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COVER STORY:CONCEPT

強くしなやかで持続可能な世界へ

水環境と防災・セキュリティに共通するレジリエンスの視点

ハイライト

経済・社会のグローバルなつながりが増す今日,気候変動や貧困などの課題は当事国のみならず世界全体に影響を及ぼしている。それらは世界全体の持続可能な発展を阻む,共通のリスクとも言える。

他方,進化するデジタル技術を活用し,あらゆるモノやシステムがつながり合う社会が現実となり始めている。それはこれまでにない価値を生み出す反面,予期せぬリスクも発生しうる社会だ。飛躍的な進歩が期待されるその足下で不確実性を増す世界。その中で持続的な発展を遂げていくためのカギは「レジリエンス」にある。日立が暮らしの安全・安心を支えるために水環境と防災・セキュリティの分野で進めている取り組みは,どのように社会のレジリエンスの向上につながるのか─,その最前線を追った。

目次

持続可能な世界に向けた企業の役割

蒸気機関による18世紀の第1次産業革命,電気機械による19世紀の第2次産業革命,エレクトロニクスによる20世紀の第3次産業革命と,イノベーションによる産業の発展は先進国を中心に経済を発達させ,生活や社会のあり方を大きく変えてきた。その結果,社会インフラとして電気やガス,水道などが使え,さまざまな移動手段や通信手段が利用可能な,基本的な安全と安心が守られた生活を送ることができるようになっている。

一方で産業と経済の急速な発展は,気候変動をはじめとする,人類を含めた生命の未来に深刻な影響を与えかねない環境問題を引き起こした。また,これによってもたらされた富の偏在化が,世界的な経済格差の拡大につながっている。

こうした課題を前に,社会の価値観や生活スタイル,企業経営のあり方も変化し始めた。経済効率のみを優先する姿勢を見直し,未来にわたって地球環境を守りながら産業や経済を成長させ,地球上のすべての人が公平に社会的恩恵を受けることをめざす「サステイナビリティ(sustainability)」という概念は,今や広く社会に浸透している。企業の持続的成長や企業価値向上には,ESG[環境(Environment),社会(Social),ガバナンス(Governance)]の3つの観点を意識した経営戦略が必要であるという考え方が広まり,機関投資家の意思決定を左右する要素としても重視されるようになっている(図1参照)。

ESGを重視する企業にとって重要な戦略指針となっているのが,国連が2015年に採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中核を成す,SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)だ。前身のMDGs(Millennium Development Goals:ミレニアム開発目標)が主に途上国の貧困を対象としていたのに対し,SDGsは,先進国を含めた世界全体の経済・社会のあり方を対象としており,目標年が2030年と短期間である。その背景には,世界中で変革を急がなければ,環境負荷を持続可能な水準に抑え,格差を是正するための機会を逸してしまうという危機感がある。

また,企業を主要な実施主体の一つと位置づけていることもSDGsの特徴である。持続可能な開発におけるさまざまな課題を克服する重要なカギとなるのは,民間企業によるイノベーションや投資であるからだ。こうした潮流の中,すでにグローバル企業はSDGsを経営戦略に統合し,開発目標をビジネスと結びつけるなどの取り組みを開始している。社会課題への対応力が企業のイノベーションの原動力となり,競争力を左右しつつある。

図1│企業を取り巻くサステナビリティトレンド

生きるための基本条件,水の確保

岡野 邦彦
水ビジネスユニット 水事業部 副事業部長 兼 国際システム本部長

基本的人権や生存権,すなわち人間が人間らしく生きる権利を確保するための要素は多岐にわたるが,生活基盤,中でも水インフラは不可欠である。SDGsでは,「目標6:すべての人々に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」が掲げられている。水は生命の維持に直接的に関わるだけでなく,食料生産にも欠かすことができない。住環境の衛生を保ち感染症を防ぐためにも,安全な水の供給や下水対策が必要だ。しかしそれほど重要な資源であるにもかかわらず,世界では水問題を抱える国も数多い。特に近年は,新興国や途上国における人口増加と都市への人口集中,経済発展による生活水準の向上といった要因が重なり,水需要の増大と水環境の悪化が引き起こされている(図2参照)。

