日立評論

これからの働き方について

労働市場の流動化と学び直しがカギを握る

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これからの働き方について

労働市場の流動化と学び直しがカギを握る

ハイライト

国の重要戦略として進められている「働き方改革」。その背景には,日本の労働市場の新陳代謝の低さがあるという。労働市場の流動性を高めながら,イノベーションによる持続的な経済成長を実現するためには,どのような改革が必要なのか。働き方改革コンソーシアムでエグゼクティブ・アドバイザーを務める竹中平蔵氏に聞いた。

目次

「働き方改革」は経済成長に不可欠である

竹中 平蔵

竹中 平蔵
1951年生まれ。慶應義塾大学名誉教授,東洋大学教授。博士(経済学)。一橋大学卒業。ハーバード大学客員准教授,慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て2001年,小泉内閣の経済財政政策担当大臣,金融担当大臣,総務大臣などを歴任。現在,公益社団法人日本経済研究センター研究顧問,アカデミーヒルズ理事長,株式会社パソナグループ取締役会長,オリックス株式会社社外取締役,SBIホールディングス株式会社社外取締役などを兼職。

今,盛んに議論されている「働き方改革」について,その本質はどのような点にあるとお考えですか。

現在,「働き方改革」が内閣の重要な戦略の一つに掲げられている理由として,この問題がマクロ経済政策の観点からきわめて重要であることに加え,国民全体の切実な要望でもあり,その両面から改革の必要性に迫られていることがあります。

マクロ経済政策の観点から言えば,日本の経済全体が豊かにならない理由の一つに,硬直した労働市場があると考えられます。というのも,日本では企業のスタートアップ(開業)が非常に少ないと同時に,企業のクロージング(廃業)も少ない。つまり労働市場の新陳代謝が低いのです。経済では,ヒト・カネ・モノ・情報などの資源が,生産性の低いところから高いところへ移動することにより成長がダイナミックに広がる。つまり新陳代謝が低いことは,日本経済にとって非常に大きな問題です。

ではなぜ,新陳代謝が低いのかと言えば,日本では,業績のよくない部門や事業の整理を促すような株主のチェックやコーポレートガバナンスが働きにくいことに加え,従来の終身雇用・年功序列による雇用制度がスタートアップを阻んでいるからです。経済成長のためには,労働市場の流動化と生産性の向上が不可欠であり,成長戦略の一環として働き方改革が必須というわけです。

労働市場の流動化が,働く人,企業双方のメリットとなる

一方,働く人の側からも,改革への強い要望があるわけですね。

企業が自社の従業員に対して過度のロイヤルティ(忠誠心)を求める従来の風潮が,長時間労働を生み出し,国民の大きな重荷になっています。ロシアの作家,マキシム・ゴーリキーは戯曲『どん底』の中で,「仕事が楽しみなら人生は極楽だ。仕事が義務なら人生は地獄だ」という名言を残していますが,まさにそのとおりでしょう。

個人にとって仕事とは,社会との接点であり,働く人の多くは家にいる時間よりも職場にいる時間のほうが長いわけですから,仕事に人生が左右されるのは当然です。働く環境を整えることは,その人の人生にとっても,社会全体にとっても非常に重要な課題であり,長時間労働に関しては一定の規制を設ける必要があります。

ただ,私が長時間労働よりもある意味で重要だと考えるのは,「働く人が自由に会社を辞めることができる」環境づくりです。イジメの問題と同じで,いじめられている人が苦しいのは,自ら環境を自由に変えることが難しいからです。同様に,働く人にとっても,安心して働くことができ,辞める自由があり,次のチャンスがあることが非常に重要なポイントになります。

つまり,働く人から見た場合も雇用の流動化が重要だということです。しかしながら現在は,たとえ長時間労働を強いられていたとしても,次に行く会社がないという不安からなかなか辞められない人が多いのです。

労働市場の流動化というのは,マクロ経済の発展にとっても働く人にとっても,非常に大切だということですね。

ここで重要なポイントは,雇う側よりも,雇われる側のほうが弱い立場にあるということです。だからこそ,雇われる側に,労働組合を組織する権利である団結権や,労働者と使用者が対等な立場で交渉できる団体交渉権,ストライキなどを実施できる団体行動権が認められてきました。その結果,業績が多少悪くてもリストラをしないまま,現状維持を貫いてきた大企業は少なくない。しかし,イノベーションこそが成長を牽引する時代において,何があっても現状にしがみつこうとするのは,企業にとっても個人にとっても不利益が大きいと言わざるを得ません。

実は,これまで従業員を大事にしてきたはずの,資本金10億円以上の大企業ですら,この20年間は雇用者数を減らしてきています。いまだに人々は同じ会社に長く勤めるほうが得だという固定観念に囚われていますが,現状は変わりつつあるのです。

硬直的な長期雇用をベースにした現在の雇用システムだけでは,イノベーションを起こすことは困難です。また,単純に労働者を弱者と決めつけて,長時間労働を一律に抑えれば,ベンチャー企業など生まれなくなってしまう。つまり必要なのは,多様な働き方に対応できる柔軟な仕組みと言えるでしょう。

