日立評論

動的に変化し続ける電力システムの創造

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日立評論

次世代のエネルギーを実現するイノベーション
[ⅰ]パワーグリッド

動的に変化し続ける電力システムの創造

ハイライト

電力システムは,時間の経過による設備や技術の劣化・陳腐化が避けられず,さらには国内のみならず世界の各地域における理想の姿は歴史的背景の相違も相まって決して同一ではないにもかかわらず,いずれの地域でも重要なインフラとして社会を支えているため,活力を維持し続けることが必要である。本稿では,世代を越えて活力を維持する電力システムについて,生物学的な動的平衡のアナロジーを利用した考察を試みるとともに,ICTのポテンシャルを整理したうえで,硬直化を避け,動的に創造し続ける電力インフラに貢献する日立の技術について述べる。

目次

執筆者紹介

多田 泰之Tada Yasuyuki

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット
  • 制御プラットフォーム統括本部 エネルギーソリューション本部
  • 電力システム設計部 所属
  • 現在,オンライン最適化技術の電力システムへの導入に向けた活動全般に従事
  • 博士(工学)
  • 技術士(電気電子部門)
  • 電気学会会員
  • IEEE会員

齋藤 有香Saito Yuka

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット
  • 制御プラットフォーム統括本部 エネルギーソリューション本部
  • 電力システム設計部 所属
  • 現在,国内における電力設備保全の高度化に関する研究に従事
  • 電気学会会員

末永 晋也Suenaga Shinya

  • 電気学会会員
  • 日立製作所 研究開発グループ システムイノベーションセンタ
  • システムアーキテクチャ研究部 所属
  • 現在,電力システムのソフトウェア技術に関する研究に従事
  • 博士(情報科学)

岡本 佳久Okamoto Yoshihisa

  • 日立製作所 研究開発グループ システムイノベーションセンタ
  • システムアーキテクチャ研究部 所属
  • 現在,系統計画の高度化に関する研究に従事
  • 電気学会会員

1. はじめに

昨今,自然災害の猛威により,安全・安心な社会を維持するための方策が問われている。これに対し,物理現象の正確な理解に基づき,膨大な情報処理を伴うエンジニアリングを実現するニーズに応えられるICT(Information and Communication Technology)は大きな期待を寄せられている。ひと昔前には想像もできなかった情報処理を社会に提供することで,安全で安心な社会構築に貢献するはずである。

実際に日立では,電力システムにおいてもICTの活用を前提として,電力エネルギーの供給信頼性維持と託送料低減という一見両立が困難な課題を解決するべく議論が進んでいる。

本稿では,日立が将来にわたって優れた機能を送電事業者に提供し続けるために,徹底して抽象化した形而上的な世界観において,電力システムが発展維持するとはどのようなことかを考察した。

2. 電力システムの機能維持と発展

人口減少社会の到来に加え,電力システムのみならず社会インフラ全体の老朽化に直面している日本では,QoL(Quality of Life)の向上を図りながら合理的な社会インフラの更新をめざしている。一方,世界の課題に目を向けると,人口増加だけでなく,無電化地域もいまだ存在しており,電力エネルギーの恩恵にあずかっていない人々も数多く存在するなど,日本とは状況が大きく異なる。さらに,地球温暖化問題は,多くの課題を複雑化させる。

こうしたさまざまな課題をつど個別に解決するのではなく,あらゆる課題への普遍的な最適解たりうる理想的な電力システムは仮定可能だろうか。結論から言えば,理想的な電力システムなる「モノ」が存在していて,いずれの社会環境においても,それを適用すればいいとするのは不適切と考える。なぜなら社会インフラは,地域や歴史,あるいは慣習に大きく依存するものであり,普遍的な電力システムが個別最適とは限らないからである。また仮に実現したとしても,維持のみにとどまるのであればシステムの硬直化を招くだけでなく,予測不能な要因への対処が適切になされず,理想状態の維持すらままならない可能性もある。そのため,こと電力システムにおいてはQoLの向上という目的に寄与すべく,関係者が鋭意努力を続ける「行動」が重要であると思われる。

