日立評論

科学技術と社会・産業の発展を支える最先端計測技術

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ハイライト

持続可能な社会の実現に向け,国際連合のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)で示されるグローバルな社会・環境課題の解決と人々のQuality of Lifeの向上は,日立の社会イノベーション事業の目的であり,持続的成長の源泉である。日立グループ各社は,SDGsの17目標などから取り組むべき重要課題(マテリアリティ)を検討しており,例えば,株式会社日立ハイテクノロジーズではマテリアリティとして「持続可能な地球環境への貢献」,「健康で安全,安心な暮らしへの貢献」,「科学と産業の持続的発展への貢献」などを挙げ,この課題を解決することでSDGs達成に貢献することをめざしている。これらの課題を解決するためには,さまざまな事象の可視化や数値化など,計測技術の進展が重要な役割を担うものと考えている。

目次

執筆者紹介

土井 秀明Doi Hideaki

  • 株式会社日立ハイテクノロジーズ イノベーション推進本部 技術戦略部 所属
  • 現在,社外との技術連携関連業務に従事
  • 技術士(電気電子,総合技術監理)
  • IEEE会員
  • 精密工学会会員
  • 日本技術士会会員

江角 真Ezumi Makoto

  • 株式会社日立ハイテクノロジーズ イノベーション推進本部 技術戦略部 所属
  • 現在,新事業向け技術探索および全社研究開発企画に従事
  • 日本顕微鏡学会会員

1. はじめに

持続可能な社会の実現に向け,国際連合のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)で示されるグローバルな社会・環境課題の解決と人々のQuality of Lifeの向上は,日立の社会イノベーション事業の目的であり,持続的成長の源泉である。日立グループ各社は,SDGsの17目標などから取り組むべき重要課題(マテリアリティ)を検討しており,例えば,株式会社日立ハイテクノロジーズではマテリアリティとして「持続可能な地球環境への貢献」,「健康で安全,安心な暮らしへの貢献」,「科学と産業の持続的発展への貢献」などを挙げ,この課題を解決することでSDGs達成に貢献することをめざしている。これらの課題を解決するためには,さまざまな事象の可視化や数値化など,計測技術の進展が重要な役割を担うものと考えている。

日立グループでは,1940年代から電子顕微鏡による微細計測など先駆的な技術・製品の開発を行い,その後,光学や超音波などの計測や分析技術へと手を広げながら,バイオヘルスケア,電子デバイス,新材料開発など多様な分野で社会に貢献する装置やサービスを提供してきた。近年では,計測データそのものに加え,そのデジタル化によるサービスやソリューション展開で大きな付加価値を創生する取り組みも活発化している。さらに,その場計測など顧客の利用場面に応じたニーズに応える製品も多くなっている。本号では,最先端の計測技術の動向と,社会課題解決に向けた取り組みの事例に関して紹介する。

2. 世界最先端の計測技術とその活用

図1|国産初の商用TEM(Transmission Electron Microscope)1942年,実用化電子顕微鏡HU-2型を名古屋帝国大学に納入した。

技術の発展は計測技術に支えられ,計測技術の進歩は新たな科学的発見の基盤となっている。微細形状の計測においては電子顕微鏡が代表的な計測ツールである。

電子顕微鏡は1931年にベルリン工科大学で開発された。日立は1941年に磁界型電子顕微鏡HU-1型を,翌年には実用化電子顕微鏡HU-2型を開発し,名古屋帝国大学(当時)に納入し,国産初の商用TEM(Transmission Electron Microscope:透過型電子顕微鏡)の実用化に寄与した(図1参照)。1958年には永久磁石励磁方式の可変倍率電子顕微鏡を開発し,同年のブリュッセル万国博覧会でグランプリを受賞して以後,世界をリードしてきた。1978年にナノ領域の電磁場を計測できるホログラフィー電子顕微鏡を初めて実用化し,アハラノフ・ボーム効果の実証など物理現象の解明を進めてきた。そのさらなる発展のため,1990年4月に竣(しゅん)工した研究施設では埼玉県鳩山町の岩盤の堅い地域に専用施設を設け,世界最高レベルの研究設備を実用に供した。本設備により,原子サイズレベルの微小領域における電場や磁場の挙動を解明することが可能となり,次世代材料や新機能デバイス開発に向けた知見の獲得に大きく寄与できる。現象の解析には人工知能などの最新技術との連携を図り,また,オープンイノベーションによるさまざまな知見の融合も進めている。

