日立評論

上下水道の維持管理支援技術

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先進技術と総合力による水環境ソリューション

上下水道の維持管理支援技術

ハイライト

上下水道の持続的発展には,設備の老朽化・人口減少といった各種課題の解決や,安定した水の供給,環境負荷を低減する水処理が必要である。

本稿では,リスク低減を目的とした維持管理支援技術として,監視制御システムのオンラインデータを用いた異常診断技術,上下水道施設の日常運転管理を支援する情報システム,さらには将来の合理的なプラント運転に向けたAIによる支援技術の開発について紹介する。

目次

執筆者紹介

横井 浩人Yokoi Hiroto

  • 日立製作所 研究開発グループ 材料イノベーションセンタ プロセスエンジニアリング研究部 所属
  • 現在,上下水道向け水処理・制御技術の研究開発に従事
  • 技術士(上下水道部門)
  • 環境システム計測制御学会会員

陰山 晃治Kageyama Kouji

  • 日立製作所 研究開発グループ 材料イノベーションセンタ プロセスエンジニアリング研究部 所属
  • 現在,水環境システムの研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 環境システム計測制御学会会員

後藤 正広Goto Masahiro

  • 日立製作所 産業・水業務統括本部 技術開発本部 松戸開発センタ 水環境システム部 所属
  • 現在,国内外向け水処理システムの研究開発に従事

永松 健司Nagamatsu Kenji

  • 日立製作所 研究開発グループ システムイノベーションセンタ メディア研究部 所属
  • 現在,音声合成システムの研究に従事
  • 博士(工学)
  • 電子情報通信学会会員
  • 日本音響学会会員

秋山 高行Akiyama Takayuki

  • 日立製作所 公共社会ビジネスユニット 公共システム事業部 公共イノベーションビジネス推進本部 公共グローバル推進部 所属
  • 現在,高度交通システム(ITS)のグローバル事業に従事
  • 情報処理学会会員

1. はじめに

全国の地方公共団体では,上下水道施設の老朽化,技術職員の減少や使用料収入の減少といったさまざまな課題を抱える中,従来どおりの運営では持続的な事業の執行が困難になりつつある。水道経営に関わる指標として,水道事業に携わる職員数は約3割減(約30年前と比較),水需要は約4割減(約40年後の予測)との数字が示されている1)。政府がまとめた新水道,新下水道の両ビジョンでは,これらの課題を克服し,良好な事業運営を継続して,上下水道サービスを提供するための施策を提言している2),3)

日立グループは,逼(ひっ)迫した経営課題に対して,これまで培ってきたプラント監視制御,IoT(Internet of Things),アナリティクスなどのOT (Operational Technology),IT(Information Technology)を用いて,上下水道事業のKPI (Key Performance Indicator)や経営改善につながるソリューション提案に取り組んでいる(図1参照)。

本稿では,主要なアウトカム指標の一つである「リスク低減」を目的とした維持管理支援技術を取り上げた。具体的には,健全な設備管理を目的とした機器・システムの異常診断技術,定常/非定常時の運転管理を支援する情報端末,および合理的なプラント運転支援に向けた将来技術について述べる。

図1|水道の持続的発展に貢献するソリューションと価値OTとITを駆使して経営課題のソリューションを提案し,KPI改善とアウトカム獲得を実現する。

2. 健全なプラント運転のための異常診断技術

水環境インフラで使われる設備や機器が故障すると,市民生活や産業に多大な被害を及ぼす場合がある。これを回避するには,故障を事前に予知して早い段階で対応することが重要である。これまでは運転計測値の所定範囲からの逸脱,あるいは点検者の五感による感知などによって対応がなされてきた。これをさらに効率化するため,設備や機器の運転データに基づいて自動的に故障を予知する技術を開発した。

コアとなる技術は,機械学習の一つである適応共鳴理論(ART:Adaptive Resonance Theory)である。これは統計データ処理技術であり,多数の入力項目の値の関係性に基づいてあらかじめ学習した正常状態からのわずかなずれを検知し,故障の発生を早い段階で捉えることができる特長を有する。これにより,設備や機器の故障を事前に防ぐことが可能となる。さらに,その故障が他の設備やシステム全体の運転に及ぼす被害も最小限に抑えることができる。

これまでに本技術を浄水施設や海水淡水化施設に適用し,ポンプの軸受損傷事故や逆浸透膜の目詰まりの予知が可能であることを確認済みである。

揚水ポンプの軸受損傷事故の解析結果の例を示す(図2参照)。実際の現象としては,右端の10月のデータが得られた後に1号機が軸受損傷事故を起こした。一方,2号機は問題なく運転を継続できた。ARTの評価結果と実際の現象は整合し,約3か月前に故障を予知できた。

