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デジタルソリューションの基盤技術と先端事例

医療データ利活用による新たな価値の創出

ハイライト

近年のゲノム解析のコスト低下やAI(人工知能)の医療への活用が進む中,来るべき医療ビッグデータ利活用の時代に向けて,現状をまとめるとともに,製薬企業,医療機関,保険者などさまざまなプレーヤーに対する日立の取り組みについて述べる。

目次

執筆者紹介

佐藤 恵一Sato Keiichi

  • 日立製作所 ヘルスケアビジネスユニット ヘルスケアソリューション事業部 第一部 所属
  • 現在,患者レジストリサービスをはじめとする匿名バンク事業に従事
  • 博士(工学)

長谷川 守邦Hasegawa Morikuni

  • 日立製作所 ヘルスケアビジネスユニット 経営戦略室 新事業推進センタ 所属
  • 現在,ヘルスケアデータ利活用事業の事業開発に従事

荒木 健一Araki Kenichi

  • 日立製作所 ヘルスケアビジネスユニット 経営戦略室 新事業推進センタ 所属
  • 現在,ヘルスケアデータ利活用事業の事業開発に従事

金森 英司Kanamori Eiji

  • 日立製作所 ヘルスケアビジネスユニット 経営戦略室 新事業推進センタ 所属
  • 現在,ゲノム医療に関する事業開発に従事
  • 博士(理学)

佐藤 恵理奈Sato Erina

  • 日立製作所 ヘルスケアビジネスユニット 経営戦略室 新事業推進センタ 所属
  • 現在,ヘルスケアデータ利活用事業の事業開発に従事

1. はじめに

高齢化や生活習慣病の増加による医療費高騰を背景に,医療の質を向上しながら医療費を低減し,患者のベネフィット・リスクの適正化をめざす動きが活発化している。これを実現するには,検査値の改善度や回復率など,治療や予防による臨床上の成果であるアウトカムを評価する必要がある。このアウトカム評価(費用対効果評価)において有効となるのがデータ利活用である。

厚生労働省も「保健医療20351)」で述べているとおり,構造設備・人員配置や保健医療の投入量による評価から,医療資源の効率的活用やそれによってもたらされたアウトカムによる評価へ転換を進めている。

本稿では国内を中心に,医療データ利活用の動向と日立の取り組みについて述べる。

2. 市場動向と機会

2.1 新しい価値の可能性

医療データ利活用の中で現在,特に注目されているのが,リアルワールドデータとも呼ばれる診療報酬請求やDPC(Diagnosis Procedure Combination),電子カルテ,健康診断などの実診療行為に基づくデータである。この種類,量ともに膨大なデータを分析することで,新たな価値を創出できる可能性がある(表1参照)。

表1|実診療行為で発生するデータの例患者や疾患によって異なり,経年データであるため膨大な種類と量のデータとなる。

2.1.1 製薬企業

従来,製薬企業は主に医薬品の卸売データなどを使い,マーケティングを目的としたデータ利活用を行ってきた。近年はさらに医療機関の電子カルテなどに蓄積された臨床現場での情報を加えることで,データ活用の幅を格段に広げつつある。例えば,新薬テーマの探索におけるアンメットニーズの発見,治験組み入れ患者の的確な絞り込みによる治験期間の短縮,製造販売後調査の迅速性・網羅性の向上につなげようという動きが進んでいる。これに向けて,製薬企業各社もリアルワールドデータ活用の専門組織を設けるなど取り組みを強化している。

厚生労働省も制度面でこの動きを後押ししている。改正GPSP(Good Post-marketing Study Practice)省令(2018年4月施行)により,医療情報データベースを用いた製造販売後調査に基づき申請資料を収集,作成することが可能になった。これにより,これまでは人手をかけて病院個別に取得していた医薬品の有効性や有害事象に関する情報を蓄積されたデータから得ることができるようになり,調査の迅速化や精度向上が期待できる。

2.1.2 医療機関

アウトカムベースの医療制度は世界的に広がりつつある。米国では公的保険であるメディケア・メディケイドが主導するかたちで,アウトカム評価を診療報酬制度と結び付けてコストベネフィットを最適化する動きが進んでいる。

