日立評論

「生活」におけるアートとサイエンスのリデザイン

「美」と「意味」が富を生む時代へ

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COVER STORY:TRENDS

「生活」におけるアートとサイエンスのリデザイン

「美」と「意味」が富を生む時代へ

ハイライト

現在,ビジネスの源泉は,「役立つ=機能」から「ストーリー=意味」へと大きくシフトしている。しかも,ひとりひとりが求める価値は,より多様な広がりを見せつつある。このことは,製品やサービスを提供する企業からみれば,従来とは異なる価値をめぐって競争する新たな時代の到来を意味するに違いない。

そうしたパラダイム転換を見据えて,『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』などのベストセラーで注目を集める山口周氏が拠り所として掲げるのが,有史以来,人類の心を動かし続けてきた「美」である。なぜ,美が手がかりとなるのか,いかにして変革を促していけばいいのか。人々の心をつかむ製品やサービスを提供していくために欠かせないマインドセットについて山口氏に伺った。

目次

「近代」の終わりとともに変容する価値

鹿志村 香
[聞き手]
日立グローバルライフソリューションズ株式会社 取締役 CLO(Chief Lumada Officer)
ライフソリューション統括本部長
1990年日立製作所入社,デザイン研究所配属。ユーザーリサーチによる製品・サービスのユーザビリティおよびエクスペリエンス向上の研究に従事。デザイン本部長,東京社会イノベーション協創センタ長を経て,2017年未来投資本部 ロボット・AIプロジェクトリーダ,2018年4月日立アプライアンス株式会社 取締役 CDO(Chief Digital Officer)事業戦略統括本部長,2019年4月より現職。

鹿志村山口さんは,『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』をはじめご著書の中で,ビジネスにおいて,顧客に起点を置いたデザイン思考からアート思考へのシフトが起こっていることや,現代のビジネスリーダーにとって美意識が非常に重要であることなどを説かれています。こうしたビジネスの潮流を,「生活」の場に置き換えてみると,どのようなことが言えるのでしょうか。

山口生活について,私がこれまでの時代を語るうえで象徴的だと思うのは,昭和30年代から40年代にかけて,「三種の神器」と言われたテレビ・洗濯機・冷蔵庫が急速に普及していったことです。実は統計を見てみると,昭和30年代初期では,冷蔵庫はわずか数パーセント,洗濯機は20%,テレビ(白黒)も10 %程度しか普及していなかったんですね。それが昭和40年代の終わりには,テレビは白黒からカラーに代わり,ほぼすべての家庭に行き渡りました。その後も洗濯機には脱水機能が付き,さらに全自動化するなど,世の中は便利さや効率を追求する方向へと進んでいきました。

これは日本の高度経済成長期に限った話ではありません。俯瞰的に見れば,14世紀にイタリアでルネッサンスが興り,その後,近代から現代にかけて,さまざまな技術が開発される中で,人々は生活の不便さを解消することに努めてきました。つまり,今日に至るまでの数百年間は,世の中を便利にすることが価値につながる時代であったと言うことができるでしょう。

しかし,いよいよこうした近代の価値観は終わったと感じる事象が目立ってきました。最近,最も高額で取引された自動車は,高級車ブランドのヴィンテージカーですし,根強いファンの要望に応えて往年の名車が復刻され,すぐに完売するほどの人気を博しています。デジタル化がいち早く進んだカメラも有名ブランドの一眼レフなどの希少な機種が非常に高額で取引されています。音楽にしても,音にこだわる愛好家はアナログレコードを聴くために高価なターンテーブルを買い求めます。

実は私自身,家では冬の暖房にエアコンを使っていなくて,その代わりに薪ストーブを焚いています。我が家が特殊というわけではなく,私が住む神奈川県・葉山周辺では,わざわざ薪を取り寄せて,あるいは自分で丸太を割って薪ストーブの燃料として使っているお宅が多くあります。

