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COVER STORY:TRENDS

製造業の未来を拓く,つながるものづくり

IoTがモノを通じた新たな価値創出を可能に

ハイライト

IoTに代表されるデジタル技術の新しい潮流が社会のさまざまな領域に変化をもたらす,第四次産業革命が進行している。特に製造業では,生産設備にIoTを導入し,生産プロセスをデジタル化・ネットワーク化することでデータの共有と活用が進み,生産性の向上や生産プロセスの自動化が可能になると期待されている。

ドイツ政府が推進するIndustrie 4.0や米国企業を中心としたIndustrial Internet Consortiumなど,世界各国でスマートなものづくりをめざす取り組みが進む中で,日本の製造業はデジタル化にどう取り組んでいくべきか。また,製造現場へのIoT導入の課題はどこにあるのか。IoTを活用したスマートマニュファクチャリングの実現をめざすフォーラムであるIVIを設立し,ものづくりのデジタル化をリードする法政大学の西岡靖之教授に話を聞いた。

目次

デジタル化に向けて求められるマインドの転換

西岡 靖之
法政大学 デザイン工学部 システムデザイン学科 教授
一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)理事長
1985年早稲田大学・理工学部機械工学科卒業。国内のソフトウェアベンチャー企業でSEを経験し,1996年東京大学大学院博士課程修了。同年東京理科大学理工学部経営工学科助手。1999年法政大学工学部経営工学科専任講師。2003年より2004年まで米国マサチューセッツ工科大学客員研究員。2007年から現職。2014年,日本機械学会生産システム部門長の在任中,Industrie 4.0の研究会を主宰し,その後IVIを設立。現在,IVI理事長として日本のものづくりのデジタル化をリードする。

デジタル技術によりさまざまな産業を革新する第四次産業革命が到来し,製造業界ではIoT(Internet of Things),AI(Artificial Intelligence)などをものづくりに活用するスマートマニュファクチャリングが関心を集めています。日本国内でも取り組みが進みつつありますが,直近の動向を見ていると,当初のブームと言いますか,コンセプトが先行していた雰囲気は一段落したように感じます。実際に自分たちの現場では何ができるのか,何をすべきなのかを考え,できるところから着手し始める企業が増えてきたという段階です。

「製造業のデジタル化」と言うことは簡単でも,日本のものづくりはこれまで属人的な技術やノウハウのブラックボックス化を強みとしてきた面があり,なかなかマインドを変えられない経営者も多いのではないかと思います。とはいえ,スマートマニュファクチャリングは従前のものづくりのあり方を激変させるディスラプト型のイノベーションであり,気づいたときには世界から取り残されているということにもなりかねません。

グローバルに見ると,現在,世界の工場が集中する中国や東南アジアでは,デジタル技術とものづくりの融合を競争力向上の契機とすべく,資金と人財を投入しています。若手人財が製造現場で活躍し,デジタル技術の適用に欠かせないIT人財もしっかり育成していますから,今後スマート化が加速することは間違いないでしょう。またドイツを中心とするヨーロッパ勢も,標準化活動を含めた戦略をしっかり持って,ビジョンを着実に形にしつつあります。

一方,日本はSociety 5.0という大きなビジョンを持っていますが,具体的な戦略に落とし込むという点で遅れていると感じます。現状に危機感を持つ製造業の皆さんを中心に,民間主導によるデジタルトランスフォーメーションを着実に進めていくことが肝要でしょう。

製造プロセスをバリューとして捉え直す

近年,社会における価値の主体がモノからコトへと移行しています。例えば,コンピュータのクラウドサービスによる,ハードウェアの所有から計算機能の利用への移行は,すでに社会に定着しました。最近では航空機のエンジンを,稼働時間や回転数に応じて課金するというビジネスモデルも話題となりましたね。自動車業界では,自動車は購入せずに利用したい時だけ借りるというシェアリングサービスが急成長しています。

このようなpay-per-use型のビジネスモデルは,モノ自体というよりモノが生み出す「機能」や「体験」などのコトを顧客に提供するという考え方に基づいており,製造業のサービス化や,製品のサービス化を促します。製造業はこうした動きに対応していかなければならないとよく言われますが,すべてのモノがこのモデルで提供できるわけではありません。これからはモノではなくコト,サービスで稼ぐ時代だと言われても,具体的にどうしたらいいかが分からないという企業の方々も多いでしょう。

一つの方向性として挙げられるのは,作る側の視点ではなく使う側の視点を強化するために,これまで以上にその製品が使われている現場に入り込み,IoTによってそこからデータを集め,次の製品開発に反映させるだけではなく,その場で問題解決するアプローチです。販売した製品の稼働状況のデータを集め,最適な保守・管理などを行うサービスはすでに始まっていますが,製品が実際にどう使われているかをモニタリングして,市場に出た後もバージョンアップしながら価値を高めていくようなモデルも考えられるでしょう。

