日立評論

AI技術による物流効率化・サプライチェーン最適化

マーケティング・デマンド予測情報の活用

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日立評論

バリューチェーンを革新するグローバルロジスティクスサービス

AI技術による物流効率化・サプライチェーン最適化

マーケティング・デマンド予測情報の活用

ハイライト

近年のスマートフォンやSNSの普及は,生活者の購買行動に大きな影響を与え,消費者としての彼らをサプライチェーン上の「情報強者」へと変えた。日立は,AI技術を活用したサプライチェーンの最適化に向けた意思決定支援の実現に取り組んでいる。

目次

執筆者紹介

音川 芳賢Otogawa Yoshimasa

  • 日立製作所 産業・流通ビジネスユニット 産業ソリューション事業部 流通システム本部 第二システム部 所属
  • 現在,小売業を中心とした顧客向けの新規サービスの開発に従事

磯部 雅史Isobe Masafumi

  • 日立製作所 産業・流通ビジネスユニット 産業ソリューション事業部 流通システム本部 第二システム部 所属
  • 現在,小売業を中心とした顧客向けの新規事業の企画に従事

田口 謙太郎Taguchi Kentaro

  • 日立製作所 産業・流通ビジネスユニット 産業ソリューション事業部 モビリティ&マニュファクチャリング本部 TSCMソリューションセンタ 所属
  • 現在,SCM・ロジスティクス分野における新規ソリューション開発と顧客導入に従事
  • 日本機械学会会員

興津 弘道Kyozu Hiromichi

  • 日立製作所 社会イノベーション事業推進本部 事業創生推進本部 事業開発本部 バリューチェーンロジスティクス開発部 所属
  • 現在,SCM・ロジスティクス分野における新規事業の開発に従事
  • 物流技術管理士

1. はじめに

近年のスマートフォンやSNS(Social Networking Service)の普及は,生活者の購買行動に大きな影響を与えている。ライフスタイルや価値観の多様化がマーケットを小粒度化させ,商品ライフサイクルをますます短期化させている。また,SNS上での友人・知人のお勧め投稿や自己発信したいという欲求は,旅行やファッションを中心に生活者の購買行動を変えている。生活者は,良い商品機能や価格といった「モノ中心」の訴求だけでは購買意欲を起こさなくなり,信頼できるブランドや自分を理解してくれる企業から,パーソナライズされた心地よいコミュニケーションや自分好みに即したオファーといった「コト中心」の購買機会を期待しており,その機会を得たときに購買意欲を起こすようになりつつある。

そこで小売業やメーカーでは,消費者の好みや多様なチャネルでの購買行動など,さまざまな外部情報をデジタルで分析・把握することにより,ロイヤルティの向上に効果的な施策を展開できるデジタルマーケティングへの関心が高まっている。

一方で日本国内では,食べられるのに廃棄されている食品(食品ロス)が年間で621万tに及ぶと見込まれており,国際連合が食糧難に苦しむ国々に援助している総量(約320万t)のおよそ2倍にも相当する1)。この食品ロスを発生させる原因の約55%が流通段階と推定され,中でも定番カット,納品期限切れ,季節棚替えに起因する返品や廃棄が大きな原因となっており,年間の返品額は約1,600億円に達しているとの推定もある。

背景には,サプライチェーン上の小売店,卸売り,メーカー,原材料メーカーが,おのおのに入る注文に欠品なく応えるために,常に余裕をもって「必要な量」よりも多くの在庫を抱えていることがあると指摘されている。それが常態化している結果,賞味期限が近づき,廃棄されてしまう食品が相当数あると考えられている。

この現状に対し,環境負荷に配慮した経済活動が消費者や社会から広く求められている企業としては,需要動向の正確な把握に基づいた商品確保による在庫の適正化が重要となっている。前述のデジタルマーケティングで,すべてのバリューチェーンの起点となる消費者のニーズを的確に捉えられれば,その情報を小売店,卸売り,メーカー,原材料メーカーなどが共有することで,より高い精度での商品企画や発注・販売・生産計画,需要予測が可能になる(図1参照)。加えて物流情報とも連携すれば,生産工場や物流センターなどのさまざまな販売チャネルでの在庫適正化と,ロジスティクスの効率化やそのコスト低減,さらには消費者に届くまでのリードタイム短縮の実現にもつながる。

本稿では,「コト中心」の消費行動が拡大する超スマート社会に向けて,まずAI(Artificial Intelligence)の活用により消費者一人ひとりのニーズを捉え,需要を喚起し,次にサイバー空間でのシミュレーション技術の活用により計画段階では適正な在庫配置を,実行段階では適正な供給配分をそれぞれ導出し,サプライチェーンを最適化する意思決定支援の実現を進めてきた日立の取り組みを詳述し,併せてその今後の展望について述べる。

