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2050年には,世界人口の3分の2が都市に暮らすと言われている。安全で住み心地のよい,魅力的な都市を維持していくには,入念な「アーバンデザイン」と,環境の変化に対応していける仕組みづくりが不可欠となる。本稿は「Hitachi Social Innovation Forum 2017 TOKYO」でのパネルディスカッションの抄録である。

目次

鉄道を通じて地域のにぎわいを生み出す

│パネリスト│
古宮 洋二
九州旅客鉄道株式会社 常務取締役 鉄道事業本部長

河井このセッションでは,デジタル社会における「未来のまち」について,皆様と一緒に考えてまいります。前半は3名のゲストによるプレゼンテーションですが,その前に日立製作所アーバンソリューションビジネスユニットの小林圭三CEOから一言いただきます。

小林日立はIoT(Internet of Things)時代のイノベーションパートナーとして,「電力・エネルギー」,「産業・流通・水」,「アーバン」,「金融・公共・ヘルスケア」という4つの分野でソーシャルイノベーション事業を推進しています。デジタル技術によってさまざまな価値をつなげることで,安全・安心・快適な社会をめざす日立は,アーバン分野でもお客様との協創を加速し,進化したデジタルソリューションによる新しいまちづくりに取り組んでいます。

ではまず,ヒト・モノ・価値の流れを生み出すモビリティの基盤である鉄道を中心としたまちづくりに関し,鉄道業界の異端児と呼ばれる九州旅客鉄道株式会社の取り組みについて,鉄道事業本部長の古宮洋二さんにお話しいただきます。

古宮私どもJR九州では,目的地の魅力・そこに行く理由を「つくる」こと,イコール地域の魅力を高めることであると考え,国鉄からJRとなった30年前から魅力向上に取り組んできました。当初は鉄道インフラの再整備を中心に行い,近年になってまちづくり中心にシフトしています。

弊社のまちづくりのポリシーは,「まちのにぎわいをつくる」こと,すなわち住む人・働く人・訪れる人を増やすことです。まず,住む人を増やす方策として,マンション建設を中心としたまちの再開発を行っています。働く人を増やす取り組みでは,博多駅に隣接するKITTEビル横の土地を購入し,オフィスビルに再開発しました。訪れる人を増やす方策としては,2011年3月に博多駅ビルの改築を行い,売り場面積を3万m2から20万m2に拡大,百貨店や各種専門店を誘致して魅力を高めています。

こうした再開発をはじめとする取り組みによって,博多駅の1日の利用者数はJR発足時,1987年の約5万6,600人から,現在は約12万1,400人に倍増しました。これは新幹線開通の効果もありますが,駅ビル改装や博多駅周辺の再開発の効果も大きいと見ています。弊社で利用者数3番目の鹿児島中央駅,4番目の大分駅も同様に利用者数が増加しています。

こうした不動産部門の取り組みの一方で,鉄道部門では,単なる移動手段にとどまらない,「乗ること自体が目的」となる車両の開発を推進し,新幹線では水戸岡鋭治氏のデザインによる新800系を導入しました。外観は白い車体にツバメが飛ぶラインを入れた遊び心のあるものとし,内装には,熊本・八代地方特産であるイグサをはじめ,地元の素材と伝統の技を可能な限り生かしています。6両編成で車両ごとにシートの柄が異なるのも特徴です。

ローカル線の活性化に向けては,D&S(Design and Story)列車と呼んでいる観光列車を九州各地で走らせています。乗ること自体が目的となる車両にプラスして,地元との連携,地域の魅力を生かしたストーリーと仕掛けを徹底的に追求しており,2013年10月から運行開始した「ななつ星in九州」は,その集大成と位置づけています。

客室にある洗面鉢は,十四代酒井田柿右衛門氏の手によるものです。運行開始の半年ほど前に他界され,遺作のようになりました。また,ラウンジカーの壁には,福岡県大川市の木下木芸さんによる,大きな組子細工をあしらっています。お客様の3分の1は関東,3分の1が関西や東海からいらしていて,ななつ星のおかげでJR九州という会社自体の知名度も高まりました。