本開発技術は,汎用性を有しているため,設備や機器の故障のほか,水質の異常や操作の異常であっても検出できる。今後は水環境インフラのさまざまな対象に適用を進め,より安定した運転の維持と維持管理費用の低減に貢献していきたい。

図2|ARTによる故障予知の原理および結果正常な学習データで生成したカテゴリ内に診断データが位置すれば正常,新たにカテゴリを生成すれば故障の予兆ありと判断する。ART(Adaptive Resonance Theory)により,警報レベルの増加から,1号機の故障発生を約3か月前に予知できた。

3. 定常/非定常時の運転管理支援技術

日常業務の効率化,および,外乱に対応する非定常業務の確実な遂行を目的として,蓄積した維持管理ノウハウを現場活用する支援システムを開発した。本章ではAR(Augmented Reality:拡張現実)応用技術の実機適用,および,業務標準化を志向したナビゲーション開発について紹介する。

3.1 包括維持管理現場ニーズに即した維持管理支援

日立グループでは,上下水道事業および産業プラントなどの運営維持管理業務の受託事業に,設備運転データの収集・記録など,受託業務の効率化を可能とするクラウド型運営維持管理支援システムと,モバイル端末やARを組み合わせた維持管理作業支援ツール「AR応用O&M(Operation and Maintenance)ナビゲーションシステム」4),5)を導入し,経験の少ない者でも適切な操作や作業を実施できる,スキルフリーな維持管理業務を実践している(図3参照)。

今回,さらなる業務の改善に向けて,日立のIoTプラットフォームLumadaの基本機能群を活用し,以下の支援技術の構築を行った。

  1. 「水質予測システム」を活用した運転管理
  2. 「凝集状況監視装置」を活用した運転管理
  3. 「M2M監視システム」を活用した劣化傾向管理

水質予測システムおよび凝集状況監視装置を活用した運転管理では,月ごとや期ごとの時系列運転履歴データの更新にデータ統合分析基盤Pentahoを,また,重回帰係数計算には統計解析向けプログラミング言語「R言語」によるK平均法を活用して,表計算ソフトを用いたコンパクトな凝集剤注入率試算ツールを構築した。2017年度より試運用を開始した本ツールは,現時点の運転状況に対し,過去の運転データに基づいて水質調整の難易度を判断することで容易な運転パターンを優先し,凝集剤使用量を適正化できる。これにより,目標処理濁度近傍での運転が期待できる。

また,M2M監視システムを活用した劣化傾向管理では,振動値などを自動連続測定することで,機器状態監視の簡易性,データ収集の継続性,測定対象機器の拡大性,連続運用によるシステム堅牢(ろう)性を検証している。これらの検証結果から故障予兆につながるデータを取得することで,時間基準保全から状態基準保全への移行をめざした,保全・運転計画の改善・簡易化に展開していく考えである。

今後も,現場での運転オペレータの支援技術の継続的検討と運用改善により,運用・保守・サービス事業のさらなる効率改善をめざしていく。

図3|「水質予測システム」を活用した運転管理運転実績を統計解析する凝集剤注入率計算ツールにより,業務効率化に寄与する。

3.2 標準業務を備えた業務ナビゲーションの提案

広域化は水道サービスの持続に向けた重要施策の一つであり,手引き6)が発行されるとともに,実際に事業統合を実現させた事例も多数ある。水道事業には,水質汚染事故の発生や水道施設の老朽化などさまざまなリスクが存在するが,事業の広域化に際してはさらに,水源から需要家に至るまでの関連施設の連携や,流域単位での水循環に起因して生じる新たなリスクが課題となっている。これまで日立は,水安全計画手法を適用した管理システムを提案してきた。今般,これらを維持管理の現場で円滑に機能させるための業務支援ツールの開発を進めている。

本ツールの特徴は,業務フローの設定に際して,標準的な業務(SOP:Standard Operating Procedure)を念頭に置き,水安全計画の「対応措置」程度の粒度と項目数で業務のルールをデータベース化している点である。各ステップで実施する作業や確認事項の内容は逐次画面右側に表示され,さらに,機器の操作,計測・分析方法,または,必要資材などについての詳細マニュアルはリンクの形で実装する(図4参照)。何をもってSOPとするかという点については,公開された水安全計画や中小規模事業体の実際のマニュアルの体系・詳細の調査結果を参考とし,地震や停電など代表的な非定常作業を対象とした暫定SOPを構築した。