また,もう一つの方向性として,製造という行為そのものを,価値を生み出すサービスとして捉えるというアプローチがあります。産業の区分として製造業とサービス業は分かれていますが,これはお金を支払う対象となるアウトプットが有形か無形かの違いによるものです。モノからコトへ,モノからサービスへというとき,それは現在の製造業の現場の存在意義を,アウトプットである製品や部品によってではなく,製造のプロセスそのものをバリューとして捉え直すという意味にとることもできると思います。

以前から言われていることですが,工場をコストセンターと捉えてコスト削減だけを考えていると,現場は疲弊してしまいます。工場をサービスによる価値創出センターとして位置づけると,そのマネジメントは大きく変わるはずです。例えば,アメーバ経営の部門別採算管理のように,工場をプロフィットセンターとして位置づける考え方や手法もあります。稼働状況のデータ収集やモニタリングにIoTを活用することで,生産性の向上と,それをバリューとして捉える仕組みも構築できるのではないでしょうか。

サービスと聞くと,どうしても川下のほうに目が向きがちですが,サービスが注目される時代だからこそ,プロダクトあってのサービスという原点をもう一度見つめ直すべきなのではないかと私は思います。コトが重視されることで,モノ自体の価値がなくなるわけではないのですから。

日本の製造業に適したボトムアップの変革を支援

そのようなモノの価値をさらに高めていくためにも,日本の強みを生かしながら,ものづくりを変革することが必要です。変革のカギとなるのはIoTなどのデジタル技術ですが,多くの企業の現場では,IoT導入のケーススタディやノウハウ,人財が不足しているのが現状です。そこで私たちは,デジタル技術とものづくりの融合を推進するためのフォーラム,IVI(Industrial Value Chain Initiative)を2015年に立ち上げました。

IVIでは,スマートマニュファクチャリングを「つながるものづくり」と捉えています。スマートは主に「賢い」という意味合いで用いられますが,賢さのベースとなるのが他者とつながりコミュニケーションできる能力であることから,私たちは「つながる」ということを重視しました。

工場というのは基本的にクローズドな世界で,外部との交流やつながりも少ないのが現状です。そのために社内や現場内でしか通用しない言葉や文化が形成されてしまい,コンピュータネットワークでつなげる際の壁となっています。そうした壁を取り払うため,まずは同じ悩みを抱える製造業の皆さんが腹を割って会話できる場,ものづくりの未来を語る場をつくろうと考えたのがIVIを立ち上げたきっかけです。

発足から5年目となる現在,参加企業は大企業から中小企業まで250社を超えました。具体的な活動としては,毎年15〜20程度のテーマ(業務シナリオ)を設定し,それぞれにつき10〜15社のメンバーによるWG(Working Group)を作って課題解決に取り組んでいます。テーマは,例えばデータを活用した品質保証,IoTによる予知保全,匠の技のデジタル化など,現場での活用を見越したものです。さまざまな企業の現場の方々が同じテーブルを囲んで一つのテーマについて議論・検討していく過程で,ノウハウを共有したり,情報交換を行うことができ,学び合いの場としても役立っています。

欧米で言うところのスマートマニュファクチャリングは,新しいものづくりの実現をめざしたトップダウンによる変革です。一方で,人や現場が起点となった改善活動を得意としてきた日本の製造業には,ボトムアップによる変革が適しています。IVIのWG活動では,まず課題を抱えた現状を「AS-IS」モデル,IoTなどで実現するあるべき姿を「TO-BE」モデルとして定義し,課題解決に向けてデジタル化が必要な部分や,システム実装する際の要件などを確認します。そして,現場見学や現場でのシステム実証実験を行い,実現性を検証します。実証実験で問題が見つかれば,課題として定義し,解決手段を考え,実行するという,PDCA(Plan,Do,Check,Action)サイクルを回していきます。各WGの参加メンバーはそれらの過程で得られる詳細なノウハウを共有するとともに,同様の課題を抱える製造業がリファレンスとして活用できるよう,最終的な成果をシンポジウムや印刷物で広く公開しています。

日本型の改善活動では,業務を熟知した現場の方々が,現在の業務システムの中に課題解決手法を組み込んでいくことが重要です。IVIはそのような現場視点に立ったボトムアップのシステム構築手法として,問題を発見・共有し,それに基づいて課題を設定し,解決するIVIM(Industrial Value Chain Implementation Method)を提唱しています。

生産性向上をめざし,「ものづくりデータ取引」を実現

IVIでは,3年ごとの三つのフェーズに分けた活動計画を立てています。いわば「守・破・離」のような形で,最初のフェーズでは,「つながるものづくり」というコンセプトの基礎として,異なる企業間で課題を一緒に考え行動するというスタイルを確立し,IVIMのような手法も生み出しました。現在は第2フェーズの2年目に入り,コンセプトを実際の仕組みとして発展させていく段階にあります。その具体的な取り組みの例としては,先日新聞でも報道されましたが,企業間の「ものづくりデータ取引」を支援するシステムの構築・運用が挙げられます。