生産性を低下させている理由から課題を見極める

一方で近年,欧米諸国に比較して日本の生産性の低さが指摘されていますが,これは何に起因するのでしょうか。

日本の生産性の低さには,複数の要因が複雑に絡んでいると考えられます。本来,生産性を高めるためには設備投資により資本装備率を高める必要がありますが,日本の場合,デフレによる経済低迷などを背景に,ITなどの投資が十分に進んでいないということが一つの理由として挙げられます。

もう一つは,先述したように労働資源の移動が少なく,生産性の低い部分から高い部分へ資源を移動できていないこと。さらには,モノづくりから,第三次産業,そして知識集約型産業に移行していく過程で,生産性を高めることが難しくなっていることなどがあります。自動車製造であれば,設備投資により1人当たりの生産性を高めることはできます。でも例えば,ヴェルディのオペラ『アイーダ』を30年前は100人で上演していたけれど,今は効率化して10人でというわけにはいかないように,知的労働が寄与する度合いの高い知識集約型産業では,そもそも生産性を高めること自体が困難であるという問題があります。

しかしそれよりも問題なのは,日本には,働かないで給料をもらっている人がそれなりにいる,ということです。終身雇用・年功序列などの弊害も少なくありません。

また,公共部門の非効率性も日本の大きなボトルネックとなっています。例えば,引っ越しの際には,役所への転入・転出届け,運転免許の書き換えなど,日中に各所に出向いて手続きをする必要があります。夜間の手続きやインターネットによる届出ができないのはきわめて非効率です。

一方,英国には「Tell Us Once」といって,行政への各種届出を一度申告するだけですべてやってくれるサービスがあります。こうした取り組みをぜひ,日本でも取り入れるべきでしょう。もちろん,何か一つ変えれば,生産性が画期的に高まるということはありません。あくまでも複合的にいくつもの改革を同時に進めていく必要があると思っています。

不平等の解消をベースに,実態に即したルールづくりを

逆に,改革を進めるうえで,日本ならではの利点というのはありますか。

利点と言っていいかどうかわかりませんが,これまで労働資源の移動を阻んできた終身雇用・年功序列システムが,実態としてはすでに崩れつつあるということでしょうか。実際のところ,日本の終身雇用・年功序列の中で働いている人というのは,2割程度しかいないと思います。

そもそもなぜ,日本で硬直的な雇用慣行が続いているかというと,その一つの要因は1979年の東京高等裁判所の判例にあると言われています。これは解雇権の濫用を禁止するもので,企業にとって非常に厳しい内容となっています。つまり,企業は訴訟リスクを恐れて,なかなか解雇に踏み切ることができないのです。

しかしその一方,過去四半世紀にわたる産業構造の変化に伴い,多くの業界で雇用の流動化が加速しています。そうした結果,社会全体で従来の枠組みを変えようとする気運が高まっていることは,日本の強みと言ってもいいかもしれません。

解雇については,「金銭解雇」の重要性を説かれていますね。

金銭解雇をするのなら,そのルールづくりをすべきだと主張しています。実際に,従業員を解雇する場合には金銭で解決せざるを得ないわけですが,そのためのルールがないことが問題です。

実はOECD(Organisation for Economic Cooperation and Development:経済協力開発機構)に加盟する国々の中で,こうしたルールがない国は日本と韓国だけなのです。それにより,強い労働組合があれば,解雇された際に相応の金額を受け取ることができるけれど,そうでない場合は,わずかな金額で解雇されて泣き寝入りせざるを得ないかもしれません。こうした不平等を解消するルールがあれば,働く人は働きやすく,辞めやすくなる。一方,企業は雇いやすく,いざとなれば解雇もできます。そうすることで,全体として見れば日本の労働資源の流動性を高めることもできるというわけです。

ところが,金銭解雇というと,一部のメディアなどから字面だけを捉えた批判が出て,感情的な議論に陥りがちです。あくまでも不平等を是正しましょうという話なのですが,シンプルに「雇用に関する金銭ルール」とでも言い換えれば,より建設的な議論ができると思います。

「働き方改革コンソーシアム」が果たす役割

竹中 平蔵

不平等の是正という点では,「同一労働・同一賃金」も議論の焦点となっています。

当たり前のことですよね。同じ仕事を同じ場で正社員が行った場合と派遣やパートの人が行った場合とで,所得に数倍もの開きがあるのはおかしなことです。もちろん,正社員のほうが出張や転勤があるなど,非正規社員よりも負うべき責務が多いとなれば,その分については当然考慮されるべきです。そのうえで,どのくらいの差であれば皆が納得できるのか,ベストプラクティスを見出すべきだと思います。