2.1 動的平衡という視点

図1|インフラシステムの更新による活性度維持を示すイメージ図1|インフラシステムの更新による活性度維持を示すイメージ電力インフラに当てはめた場合,個々の技術・設備・労働力の機能が適切な新陳代謝によって維持されているイメージを示す。

図2|QoL向上と社会インフラの維持・成長との関係を示すイメージ図2|QoL向上と社会インフラの維持・成長との関係を示すイメージ電力インフラに当てはめた場合,社会の変化するニーズに応えるべく,維持・成長を続ける電力インフラのプロセスのイメージを示す。

電力システムに限らず,社会インフラの構築にゴールはなく,さまざまな設備や技術を新陳代謝する不断の取り組みを続けなければ,システムとしての機能を維持することはできない。図1に示すように,インフラを構成する技術・設備・労働力は個々のライフサイクルに応じて置き換わりながら,全体としての機能を維持する。さらに,そのインフラの構築・更新およびメンテナンスを手掛ける人や組織も,知識や技術力を得ることで,成長や組織としての新陳代謝が繰り返される。抽象的な表現をすれば,社会インフラは生物そのものではないが,生物学的に「生きている」動的平衡システムと見なすことができる。福岡伸一氏の著書『生物と無生物のあいだ』では,動的平衡システムについて,「生物は物質である以上,エントロピー増大は避けられないのに,生命体としてまとまり続けるのは,エントロピー増大を凌駕(りょうが)するスピードで代謝されるためである」としている1)。例えば,マクロな視点で見ればすでに一定レベルの電力システムが構築されている日本において,電力システムは構造物として存在し,電力を人々に届けるという役割を果たし続けている。一方で,ミクロな個々の構成要素や技術に着目すると,時代の変化などにより更新され,新しいものに置き換わり続けている。目的のために一つの大きなシステムとして機能し続けているが,中身が激しく入れ替わっている点が,動的平衡システムと類推される。

上記のアナロジーを用いて社会インフラを一つの生物として捉えた場合,(1)過去から未来を貫く行動規範の明確化,(2)デジタル技術と数理技術の適切な融合,(3)革新を恒常的に促す環境の整備という三つの要件を満足するソリューションを提供する技術開発が必要であり,これらに寄与するソリューションを提供し続けることが日立の役割だと考える。

図2は,社会インフラを取り巻く環境やニーズが変化する中で,そのニーズに応えながらQoLを向上し続けるイメージを記している。ただしその変化とは,取り巻く環境がいかに変わろうとも,インフラシステム自体は変わらない行動指標を貫き,一貫した行動・目的を実現する中での変化である。電力システムでいえば,系統信頼性の維持を制約とした最適性をめざす行動が,具体的なアクションプランになると考える。電力システムの目的は,人々に常に安定した電力を届けることであり,社会システムの根本を支える電力システムの停止は多大な社会的損失を生む。災害が深刻化する現代においては,多くの人がそのことを実感しているであろう。

一方,行動規範だけが優れていても実現手段を持たないのでは画餅である。そこで膨大な情報を処理する能力を,デジタル技術の革新を適宜取り込みながら充実させる,「デジタル技術と数理技術の適切な融合」の取り組みが必要である。電力システムは,物理現象を基盤とするものであるから,デジタル技術のみならず,物理現象を適切に分析し,コントロールするアナログ/数理解析技術を高い次元で融合することが重要である。

また,時代の変化とともに,世代間で適切に情報が共有されるリーズナブルな環境の確立をめざすには,革新を恒常的に促す環境整備が重要である。例えば,歌舞伎などの伝統芸能においても「伝統を守るには革新が必要」であると異口同音に発信されている。これは,以前と同じ質を維持しても,社会のニーズの変化に応えられなければ陳腐化してしまうことを示唆していると思われる。「生きている」電力システムを維持するためには,技術や設備の陳腐化や劣化の流れに逆らいながら,電力システム全体の機能には技術の進化を活用し,向上し続ける仕組みが重要である。

