日立評論

社会イノベーション事業を推進するフロント人財強化の取り組み

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日立評論

デジタルトランスフォーメーションを担う人財の育成・教育

社会イノベーション事業を推進するフロント人財強化の取り組み

ハイライト

日立は社会イノベーション事業を推進するため,2018中期経営計画の初年度である2016年4月に,顧客との協創を加速するフロント機能を強化した事業体制へと移行した。

同時に,これを推進する人財の育成を経営課題と捉え,フロント部門の人財を強化する取り組みを開始した。

経営幹部も関与しながら,リーダー層から実務担当者までの段階的育成を,新しい発想の学びの場として展開する試みであり,参加者自身の育成に加え,社会イノベーション事業の考え方やそれに取り組むマインドを社内に浸透させる組織開発の側面での意義もあったと考える。

本稿ではこれらの取り組みの具体的内容およびその特徴について紹介する。

目次

執筆者紹介

相馬 知子Soma Tomoko

  • 日立製作所 人財統括本部 グローバル人財開発部 所属
  • 現在,日立製作所および日立グループ共通の人財育成方針や施策の企画・立案に従事
  • 人材育成学会会員

1. はじめに

2018中期経営計画の初年度である2016年4月,日立は従来の製品別カンパニー制を改め,顧客との協創を加速するフロント機能を強化したマーケット別の事業体制へと移行した。新しい体制においては,日立の技術・ノウハウを,フロントが顧客に近いところでまとめてサービスとして開発し,提供することが期待される。フロント部門が新しい役割を果たし社会イノベーション事業を推進するためには,これまでの製品別カンパニー制よりも,さらに顧客の価値にフォーカスし,「モノ」売りではなく「コト」売りに転換していく必要性があった。2018中期経営計画においては,社会イノベーション事業を牽(けん)引するフロント職務に就くことが期待される対象層をSIB(Social Innovation Business)コア人財として定義し,2015年度末時点の約36,000人から2018年度に向けて約42,000人まで,採用・育成を通じて増員することを計画した。その中でも特に事業推進に重要な役割・機能を明確にした,人財育成の取り組みに力を入れてきた。本稿においては,それらの取り組みについて紹介する。

2. 社会イノベーション事業を推進する人財の育成

2.1 育成の考え方

育成に関する議論は,2016年のフロント体制設置に先駆けて2015年に設置した準備委員会にてスタートした。委員会は役員やビジネスユニットの事業責任者を含むメンバーで構成された。フロント部門に期待される「顧客との対話を通じて具体的な課題を明確にし,その解決策を共に考え,日立のOT(Operational Technology)×IT×プロダクト&システムを組み合わせてサービスの形で提供する」という仕事のスタイルを浸透させるためには,最前線であるフロントで働く人財の考え方やスキルの転換も必要である。本準備委員会ではそれに加え,「これまでと何が同じで何が変わるのか」に関する議論を約半年間にわたって行い,今後強化すべきフロントの機能・役割・人財要件についての定義を行った。そして,顧客との対話を通じて経営上の課題を把握し,ソリューションの骨格を想起する「顧客協創」を担う人財,およびソリューションをビジネスとしてデザインし,顧客への提案からデリバリーまでを一貫してマネージする「ソリューションを構築する人財」について,特に喫緊の強化が必要であるとの認識に至った。また,社会イノベーション事業は,社会・競合他社・顧客の変化に合わせて変化し続けることが想定される。そのため,育成にあたってはこの変化に対応できるよう,新しい発想での学びの場を提供し,またそれを常にブラッシュアップする仕掛けを作ることも決定した。これらの議論を基に,社会イノベーション事業を推進する人財をリーダー層から実務担当者まで段階的に育成するための,4つのフェーズから成る「社会イノベーション事業フロント強化特別研修」を開始した(図1参照)。

図1|社会イノベーション事業フロント人財強化特別研修プログラムフェーズ1・2では顧客協創ビジネスを牽(けん)引するリーダーによる実案件をベースとしたアクションラーニングを実施し,その成果を基にフェーズ3・4を経て日立グループ全体の底上げ施策を展開している。

