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鉄道の安全性・信頼性に寄与する最新開発事例

営業車に搭載可能な検測技術の開発と実用化

ハイライト

鉄道事業者は,安全で快適な鉄道輸送を支えるため,鉄道設備の定期的な検査と保守作業が欠かせない。日立は50年以上にわたり,光学技術と各種センサーを応用した鉄道設備の検測装置の開発と製品化に携わり,鉄道輸送の安全性確保に貢献してきた。

近年,日立は公益財団法人鉄道総合技術研究所のほか鉄道事業者とともに,営業運転中の車両の台車や床下に搭載できるよう小型化した軌道検測装置と,検測データをリアルタイムにクラウドなどの地上設備に送信・蓄積するシステムを開発した。現在,多くの路線で運用が開始され,取得した高頻度な検測データは線路設備の保守計画に活用され,懸念される少子高齢化とベテラン世代の大量退職に備えた保守作業の効率化に貢献している。今後は架線をはじめ,軌道以外の検査装置についても営業車搭載に向け取り組んでいく。

目次

執筆者紹介

作田 大輔Sakuta Daisuke

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット 輸送システム本部 輸送システム部 所属
  • 現在,鉄道用検測装置ほか,輸送システム全般の開発に従事

浜岡 敬伸Hamaoka Keishin

  • 株式会社日立ハイテクファインシステムズ 社会インフラ事業部 社会インフラ設計部 所属
  • 現在,鉄道用検測装置の設計に従事

明石 洋介Akashi Yosuke

  • 株式会社日立ハイテクファインシステムズ 社会インフラ事業部 社会インフラ設計部 所属
  • 現在,鉄道用検測装置の設計に従事

田中 賢治Tanaka Kenji

  • 株式会社日立ハイテクファインシステムズ 社会インフラ事業部 社会インフラ営業部 所属
  • 現在,鉄道用検測装置の営業に従事

1. はじめに

鉄道事業者は,安全で安定した鉄道輸送を支えるため,鉄道設備の定期的な検査と継続的な保守作業を欠かすことができない。日立は1960年代から50年以上にわたり,さまざまな分野で培ってきたレーザーやLED(Light Emitting Diode)などの光学技術と各種センサーを応用した線路状態検査(軌道検測),架線状態検査(架線検測),鉄道周辺状態検査(周辺検査)の技術開発および製品化に携わり,鉄道輸送の安全性確保に貢献してきた。

鉄道業界では昨今の少子高齢化による人手不足と保守計画などのノウハウを持つベテラン世代の大量退職に備えた対策が課題であり,保守作業の効率化が急務となっている。また,多くの社会インフラ分野において行われているように,周期にしたがって部品交換などを行う時間基準保全(TBM:Time Based Maintenance)から,設備の劣化状態を逐次診断し,効果的に部品交換などを行う状態基準保全(CBM:Condition Based Maintenance)への転換が積極的に検討されている。

今回紹介する営業運転中の車両(以下,「営業車」と記す。)に搭載可能な慣性正矢軌道検測装置(以下,「営業車軌道検測装置」と記す。)は,これまでの検査の手法を大きく転換し,「検査から保守作業」に至る一連の鉄道設備の保守の効率化と,安全で信頼できる快適な鉄道輸送に貢献している。

本稿では,営業車軌道検測装置の概要と検測データ管理におけるIoT(Internet of Things)ソリューション,今後の取り組みについて述べる。

2. 装置開発の背景と経緯

鉄道事業者では,一般的に軌道変位について「高低」,「通り」,「軌間」,「水準」,「平面性」の5項目を測定し管理運用を行っている。それらの管理値におのおのの鉄道事業者で基準値を設け,その基準値を超える値が検出された場合には,運行に影響が出ないよう必要により保守修繕を行っている。軌道検測装置に求められる精度は再現性(測定値2回分の差の標準偏差)により定義する。通常は「高低」,「通り」,「軌間」は在来線で0.5 mm,新幹線で0.3 mm,「水準」,「平面性」は在来線で1.0 mm,新幹線の場合は0.5 mmとしている。