薪で暖を取るというのは,まさに中世の暮らしなのですが,エンジニアの人たちが研究を重ね,効率的な熱交換の仕組みを開発してきた先端の機器よりも,あえて不便を強いられる薪ストーブを選ぶわけですから,こうした傾向はもはや近代の否定と言ってもよいでしょう。さまざまな最新技術を盛り込んだ新車よりも,1960年代の旧車のほうがはるかに高い値で取引されるというのも,本質的には同じことだと思います。

これらが物語るのは,もはや便利さの追求は行き着くところまで来てしまったということではないでしょうか。「利便性から情緒」へ,「新しさから懐かしさへ」といったように,利便性や新規性よりも,「心を動かされる」ことへと価値の転換が起こっているということです。

富を生む美意識,多様化する意味のマーケット

山口 周
独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
1970年東京都生まれ。電通,BCGなどで戦略策定,文化政策立案,組織開発等に従事した後,独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』,『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科,同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

鹿志村利便性から心を動かされることへと価値が変化する中で,山口さんは「美」が一つの手がかりになると主張されているわけですが,それはなぜでしょう。

山口役に立つものというのは数値化できるため,ロジックとサイエンスで追求することが可能です。ところが,情緒を増すとか,クールさを体現するといったことは数値化が難しい。それらを実現するのは,ある意味で詩や小説を書くような創作と同じだと言えます。だからこそ,文学やアートを学ぶ必要性があると考えているのです。

アートを学ぶとは,端的に言えば「人間を学ぶ」ということです。例えば,初対面の人から,身長や体重,体脂肪率,知能指数,学歴,経歴などのデータを示されたところで,その人となりはほとんど理解できません。一方で,その人が何を愛し,どんなものを身の回りに置き,あるいは何を嫌い,何に感情を動かされるのかを知れば,その人の本質がかなり立体的に理解できるでしょう。

同様に,人類について知ろうと思ったら,論理分析的なテキストや数値データよりも,人類が何に心を動かされてきたのかを知ることのほうが,その本質をつかむことができる。アートとは,アーティスト自身が心を動かされて創作した作品であると同時に,多くの人々の心を揺さぶったものだけが後世に伝えられてきた。だからこそ,アートを知ることが重要なのです。もし,宇宙人に人類について説明するとしたら,外形的な数値データを示すより,多くの人間が心を動かされてきたアート作品を見せるほうがよほど理解を促すことにつながるのではないでしょうか。したがって,機能や便利さが富につながらなくなった今,心を動かすものこそが富を生み出すとするなら,アートを知ることが一つの有効なアプローチになるのではないかと考えているのです。

鹿志村心を動かされるものといっても,その幅は非常に広いと思います。その価値や意味をどのように模索すればよいとお考えですか。

山口それこそ価値が多様化していますから,その示し方もさまざまな方向性があると思います。車であれば,先のヴィンテージカーや旧車の復刻モデルなどは,移動の手段として役に立つものというより,その車が家の駐車場にあるのを見るだけで元気になれるとか,週末にドライブすることに生きがいを感じる,その車を買うためにがんばれる,という意味を見いだすことができるもので,だからこそ高値がつくのだと思います。皆が欲しいとは思わないけれど,そこに意味を見いだし,特別な価値を感じる人がいるということです。

それくらい価値は多様化していて,人々が求めるものが千差万別である以上,どういう価値が求められているかと問うことは,どういうアート作品が求められているのかを問うのと同様,あまり意味がありません。アート作品にはユーティリティ(役に立つもの)としての価値はないですから。言い換えれば,その問い自体が「便利さ」という一軸しかなかった時代の捉え方なのです。嗜好品もそうです。コンビニで最も銘柄が多い商品はタバコで200種類を超えます。愛煙家は特定の銘柄にこだわるものですが,嗜好におけるひとりひとりの価値を言語化して理解することはほぼ不可能と言ってよいでしょう。

「正解のコモディティ化」の中で,唯一無二の存在になるために

鹿志村そうした市場環境の急激な変化に対する戸惑いから,われわれ自身も含めて日本のメーカーの多くが抜け出せていないように思います。

山口日本のメーカーの生活に関する製品は,概して多機能で性能も優れているけれど,無色透明と言うか,ひとりひとりの嗜好やこだわりという面で魅力的なものはまだまだ少ないように感じています。