水資源に恵まれた日本では渇水の心配は比較的少ないが,気候変動の影響による集中豪雨の被害は多発しており,治水や水環境の管理が重要性を増している。

こうした国内外の課題解決に向けた貢献について,水ビジネスユニット水事業部副事業部長の岡野邦彦(国際システム本部長兼務)は語る。

「安全な水を持続的に利用できるようにすることは普遍的な課題であり,それぞれの国や地域の実情を踏まえた多面的な取り組みが求められます。日立グループは,社会インフラにデジタル技術を活用することでお客様や社会の課題解決をめざす社会イノベーション事業を推進しており,水環境分野のソリューションもその重要なテーマの一つです。

お客様やパートナーとの協創を通じて,水源保全,治水,上下水道,造水や水再生による水資源確保,排水処理などの,国内外のさまざまな課題に対して,製品,システム,サービスによる解決に取り組んでいます。われわれはこれまでに蓄積してきた監視制御や水処理技術,広範な製品群などを生かし,OT(Operational Technology)とITを連携させて,水環境への負荷の低減や安定した水の供給などに貢献していきます。またIoTプラットフォームLumadaを活用することによって,需要予測,広域監視・制御,予兆診断などをさらに高度化し,設備投資や運用コストの低減にも寄与していきます。」

図2│世界の水環境:利用可能な水資源量[1人当たり年間(m3,2011年)]

100年の歴史をもつ日立の水環境事業

桐越 宙康
水ビジネスユニット 水事業部 社会システム本部長

日立の水環境事業の源流は,およそ100年前の創業当時にある。上下水道システムを支えるポンプは,モータと並んで日立の中で最も歴史ある製品の一つだ。国産技術による大型化と信頼性向上に成功した日立のポンプは,炭鉱の排水用途から産業,水道,発電などさまざまな分野で,国内はもちろん海外にも広がっていった。

運用面を支えるハードウェアとしての監視制御システムでは,1934年に東京市(現在の東京都)金町浄水場に納入した電気系統制御盤などを端緒に,計算機技術およびソフトウェアとしての制御・シミュレーション技術を取り入れることで高機能化を図り,上下水道システムの高度化に貢献してきた。国内の事業を統括する,水ビジネスユニット水事業部社会システム本部長の桐越宙康は次のように語る。

「上下水道システムの黎明期から今日まで,日立グループは上下水道事業体の方々と,それぞれの時代に直面した課題を解決するソリューションを協創してきました。国やさまざまなパートナーとともに,技術開発も行ってきました。その中で培ってきた幅広い技術を統合し,さらに最新のデジタル技術を加えて水と情報の両方の流れを考え,都市や流域などの広い単位で水循環の全体最適化を図る,『インテリジェントウォーターシステム』構想を提案しています(図3参照)。経年施設の維持管理や技術の継承といった国内の上下水道が抱える課題だけでなく,海外の水インフラの高度化や環境負荷の低減への貢献も含めて,多様化する水の課題に応えていきます。」

国内では今後,人口減少に伴う上下水道利用者の減少や技術職員の不足が予測され,上下水道事業を複数の事業体が共同で行う広域化や,官民連携の拡大などが進みつつある。日立は,複数の自治体による広域化への貢献や,水道インフラの運用にCPS(Cyber Physical System)やIoTを活用する経済産業省の実証事業にも参画するなど,水道事業全体の最適化や効率化に貢献するソリューションの開発に取り組んでいる。

官民連携の例としては,埼玉県戸田市より,同市所管の上下水道の窓口業務や施設運転管理業務を5年間にわたって一括して請け負う,上下水道事業の包括委託業務を受注した。

海外では上下水道の整備だけでなく,海水淡水化などの先進技術の導入や,浄水場から各家庭をつなぐ水道管網の運用・管理や漏水対策など,多様なニーズがある。特に,海水淡水化は淡水資源の少ない地域での渇水対策として注目されている。パートナー企業などと連携して海水淡水化プラントの消費電力の低減に取り組む日立の活動について前出の岡野はこう語る。

