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Open Innovation Hotline:日立が取り組むオープンイノベーションSociety 5.0 北海道の地方創生と未来2020 北海道大学・日立北大ラボフォーラム

2020年6月10日

目次

2月14日,「Society 5.0 北海道の地方創生と未来」をテーマとする北海道大学・日立北大ラボフォーラムが札幌市内で開催された。

2016年に開設した日立北大ラボは,課題先進地域のソリューションをテーマに,北海道における少子化,地方創生,環境などの社会課題解決をめざして自治体と連携した実証実験や探索的活動を推進してきている。この日のフォーラムでは,北海道大学および同ラボが連携して道内で進めている取り組みを関係者らが紹介するとともに,少子高齢化社会や地域経済の発展に向けたこれからのまちづくりのあり方をめぐって活発な議論が交わされた。

会場には300名以上の聴衆が参加し,長時間にわたるプログラムにもかかわらず,最前線で社会課題に取り組む一人ひとりの講演に聞き入っていた。

フォーラムの冒頭,日立北大ラボ長を兼務する日立製作所基礎研究センタ長の西村信治が開会挨拶・趣旨説明に立ち,北海道の魅力や地域特性を紹介しながら,「課題先進地域だからこそ社会イノベーションに向けた社会実験や協創に最適である」と強調,「Society 5.0が掲げる『ありとあらゆる人々が生き生きと快適に暮らせる持続可能な社会』を見据えて,ICTやデータ基盤を利活用し,環境・農業・健康などのテーマを統合した取り組みを北海道の皆様と長く地道に続けていきたい」と語った。

続いて来賓を代表し,文部科学省科学技術・学術政策局産業連携・地域支援課長の斉藤卓也氏より,岩見沢市で北大と日立が組んで推進する取り組みを「全国的にも画期的な,大学と企業の本格的な協創の先行事例」と位置づけたうえで「北海道の産学官のキーパーソンが一堂に会した場で,北海道のみならず日本全体の課題に対して新たな解決の糸口になるような議論を期待したい」と挨拶した。

さらに共催者として登壇した北海道庁経済部長の倉本博史氏から,「北海道の魅力を世界に知ってもらう機会を予定している本年は北海道の未来に向けたチャンスの年」であるとし,先ごろ北大と日立が発表した博士課程学生に対する研究支援「北大・日立協働教育研究支援プログラム」に言及し,「こうした制度を効果的に使いながら,北海道からわが国をリードする人材を輩出していきたい」との抱負が述べられた。

西村 信治
日立製作所
基礎研究センタ長

斉藤 卓也 氏
文部科学省科学技術
学術政策局産業連携
地域支援課長

倉本 博史 氏
北海道庁 経済部長

基調講演:岩見沢市における地方創生

健康経営都市をめざす産学官連携の取り組み

松野 哲氏
岩見沢市 市長

岩見沢市は札幌から約40キロの北海道中央部に位置する人口8万人の都市であり,物流・交通の要衝として発展してきた国内有数の農業・食料供給地域。2016年から「人と緑とまちが繋がり,ともに育み,未来を作る健康経営都市」というスローガンを掲げ,全国に先駆けて「健康経営」の考え方を市政に取り入れ,「農業と食」を中心に官民が一体となった取り組みを推進している。

ICTの活用は約25年前にいち早く着手し,光ファイバ網,テレワーク,ロボットなどの導入を進めてきたが,ここで重視してきたのは「市民の共感」と「地域企業」を含む連携という二点。スマート農業に向けては,5G通信によるロボットトラクターの遠隔操作実証を行い,注目を集めた。また文部科学省の革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)拠点『食と健康の達人※)』では30社以上の企業と連携し,女性・子ども・高齢者に優しい社会づくりに向けた研究プロジェクトを進めている。特に母子の健康調査では市内産婦人科の協力の下,北大や森永乳業株式会社などと共に長期研究を行い,母親の共感,気づきを通しての行動変容を図るための家族健康手帳アプリの活用をはじめ,全国に先駆けたデータヘルスケア機能の社会実装をめざしている。それ以外にも育児や市民交流の場づくりも積極的に進めており,行政と市民や企業が同じ目的を共有し共感することにより,地域の持続性を確保し,希望あふれる未来へとつなげていきたい。