2.2 リーダー層の育成

準備委員会の議論を基に,社会イノベーション事業を推進するリーダー人財の育成をめざすフェーズ1の取り組みが2016年3月にスタートした。既存の教育コンテンツを利用した研修では本研修のねらいをカバーできないという考え方から,アクションラーニング※)の手法を取り入れ,実際のプロジェクトを用いて約3か月間,チームでの実践的な検討を行うものとした。対象プロジェクトは,当時,顧客協創案件として進んでいたものや今後の推進が期待される分野・顧客の11案件をトップダウンで決定し,その案件に関わる管理職クラスを中心に,部門や職種をまたがる約40名が参加した。キックオフでは社長・副社長が日立の社会イノベーション事業の考え方やプロジェクトへの期待感を伝え,また案件の検討を進めるにあたっては通常業務では関わりを持たない社内外の有識者をコーチとして各チームにアサインし,より広い視点で検討するサポートを行った。第一回発表会には副社長,最終発表会には社長・副社長および関係役員も出席し,研修でありながらより実践的な観点から案件に関する議論を行った。

フロント部門のリーダーを育成する2つ目の取り組みとして,フロントを代表する部長〜課長約80名を対象に,2016年5月〜9月にかけて計4回,5日間のフロント強化ワークショップを実施した(フェーズ2)。本ワークショップでは,フェーズ1と同じく社長・副社長が日立の社会イノベーション事業の考え方や各人への期待感を伝え,続いて社内外のデジタル事業やサービス事業の事例を用いてケース検討を行い,顧客の価値にフォーカスすることや,価値をサービスとして構成し,提供することの考え方や方法を学んだ。また,ワークショップの最終日には,ケーススタディから学んだことを自身が関与する顧客にどう適用するかについて検討して発表を行った。ワークショップの中では,当時リリースしたばかりの顧客との協創を加速するLumadaや,顧客協創方法論「NEXPERIENCE」に関する説明も行い,より実務に近い形での検討を行えるようにした。最終日の発表には,副社長や社会イノベーション事業推進本部の幹部も同席し,フェーズ1と同じく,実践的な議論を行った。フェーズ1,2とも,社長・副社長をはじめとした役員が講話や実際の案件に関する議論に直接参画することで,職場のキーパーソンに対し,社会イノベーション事業の考え方や2018中期経営計画を浸透させる役割も果たすこととなった。

それまでは主に日本に在籍する人財を対象としていたが,2017年1月には,グローバルでのワークショップを実施した。本ワークショップでは,米国・欧州・アジアの各社で社会イノベーション事業を牽引するリーダー人財13名が参加し,副社長,CHRO(Chief Human Resource Officer),社会イノベーション事業推進本部役員の出席の下,各地の案件を推進するにあたっての課題などについて議論を行った。

これらの取り組みは,まずはリーダー層を早期に育成することを目的にしており,特に日本における取り組みは3年間の中期経営計画の最初の半年間で集中的に実施した。通常の研修であれば企画を半年以上かけて作り込むケースもあるが,この取り組みでは,数週間で企画を行い,実行する中で適宜見直しを行っていくという形をとった。例えば,フェーズ1ではプロジェクトの検討内容に合わせてメンバーや聴講する役員を変更したり,フェーズ2では,参加者からの質問や発表での指摘事項を基に次の回次の講義内容を大きく見直したり,取り上げるケースを変えたりするなどである。当初より,社会イノベーション事業は社会・競合他社・顧客の変化に合わせて変化し続けることを想定しており,育成にあたってもこの変化に対応することを念頭に置いていた。通常の研修では行わないような見直しをそのつど柔軟に行うことによって,「社会イノベーション事業の推進には何を学べば有効か」ということを研修企画側も学び,それを反映させながら進めていく形となった。

※)
実際の課題を題材に,グループでその解決策を検討・実行し,その振り返りを行うことにより,個人・グループ・組織が学習するプロセス。

2.3 実務担当者の育成

図2|フェーズ3集合研修の様子グループで検討を行い,発表する様子を示す。

前述したリーダー人財の育成に続き,2016年10月からは,フェーズ3として,社会イノベーション事業を推進する実務担当者層を対象に,知識・スキルを広げる取り組みを行った。内容は,社会イノベーション事業の推進に必要な「顧客の課題・要望を正しく理解する」,「データを活用する」,「サービス事業」の3テーマを中心としたものである。これは2016年に講義と演習を実施する不定期のワークショップという形でスタートし,2017年には12講座から成る集合研修に再編され,2018年度にはeラーニングで抽象的な概念や考えを学び,続く集合研修で演習を行うという,より受講しやすい5日程度の研修体系に再整理された。ビジネスユニットをまたがった受講生が集合研修という場に集まることにより,同じ社内でも仕事の進め方や言葉の使い方に違いがあることに気付き,ビジネスユニットを越えた連携をしやすくすることもねらいの一つであった。これらの取り組みには2016年から2018年にかけて,当初想定していた1,000名を超える約1,300名が参加した(図2参照)。