地元の皆様の温かいおもてなしも魅力の一つです。ななつ星が通過する際に,保育所の子どもたちも含めた地元の皆様が,タオルや旗などを振る姿が沿線各地で見られます。車両のほうでもお客様にお願いして窓に「いつもありがとう」と掲示していただくなど,双方向のコミュニケーションが好評を博しています。また,地元企業である九州電力さん,NTTさんのご協力により,車窓の風景を楽しめるよう,沿線にある電線の高さを変えていただきました。

ななつ星だけでなく,熊本駅〜人吉駅間を走る「SL人吉」,鹿児島中央駅〜指宿駅間を走る特急「指宿のたまて箱」などのD&S列車でも,地元の旅館の女将さんや高校の生徒さんに,おもてなしのご協力をいただいています。

九州のような地方で地域を活性化するためには,知恵を絞らなければなりません。まずは各地域に人を集め,それによって魅力が高まり,さらに住む人,働く人が増えていくという循環を生み出すことが重要です。その点と点を結んで面に広げ,最終的には九州全体を魅力的な地域にしていくことが私どもJR九州の目標です。そのために,まずは鉄道を通じて地域の方々と一緒ににぎわいを創出してまいります。

デジタル社会とは少し切り口が違う話となってしまいましたが,まちづくりはこのようにさまざまな角度から進めていくことが大切であると考えています。

データ活用によりエリアマネジメントの高度化を

│パネリスト│
鈴木 義康
株式会社日建設計総合研究所 上席研究員

小林次に,エリアマネジメントの高度化に取り組んでおられる,株式会社日建設計総合研究所の上席研究員,鈴木義康さんにご登壇いただきます。

鈴木日建設計総合研究所は,日建設計を中核とする日建グループのシンクタンクです。持続可能な建築・まちづくりの実現をめざし,都市計画,スマートシティ,エリアマネジメント,エネルギーマネジメント,都市解析,環境性能評価などの分野で調査やコンサルティングを行っています。

本日,お話しするのはエリアマネジメントについてです。国土交通省では,エリアマネジメントを「地域の良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための,住民・事業主・地権者等による主体的な取り組み」と定義しています。バブル期以降,国内の建設着工面積が減少の一途をたどっている中で,既存のストックを有効活用するためにエリアマネジメントの重要性が高まっています。その具体的な内容としては,省エネルギーやCO2排出量削減などの環境面,維持管理コストの削減やエリア活性化などの経済面,防災・減災などの社会面の取り組みが挙げられます。

維持・向上させるべき地域の価値はさまざまだと思いますが,本日のセッションのテーマであるデジタル社会という観点から注目したいのは「都市のダイナミズム」です。ヒト・モノ・カネ・情報が集まり,コトが次々と起こるダイナミズムは,イノベーションの原動力になります。デジタル社会の都市では,ヒト,モノ,情報などを相互に結びつけて新たな関係性を作り出す,オープンイノベーションのための協創の場となることが求められるのではないでしょうか。

協創の場を支えるテクノロジーとして,都市情報プラットフォームとCPS(Cyber Physical System)の2つを挙げました。都市情報プラットフォームは,リアルタイムにデータを収集,共有,活用し,さまざまなプレーヤーによるオープンイノベーションを促進する基盤です。CPSは,現実社会の多種多様なデータをIoTで吸い上げ,ネットワークを通じてサイバー空間で処理・解析を行い,その結果を現実世界へフィードバックして制御する仕組みです。

私どもは,都市情報プラットフォーム「AI×AI(アイアイ)」を開発しました。この名称は,AI(Area Information platform)by using AI(Artificial Intelligence)から取ったもので,人流,気象,エネルギー,交通,購買などのデータを収集してAIで解析し,環境配慮,経済活性化,安全,安心,混雑緩和などのソリューションを提供します。

2017年2月より,三井不動産さんの協力を得て,日本橋室町地区で「AI×AI」の実証実験を開始しました。ここでは人流のデータに着目し,空調制御や昇降機の運行,清掃仕様の最適化などに役立てていくことを検討しています。将来は,歩行者の通行量の予測と提供によるエリアマネジメントの高度化をめざしています。

今後,ビルや施設単体のマネジメントをAIが担う時代がやってくるでしょう。そこに「AI×AI」を組み合わせることで,建物単体からエリア全体へと範囲を拡大し,エネルギー利用の効率化や交通の円滑化などの最適制御が可能になります。さらに,「AI×AI」に集まるビックデータを共有することで,イノベーションが誘発され新たなサービスが生み出され,ますます便利で快適なエリアが形成される,そんな未来を思い描いています。