※)
食と健康の達人は,国立大学法人北海道大学の登録商標である。

講演1:北海道の課題提起

地域をつなぐネットワーク

澤出 剛治氏
NTT東日本
北海道事業部
ビジネスイノベーション部 部長

地方創生において今,最大の焦点となるのが人口減少への対応だ。特に生産年齢人口が急激に減少する中で,いかに総生産水準を維持・上昇させていくか。そのためには生産性向上が必須で,このギャップを埋めるのがICTである。NTT東日本は中小企業のAIなどの最新デジタル技術の導入を支援しており,特にスマート農業の実現に向けてイノベーションを加速すべくNTTアグリテクノロジー社を設立した。岩見沢市でのスマート農業実証に参画する中で明らかになった課題の一つが,専用の無線通信ネットワーク基盤。地域で機材やノウハウをシェアしたり自治体同士が連携したりするためにも,サイバー空間と地域をつなぐ強固なネットワークが欠かせない。まち・人・仕事の現場で手軽にICTを利活用できる環境づくりを通して,食・農業・健康などのイノベーションに貢献していきたい。

エネルギーの地域共生に向けた取り組み

皆川 和志氏
北海道電力株式会社
執行役員・総合研究所長

北海道電力グループは「北海道に根ざした総合エネルギー企業」として,地域・社会の発展へ貢献することを使命としている。総合研究所は電力会社としての基盤技術に加え,広域分散型社会における将来の人口減少などの地域課題解決に向け,持続可能な社会システムや新たな価値創造・地域創生に向けた研究に取り組んでいる。

エネルギー分野では再生可能エネルギーの導入拡大に向け,発電出力の変動に対応するための大型蓄電システム,バイオマス発電などの実証を行っている。また,地域マイクログリッドの実現に向け,地域・自治体と一体化した取り組みを進めている。今後もオープンイノベーションの観点で地域のさまざまなプレーヤーと共に新たな価値を創り上げる「協創」を推進していく。

講演2:課題解決に向けた取り組み

母子の健康・腸内環境

玉腰 暁子氏
北海道大学
医学研究院 教授

北海道大学は2015年度より,「少子高齢化先進国としての持続性確保」をテーマにした北大COI(Center of Innovation)拠点『食と健康の達人』の活動を行ってきた。中でも「プレママから子育て,高齢者,病後も健康で笑顔あふれる幸せ生活」を目標に掲げ,母子の健康に着目した研究を進めている。

成人期から老齢期における生活習慣に関する疾患の多くに小児期・青年期の生活環境が関与することが明らかになりつつあり,遺伝・出生に伴う環境整備が重要だと考えられる。特に近年注目されている低出生体重児問題では,医療技術の進展に加えて母親の喫煙やダイエットなどの影響が指摘されており,これらの実態を知るには長期的観察が欠かせない。動物などを使った実験では限界があり,最終的には人のことは人でしか分からない。岩見沢市の行政・市民・企業の幅広い協力の下で進めている研究プロジェクトを通じて市内の低出生体重児率は減少しており,さらにセルフヘルスケア,健康コミュニティ,新産業創出などの価値創出を実現していきたい。

綾部 時芳氏
北海道大学
先端生命科学研究院 教授

北大COI拠点の取り組みの中で,自分で健康度を測れる「健康ものさし」の有力な指標として「腸内環境」に関する研究を進めている。体内の消化管の上皮細胞は,栄養や水を吸収すると同時に100兆個もの腸内の共生細菌と接しながら病原体の侵入を阻止しているが,その一つであるパネト細胞が分泌するαディフェンシンが腸内の自然免疫で重要な役割を果たすことを明らかにした。この機能が損なわれると腸内細菌が破綻し,その組成変化により,自閉症,アトピー,生活習慣病などを含む多くの疾患に罹りやすくなる。こうした腸内環境は母親から胎児に直接伝搬するものであり,DOHaD説(将来の健康や特定の疾患への罹りやすさは,胎児期や生後早期の環境の影響を強く受けて決定されるという概念)を証明する可能性があると考えられる。

スマート農業

野口 伸氏
北海道大学
農学研究院 教授

2013年にスマート農業の研究会を生産者とともに設立。2018年に遠隔監視による農機の無人走行システムの実証を岩見沢市で行い,国内のみならず国際的にも注目を集めた。スマート農業では高精度測位位置情報配信基盤,次世代地域ネットワーク,高度情報処理技術(AI基盤)の三つの技術が柱となるが,今年は遠隔監視・圃場間移動が可能なロボット農機の実装をめざす。

