日立評論

試験データ活用に応える次世代試験システムの開発

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試験データ活用に応える次世代試験システムの開発

ハイライト

試験システムは解析対象物のさまざまな試験データを取り扱うため,近年,研究開発が進められているデジタルデータ活用技術の適用が望まれている。

日立は,高性能な計測制御技術を適用した試験システムに,データのデジタル化,IoT技術を統合することで,顧客の評価試験をトータルにサポートする次世代試験システムの開発に取り組んでいる。本稿では,次世代試験システムの概要と,次世代試験システムのコア要素であるHILSシステム,データを活用した計測制御技術について紹介する。

目次

執筆者紹介

石原 新士Ishihara Shinji

  • 日立製作所 研究開発グループ 制御イノベーションセンタ 輸送システム制御研究部 所属
  • 現在,メカトロニクス分野における状態推定,制御技術の研究・開発に従事
  • 博士(工学)
  • 計測自動制御学会会員
  • システム制御情報学会会員

三浦 淳Miura Jun

  • 株式会社日立インダストリアルプロダクツ 機械システム事業部 機械制御システム部 所属
  • 現在,試験機制御システムの開発設計に従事
  • 日本機械学会会員
  • 自動車技術会会員

田原 孝一Tahara Koichi

  • 株式会社日立インダストリアルプロダクツ 機械システム事業部 機械制御システム部 所属
  • 現在,試験機制御システムの開発設計に従事
  • 技術士(機械部門)

保田 和輝Yasuda Kazuki

  • 株式会社日立インダストリアルプロダクツ 機械システム事業部 機械制御システム部 所属
  • 現在,試験機制御システムの開発設計に従事
  • 技術士(機械部門)

1. はじめに

日立は,構造物・高架橋・原子力機器などの地震時の挙動解明や,高速車両の研究開発を支援する動的力学試験システムを提供している。

従来より,試験システムには耐震設計用の地震波形などの所望の試験パターンを高精度に再現することが求められているが,近年ではこれに加えて,取得した試験データのデジタル化やIoT(Internet of Things)技術の活用に関する期待も高まっている。

さらに,試験システムでは,大型構造物や鉄道車両などの一部しか実物評価できない場合もあり,解析対象の全体評価をどのように顧客に提供するかが課題になっている。

このような状況の中,日立はデータ活用により制御性能を向上し,顧客の評価試験をトータルにサポートする次世代試験システムの開発に取り組んでいる。

2. 次世代試験システムの概要

2.1 次世代試験システムの構成

図1|次世代試験システムの構成各サイトに設置された試験システムで取得した実験データやフィールドデータをデータ活用プラットフォームで管理・分析し,再現試験の精度向上を実現する。

次世代試験システムは,顧客サイトに設置された各試験システムで取得したデータを,データ活用プラットフォームにおいて管理・分析することでさまざまなサービスを提供する(図1参照)。

各サイトで取得可能なデータ形式はセンサーごとに異なり,また,アナログ出力しかないセンサーも存在する。このため,各センサーデータはデジタル化され,共通のデータ形式に変換後にデータ活用プラットフォームのデータベースで管理される。なお,実際の構造物や高速車両などに取り付けたセンサーで取得したデータも,データ活用プラットフォームに格納できる。

各サイトの試験システムの実働データを分析し,機器の状態監視を行うことで,顧客に効果的な保守点検サービスを提供することができる。状態監視や故障予兆診断などの保守機能にデータを活用する事例は数多くあるが,次世代試験システムにおいては,試験精度の向上にもデータ活用技術を適用する点に特徴がある。

2.2 試験精度向上に向けたデータ活用方法

顧客の課題になり得るのは,解析対象の挙動特性を把握するために,どのような試験パターンで実験を行えばよいかを検討することである。次世代試験システムでは,フィールドデータを分析し,解析対象の挙動特性を効果的に評価できる試験パターンを作成することで,この課題を解消しようとしている。

また,作成した試験パターンを試験システムで高精度に再現するには,試験システムのアクチュエータを高精度・高応答に制御する必要がある。このため,次世代試験システムでは,各サイトで取得したデータを利用してアクチュエータごとに最適な制御を提供する。