必要な情報や技術は,時代とともに変化する。これらの要請に応えながら適切な情報を管理するための工夫は,これからの時代に不可欠なだけでなく,図2に示す活力ある動的平衡を実現するために重要である。

2.2 電力システムの進化

図3|社会システムの動的平衡と進化のイメージ図3|社会システムの動的平衡と進化のイメージ電力インフラに当てはめた場合,予見不可能なドライバの発生をレバレッジにして,維持・成長の延長線を越えた革新的な「進化」を遂げるイメージを示す。

図4|社会システムが縮小均衡してしまうイメージ図4|社会システムが縮小均衡してしまうイメージ電力インフラに当てはめた場合,予見不可能なドライバの発生を吸収しきれず,劣化するイメージを示す。

フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは創造的進化について,生命はある目標をもって進化するのではなく,「生の弾み」という表現で表される何ものかにより生物自身にとっても予見できないような飛躍によって創造的に進化をしている,と喝破している2)

電力システムにおいても,設備や技術を新陳代謝することで動的平衡の状態が保たれており,さらに時代のニーズに応えながらQoLを高め,システムとしての向上を図りつつも,予見不可能な事象が社会を襲うことは存在する。このとき,活力のある動的平衡状態であれば,このような予見不可能な事象を奇貨として,より優れた動的平衡状態に不連続に変化させることができる。この不連続の変化こそが「進化」と考えられる(図3参照)。

しかしながら,活力が不足したり,変化ドライバの効果を適切に取り込めなかったりすれば,変化ドライバがもたらす悪影響に飲み込まれ,縮小均衡する可能性もある(図4参照)。

この事象を避けるためには,活力豊かに動的平衡状態を維持するだけでなく,変化ドライバを包含するさまざまに存在する可能性の中で,最も優れた方法を分析同定する技術が必要となるはずである。ここに網羅的な選択肢を想定し,それぞれの選択肢をデジタル上で評価する,つまりサイバー空間上で進化を支援する仕組みの重要性も浮かび上がる。

以上をまとめると,電力システムの進化を支援するためには,サイバー空間にシステムを再現するデジタルツインという概念だけでは不十分であり,「サイバー空間上で淘汰(とうた)されるケースを事前に推定する機能」も併せて必要になる。この機能は,さまざまな設備の状態を網羅的に作り出すだけでなく,あらゆる環境変化下における性能を緻密に分析することを支援する仕組みが重要になると考える。

3. 日立のユースケース

3.1 動的平衡に貢献するユースケース

前述した理念を現時点での課題に照らし合わせて具体的なプロジェクトに射影した内容を以下に紹介し,理念の例題としたい。

3.1.1 オンライン最適化電圧制御

図5|OPENVQの処理アウトライン図5|OPENVQの処理アウトライン将来予見断面へのOPFにより最適電圧設定を実現する設備ステータスを演算し,系統設備へ反映する。

「過去から未来を貫く行動規範の明確化」における数理技術の一つであるOPF(Optimal Power Flow:最適潮流計算)を活用し,規範にある信頼性維持や最適性を実現する例として,電圧・無効電力オンライン最適制御(OPENVQ)を提案し,開発を進めている。これは電力市場連携や需要予測活用により将来系統の予見断面を計算し,予見断面へのOPF適用により,送電ロス低減と信頼性維持を両立する最適電圧プロファイル(電圧設定)を繰り返し演算して装置へ適用するシステムである(図5参照)。

本システムの効果測定や顧客への訴求をねらい,保守コストを含めた経済的な効果や信頼性などさまざまな側面を評価して見える化を行うOPENVQシミュレータの開発も進めている。本シミュレータへ,IEEE 118 母線モデルをベースとした系統モデルを組み込み,国内の需給変化を模擬したパターンを利用して効果算定したところ,最大で10%程度の送電ロス改善の可能性が明らかになった3)

