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社会・生活課題の解決で人々のQoL向上に貢献するライフソリューション

ビジョン駆動型ソリューション開発戦略

ハイライト

お客さまの生活スタイルや社会環境,競合環境が大きく変化しつつある中,従来の,現状分析からの将来予測による「フォアキャスト」,あるいは小さな改善の積み重ねだけでは競争力のある製品・サービスを生み出すことは難しくなってきている。

日立グローバルライフソリューションズ株式会社は,将来の社会と暮らしの在り方,未来のお客さまの価値観を洞察し,そこから生まれるニーズの仮説から次の製品・サービスの仕様や技術を導出する,「バックキャスト」の考え方を用いたビジョン駆動型の開発プロセスを併せて導入することで,魅力ある価値を他社に先駆けて創出し,人々に寄り添うソリューションカンパニーとなることをめざしている。

目次

執筆者紹介

丸山 幸伸Maruyama Yukinobu

  • 日立グローバルライフソリューションズ株式会社 ライフソリューション統括本部 ビジョン戦略本部 ビジョン商品企画部 所属
  • 現在,クリエイティブディレクターとしてビジョン創生方法論のリードならびに次世代商品・サービスの起案,協創に従事

庄司 敬一Shoji Keiichi

  • 日立グローバルライフソリューションズ株式会社 ライフソリューション統括本部 ビジョン戦略本部 ビジョン商品企画部 所属
  • 現在,ビジョン商品企画部部長としてビジョン創生と中長期の商品マスタープラン策定の取りまとめに従事

井口 匠Inokuchi Takumi

  • 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 所属
  • 現在,生活家電分野のアドバンスドデザインとサービスデザインに従事

1. はじめに

日立グローバルライフソリューションズ株式会社(以下,「日立GLS」と記す。)は,日立グループの「ライフ」セクターの一翼を担う会社として,お客さまの生活に関わる課題の解決を通じ,世界中の人々の生活品質を豊かにするソリューションカンパニーをめざしている。従来の家電・空調事業における経験と実績をレバレッジに,魅力ある価値を他社に先駆けて創出することを目的として,ビジョン駆動型の製品・サービス開発プロセスを導入した。

本稿では,バックキャストの考え方を用いたビジョン駆動型の製品・サービス開発プロセスと,日立独自の未来洞察手法「きざし※)」について述べる。

※)
「きざし」手法とは,2010年に日立製作所社会イノベーション協創センタが社会イノベーション事業に関わる未来洞察を行うためのリサーチ手法として考案し,現在,日立グループ内,およびパートナー企業との顧客協創による新事業開発で活用されているものである。

2. 新しい開発プロセスへの取り組み

図1|バックキャスティングによる商品開発ビジョンを起点に中長期で開発すべき新しい事業や技術の方針を導出する。

少子高齢化,共働き世帯の増加,単身世帯の増加などによって,家族の在り方,家事のやり方などお客さまの意識や行動が変化しつつある。また,いわゆる「家電」の買い方も変わってきており,実店舗だけでなくEC(Electronic Commerce)サイトからの購入も一般化してきている。さらに,IoT(Internet of Things)対応家電が出現してスマートフォンアプリサービスとの連動などが進み,異業種連携サービス,サブスクリプション契約なども登場し,商品・サービス提供の形も従来のハード売り切りから,デジタルを活用した運用や保守など,お客さまとのつながりが継続する形へと変化してきている。

このような背景の中,お客さまの暮らしに寄り添い,暮らしの中で潜在的に感じている困りごとに気付き,さらには将来の社会変化から生まれる課題を先んじて捉えるような,商品・サービスによるソリューションの創生が急務になっている。

そこで日立GLSでは,10年後のお客さまの望ましい暮らしの在り方をビジョンとして描き,それらから生まれるニーズの仮説から次の製品・サービスの仕様や技術を導出する,バックキャストの考え方を用いたビジョン駆動型の商品開発プロセスの導入に着手した(図1参照)。

ここでいうビジョンとは,社会やお客さまに将来起こり得る変化を「きざし」としてつかみ,可視化すること,そしてその将来のお客さまに日立GLSが提供するソリューションを描いたものである。このビジョンに描かれた商品・サービスを将来の目標として開発関係者と共有し,商品・サービスマスタープランや技術ロードマップを策定して具体的な研究・開発へと落とし込む。同時に事業企画部門や営業部門とも連携し,事業性の検討を開始する。

3. 日立独自の未来洞察手法

将来のお客さまの価値観変化を捉えるために,日立GLSは,「きざし」手法を活用した1),2)

「きざし」手法では,まず,政治,経済,社会,技術などの環境分析データを収集し,それらの掛け合わせから将来を洞察,お客さまの価値観変化を「きざし」として抽出する。その変化によって台頭するであろう新たなライフスタイルを定義し,それに対応する事業の機会領域を想定して,どのようなソリューションが望まれるかを考察する。次章でその一部を紹介する(図2参照)。

図2|「きざし」手法政策,市場推計など経済動向,日常生活に関わるニーズの調査,先端技術の普及見込みなど,幅広いトピックスを情報ソースにした分析・発想の手法である。

4. 「きざし」と新たなライフスタイルの例

一般的な人口統計調査における平均世帯人員の推移を見ても単身世帯やシニア世帯の増加は明らかであるが,昨今の多様化する生活者の動向や生活意識を把握するためには,デモグラフィックではくくりきれない価値観の違いをベースにした生活者の質的な分類手法が必要であり,「きざし」による生活者の分類が有効であると考えられる。