その実現に向けての課題としては,データの多様化と二次利用・オープンデータ化,新たなビジネスを生むエコシステム構築,プラットフォーム活用のマネタイゼーションという3つが挙げられます。セキュリティを確保しながらさまざまな形でデータの共有化と活用を進めることが,多くのプレーヤーを呼び込み,新たな価値を生み出すエコシステムの構築につながるのではないかと考えます。

エンタテインメントを活性化のきっかけに

│パネリスト│
齋藤 精一
株式会社ライゾマティクス 社長

小林続いては,日建設計総合研究所さんとは違った切り口でまちの魅力を高めることに取り組んでおられる,株式会社ライゾマティクス社長の齋藤精一さんをお呼びしています。

齋藤ライゾマティクスは,センサーやコンピュータなどのテクノロジーを活用したメディアアート,例えばプロジェクションマッピングやデジタルサイネージなどの映像演出を事業の柱としています。僕たちはもともとアーティストですが,本業だけでは食べていくのが難しい職業ですから,みんな副業を持っています。ただ,せっかく副業をするならアートのビジネス化をめざそうと,2006年に立ち上げた会社です。

2016年,10周年を機に社内体制を再編し,「Research」,「Design」,「Architecture」という3つの部門を設立しました。「Research」は研究開発要素の強いプロジェクトを担当し,クリエイターとのコラボレーションなども行うチームです。「Design」は,商品開発や広告プロモーションなどを担当し,最近ではセンサー付きメガネや全自動衣類折りたたみ機のプロデュースに携わりました。都市開発に関わるのが「Architecture」の部門で,僕が米国コロンビア大学の建築修景学部で博士号を取得したこともあり,都市を含めた空間のあり方を創造することをめざして立ち上げた部門です。

都市空間のあり方について考えるようになったきっかけは,2012年に制作したKDDIさんのau 4G LTEのテレビコマーシャルと,翌年に増上寺で行ったライブイベントです。スマートフォンの機能と高速ネットワーク回線を組み合わせれば,まちの中でいろいろな映像・音楽表現ができることを象徴的に表現したコンテンツでしたが,このときに,景観条例や屋外広告条例といった規制によって,都市における表現,エンタテインメントが制約されているということを実感しました。

僕は,まちには安心・安全に加えてエンタテインメントという要素が必要だと考えています。おもしろいことがあるからこそ,人はまちに出て行動し,人と会うのです。そうした観点からのまちづくりも必要だと思います。

オープンデータやデジタル技術の都市への活用に関して,海外の例ではSidewalk Labs社が注目されています。2017年にカナダのトロント市と提携し,トロント南東部のウォーターフロント地区,約5ヘクタールを再開発し,まちのあらゆる場所に埋め込まれたセンサーやカメラのデータを活用するスマートシティをつくる計画です。制御・運用面だけでなく,エンタテインメント面でも,彼らはきっと刺激的なコンテンツを考えてくるでしょう。

また,ドイツ・ベルリンの「Infra Lab」は,電気やガスなど都市のインフラ企業が運営し,起業家やクリエイターにインフラデータを提供してビジネスやサービスの創造や社会実装を促進するという,ユニークな試みを行っています。

日本では,Society 5.0を軸に,デジタライゼーションによる社会変革をめざす動きが盛んですが,都市におけるデジタル技術の活用は,あまり前に進んでいない印象です。それは,横の連携が不足しているからではないでしょうか。例えば,自治体やインフラ企業とデータビジネスを行っているIT企業などの間で,個人情報を守りながら,業界を越えたデータの共有,連携を進めていかないとSociety 5.0も前進しないと思います。

横の連携において最も重要なのは,業界を越えた共通言語を持つことです。それぞれがばらばらに,同じようなものをつくるのではなく,ビジョンや価値を共有して,全体で連携しながら未来の都市というものを設計していくことが大切であり,僕たちもそのお手伝いができればと考えています。

横の連携で未来の都市をつくる

│パネリスト│
小林 圭三
日立製作所 執行役常務 アーバンソリューションビジネスユニット CEO

河井では,ここからディスカッションに入ります。

小林まずは,価値づくり,人を集める価値をどのようにして創出するかについて,改めて皆さんに伺います。

古宮私どもは,歩いて楽しいことがまちの魅力,価値であると考え,そのための方策をいろいろと考えています。例えば,楽しさの一つであるにぎわいを生み出すために,博多駅前に屋根を設けて人が集まれる空間をつくるとともに,イルミネーションなどのイベントを行っています。