3. データを活用した試験システムの制御技術

3.1 試験システムの新制御方式

図2|モデルベース制御とデータ駆動制御の設計手順モデルベース制御では試験データを利用して制御対象のモデル化後に制御設計を行う。一方,データ駆動制御は実験データを利用して直接制御パラメータを決定する。

試験装置の制御設計では,目標波形への追従特性を改善することが目標となる。ただし,試験装置のアクチュエータの多くは油圧駆動式であり,油圧システムは温度,圧力などによって動特性が変化するため,ロバスト性の確保も重要である。よって,本開発では,応答性とロバスト性を両立するためにFB(Feed-back)制御とFF(Feed-forward)制御を併用する2自由度制御系を利用する。

試験装置を高精度に制御するには,コントローラに実装されているFB制御,FF制御それぞれのパラメータを適切に調整する必要がある。制御調整を行うには,制御対象の数式モデルを立てて,この数式モデルに基づいて制御を設計・調整するモデルベース制御が一般的な手法である。モデルベース制御を行うには,制御対象の正確な数式モデルが必要になる。本開発における制御対象とは,供試体を載せた状態の試験装置である。しかし,供試体は試験システムを運用する顧客が選定するため,制御設計時に供試体の情報を利用できるとは限らない。

このため,本開発では,制御調整にモデルベース制御ではなく,実験データを利用して直接制御調整を行うデータ駆動制御1)に注目した(図2参照)。データ駆動制御は,制御対象の試験データから直接,制御調整を行う手法であり,データ活用を狙った次世代試験システムに好適な手法と言える。なお,データ駆動制御に必要なデータは1回の試験データのみであり,大量のデータを必要とするAI(Artificial Intelligence)ベースの手法と比べて,新設の試験装置にも適用しやすいというメリットがある。

なお,本開発では,FB制御は制御ループのロバスト性,安定性を保証するために従来制御を利用し,FF制御の設計にデータ駆動制御を適用することにした。

3.2 試験システムにおけるデータ駆動制御の適用方法

図3|データ駆動制御設計向けデータ取得方法通常,データ駆動制御の設計には目標波形rを利用するが,大振幅で加振すると評価対象が破損する可能性がある。目標波形をスケーリングした目標波形Srを利用することで,評価対象を破損せずに試験データを取得できる。

図4|データ駆動制御によるFF制御の設計方法要求仕様に従って設計した理想応答と,FF制御調整後に実現される調整後応答の差を最小化するように最適化計算を実施する。

データ駆動制御を適用するために必要な試験データは,目標波形rで制御対象を動かしたときの出力データyである。つまり,試験装置のアクチュエータを変位制御で駆動する場合,目標波形rは試験パターンで決定されるアクチュエータの目標変位,出力データyはアクチュエータに取り付けられた変位計の計測結果に相当する。

試験装置が地震の動きを再現するために利用される振動台の場合,目標波形rに強震波形が選定される。このような場合,データ駆動制御の設計用の試験データを取得するために,目標波形rで実験を行うと,その試験で供試体が破損し,以降の実験に支障をきたす可能性がある。

この課題を解決するために,目標波形rを微小係数S0≤S≤1)でスケーリングした目標波形Srを利用して試験データを取得する方法を考案した(図3参照)。十分に小さな係数Sを選定すれば,評価対象を破損することなく試験データを取得できる。スケーリングされた目標波形Srは,元の目標波形rと同一の周波数成分を含んでいるため,制御設計に必要な情報は欠落しない。ただし,一般に,出力データyの振幅が小さくなると,相対的にセンサーノイズの影響を受けやすくなるという別の課題を生じ得る。

日立では,従来より微小振幅から最大振幅までの幅広い動作に対応する制御開発を行っており,SN(Signal Noise)比の高いセンサー情報取得の実績がある。このため,スケーリングした目標波形Srに対応する出力データyもノイズの影響を軽減することが可能である。