日本では,2016年度診療報酬改定より回復期リハビリテーション病棟でアウトカム評価が導入され,2018年度診療報酬改定でアウトカム評価が拡充された。

また,大量データの蓄積と分析技術の進歩により,さらに一歩踏み込んだ疾患予測や診断支援においても精度が上がり,患者負担の軽減や疾患の早期発見の実現が期待される。

2.1.3 保険者

保険者にとって,加入者の健康を維持・向上しながら増大する医療費をいかに抑制するかは,大きな課題である。

厚生労働省は2015年度より「データヘルス計画」を推進し,保険者に対して医療データの分析に基づいた保健事業の立案,実施,評価・検証,改善のPDCA(Plan,Do,Check,Act)サイクルの計画立案と実施を求めている。また保険者努力支援制度により,健診受診率向上へのインセンティブ制度を導入し,未受診による疾患重篤化を防いでいくなど医療費抑制を制度面から後押ししている。

福岡市は庁内外で断片的に管理されていた医療・介護関連のデータを集約するシステムを,日立とともに構築した。このシステムにより,医療費・介護費の現状分析や将来推計,疾病別の介護認定状況分析などが行えるため,中長期的な医療介護計画にデータを活用することも可能となる2)

3. 日立のめざす姿

3.1 コンセプト

日立は,国や自治体,医療機関,パートナー企業とともにさまざまなデータ提供者から得られた医療データを利活用するサービスを推進し,医療費低減と医療の質の向上に寄与していく。

本サービスの利用者としては,製薬企業,医療機関,保険者などを想定している。製薬企業向けには,例えば製造販売後調査や治験をデータベースを用いて行うことや,症例数の少ない希少疾患の治療薬開発に大量データを活用することで新薬開発を支援していく。医療機関向けには,ゲノム診断などの先進的な医療の活用を視野に入れ,より効果的で,副作用や経済的負担が少ない医療の実現をめざす。保険者向けには,診療報酬データを分析し,保険加入者ごとに適した介入を行うことで,加入者の健康増進と保険者財政の改善に寄与していく。これらのサービスの流れを図1に示す。

このサービスの実現には,医療データという機微な個人情報を安全に管理し,匿名化して活用する必要がある。また,実診療から得られたデータを活用する場合,もともと二次利用を想定したデータではないため,目的に応じてデータの信頼性や整合性を確保し,データの質を高める必要がある。すなわち,匿名化やデータセキュリティなどのさまざまなノウハウや技術が必要不可欠である。このニーズに対して,日立グループにはヘルスケアに関するステークホルダーとの幅広いチャネルがあり,グループ内にある研究所,医療機関および健保組合などのリソースを活用したデータ利活用技術と医療サービス向上に向けた活動の経験が蓄積されている。このような活動の実例として,匿名バンク,前立腺がん予測モデル,ゲノム情報の活用の3つの取り組みについて次節で紹介する。

図1|データ利活用サービスの将来像医療機関や保険者などの各データ提供者からの個別契約に基づくデータ,および国の整備するナショナルプラットフォーム(認定事業者など),あるいはデータ提供事業者などの匿名化データをそれぞれ活用し,サービスを提供する。

3.2 日立のソリューションと取り組み

3.2.1 匿名バンク

日立は,独自の検索可能暗号化技術を用いた秘匿情報管理サービス「匿名バンク」を活用して,セキュアに医師や患者から疾患情報や臨床データなどを収集し登録する患者レジストリシステムをさまざまな医療研究機関に提供している。国立大学法人東京大学医学部附属病院の多系統萎縮症の疾患情報の管理などに日立の患者レジストリシステムが採用されており,全国の協力医療機関の医師経由の情報と患者の臨床情報を,個人情報も含めてクラウドで一括管理している。

患者情報データの利活用にあたっては,国の指針に準拠した安全なデータ管理とデータの信頼性担保が必要不可欠となる3)。例えば,厚生労働省が提案したクリニカル・イノベーション・ネットワーク構想の中では,患者レジストリデータを用いた情報収集の効率化とコスト低減が期待されている。改正GPSP省令では,製造販売後データベ−ス調査が新たに定義され,レジストリデータを製造販売後調査に活用できるよう整備が進められている。