人口動態の変化,都市化の進行,環境負荷の低減,マクロトレンドに関して,2028年ごろまでをスコープに未来洞察を進めた結果,新たなライフスタイルとして「自分らしい暮らしの実現」にこだわりをもつ,以下のような生活者たちが都市部を中心に台頭してくると考察した。

Co-Singles(独り家族クラスター)
自身の価値観を重視し,好みのサービスや人とのつながりを使いこなして,社会的孤立の不安や不便を上手に乗り越えながら暮らしを楽しむ,独り暮らしを中心にしたクラスターである。富裕層シニア,あえて独身生活を選ぶ若年層,そして一つの家庭に生計を共にしない二人の夫婦が同居するような層[新DINKs(Double Income No Kids)]にも存在する。
Designed Family(新・小世帯クラスター)
家族としての価値観を重視し,互いの事情を調整しながら,ライフイベントに合わせて無理がないように生活環境を変化させながら自由に暮らす,2〜3人の少人数所帯を中心にしたクラスターである。環境変化に対応しやすい若年ファミリーや,子育て後の自由時間を謳歌するシニアに存在する。

また,一般的に生活シーンとして挙げられるのは衣・食・住の三つだが,今回,私たちはそれらに「活」,「働」という新たなシーンを追加で想定した。「活」とは高齢化によってより意識が高くなった健康,心と体のケアを指す。「働」を想定したのは働き方や働き手が多様化することによって,職場そのものや職場での過ごし方も生活の一部として考えるのが自然であろうと考えたからである。

以下に新しい価値観「きざし」の事例の一部を抜粋して紹介する(図3参照)。

(1)Connected Urban Soloists(衣・食・住・働)―繋がり上手な都市の小世帯―
仕事や娯楽,医療などが充実した都市部には単身者や小世帯が集まり,とがった価値観を持つ層が出てくる。単身ゆえの不便さを補う商品やサービスが登場し,生活者は自身のこだわりの生活スタイルにふさわしいものを選び,それらを使いこなしていく。
(2)Narrative Foodism(食・活)―食品ルーツが選択の基準―
食品の成分や効能を理解するリテラシーが上がり,かつ食事のスタイルは宗教,信条などの文化的要因や食品加工技術のイノベーションの影響を受けて,より多様化していく。生活者の中には,趣味や娯楽のように,自らが生産に参加したり,購買ルートにこだわりを発揮したりするなど,食材にまつわる経験を自分なりに楽しむ人たちが出てくる。一方で,「自分が納得できる情報がないと,安心して口に入れることができない」という新たな摂食障害を引き起こす人々も出てくるかもしれない。
(3)Work & Life Mosaic(働)―シゴトとイエゴトがモザイク化―
生産人口減少による人手不足の進行や,働くスタイルの多様化が進み,政府や企業は抜本的な働き方改革を迫られている。ギグワーカー(単発の仕事を組み合わせて働く人々)やフリーランサーのように勤務時間やタスクを柔軟に組み合わせる働き方を選ぶ人がさらに増加し,自分の生活環境や価値観に合う個別最適な働き方を一般化させて,やがて1日の中で複数の職と家事がモザイク状に交錯する生活スタイルが生まれてくる。
(4)Meal for All(食・活)―孤食から美食へ―
SNS(Social Networking Service)上では,食に関する共感を目的とした個人的な発信や,個人の嗜(し)好にフィルタリングをかけて強い関心を引きつける新たな飲食サービスの情報発信がさらに増加する。情報は日々最適化が進み,関心が加速するとともに個別化されていくため,共通の食に関する価値観を持つ人々によってコミュニティが形成され,家族ではないが料理のシェアを許容するような価値観変化を引き起こすことも考えられる。

一方で,高齢者の嚥(えん)下・咀嚼(そしゃく)障害や,食物アレルギーなどの課題は社会の中でメジャーな課題として認識されるようになり,味覚・テクスチャー・成分の制御技術を用いた,新たなユニバーサルデザインフードに関する技術革新が進展するだろう。

図3|「きざし」の例「きざし」は,生活者の視点で記述されたキーワード,価値観変化のストーリー,エビデンスとなるデータのセットで構成されている。

5. おわりに

今回述べたのは,生活,家事ソリューション分野に関する未来洞察,「きざし」である。その他,デジタル時代の商品・サービスの新しい購買行動,さらにはメイカーズ,プロシューマーを意識した生産・流通の未来などについても今後のスコープを入れていく必要があると考えている。

多面的にお客さま視点で未来を考え,お客さまの価値観変化,すなわち「きざし」をつかむことは,商品・サービスを企画,開発するためのマーケティング行為というだけではなく,自分たちがどういう会社であるべきなのか,将来どうなりたいのか,というビジョンを明確にするステップとして重要である。

日立GLSは,ビジョン駆動型開発の導入によって,先んじて新たな価値の創造というチャレンジを続け,魅力的な商品・サービスを世界中のお客さまに提案していくと同時に,それを産み出す従業員,開発パートナーのQoL(Quality of Life)向上や,環境負荷低減などの社会的価値にも配慮し,持続可能社会に貢献する企業として成長していきたい。

参考文献など

1)
丸山幸伸,外:将来のエクスペリエンスを描くための方法論研究,日立評論,93,11,766〜767(2011.11)
2)
T.Akashi et al.:Kizashi Method-Grasping the change of future user’s values-,Serviceology for Desining the Future,481-494(2014)
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