実は私が『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』を書こうと思ったきっかけは,十数年前に結婚した際,家電量販店へ妻と電子レンジを買いに行ったときに感じた違和感でした。電子レンジの売り場には,一見すると全部同じではないかと錯覚するような,デザインも機能もほとんど見分けのつかない各社の製品が並んでいたのです。結局,日本メーカーの製品には気に入ったものがなく,仕方なく3倍の値段で,見た目の美しい輸入家電を購入したのですが,これは何かおかしなことが起こっているのではないか,「正解に価値がない」時代が来たのではないか,と感じたことが筆を執る発端になりました。

鹿志村まさに,「正解のコモディティ化」が起こっていたわけですね。

山口はい。皆が分析的で論理的な情報処理のスキルを身につけたことで,差別化が喪失してしまった結果と言えます。特に顕著だったのが,携帯電話でしょう。かつては,二つ折りで上側に大きな画面,下側にテンキーを置くというデザインが携帯電話の基本フォーマットになっていて,各メーカーから似たようなデザイン,似た機能を搭載した機種が複数売られていました。ところが,タッチパネル式のスマートフォンが売り出されると,その美しいフォルムが絶大な人気を博して,全世界の携帯電話の市場を席巻することになります。その後,スマホのノウハウはあっという間にコピーされましたが,コピーされた後も先行企業の製品は強い競争力を維持し続けています。私は,そうした企業の本質的な強みは,ブランドに付随するストーリーと世界観にあると捉えています。外観もテクノロジーも簡単にコピーすることは可能ですが,ストーリーと世界観は決してコピーすることができないからでしょう。

同様の事例として挙げることができるのが,アウトドアスポーツのウェアを販売しているパタゴニア社です。パタゴニア社は日本上陸30周年となる今年,ミッションステートメント(企業理念)を一新して話題を集めました。そのミッションとは,「私たちは,故郷である地球を救うためにビジネスを営む。」という一文です。つまり,地球環境を保護するための会社であることを示したのです。それまでも,「最高の商品を作り,環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして,ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし,解決に向けて実行する。」という企業理念を掲げ,環境危機への対策を謳っていたわけですが,よりシンプルに,自社にとって最も大事なのは地球環境保全であるということを宣言したわけです。

もはや営利団体という枠を越えているようにも思えますが,同社には世界中に熱狂的なファンがいて,業績は非常に好調です。その競合優位性は何かと言えば,製品の機能性やデザイン性ではなく,人々が理念に共感し,そこに意味を感じる,ということなのだと思います。

デジタル社会に求められるヒューマニティ

鹿志村おっしゃるとおり,今,世の中が劇的に変わりつつあります。そうした時代の変化に対応すべく,日立では2008年頃からデザイン部門のデザイナーが中心となって,未来洞察により社会変化の胎動を捉える試みを実践してきました。ただし,当時の私たちの予想を大きく超えて進展したのがデジタル化です。デジタライゼーションが進む世界で,今後どのような新しい価値が求められていくとお考えでしょうか。

山口確かに,デジタル社会の進展は目覚ましいものがあり,コンピュータの計算コストは驚くほど安くなりました。いずれAI(Artificial Intelligence)が現在の人間の仕事を代行する部分も出てくるでしょう。そうした時代に備えて,子どもにプログラミングを習わせる親も増えていますが,それだけではAIの同僚か,もしくはAIに使われる側になってしまうのではないか。私はむしろ,コンピュータにはできないこと,絵を描いたり,詩を書いたりすることに意味があると思います。

例えば,かつてのAIブームの頃からコンピュータ,AIに作曲はできるのかという実験が盛んに行われてきていて,今ではAIにモーツァルトの音源をたくさん学習させると,かなり高い精度でモーツァルトらしい音楽を作り出すことが可能になっています。ところが,面白いことにAIには曲を適切に終わらせるということができず,人間が何らかの形でサポートしない限り,延々と曲を作り続けてしまうのです。やはり創作には始まりと終わり,生と死が不可欠であり,曲が音楽として成立するためには,ヒューマニティに基づいた創造力が求められるということなのだと思います。