日立は,今までの実績をベースに必須機能を共通化した患者レジストリサ−ビスを,2018年10月より本格提供する。患者レジストリは,製造販売後調査や治験プロセスの迅速化に向けて,今後さらなる利用の拡大が見込まれている。

3.2.2 前立腺がん予測モデル

病院における診断領域ではAI(Artificial Intelligence)を活用した診断精度,効率の向上に向けた取り組みが世界的に活発に行われている。

前立腺がんの診断では,まず採血により腫瘍マーカーの数値を計るが,確定診断のためには体からがんの疑いがある組織片を取り出して調べる「生検」を行うことが多い。しかしながら,生検は体から細胞を取り出すため,患者の負担が大きい。日立は,日立総合病院にある受診者512人の腫瘍マーカー値や年齢,前立腺の体積などのデータから機械学習して,前立腺がんの診断を支援する研究を行った(図2参照)。その結果,生検の結果と一致し,前立腺がんを正しく判定できた割合は70%以上となった4)。腫瘍マーカー単独で判定した場合は約50%にとどまる。

実臨床への適用に向けてはさらなる精度向上が必要だが,体への負担が少ないことから,健診への適用による早期発見への寄与などが期待される。また,前立腺がんだけでなく,腫瘍マーカーが診断に有効な他の疾患へも適用できる可能性がある。

図2|前立腺がん予測モデル電子カルテの患者データを用いて,機械学習により予測を行う。

3.2.3 ゲノム情報の活用

近年,DNAシーケンサなどの技術革新によりゲノム解析のコストが著しく低減したことから,患者個人のゲノム情報などに基づいて効果的で副作用の少ない医療を提供する「精密医療」が現実のものとなりつつある。

がん領域においては,厚生労働省がデータヘルス改革の一環として全国に「がんゲノム医療中核拠点病院」を指定し,保険医療としてのがんゲノム診断の実現を強く推進している。また,希少疾患領域においては日本医療研究開発機構(AMED)が未診断疾患イニシアチブ(IRUD)を主導し,ゲノム情報を集積して希少・未診断疾患の診断に取り組んでいる。

このような動向の中,今後は実診療の中で収集された診療情報とひもづいたゲノム情報が,診断・治療のみならず革新的医療の研究開発に重要な役割を果たすことが想定される。

日立は,これまでも大規模データベースの構築やゲノムコホートの整備を通して国のゲノム研究の進展を支援してきた。2017年9月には東北大学とがんや難病の個別化医療実現に向けて包括提携を締結し,新たなゲノム診断の開発などゲノム医療の実用化への取り組みを一段と加速している。

4. おわりに

医療のアウトカム評価導入の動きは今後も拡大し,患者視点の革新的医療,新たなヘルスケアサービスを生み出していくであろう。そこでは,これまでと次元の異なる高品質・大量のデータを用いた疾病分析と診療エビデンス構築に基づくヘルスケアサービス提供,すなわち,データドリブンヘルスケアが当たり前のものとなっていくことが考えられる。

日立は,さまざまなプレーヤーが連携するエコシステムの中で,個人情報の適切な管理・使用,データの質向上などの課題をテクノロジーで解決することを強みにして,患者視点の革新的医療に貢献するデータドリブンヘルスケアのサービスプロバイダをめざしていく。

参考文献など

1)
厚生労働省:保健医療2035提言書(2015.6)(PDF形式、1.37Mバイト)
2)
ビッグデータ分析で医療・介護などの行政施策の立案を支援する地域包括ケア情報プラットフォームを構築(福岡市),はいたっく,日立製作所,2017年10月号,p.13〜14(2017.10)
3)
佐藤恵一:個人情報保護の新潮流,腫瘍内科 第21巻第3号,科学評論社(2018.3)
4)
長谷川守邦,外:機械学習を適用したPSAマーカーによる前立腺癌の予測,第4回「JAMI医用知能情報学研究会-JSAI医用人工知能研究会」(2017.11)
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