齋藤先ほどおっしゃっていた地元のおもてなしがまさにそうですが,結局は人のつながりをつくることが価値につながるのですよね。デジタル技術だけでにぎわいが続くわけではなく,やはり人と人が会話し,つながりを持てるような環境をつくることがポイントです。

鈴木これは京都大学の名誉教授の受け売りですが,交通の基本的な3要素は「つなぐ」,「回す」,「ためる」だと言われています。交通網を整備してほかのエリアとつなぎ,訪れた人がまちの中を回遊し,ためる仕組みづくりが重要です。また,各所でお金を使ってもらうことで地域が豊かになります。「ためる」空間とはコミュニケーションが生まれる場であり,そこに集まった人の目的や興味に合わせて交流を促進するような基盤があれば理想的ですね。

小林もう一つ,デジタル技術によるアーバンソリューションの課題として,マネタイズに関して伺います。

鈴木プレゼンテーションの最後に挙げたように,マネタイズは大きな課題ですが,例えば,エリアマネジメントの高度化によって削減できたコストの一部を,都市情報プラットフォームの構築・運用費用に当てていくことなどを検討しています。将来,プラットフォームが充実してより魅力的なものになれば,何らかの形で利用者から料金を頂くことも模索できるかもしれません。

齋藤僕がよく言っているのは,マネタイズの前にまずコミュニティ,つまり人が惹きつけられ,集まるようなコンテンツを作りましょうということです。米国発のウェブサービスなどが,まずデータをオープン化して利用者を集めてからデータビジネスに参入したように,皮算用するより先に行動を起こすことが現実的です。今はビジネスモデルも変化させながら走っていく時代ですから,サービス設計も柔軟に考えることが大切だと思います。

│モデレータ│
河井 保博
日経BP社 日経BP総研 クリーンテック研究所長

河井最後に皆さんから日立に期待することをお聞かせください。

古宮ビジネスだけでなくさまざまな面で,従来あった境目がなくなりつつあるのが今日の社会だと思います。駅には鉄道側の理由で改札口という境目がありますが,シームレス化の第一歩としてIC(Integrated Circuit)カードが普及し,さらに将来はゲートを通るだけで生体認証され運賃が支払われるといった世界も可能になるかもしれません。日立さんの技術でそうしたシームレスな環境を実現されれば,人がより動きやすくなり,さらなる活気につながるのではないかと期待しています。

鈴木繰り返しになりますが,データのオープン化とコネクトですね。公共セクターなどのオープンデータ化が進むと,エリアデータの種類や量が充実し,より精度の高い分析やきめ細かなサービスの実現につなげられるはずです。一方,画像など個人情報に関わるデータはセキュリティ技術や法制度が絡んでくるため,活用が進みづらい面があります。真のデータ活用社会の実現に向けて,これらの点で規制緩和や法整備が進むように,日立さんには産業界のリーダーシップを発揮していただくことを期待しています。

齋藤データの取得と活用は,エンタテインメントの要素が加わることでうまく進むかもしれません。例えば顔写真をおもしろく加工してくれるサービスなどのように,表現という軸はデータ提供のきっかけになり得るだけでなく,集めたデータの活用方法としても可能性を広げるものだと思います。Society 5.0でもエンタテインメントにはあまり目が向けられていませんが,テクノロジーと人間の関係を考えたとき,実は欠かせない要素ではないでしょうか。日立さんには,横の連携で社会変革をめざし,表現を軸にデータを集め,集めたデータを表現にフィードバックするという試みに一緒にトライしていただくことを期待しています。

小林まさしく協創の世界ですね。われわれ,そして会場にいらっしゃる皆様も含めて,横の連携によって,未来の都市を一緒に築いていきたいと思います。本日はありがとうございました。

本稿は,2017年11月に開催された「Hitachi Social Innovation Forum 2017 TOKYO」のビジネスセッション5「デジタル社会の未来型都市を語る」の概要を採録したものである。

関連情報

1)
「Hitachi Social Innovation Forum 2017 TOKYO」 ビジネスセッション5 - デジタル社会の未来型都市を語る-