一方,物質の結晶構造や電子デバイスなどの機能部品の動作状況を計測する手法として,高エネルギー施設の活用も行っている。シンクロトロンなどの加速器から放出される指向性が高く強力なX線を用いることで半導体デバイス欠陥の進展を動的に捉えたり,リチウムイオン電池の内部反応の挙動を見ることができる。日立は1982年に稼働開始したPhoton Factory(茨城県つくば市)のほか,1999年に設置された大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用郡)にも他の民間企業13社と共同で専用施設を設置しており,積極的に放射光の利用と研究を進めている。

3. 低炭素社会実現に向けた計測応用

エネルギーの効率的な利用のために,従来のSi(ケイ素)デバイスより高い電圧耐性を有し,より高温で動作可能なSiC(炭化ケイ素)デバイスに対する期待が高まっている。しかしSiC基板はSi基板と比較して結晶欠陥や切断・研磨時の加工ダメージによる欠陥が存在し,SiCデバイスの実用化上の大きな隘(あい)路となっていた。かねてより,日立は電子顕微鏡の応用として電子線によるさまざまな計測技術の展開を図ってきたが,その中の一つの成果として,照射電子線が基板表面の電位によって影響を受ける事象を活用し,紫外線で欠陥を帯電させることによる計測を可能とした。従来,製造工程での欠陥検査が困難で製造上の隘路となっていたが,この課題の解決に大きな前進をもたらすことができた。

また,自動車の電動化や電子制御の高度化に伴い,電子部品の非破壊での全数検査の要求も高まっている。LSI(Large Scale Integration)モジュールなどの内部欠陥検出には超音波計測が有効である。高周波化によるマイクロメートルオーダの感度向上,信号処理によって多面からの信号を分離計測する高速化などの実用化技術も開発した。

4. バイオヘルスケア向けの計測応用

医薬品製造などバイオヘルスケア産業においては,その製造工程の品質管理が極めて重要である。製造に用いられる水も微生物試験が求められるが,従来は数日から十数日の培養を経て品質に問題がないことを確認していた。今後需要がますます増大するバイオ医薬品では,培養に要する時間は製剤そのものの効能に影響を及ぼすおそれがある。また,抗菌性や殺菌性能の試験でも培養法が用いられているが,実効的な品質管理のためには迅速な検査方法が求められている。

すべての生物細胞に共通して存在するATP(Adenosine Triphosphate)を試薬と反応させ,発生する光を検出することで微生物の存在を検出する手法は広く知られているが,上述の目的における微生物試験では,極めて微細な変化を計測しなければならない。日立は分光光度計に端を発する光学計測技術を応用し,試薬との化学反応を自動計測する血液自動分析装置を製品化してきた(図2参照)。これらの技術基盤を活用することにより,極めて微量な成分分析を可能としている。

図2|分光・光検出技術の歩み分光・光検出技術は,生化学・免疫血液自動分析装置,アミノ酸分析計,DNA(Deoxyribonucleic Acid)シーケンサなど各種分析装置に活用されている。

5. 環境計測

土壌,河川などの自然環境は,地球規模の視点で見た場合,課題を抱えた地域も少なくない。日立グループでは,環境分野・食品分野の安全・安心に関わる金属元素の濃度測定・分析などの計測機器を多数実用化してきた。1974年,世界に先駆けて発売された日立の偏光ゼーマン原子吸光光度計は水銀や鉛,ヒ素などの公害原因物質の特定などに活用され,出荷台数は累計1万台を超えた。170-70形 日立偏光ゼーマン原子吸光分光光度計は一般社団法人日本分析機器工業会および一般社団法人日本科学機器協会による「分析機器・科学機器遺産」にも認定されている(図3参照)。