IVIは2018年度に,IVIMのプロセスを具現化して異なる企業間でのデータによる業務連携をめざす,経済産業省の「製造プラットフォームオープン連携事業」を受託しました。新しいものづくりデータ取引システムでは,その事業の中で開発したデータ流通の仕組みであるCIOF(Connected Industries Open Framework)を用い,ブロックチェーン技術を応用して製品の設計データ,生産設備の稼働状況,品質検査データなどの製造データが企業間で安全に取引できるようになります。国内の主要メーカー100社に呼びかけ,ものづくりに関わるさまざまなデータを企業間で共有することによって,開発期間の短縮や生産性向上などにつなげることがねらいで,2020年春のシステム稼働を予定しています。

IoT時代のものづくりは,データ活用がカギとなることは言うまでもありません。これまで製造業では,競争力の源泉となる製造データは外に出さないのが一般的でしたが,信頼できる企業同士が安全な環境でデータを共有できれば,迅速性や効率性などの面において多くのメリットがあります。企業横断的なデータ流通が進むことで,日本全体の産業競争力向上も期待できます。私たちはこの新しいデータ取引システムを,「つながるものづくり」の実現の第一歩にしたいと考えています。

企業間のつながりを強めるために,欠かせない標準化

IVIではこのほか,ワークショップ形式の地域セミナーを開催し,IoTなどのデジタル技術に関する学びの基盤づくりと,情報交換のための全国的なネットワーク形成にも取り組んでいます。

これからのものづくりを左右するのは,企業間の連携です。知識や情報の交換・共有から,先ほど挙げたデータ流通システムのような製造データの相互活用まで,連携のレベルはさまざまですが,バリューチェーンを構成する企業間のつながりを強めることが不可欠となっています。そのため,標準の重要性も増しています。

IVIの重要なコンセプトの一つが,「ゆるやかな標準」です。企業間の連携を広げるには標準化が必要ですが,工場がつながるための仕様を一つに統一することは難しいでしょう。各社独自の仕様を段階的に共通化していくことで,競争領域での各社の強みを保ちながら,つながりを拡大していきたいと考えています。

また,グローバル化が進行する中では,日本のものづくりの考え方を,国際標準化を通して世界に広げていく活動も重視しなければなりません。標準化では近年,デジュール標準よりもデファクト標準の重みが増しているように感じます。特にインターオペラビリティ(相互運用性)を重視する領域では,つながる仕組みができあがってしまうと,後から来た人はそれを受け入れざるを得ません。だからこそ,ドイツのIndustrie 4.0や米国のIndustrial Internet Consortiumなど,海外のものづくり革新の動きと連携し,今のうちから標準化にコミットしていくことが重要です。

海外と学び合う姿勢でコラボレーションを

日本の製造業の課題の一つが,国内の視点から抜け出せない閉鎖的なマインドではないかと思います。日立製作所をはじめグローバル化を加速する企業は増えつつあるものの,まだ国内だけに閉じている企業も多いですよね。今まで以上に海外に目を向け,外国人財を受け入れたりすることを通じて,意思決定のスピードやイノベーションの土壌となる多様性について,日本と海外の違いを知ることは非常に重要です。私自身,研究やIVIの活動を通じて海外のものづくりに取り組む方々と交流する中で,気づかされることが数多くあります。

海外との交流で意識しなければならないのは双方向のコミュニケーションです。視察などで海外から学ぶだけでなく,日本の成果や考え方についても情報発信して,お互いに学び合う関係を作っていかなければ,第四次産業革命の世界的な潮流から取り残されてしまいます。知財の問題などもあると思いますが,オープン&クローズの線引きについても見つめ直す時ではないでしょうか。

製造現場には価値あるデータや情報がたくさんあるものですが,隠しているばかりでは宝の持ち腐れになってしまう可能性もあります。本当に秘匿すべき部分とオープンにすべき部分を戦略的に切り分け,グローバルでボーダーレスなコラボレーションを進めていくことが,ものづくりの変革には必要です。

ものづくりとデジタルの融合の先に何があるのかと言えば,一つは国連のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)に象徴される,自律的で持続可能な循環型社会の実現ではないかと思います。自律的な製造現場では,データ活用によって製造工程のむだをなくし,外部から知識や情報を得ることで生産性を飛躍的に高めることが可能になります。あるいは,モノとデジタルの融合により,サービスと一体化したプロダクトの提供も可能になるでしょう。一度作ったら終わり,売ったら終わりではない,新たなものづくりの世界が広がることが期待されています。

モノがつながることで価値を生み出す社会では,ものづくりを強みとしてきた日本の力が必ず生かせるはずです。日本から製造業の未来を拓いていくことをめざして,私も産業界の皆さんと力を合わせ,ものづくりのデジタル化に引き続き取り組んでいきます。

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