最大の課題は安全性確保だが,テレコントロールデータ転送・画像伝送,ロボットトラクター遠隔監視システム,GISベースモニター,栄養状態・病虫害の超早期検出のセンシングなどのコア技術が整いつつあり,データを駆使することで,経験と勘に依存しない農業が現実味を帯びてきている。目標は地域農業の活性化,生産コストの半減,データ・農機・空間情報・ノウハウのシェアリング,農業情報を活用したサービス創出だ。そのためにはメディアを通して一般の人々から関心・期待を集めることも重要と考える。ここ北海道でいち早く社会実装を確立し,後継者・人手不足に悩む農業の課題を解決していきたい。

日立北大ラボの紹介

竹本 享史
日立製作所
日立北大ラボ
ラボ長代行
(北海道大学客員教授)

日立製作所研究開発グループは2016年に東大,京大,北大に共同研究拠点を開設し,それぞれの大学や地域の特色を生かして社会課題の解決に向けた研究開発に取り組んでいる。日立北大ラボは「課題先進地域のソリューション」を主要テーマとし,過疎化,高齢化,地域創生などの課題解決を自治体と連携した実証実験や探索的活動を通して進めている。

人口減少とQoLの関係を解明するヒューマンデータ分析予測技術の一環として,北大COI拠点「食と健康の達人」と連携し,母子の健康状態に関する長期研究調査に参画している。その結果を生かした健康サービスにより低出生体重児の減少という成果を得た。今後は健康データ統合プラットフォームの高度化を推進していく。

また北海道は広域であるため送電線設置が難しく再生可能エネルギーを活用した地域マイクログリッドの実現が期待されている。これに対しては,太陽光EV充電を核とした地域エネルギー循環モデルの確立を,自治体・パートナーと連携しながらめざす。DCグリッド内の太陽光発電と自己充電EV連携システム,マルチ燃料エンジン,低濃度エタノール燃焼制御,需給バランスの最適制御,需要発電予測などの技術開発に取り組むとともに,社外コンテスト,ワークショップなどの地域との協創活動も活発に展開している。

パネルディスカッション:北海道の未来

吉野これまでの講演を踏まえて北海道の未来像を語り合いたい。

丸谷災害対応は社会のリトマス試験紙と言える。北海道の地政学的な特徴を踏まえてレジリエントな社会の構築が優先課題だ。ものづくりからシステムづくり,複線のライフライン,遠隔地を結ぶハブ構築,域内のローカルネットワークなどの課題解決を通して,高い独立性とともに安定化志向社会をめざす。

尾作全国に先駆けた人口減少が最大の課題だ。人口規模が近いフィンランドと比較すると北海道の特性が見えてくる。加速する課題に対し,居住地の集約なども一案で,遠隔地操作による農業,セルラードローンの活用,目視外飛行,AI運行による効率的なオンデマンドバスなどの実現に向けて通信とICTを活用して貢献したい。

武田北大COI拠点『食と健康の達人』で特に医療介護に関する食の研究に取り組んできた。適切な健康ものさしによって,一人ひとりが適切なケアを行い健康を守れる環境が整備されつつある。胎児から2歳までの母子の食事や生活環境,栄養状態などがQoLを大きく左右することも明らかになっており,新たな環境の中でいかにより良い食を提案していくかが課題だ。

中山以前,環境省で環境基本計画の策定に携わっていた。持続的発展には,環境・経済・社会という三つの側面を考え合わせて統合的に向上する最適な関係を築く必要がある。環境はあらゆる活動の前提となる基盤だが,経済や社会の課題を統合的に解決していかなければならない。マイクログリッドは効果的で重要な取り組み。バイオ熱電,蓄電型風力・太陽光などの技術開発と社会実装で北海道から開拓し,発信することに期待したい。

西村多くの将来課題を論じてきたが,皆さんが明るく前向きなことに感銘を受けた。人口減少は考え方次第で,決して悪いことではない。課題が顕在化しているからこそ,北海道は課題解決先進地域になれると確信する。

丸谷人口が減少したならそれ相応の社会づくりがあるはずで,先進地域として世界に通用するモデルづくりをめざしたい。土地の広さ,水。隠れた資源を発見してどう使うか。北海道の可能性に私たち自身がまだ気づいていないのかもしれない。

