

2018年4月からチラーユニット・冷凍機を対象に予兆診断サービスを開始し,2019年4月からは店舗・オフィス用パッケージエアコンまで対象製品を拡張している。2019年3月末時点で約7,000台の遠隔監視サービスの契約を獲得した。2019年12月にはビル用マルチエアコンへ拡張し,契約拡大を通じて環境保護・人口減少対応といった社会課題の解決にも貢献していく。

参考文献など

1)
一般財団法人省エネルギーセンター:オフィスビルの部門別エネルギー消費,オフィスビルの省エネルギー,p2(2009.3)(PDF形式、6.37Mバイト)
2)
渋谷久恵:発電設備の異常診断への画像処理の活用,電気学会誌,136巻,5号,pp.289〜292(2016.5)
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