このように業務をSOPとして部分的に共通化させることで,データの見える化や管理指標の統一が容易となり,遠隔で少人数の担当者がアドバイザーとなる際には,状況判断の簡易化とエラー低減が期待できる。今後,実際の水道施設での業務に適用してツールの実用性を検証し,ソリューションアイテム化をめざす。

図4|標準業務データベースを活用するナビゲーション水安全計画や操作マニュアル分析から非定常事象の業務標準を設定する。

4. 合理的なプラント運転支援に向けた将来技術の提案

本章では水処理プラントの運転支援を例に,近年発展の著しいAI(Artificial Intelligence)技術の活用事例を紹介する。

4.1 日立におけるAI活用の歴史

日立では1990年代から,エキスパートシステムやニューラルネットワークなどのAI技術を水分野で活用し始めた。例えば,プラントの運転ノウハウをAI技術で模擬し,実プラントの運転制御に活用する試みを行った。しかし,利用できるデータの種類・量が限られていたうえ,AI自体の能力も低く,実業務への応用は進まなかった。

しかし近年,センサーやIoT技術の進展で,従来よりも大量の運転履歴・センサーデータを収集・蓄積できる環境が整いつつある。さらにAI技術の急速な発展で,AIが人と同レベルまたはそれ以上の効率で運転を制御できる可能性が出てきている。

現在,日立では主にパターン識別型,質問応答型,運転判断型の3つのAI技術領域で研究を進めている。パターン識別型AIは,画像・音声の認識や時系列データからの予測を行う。質問応答型AIは文書やウェブ情報を利用し,意思決定支援のための意見を出す。運転判断型AIは,目的指標に影響を与える因子を過去の大量データから自動抽出して利用することで将来の判断を最適化できる。運転判断型AIの例にはHitachi AI Technology/Hがある。

日立では今後,これらのAI技術を活用し,IoTによるデータ収集からAIによる運転・判断支援までをLumada上で提供するソリューションの実現をめざしている。

4.2 プラント運転におけるアクティブラーニング技術の活用

運転判断型AIの一つであるアクティブラーニング技術を水処理プラントの運転支援に応用する事例を紹介する。同技術では機械学習の一種である強化学習を用い,より良い運転判断をAIが試行錯誤によって能動的に学習する。

水処理システムへの適用イメージを示す(図5参照)。このシステムのAIは,センサーデータを入力とし,運転判断を出力する。その判断でプラントを制御した結果をKPIとして評価することで,良い判断を選択し,悪い判断を選択しないようAIを学習させる。このKPIをどう設定するかは重要である。水処理プラントの場合,水質・安全性に加え,運転コストなどの経営指標もKPIに含めることで,水質・安全性を維持しつつ,効率のよい運転規則を学習できるようになる。

試行錯誤の学習段階にあるAIが出力した判断を,実プラントの制御に適用するとリスクがあるため,運転制御はシミュレータ上で実施する。このシミュレータは,ある状況で運転制御を実施した場合にKPIがどう変化するかを予測するもので,パターン識別型AIを用いて大量の蓄積データから規則を学習することで実現する。アクティブラーニング技術によって,このシミュレータ上でAIを学習させた後,実際のプラント運転制御に適用する。

実環境では想定できない事態も起きるため,AIの判断結果は参考のみとし,プラント運転の最終的な判断は人が行う予定である。それでも,AIの運転支援によって,経験の浅い運転員であっても熟練者に近い運転判断を行えるようになることが期待される。

今後,先進国では人口減による水道収益の減少,老朽化した施設の維持・更新費用の増加が予想され,水道運営の一層の効率化が求められる。日立はAI技術を活用し,運転ノウハウの伝承を支援するほか,経営指標をより高度に効率化するプラント運用技術の実現をめざしていく。

図5|アクティブラーニング技術による水処理プラントの運転支援(イメージ)センサーデータを入力とし,システムで運転判断を出力する。結果をKPIとして評価することで,制御の良否をAIが学習する。

5. おわりに

本稿では,上下水道の維持管理を支援する技術について述べた。

これらの技術は,単独での利用はもちろん,統合化によって広域管理により適したシステム構築に役立てることができると考えている。今後も,重要社会インフラである上下水道事業の継続・サービス向上に貢献していく所存である。

参考文献など

1)
2)
厚生労働省,新水道ビジョンポータルサイト,新水道ビジョンについて
3)
国土交通省,下水道政策研究委員会,新下水道ビジョン
4)
吉川裕,外:クラウド型機器保守・設備管理サービス基盤,日立評論,96,12,797〜800(2014.12)
5)
蓮香秀典,外:官民連携による水道事業の維持管理・サービスソリューション,日立評論,97,8,454〜457(2015.8)
6)
厚生労働省,水道広域化検討の手引き
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