「従来のRO(Reverse Osmosis:逆浸透)膜方式海水淡水化プラントは,海水に高い圧力をかけて,微細な孔を持つ膜に通して塩分を取り除くため,ポンプの消費電力の削減が課題です。われわれは膜を収めた多数のベッセル(筒状の圧力容器)の配列を工夫し,それぞれの膜に通す海水の流量を制御・平準化することで消費電力や設備費の低減,さらには排水による環境負荷低減にも貢献するE-Rex Waterシステムを開発しています。この技術は内閣府の最先端研究開発支援プログラム『Mega-ton Water System(メガトンウォーターシステム)』の一環として,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や東レ株式会社とともに開発し,現在はサウジアラビアで実証事業を進めています。

また,下水の処理水で海水を薄めることで逆浸透圧を下げ,ポンプの消費電力削減を実現するRemixWaterシステムについても,NEDOや北九州市,パートナー企業などとの協創により開発に取り組んだ成果を,南アフリカでの実証事業に発展させています。

今後も,先進技術とパートナーとの協創によって次世代の水インフラをリードし,市場とお客様の課題解決に貢献する『水総合サービスプロバイダー』をめざします。」

図3│日立のインテリジェントウォーターシステム構想の概念

生きるための基本条件,安全・安心の確保

途上国や新興国における生活環境の改善には,水インフラをはじめとする生活基盤の整備が不可欠だ。一方,先進国では,生活基盤の安定的・持続的な維持管理が課題となっている。そうした中,重視され始めているのが「レジリエンス」だ。

レジリエンスとは,「災害やテロ,想定外の環境変化などのリスクによって,社会システムや事業の一部,あるいはすべての機能が停止しても,全体としての機能を速やかに回復できる強靱さ」といった概念を表し,近年,各国政府の防災計画や企業の事業継続計画などに組み込まれ始めている。

生活のあらゆる要素に関わる水インフラをインテリジェント化し,さまざまなリスクの顕在化にも耐えうる供給能力の確立をめざす日立の水環境ソリューションは,水インフラのレジリエンスを高める取り組みであるとも言える。

また,基本的人権と生存権を守るうえで欠かせないのが,新たな脅威に対抗するセキュリティや,自然災害に対する防災・減災の取り組みである。

世界では,政治と経済の複合的な要因による難民の増加,テロの頻発など,安全保障上の脅威が高まる一方,気候変動の影響による豪雨や猛暑など,命をも脅かす大規模な自然災害が増加している。そのため欧米を中心に,緊急時に守るべきインフラを明確化し,ライフラインの供給体制を整備する動きや,国土の保全だけでなく経済のレジリエンス向上に取り組む動きなどが見られる。

日本でも今後,大規模な国際的イベントなどをターゲットとしたテロの危険性が高まると懸念されている。自然災害に関しても,東日本大震災の甚大な被害を受け,設備面での防護だけでなく,システム全体としての迅速な回復力が重要であることが認識され,「強さとしなやかさ」を備えた国土,経済・社会システムの構築をめざす「国土強靭化計画」が進められている。

不確実性の高い社会でインフラシステムを守る

斎藤 浩
サービス&プラットフォームビジネスユニット セキュリティ事業統括本部長

国内外に共通して言えるのは,グローバル化やデジタライゼーションによって経済・社会システムの相互依存性が高まっているために,一部の機能不全の影響が広範囲に及ぶ傾向があるということだ。インフラシステムの相互連携,企業のバリューチェーン,あるいはIoTなど,多様なシステムやモノが従来の枠組みや国境を越えてつながり合うことで価値を生み出している今日の社会では,国家や組織が単体でリスクに対応することは困難である。それぞれがみずからのセキュリティを高めつつ,緊急時にも互いに協力・連携して対応する体制を築いておくことが重要だ。

日立グループは長年にわたって,生活基盤である社会インフラを顧客とともに支え,高品質な水やエネルギーの安定的な供給,高信頼で正確な鉄道運行などの実現に貢献してきた。

システムで守る。組織で守る。運用で守る――。社会インフラのセキュリティを守り,レジリエンスを向上させるコンセプトについて,サービス&プラットフォームビジネスユニットセキュリティ事業統括本部長の斎藤浩は語る。