一方で,世界最強棋士を破ったアルファ碁に象徴されるように,もはやAIの能力はある分野では人間を圧倒的に凌駕しています。ちなみに,アルファ碁の弱点は人間の棋譜を読ませたことにあったとして,2017年には,コンピュータによる自己対局のみで極限までスキルアップするアルファ碁ゼロが開発されました。そして,対象領域をチェスや将棋にも広げて,汎用化をめざしていると言われています。

つまり,コンピュータは数学的な解がある領域では圧倒的な能力を発揮して,これからも際限なく進化し続けるということですね。しかし一方で,音楽や絵画のように,人間を感動させるアートを生み出すには至っていない。逆に言えば,創作とはそれほど難しく高度な営みだということでしょう。デジタル化が進むほど,人間に求められる役割は,人の心を打つような感性の領域へと集中していくと私は考えています。

アジェンダこそが重要である

鹿志村デジタル社会の進展とともに,消費者のニーズは「モノ」から「コト」へ移行したと言われて久しいわけですが,今後,感性がますます重要になっていく時代の中で,日本企業が従来のモノづくり意識から脱し,グローバルに価値を提供していくためには,いかにしてマインドセットを変えていけばよいのか。最後にご意見をお聞かせください。

山口スペインの哲学者オルテガは,1930年に発表した『大衆の反逆』の中で,今や大衆が抱える生活上の課題はあらかた解決した,という趣旨のことを記しています。それから90年近くが経過した今日の社会は,確かに市場の内部で経済的に解決できる問題はあらかた解決されたと言えるかもしれません。しかし,市場メカニズムがうまく働かない問題,地球環境問題や貧困・飢餓,精神疾患の蔓延など,市場の外にある問題はむしろより大きくなっています。この外部の問題を解決することができれば,大きな価値が生まれるはずです。聖書の中に,「人はパンのみにて生くるにあらず」という言葉があるように,人間の欲求は,ただその日一日を安全に快適に暮らせればそれだけで十分に満たされる,というものでもありません。

例えば,先進国の都市における電線の地中化率は,パリやロンドン,ベルリン,香港ではほぼ100%ですが,東京ではわずか8%ほどです。特にヨーロッパ諸国では景観が重視され,近代化の過程の中で電線の地中化が重要な課題として実施されてきたのです。そして,都市を美しくしていくことが価値につながるという認識が日本でも広がれば,東京における電線の地中化は重要な課題になるでしょう。人類が美しい風景の中で,ゆとりある豊かな人生や生活を営むためには,解決すべき問題がまだまだ出てくるということです。

あるいは,日本の10代〜20代の死因で2番目に多いのが不慮の事故であり,交通事故は今でも看過できない大きな社会問題となっています。昨今,報道される高齢者ドライバーによる事故も喫緊の課題であり,事故を起こさない車をつくることができれば,人々のQoL(Quality of Life)が向上し,将来社会にとって非常に大きな価値になるはずです。

このように世の中を見渡してみれば課題はいくらでもあり,課題が解決できれば大きな富につながります。目の前の現実の中でちょっとおかしいと思うこと,違和感を覚えることの中にこそイノベーションのカギはあります。それをビジネスとして発展させるためには,本来こうあるべきという姿を構想する能力が欠かせません。そういった意味では,これまで日本企業は,さまざまなソリューションはあっても,アジェンダ(課題設定)が明確になっていないケースが多かった。これからは,ソリューションとともにアジェンダを構想する能力を鍛えていく必要があるでしょう。

優れたテクノロジーと人財を備え,グローバルに社会イノベーション事業を推進する日立グループには,ぜひ独創的なアジェンダを掲げて,日立ならではのストーリーと世界観をもってより一層,社会課題の解決に取り組んでいただきたいと願っています。

鹿志村日立は現在,世界各地に研究者やデザイナーを派遣し,多様なパートナーと共に国・地域ごとの社会課題を起点とするオープンイノベーションに取り組んでいます。そうした地道な積み重ねの中から,ご期待に応えられるようなアジェンダと,それに基づく新たなライフソリューションの構築をめざしてまいります。本日はありがとうございました。

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