図1|デジタル技術でつながるバリューチェーン顧客が持つデジタルデータを起点にバリューチェーン上の各アクティビティがアクションの精度を上げていく。

2. デジタルマーケティングへのAI活用

「コト中心」のデジタルマーケティングを展開していくためには,商品情報,顧客情報,購買履歴[POS(Point of Sales)データほか]などの従来の分析データに加え,キャンペーン感応度などの顧客との接点で発生するさまざまな情報,気温やイベント情報,プロモーション情報などの外部情報も分析に欠かせない要素となっている。このため,マーケティング担当者が収集しなければならないデータの量が膨大になり,分析作業やその結果からの仮説立案検証に多大な時間を費やす必要が生じ,本来のプロモーションの立案や新商品・サービスの検討に充てる時間が削られ,競合他社との差別化が困難になってきている。また,分析ナレッジの蓄積も一部のベテラン担当者に属人化しており,分析結果の解釈が経験や勘に依存していることも課題として指摘されている。

このように,データは十分に保持していながらそれを活用できなくなりつつあるという課題に対し,日立は,マーケティング担当者が新商品やサービス,マーケティング施策の創出に注力できるようにすべく,実績ある分析手法や人工知能Hitachi AI Technology/H(以下,「AT/H」と記す。)を活用し,デジタルマーケティングで求められる膨大なデータ分析と分析ナレッジの蓄積をサポートするサービスを開発した。その本導入に向けて,先進的な企業との協創により,デジタルマーケティングのPDCA(Plan,Do,Check,Act)プロセス支援にAT/Hを活用する実証実験を進めている。

本サービスの主たる特長は,店舗で販売している各商品に「高品質」「低価格」「健康志向」などの商品の特徴を表すタグ情報である「商品DNA」を自動的に付与することである。そのDNA情報を手がかりとして,商品の購買履歴を「個客」ごとに集計・分析することで,同じ優良顧客である30代の女性でも「高品質で安心なものを選ぶ人」,「コストパフォーマンスにこだわった買い物をする人」など,好みやライフスタイルを深く読み解くことができる。さらに分析を継続することにより,顧客の好みが変化したことにも速やかに気付くことができる。

このサービスでは,この顧客ごとの分類を趣味嗜好セグメントと称している。「贅沢・こだわり派」,「健康志向派」,「価格重視派」などといった個々のペルソナ像(個客の人物像)を推測・分類したものであり,これによりどの顧客にどの商品を提案すれば売り上げが向上するかを可視化できるようになる。さらに,AT/Hが購買履歴を基に実施したプロモーションなどの有効性を定量的に評価し,AT/H自身が保持する分析ナレッジの優劣を学習して反映させることで,分析ナレッジの精度を向上させ続けることも可能になる。

企業のマーケティング活動でのPDCAプロセスにおけるデータ分析と施策立案に対して,本サービスは,人の手に負えない膨大なデータ分析量と分析ナレッジの学習量を武器として提供でき,優良顧客の割合を高めることに貢献していく(図2参照)。

図2|AI活用デジタルマーケティングAI自身が膨大なデータ分析と分析ナレッジの学習を繰り返して自己成長し,マーケティング担当者の検討や判断を支援し,システムによる自動化をより高度にする。

3. AIを活用した需要予測と発注提案

企業はこれまで,企画開発部門がさまざまなマーケティングを行い,それに基づいてプロモーションを展開し,商品供給部門は在庫の適正化と流通過程におけるロス削減を図るべく,需要動向の正確な把握(需要予測)に基づいた商品確保に努めてきた。

しかし,従来の商品売上明細の積み上げに基づくルールベースの需要予測ロジックでは,予測精度の向上に限界がある。このため,従来の商品売上情報に加え,販促情報,店内棚割情報,カニバリゼーション情報などの売り場からの情報や消費者購買情報など,収集するデータの種類と量を増やすことが必要となる。この膨大なデータの分析と分析ナレッジの蓄積に,日立はAIの活用を試みている。

例えば,従来は経験則を基に人手でサンプルデータから仮説検証していた売上予測数の算出作業において,売上明細データのAIによる分析から「売上予測モデル」を立案することを試みている。これにより,人手では処理できないビッグデータの中から,既成概念に囚われない事実に基づいたモデルを構築できる。