2006年適用開始となった欧州連合による電気製品のRoHS(Restriction of Hazardous Substances)指令は2013年に改正され,原則としてすべての電子機器で有害物質の使用が制限されることとなった。また,2019年からは従来の鉛,水銀などに加えフタル酸エステル類の規制が追加され,電器・自動車などのセットメーカーから部品メーカー,原材料メーカーに至るまで,製品に含有される有害物質について現場レベルでの定期的な管理が必要になる。株式会社日立ハイテクサイエンスではこれらの規制物質のスクリーニングとその結果に応じて詳細な分析を行うシステムを提供している4)。また,これらの計測技術は車載電池の信頼性検査にも応用でき,社会課題の解決にも寄与している(図4参照)。

一方で,資源探査における採掘現場での材料分析,金属の再利用などの場面では,その場観察の効果は極めて大きい。近年,レーザー光を集光照射し,対象物から発生する微小原子を分光分析することで元素分析を行うLIBS(Laser-induced Breakdown Spectroscopy:レーザー誘起ブレークダウン分光法)と呼ばれる分析法が実用化されるようになった。小型レーザーと高感度な半導体検出器の採用により,ハンドヘルド型の計測器が実用化され,効果を発揮している。

図3|170-70形 日立偏光ゼーマン原子吸光分光光度計日立偏光ゼーマン原子吸光分光光度計は,現在のゼーマン原子吸光光度計の先駆けとなった装置である。

図4|X線異物解析装置 EA8000の概要250 mm×200 mmの試料から数分で微小金属異物を検出し,自動で顕微鏡像と蛍光X線マッピング像を取得する。

6. IoTサービスポータル

日立は,加速度的に増大するさまざまなデータから価値を創出し,デジタルイノベーションを推進するLumadaによる顧客協創に取り組んでいる。計測装置においても,計測結果をデータとして蓄積することで,得られた知見を分析に活用する,他の事例から最適な計測条件を例示する,複数の装置の計測結果から多面的な解析を行うといったことが可能となる。こうしたデータの利活用を実現するため,日立ハイテクノロジーズグループではIoT(Internet of Things)サービスポータル「ExTOPE」を開発した(図5参照)。電子顕微鏡や分析機器,半導体検査装置などの計測結果をクラウド上で収集し,一元管理することで,IoTプラットフォームを通じたデータの利活用が期待できる。ネットワーク上でデータを共有することにより,コラボレーションやオープンイノベーションの実現,複数機器による統合解析の実現,あるいは複数機器の群管理によるオペレーションの簡便化など,顧客価値の向上が期待できる。

7. おわりに

日立グループは,社会課題の解決に向け,先端的な計測技術や顧客ニーズにマッチした使いやすいシステムを今後も継続的に開発し,製品化していく。サービスポータルの提供を通じてデジタル化の効果をさらに拡大し,新しい知見の獲得や,得られた知見から持続可能な社会の実現に向けた貢献につなげていく所存である。

図5|IoTサービスポータルExTOPEの概念図クラウド上でデータを収集・一元管理することにより,多様な計測機器による統合解析が可能となる。また,複数機器の群管理によりオペレーションの簡便化が期待でき,ネットワーク上でのデータ共有によってコラボレーションやオープンイノベーションを促進する。

参考文献など

1)
測る──社会・産業分野に貢献する計測技術,日立評論,94,2(2012.2)
2)
伊藤 道雄:臨床検査技術の系統化調査,技術の系統化調査報告 第24集,国立科学博物館 産業技術史資料情報センター(2017.3)(PDF形式、12.2Mバイト)
3)
大林 秀仁:イノベーションを支える電子顕微鏡の進化−先端科学分析機器から工業用計測器へのパラダイムシフト,日立評論,91,11(2009.11)
4)
的場 吉毅,外:電子部品の有害物質管理や食の安全,グリーンイノベーションを支えるX線技術,日立評論,95,9,610〜615(2013.9)
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