実は働き方改革を進めるうえで大きな障壁となっているのが,既得権益層を中心とした抵抗勢力の存在です。その背景には,働き方改革によって,自らの仕事が奪われるのではないか,あるいは同一労働・同一賃金によって給与が下がるのではないかといった不安があります。これはどのような改革にもつきまとう問題ですが,むしろ,「守るためにこそ変える必要がある」ということを,社会全体に浸透させる必要があります。

そこで重要になるのが,リーダーの役割です。守るために改革をするということを,いかに語りかけるのか,一体感や信頼感をいかに醸成するのか,リーダーシップが問われます。一方,旧態依然とした企業文化の中で,イノベイティブで優秀な人材が先んじて辞めていくという現象もよく見られます。異才こそ大事にしていなければイノベーションなど起こすことはできないわけで,それこそマネジメント力が問われる時代だということです。

こうした状況を受けて2017年11月に設立されたのが,日立も法人会員として参画している「一般社団法人働き方改革コンソーシアム」です。現在,私はこのコンソーシアムのエグゼクティブ・アドバイザーを務めており,未来投資会議のメンバーであり,かつ政策研究者としての立場から,微力ながらこの組織のカタリスト(触媒)としての役割を担っています。

具体的には,どのような取り組みをされているのですか。

働き方に関するさまざまな問題点を挙げながら,各企業が取り組んでいるベストプラクティスを互いに学び合おうと,月1回程度,企業団体の経営者層,経営企画,人事担当者などにご参加いただき,働き方改革および戦略経営・成長戦略に関するトピックの提供,事例紹介,意見公開の場を開催しています。また,改革を推し進めるにあたり新たな制度をつくる必要がありますので,コンソーシアムの中で議論して,政策の提言につなげていければと考えています。

その際に重要になるのが,クリティカルシンキングとクリエイティブシンキングです。クリティカルシンキングというのは,問題を分析的に見て,問題点をいい意味で批判的に捉える試み。一方,クリエイティブシンキングは,具体的な方策を対案を含めて生み出していく作業になります。その両方を取り入れて,議論を進めているところです。

兼業と「リカレント教育」が重要になる

今後,ますますデジタライゼーションやAI(Artificial Intelligence:人工知能)活用が進展し,いやおうなく働き方も変わらざるを得ないと思うのですが,企業側,働く側,双方にとってどのような取り組みが必要だと思われますか。

まず,大企業が最初に取り組むべきことは,兼業を認めることだと思います。雇用を柔軟にしなければ,デジタライゼーションに伴う急激な変化やさまざまな問題に対処していくことは難しくなります。

例えばAIの専門家であれば,午前中はA社で働き,午後はB社で働き,夜は大学で教えるといった具合に,能力を生かして複数の組織で兼業し,しっかり稼いで大いに所得税を払っていただきたい(笑)。もちろん,その際には,各組織の利益相反にならないよう守秘義務を設ける必要がありますので,やはりルールづくりが不可欠になります。

これは企業にとって非常に大きなチャレンジですが,働く人,一人ひとりにとっても大きなチャレンジと言えます。その際にぜひ念頭に置いていただきたいのが,マサチューセッツ工科大学(MIT:Massachusetts Institute of Technology)のメディアラボが掲げる「Compasses over Maps」,すなわち「地図よりも羅針盤が重要だ」という標語です。地図は便利ですが,常に書き換えられていくものです。私たちはそれぞれ何となく人生の地図を携えていると思いますが,急激な変化の時代には,もはや地図は当てになりません。むしろ,必要になるのは羅針盤です。

羅針盤を言い換えるなら,人生の指針と言えます。それを支えるのが「スペシャリティ」(専門性)です。自分自身が何をすべきなのか,何のために働くのかを明確にすることで,自らがめざす指針と,そのために身につけなければならないスペシャリティが明らかになるはずです。MITのメディアラボの所長である伊藤穰一氏も,AIの普及により,従来の仕事がAIに置き換えられて労働時間が減ることで,人間には自らの存在意義を問い直す哲学的な思想が大事になると語っています。まさに,働き方改革は,我々一人ひとりに対する非常に大きな問題提起でもあるということです。

最後に,「人生100年時代」と働き方については,どのようにお考えですか。

本当に人生100年時代が到来するのであれば,80歳まで働く雇用制度も準備しておく必要があるでしょう。その際の最大のキーワードが,「リカレント教育」です。リカレント教育とは,反復教育,学び直しのこと。これからの時代,高校や大学で学んだ専門性の蓄積だけで,残りの60年間を過ごすことなど不可能です。したがって,多段階に人生のステージを捉えながら,何度も学び直しをして,また仕事をするということがきわめて重要になると思います。

当然そうなると,年金制度についても見直す必要がある。働き方を見直すにあたり,生涯にわたる給与体系や教育制度,個人年金なども含めた,幅広い議論を展開していく必要があります。

時代は今まさに,壮大な転換期にあります。その中で日立は第4次産業革命の担い手であり,働き方改革においても重要な役割を担っています。ぜひ,新しいこれからの日本の社会,すなわちSociety 5.0の実現に向けて,働き方改革の先陣を切って,リーダーシップを発揮していただきたいと思っています。

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