「社会インフラセキュリティのコンセプトを実現するために必要な要件として,日立では,Hardening(強靭性),Adaptive(適応性),Responsive(即応性),Cooperative(協調性)の4つが重要であると考え,それぞれの頭文字をとってH-ARCと称しています(図4参照)。すべての土台として強靭なセキュリティ基盤を作り,その上に,脅威への事前対策を継続的に強化可能な,柔軟で適応性のあるシステムを構築することで,災害やインシデントに即応できる運用を実現します。他の組織と情報共有し,協調して運用することで,社会インフラを守るという考え方です。

IoTに象徴される,さまざまなものがつながり合う社会は,これまでにない価値を生み出す反面,想定外の事態を招くこともあるでしょう。そうした不確実性の高い社会では,過去に起きた事故の原因を取り除くといった従来の対策ではセキュリティを守れません。IoT時代において事業継続性を高め,強くしなやかな社会を実現するには,想定外の変化への対応力はもちろん,被害を最小限に留める減災,素早い状況分析と二次被害の予防といった考え方に基づく防災・セキュリティ対策が欠かせないと考えています。」

図4│日立のセキュリティアプローチ

IoT時代に求められるレジリエンス

日立はこのセキュリティコンセプトに基づき,フィジカルとサイバーの両面でさまざまなセキュリティ技術を組み合わせたソリューションを提供している。国内の重要施設はもとより,海外でも安全と安心の向上に貢献している。

特に力を入れているのが,IoT時代に対応したセキュリティソリューションだ。

「IoTの普及によって,これまで外部ネットワークからは独立していた重要な社会インフラの制御システムが間接的にインターネットとつながるようになり,サイバー攻撃の危険性が高まっています。生活と深く関わる社会インフラのセキュリティで重要な点は,危機に際してもサービスを止めない事業継続性です。これまでの大災害を想定した事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)を,新たにサイバー攻撃を想定に加えたBCPに進化させる必要があります。それはまさにレジリエンスであり,データ保護を主体とする従来の情報セキュリティの考え方では対応しきれません。日立は,これまで培ってきた社会インフラシステムの構築と運用の知見を『Evolving Security for changing IoT world.』という新たなセキュリティビジョンの下で活用し,OT×ITの環境を持った社内で実証を重ねたセキュリティ技術を通じて,お客様のビジネスと社会のレジリエンスを高めることをめざしています。」(斎藤)

社会全体のレジリエンスを高めていくためには,防災・減災の取り組みも欠かせない。これまでは自治体や企業,市民がそれぞれ独自に備えを進めてきたが,社会・経済活動を停滞させてしまう災害の影響をできるだけ低減するために,官民連携での対策が求められている。

消防指令システムの進化もその一例だ。日立はこれまで,東京消防庁をはじめとする複数の消防指令システムを構築する中で,ITの活用による職員や部門間のスムーズな情報共有,指令時間・対応時間の短縮を可能とする高機能消防指令システムを提供している。またスマートフォンによる緊急通報や,高度な分析による緊急搬送の最適化などの実現を視野に入れた,次世代指令センターのコンセプトを提言している。

今後,IoT,AIなどのデジタル技術の活用が進めば,災害時の迅速な情報収集,一元管理,分析,必要な情報の一斉配信なども実現でき,適切な対応による減災も可能になるだろう。

協創を加速し,地球社会の課題の克服へ

日本政府がSociety 5.0というコンセプトの下でめざす「超スマート社会」の実現において,社会のレジリエンスを高めることは重要なテーマの一つとなっている。少子高齢化に伴う人口減少,地震をはじめとする自然災害といった日本が抱える課題を克服していくためには,デジタル技術を活用することで生活基盤の持続可能性とレジリエンスを高め,さまざまな角度からの防災・減災対策が必要であり,取り組むべきことは数多い。しかしそれらの課題は,克服できれば強みになる。得られた成果を世界に展開していくことで,SDGsのターゲットをはじめとする地球社会の課題克服にも貢献できるだろう。

日立は,国内外に広がるパートナーシップと,顧客と一体となって課題解決をめざす協創を促進し,インフラ制御技術とプロダクツ,進化するデジタル技術をかけ合わせて社会イノベーション事業を加速していく。その先には,強くしなやかな生活基盤に守られた,誰もが安心して安全に暮らせる未来がある。

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