これらの測定項目のうち,「高低」,「通り」の測定では,従来の検測専用車では車体を基準として複数の点でレールとの距離を測定し,その数値を演算してずれ量を算出する方式を採用している。東海道・山陽新幹線で運用されている検測専用車(通称「ドクターイエロー」)や東北新幹線などで運用されている検測専用車(通称「East-i」)はこの方式を採用している代表例であり,この方式を「差分法」という。

この方式を採用した検測装置の場合,車両床下に検測のための複数のセンサー類を搭載し,車両内部にはデータ解析を行う制御ユニット,収録や表示を行う機器など,さまざまな装置を搭載するため,検測専用車が必要になる。一方,営業車に検測装置が搭載可能になれば,検測専用車両の製作が不要となり経費の大幅な削減が可能となる。

日立は公益財団法人鉄道総合技術研究所(以下,「鉄道総研」と記す。)と共同で1995年に「差分法」とは異なる軌道検測技術として「慣性正矢法」の開発に着手し,鉄道総研内の試験線,鉄道事業者の営業線において走行試験を実施し1999年に試作機が完成した。その後,2009年に営業車軌道検測装置の初号機が九州旅客鉄道株式会社の新幹線営業車に搭載された(図1参照)。

図1|九州旅客鉄道株式会社向け営業車軌道検測装置営業車搭載軌道検測装置の初号機として慣性正矢法を採用し,新幹線営業車に搭載した。

3. 装置概要

図2|営業車軌道検測装置の構成加速度センサー,ジャイロ装置,レーザー変位計などから構成される。

図3|差分法と慣性正矢法新方式の慣性正矢法は,レールの変位量を1つの検測ユニットで測定が可能である。

図4|東日本旅客鉄道株式会社向け営業車軌道検測装置現在,複数の路線で活用されている。

営業車軌道検測装置では,鉄道総研が考案した「慣性正矢法」という手法の採用により軌道変位の測定を実現している。本手法は,「加速度を2回積分すると変位になる」という物理の基本原理を応用したものである。図2に示すように,センサーは,測定に必要最小限の加速度センサー,ジャイロ装置,レーザー変位計で構成される。

軌道変位の測定は,内蔵された加速度センサーとジャイロ装置で測定した装置本体の空間上での絶対位置データと,レーザー変位計で測定した装置本体と左右のレールの位置データを合わせて算出している。

レーザー変位計によるレールと装置本体の位置関係の測定では,振動などの影響を受けずにレールの上面と側面の決まった位置をレーザー光で追従する制御を行っている。また,追従制御では,レーザー変位計が探索する範囲内にレール以外の物体が介在すると自動判別を行い,それがレールと異なる場合には追跡対象から外すなどのリアルタイム制御を行っている。本制御を1,000分の1秒ごとに行うことで,高速走行する車両からもレーザー光はレール面を連続的に追跡し続けることが可能となった。

「慣性正矢法」では,装置本体の空間上の絶対位置を把握しているため,レール上に仮想基準線を作成し,あたかも差分法で算出しているがごとく,測定結果が得られる。そのため,図3に示すように差分法のように複数点で同時に測定を行う必要はなく,1点にセンサーを設置するのみで軌道検測を行うことが可能となり,小型・軽量な装置構成とすることができた。これにより,車両限界や建築限界を侵すことなく車両の台車や床下の空間に検測装置が設置できるようになり,検測専用車と同等に軌道変位の測定が可能となった。

しかし,営業車検測は検測専用車での検測と違いオペレータとなる検測員の添乗が不可能であり,無人による検測の実現が必要となる。そこで課題となる,(1)軌道検測の開始/終了タイミング,(2)検測箇所の特定,(3)検測データの地上システムへの送信について検討を行った。

軌道検測の開始/終了タイミングについては,軌道の位置情報を検出可能なデータデポ(以下,「地上子」と記す。)を用いることとした。東日本旅客鉄道株式会社では測定を開始したい箇所と終了したい箇所に,その情報を記録した地上子を設置し,営業車が地上子上を通過すると自動的に軌道検測の開始/終了が行える方式を実現した。測定箇所の特定については,検測専用車用に現用のほとんどの軌道上に設置されている地上子を使用した。