小売チェーンの店舗ごとの最適発注量を算出するためのアプローチ例を示す。店舗の発注明細データ,過去の類似商品の販売実績を入力し,商品ごとの精緻な売上予測推移である「売上予測モデル」を作り,商品ごとの発注すべきタイミングと「仕入れ発注量」の予測とレコメンドを行い,商品在庫を適正化する。

まず,新商品と類似している複数の商品群を抽出し,類似商品の過去販売実績に基づいて,発売後の売上予測モデルを初期設定し,売上予測推移を算出する。発売直後の販売動向を捕捉し,それ以降はモデル変更や予測販売量調整を日単位で継続的に行う。予測販売量の数値と在庫情報より最適な発注量を算出するとともに,機会ロス/在庫過多を鑑みたリスク値を指標化し,日々の発注量を提示する。

売上予測値と売上実績とのかい離をAIに学習させることで,継続的に売上予測モデルを更新させ,時間経過に伴うモデルの不適合による予測精度の低下を防ぐ。また,複数の売上予測モデルのうち,おのおのの商品に最も適合するモデルをAIで定量的に評価し,反映することで,予測精度の向上を図る。さらに,AIで算出した売上予測とのかい離を早期に発注担当者に提示することで,発注量の見直しや値下げによる売り切りなどの意思決定を迅速化させ,在庫量や陳列量を適正に保つことにつながっていく。

精度が向上した需要予測データを倉庫運営で利用することで物量予測の精度が向上し,これまで管理者の勘と経験に依存しがちだった必要人員配置の予測精度も向上し,適正人員での運営やレイバーコストの適正化につながることが期待できる。

4. サプライチェーンシミュレーション

需要データを基にサプライチェーンをデザインし,在庫の持ち方をオンデマンドでコントロールするべく,日立はサプライチェーンをシミュレーションするツールを研究しており,社内事業所や顧客との協創活動の中で適用し始めている。

その一つが,グローバル調達部品の管理適正化による在庫増加抑制と需要変動追従力向上の両立を目的に開発した,多拠点・多段階部品アロケーション技術である。この技術により,需要変動に耐えうる適切な安全在庫設定を計画段階において,需要変動時の最適な供給配分調整を実行段階において,2段階でオペレーションを支援できる。

まず計画段階では,各市場の需要増減の予測値を利用し,在庫配置評価技術を用いたシミュレーションにより,需要充足率と在庫量を判断指標に,サプライヤ・倉庫・工場の最適在庫配置を決定する(図3参照)。そして実行段階では,実際の需要変動と予測との差を埋めるために,最適供給配分技術により,需要充足率と輸送費のトレードオフを考慮した最適供給配分案を導出する。例えば,需要が減った日本向けの船便輸送を需要が増えた欧州向けの航空便輸送に切り替えるといった,輸送手段や仕向地の変更案を導出する。

このように事前にシミュレーションし,現実空間での実行計画に反映することでより適切な判断を迅速に下せるようになる。

図3|多拠点・多段階部品アロケーション技術の概要計画段階における需要変動に耐えうる適切な安全在庫設定と,実行段階における需要変動時の最適な供給配分調整の2段階のオペレーションを支援する。

5. 今後の展望

消費者起点でサプライチェーンを効率化し,むだを省いていく取り組みは,サプライチェーン上にある各企業・各部門が互いを信頼し,情報共有して協働することで成立する。これは,一朝一夕にできるものではないため,最適な手法やアプローチの仮説検証を繰り返していくことが重要である。しかし,マーケティング,需要予測,物量予測といった過去分析・将来予測が必要となる場面における膨大なデータ分析をAIに肩代わりさせることで,担当者が意思決定に注力できるようにすることが,サプライチェーン全体の効率化につながる有効な施策の一つであると考える。

今後は,現実世界のサプライチェーンを構成するさまざまな活動を表現するデジタルデータをオープンな日立のIoT(Internet of Things)プラットフォームLumadaを活用して一つにつなぐとともに,サイバー空間に現実世界を再現することで,現実世界の代わりにさまざまな状況把握や予測を行い,迅速なプランニング・リプランニングを行えるようなプロセスの実現に取り組んでいく。

6. おわりに

AIを活用し,需要を予測して供給の効率化に活かすというサプライチェーンをデータで連携させる取り組みは実用段階に入りつつあると考える。さらには,これらの予測情報を活用した作業量,作業タイミングをAIによって予測することで,働き方の多様化に対応したシフト策定など,消費者という観点ではなく生活者への貢献にも取り組んでいく。

参考文献など

1)
642万トンの食品が廃棄,経済産業省
2)
辻部 晃久,外:グローバルSCMにおける多拠点・多段階部品アロケーション技術に関する研究,生産システム部門講演会講演論文集,日本機械学会(2014.3)
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