尾作再生可能エネルギーの浸透が一つの可能性になる。例えば,仮想的な発電所であるVPP。通信会社の基地局に備わった巨大な蓄電設備を共有し,平常時は負荷の平準化に,災害時は携帯電話通信インフラ維持に向けた電力支援を頂くなどの仕組みも考えられる。

武田北海道の魅力はやはり何と言っても,大地の広さ,自然の豊かさ。本州にはない資源を生かして,考え方・やり方によっては十分に明るい未来が開ける。

中山農業や林業などでは将来像がなければ代替わりできない。これらのスマート化による将来像を示さないと有益な技術を開発しても活用する場が消滅しているかもしれない。社会制度も含めて将来像を示して後継者がビジョンを描けるようにしていくことが必要だ。

吉野One北海道。500万人の道民が最大の強みだ。やはり皆さん,最後は国に頼らない開拓者精神を持っている。新しいことに挑戦する気概に当方が励まされることも多く,可能性の広がりを実感している。学生も参加しているので,10年後,20年後に求められる人材像を聞きたい。

西村サイエンスを深く突き詰めてほしい。課題の本質,物事の本質を深めるためにはやはり数学だ。唸りながら難問に取り組んでほしい。

武田逆に『不便利』であることから学ぶ必要がある。ウェブで検索できるような浅い知識だけではなく,立ち止まって深く深く考えることが必要だ。今の人間は便利になった分,退化した面がある。

中山前例がある問題はAIで解決できるようになる。真面目に勉強して働くことで自己実現することは難しくなるかもしれない。知識だけでなくアート,それから人とのコミュニケーションが重要だ。尖った技術者をめざすか,仕事以外にも自己実現の方法を持ちつつコミュニケーション能力を高めるか。いずれかの生き方を選択することになるだろう。

尾作シンギュラリティと呼ばれる,AIが人間の能力を超える時点が2045年に来ると言われている。AIに追い越されないためには,知識を吸収しながら,いろいろな経験をすることが必要だ。もちろん柔軟性のあるバランス感覚も大事だろう。

丸谷地域でも企業でも自治体でも,うまく仕事するには自分一人でやるのではなく,最適なネットワークを作って当たることが大事である。それと同時に,一人ひとりが自立的に自分の意思と責任を持って仕事に当たることが必要で,そういう人材が求められるだろう。

吉野北海道の未来・コミュニティに向けて,ポジティブな課題設定を行い,一緒に解決していく仲間に出会える場になったことに感謝したい。若い人たちに対しては,スキルも重要だが,これから本当に大切なのは一人ひとりの意志だという先輩からのメッセージにもなったと思う。次回のフォーラムではここからどれくらい進んだのか,新しい課題は何かを共に議論したい。

丸谷 知己氏
地方独立行政法人
北海道立総合研究機構 理事

尾作 勝弥氏
株式会社NTTドコモ
北海道支社 法人営業部 部長

武田 安弘氏
森永乳業株式会社
研究本部 健康栄養科学研究所
執行役員 所長

中山 元太郎氏
北海道大学
公共政策大学院 教授

西村 信治
日立製作所 基礎研究センタ
センタ長,日立北大ラボ ラボ長

吉野 正則(モデレータ)
日立製作所 基礎研究センタ
シニアプロジェクトマネージャ

西井 準治氏
北海道大学 理事・副学長・産学・地域協働推進機構長

以上のプログラムを終え,閉会の挨拶に登壇した北海道大学理事・副学長・産学・地域協働推進機構長の西井準治氏は「少子化・地方創生・環境問題に着目し,多面的な複数の課題を解決するために総合大学として北大の役割は重要」としたうえで,岩見沢市における北大COI拠点について「松野市長をはじめとする地域の関係各位,そして住民の協力なくしては不可能だった」と述べ,6年後の創立150周年に向けて地域との連携をより強化していく旨を語った。

鈴木 教洋
日立製作所
執行役常務 CTO兼
研究開発グループ長

そして最後に登壇した日立製作所執行役常務 CTO兼研究開発グループ長の鈴木教洋は,東大ラボ,京大ラボの取り組みを簡単に紹介した後,「住民と産官学の協創は欧州ではオープンイノベーション2.0と呼ばれ,社会イノベーションの新しいあり方として注目されており,そこにデータとデジタル技術を活用し,社会全体のハピネスを実現していく。人口減少・高齢化は全世界的な趨勢であり,北海道はその課題先進地域。世界に先駆する北海道モデルを共に築いていきたい」と結んだ。