車上装置で測定した検測データの地上システムへの送信については,公衆回線による無線方式を採用した。本方式の採用により,リアルタイムで所定のサーバに検測データの送信が可能となり,遠隔からの車上装置の操作とソフトウェアの更新,基準値を超える値が検出された場合には設定された関係者に自動発報する機能の実現により,保守性を向上することができた。

本機能により,リアルタイムに軌道状態を監視できる一方,保守においても現場に出向く頻度を大幅に削減でき,不具合時に効率的な対処が可能となった。

東日本旅客鉄道では2015年から大規模に主要路線での営業車軌道検測装置の搭載を始め,実務に活用している。また,日立はさまざまな路線,さまざまな営業車への搭載で新たに見えてくる低速域の精度,個体誤差,ヘルスチェック,ロバスト性,無人測定に対する配慮などの課題を日々改善するよう努めている。

現在,東日本旅客鉄道で運用されている営業車軌道検測装置の外観を図4に示す。

4. IoTソリューションによる検測データ管理

営業車軌道検測装置の台数増加に伴いいくつかの課題が発生した。装置ごとの地上システム,データ量の増大,装置運用の煩雑化である。そこで日立はこれらを解決する手段として2つのIoTソリューションを準備した。

1つ目は地上システムを統合化したクラウド環境である。現在は専用のクラウド上にデータを蓄積し必要な時に閲覧,取り出し,解析ができるシステムを提供し,データ管理や解析のサポートを行っており,実際に運用されている。図5にシステムの概要を示す。

各検測装置からリアルタイムに送信された検測データは,クラウド上の受信サーバに各検測装置ごとに蓄積され,統合データベースに登録されるため,ユーザーは走行線区ごとの軌道の状態情報を得ることが可能となる。また,収集される高頻度なデータを分析し,軌道の状態変化を高頻度に把握することが可能となり,より効率的な線路設備の保守作業計画の策定を実現できる。

2つ目は検測装置の主な機器の稼働状態を常時監視し,システムの状態をモニタリングできるサービスである。現在の保守回線に接続し,検測装置状態の常時監視・運用や遠隔での装置オペレーション,システムの点検,アップグレードの対応などを行っている。これによりユーザーは検査データの管理,分析だけでなく装置自体の保守においても効率的な運用が可能となり,保守に係る業務の負担軽減が期待できる。現在,東日本旅客鉄道で運用されているクラウドサービスのシステム概要を図6に示す。

今後はビッグデータ解析による予兆検知や傾向検知などの最新技術を応用し,保守計画策定において無駄のない効率的な運用を支援する,日立による保守計画策定支援サービスも準備中である。併せて日立が手がけるあらゆる検測結果を連携できるデータレイクをめざし,クラウドのプラグイン機能の開発を実施する予定である。

図5|軌道検測データの管理システムIoTソリューションを活用したシステムの概要を示す。

図6|営業車軌道検測装置の管理システム装置の状態監視や遠隔でのオペレーション,点検,システムのアップグレードなどが可能である。

5. 今後の展開

本稿にて紹介した営業車軌道検測装置による軌道変位の状態監視だけでなく,架線などの電力関連設備,線路周りの構成部品(軌道材料),近隣に設置している構造物や樹木などの支障物などについても,安全な鉄道輸送を維持するために検査と保守整備が欠かせない。

これらにおいても従来のTBMにて管理されているものがほとんどであり,効果的なメンテナンスへの転換が必要である。営業車軌道検測装置開発の経験を生かし,架線検測装置などの営業車搭載も計画中である。

6. おわりに

本稿では,日立が開発した営業車軌道検測装置の開発経緯と技術,新しいIoTを活用したシステム運用の概要について述べた。今後もより良い革新的な製品を市場に提供し,安全で信頼性が高く快適な鉄道輸送と効率的な保守に貢献し,鉄道のみならず社会インフラ全体の発展にも貢献していきたい。

謝辞

最後に本稿の執筆にあたりご助言などを頂いた関係各位に深く感謝の意を表す次第である。

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