最後に,取得した実験データを利用して,試験装置に組み込むFF制御をデータ駆動制御で設計する方法を説明する。図4はデータ駆動制御の計算の様子を示している。まず,取得した試験データにノイズが残っている場合,プレフィルタ処理を実施する。その後,顧客の要求仕様に基づき,理想応答の伝達関数Tds)を設計する。次に,設計した伝達関数で実現される理想応答ydと調整後応答yρ)の差が最小になるようにFF制御Fρ,s)のパラメータρを最適化演算で決定する。そして,求まった最適パラメータρで実現されるFF制御の伝達関数F(ρ,s)が安定であるかを判断し,安定である場合のみ,FF制御F(ρ,s)をコントローラに実装する。

このように,データ駆動制御を適用することで,1セットの試験データがあれば最適な制御パラメータを直接導出することができる。本技術を適用すると試行錯誤による制御調整を行う必要がないため,顧客要望に応じた制御性能をタイムリーに提供可能である。

4. 実データと仮想データを統合するHILSシステム

評価対象が大型構造物や鉄道車両の場合,構造物全体を評価するのは困難である。このため,構造系の一部に実物を,他の部分に数値モデルを用いて全体の挙動を模擬するHILS(Hardware in the Loop Simulation)と呼ばれる技術が開発されている2)。HILS適用においては,数値モデルが実際の挙動を正確に再現しているかが重要になる。試験精度向上に向けたデータ活用方法の具体例について,HILSを構築した試験システムを紹介する(図5参照)。

本試験システムは,解析対象の一部である供試体を搭載する試験装置,試験装置を制御するためのコントローラ,実時間で数値モデルの計算を行うリアルタイムシミュレータ,そして,試験データを収集するデータロガーで構成される。

本試験システムの動作の仕組みを説明する。まず,コントローラは,所望の試験パターンどおりに試験装置が動作するように,アクチュエータに設置された変位計,加速度計,圧力計など各種センサーデータに基づいて制御指令を算出する。試験装置のアクチュエータは制御指令に従って動作し,供試体が実際に加振される。解析対象にも,加速度計,ひずみゲージなどの各種センサーが取り付けられており,試験装置の動作によって生じる供試体の応答をリアルタイムに計測している。計測された供試体の応答はデジタル化され,リアルタイムシミュレータに送信される。リアルタイムシミュレータは,計測された供試体の応答を入力値あるいは初期条件,境界条件とした数値計算によって,供試体以外の要素部品の挙動解析を行う。

なお,実際に動作した構成要素(供試体)と数値モデルに置き換えた他の構成要素は,本来であれば物理的に接続しているため,これらの要素の相互作用を考慮する必要もある。そのような場合,リアルタイムシミュレータの計算結果をコントローラに送信し,試験パターンの目標波形を逐次修正する。試験装置の挙動が変化することで,供試体の応答が変化するため,相互作用の影響を再現可能になる。よって,逐次変化する目標波形に対して,試験装置を正確に追従させることができなければ,HILSシステムによる構造物全体の評価性能が低下してしまう。このため,HILSシステムの構築には,試験装置を高応答,かつ,高精度に制御する高度な制御技術が必要となる。前章で紹介したデータ駆動制御は,この課題に応える制御技術の一つである。

図5|HILSを構築した試験システムの一例HILS(Hardware in the Loop Simulation)では,大型構造物の一部に実物を使用し,他の部分をシミュレータで模擬することで,全体挙動の再現試験を実行可能にする。

5. おわりに

本稿では,データを活用して多種多様なサービスを顧客に提供する次世代試験システムの概要を紹介した。次世代試験システムは,データを活用した制御技術を備え,HILSシステムも含めて顧客の試験システムの運用をトータルにサポートできるものである。

今後,実証確認事例を積み重ね,顧客へのサービス提供を行っていく。なお,本稿で紹介したデータ駆動制御の試験装置の適用方法は,既設の試験システムの機能向上にも利用できる。このため,データ活用プラットフォームの構築に先駆けて,顧客へのサービスが提供可能と考えている。

参考文献など

1)
O. Kaneko et al.: Fictitious Reference Tuning of the Feed-Forward Controller in a Two-Degree-of-Freedom Control System, SICE Journal of Control, Measurement, and System Integration, 4, 1, p.55-62(2011.4)
2)
渡邉達己,外:135 機械・構造系HILS型動的試験装置の開発,Dynamics and Design Conference 2011(2011.9)
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