ここで使用したコンテンツは,社会イノベーション事業推進本部が監修し,日立において社会イノベーション事業推進の現場で培ってきたノウハウや,日立で働く人財がつまずきやすいポイントを集約し,使いやすくまとめ直したうえで,研修で利用できるよう構成したものである。これらは社会イノベーション事業を推進するうえで最低限知っておくべき内容であり,これまでの仕事の進め方との違いや「分かっているが実行が難しい」といった「気付き」を得ることに重点を置いた。逆に言えば,研修を受ければ育成が完成するというものではなく,本研修の参加者には,学んだことを実務で実践し,必要に応じてより上位レベルの研修も活用しながら継続して学びを深めていくことが求められている。なお,実践に際して迷うことがあった場合には,社会イノベーション事業推進本部に設置された相談窓口に相談することが可能であり,研修終了後も実践に向けたサポートを受けられる仕組みとなっている。

2.4 考え方を広く浸透させる取り組み

フェーズ4では,コア人財にとどまらず,社会イノベーション事業の考え方・進め方を広く社内で共有するため,前述の実務担当者向け研修で利用したeラーニングや,同様の内容をまとめた冊子を,フロント部門を中心に社内に広く展開した。2017年には考え方の基本となる「社会イノベーション事業の基本」を42,000名を超える対象者がeラーニングにて受講し,また2018年には,データの活用やサービス事業の推進といったテーマについてもコンテンツを整備し,広く社内に展開している。これらのeラーニングコンテンツや冊子は英語・中国語に翻訳のうえ,グローバルでも広く活用されている。

3. 施策をブラッシュアップする仕組み

社会イノベーション事業において何が求められるかは,社会・競合他社・顧客の変化に合わせて変化するものであり,人財育成についても常にブラッシュアップを行う必要があるとの考え方から,CMO(Chief Marketing Officer),CSO(Chief Strategy Officer),CHRO,各ビジネスユニットの代表者から構成する社会イノベーション事業フロント人財強化委員会を2016年7月に設置し,各部門での育成の現状や課題などに関する議論を,年数回,定期的に行ってきた。委員会では,育成のみならず採用や人財配置も含めた人財施策に関する議論を行い,またビジネスユニットの取り組み事例を共有することで,広く人財に関する課題を共有し,施策に反映している。

4. 取り組みの評価

2016年および2017年に一連の研修に参加した対象者に対して,2018年12月にアンケート調査を実施し,取り組みの成果やその後の状況について確認を行った。これによると,回答者のうち8割以上が「研修参加により,社会イノベーション事業を推進する心構えやマインドが向上した」と回答しており,フロント部門におけるマインドセットの意味では効果があったことが分かる。また,特に実践的な内容の研修を行ったフェーズ1・2の参加者では,半数以上の参加者が「研修で学んだ内容を活用して,実際の顧客提案につなげた」と回答しており,「実務で活用している」と回答したものを含めると4分の3を越える参加者が研修で学んだ内容を広く実践的に活用していることが分かる。また,フェーズ1・2参加者では約4分の3が,「研修で学んだ内容を具体的に用いて会議で議論を行ったり,部下の指導を行ったりした」と答えており,研修に参加したリーダー層をキーパーソンとして,社会イノベーション事業をいかに推進するかの考え方を広く浸透させる取り組みの一助となったことが分かる。実際に,いくつかの部門では,これらの参加者が講師やアドバイザーとなって実際の案件を検討するワークショップを実施するなど,独自の取り組みも行っている。一連の取り組みは,参加者自身の育成を主眼において開始したものではあるが,社会イノベーション事業の考え方やそれに取り組むマインドを社内に浸透させる組織開発の側面での意義もあったと考えられる。

5. おわりに

本稿においては,2018中期経営計画に合わせて実施してきた,リーダー層から実務担当者を育成する仕組みについて紹介した。日立はデジタル技術を用いて高度なインフラをグローバルに提供し,人々のより良い暮らしを実現することを目標に,社会イノベーション事業を推進している。これを実現するのは人財であり,人財の確保・育成は常に経営上の重要な課題である。一方で,研修は研修だけで完結することなく,実務でどのように活用されるか,また活用されるためにはどのような仕組みが必要かというつながりを意識して,全体像を企画していかなければならない。今回の3年間の取り組みの効果・反省を踏まえ,引き続き必要な施策を実施していく。

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