OPENVQはこのような効果をアピールすることで,2019年度にNEDO(New Energy and Industrial Technology Development Organization)「民間主導による低炭素技術普及促進事業/低炭素技術による市場創出促進事業」において,タイ王国発電公社(EGAT:Electricity Generating Authority of Thailand)での実証を提案して採択されており,効果と事業性が評価される計画である。

3.1.2 電力システムの保守点検作業の高度化

一度構築された設備は機能において常に劣化する。電力システムは人の手により,劣化した設備を更新することで性能が維持されている。図1に示したように,設備のライフサイクルの中で保守作業により活性度を維持しつつ,現場では常に新しい技術を取り入れ,手法を改善しながらQoLの向上を図り,社会環境の変化に対応し,保守点検の高度化を実現している。

国内の保守点検における最近の課題は,少子高齢化による作業員の減少および,インフラ設備の老朽化である。一方,技術においては,センサーデバイスの性能向上と価格低下や,計算機の処理速度の向上により,ドローンやロボット,AI(Artificial Intelligence)技術のインフラ設備点検への適用が検討されている。今後は,さまざまなセンシングデバイスと人が共存しながら点検を行う世界がやってくることが考えられる。

一方で,インフラ保守点検業務にAIを取り込むには課題もある。取得した画像データを転送する無線技術などの手段を整備する必要があり,また,AIを活用したアルゴリズム開発においてもインフラ分野では教師データが少ないなど,実システムとしての導入にはいくつかの課題解決が必要である。

既に日立は,電力設備点検高度化の研究を推進しており,通信分野においても,大みか事業所において5G(Fifth Generation)実証実験を2019年9月に開始している4)。また,診断アルゴリズムの開発には,産業分野などで培った,少ない教師データでもAIの精度を上げるノウハウを適用している。このように,日立の持つさまざまな業界・分野における研究や開発から得られる知見やノウハウが,保守点検の現場でのトータルシステム最適化に貢献できるものと考える。

3.2 電力システムの進化を促すインフラ最適計画

図6|系統構成の変化を表す状態遷移モデル図6|系統構成の変化を表す状態遷移モデル初期の系統構成と対策候補に基づき,系統構成をノード,対策候補をブランチとする状態遷移モデルを生成する。各ノードに対して,信頼度解析に基づく外部環境の許容値を属性情報として割り当てることで,環境変化に応じた実行可能パスを抽出可能である。

日本の電力系統は高度経済成長期に集中的に整備され,急速に老朽化が進んでいる。また近年は,図3で変化ドライバとして表現したような発送電分離などの予見不可能な外部環境の変化も進んでいる。今後は,設備の老朽化に加え,多様な環境変化を見据えた系統計画の策定が求められる。しかし一方で,昨今の需要減少に起因して系統整備に当てられる予算は年々減少傾向にある。不要な設備の圧縮や必要な設備の増強といった選択と集中も見据え,環境変化に応じて合理的に系統を進化させることが課題である。

信頼性や予算などの制約付きの計画問題に対しては,数理最適化による求解アプローチが考えられる。しかし,系統計画においては,系統の信頼性を評価するために複雑多岐にわたる分析を必要とするため,単純な数理計画問題に落とし込むことが困難となる。一方,設備投資における透明性の確保も求められるため,一定のスパン内で実現困難な最適解を求めるよりも,実行可能解を網羅的に求めて,多様な観点から計画を評価・選定する方が重要と言える。

そこで,日立は系統構成の変化を表す状態遷移モデルを活用した計画生成方式を提案している(図6参照)。本方式では,設備の更新・除却といった対策候補に基づき,計画期間において取り得る可能性のある系統構成を網羅的に生成し,系統構成をノード,対策候補をブランチとする状態遷移モデルを生成する。ここで各ノードには,信頼度解析に基づく外部環境の許容値を属性情報として割り当て,各ブランチは予算制約に基づく対策候補の組み合わせとして構成する。これにより,計画期間における環境変化に応じて,遷移可能なパス,すなわち実行可能な系統の進化の過程を網羅的に抽出できる5)

4. おわりに

最近では,ドローンを利用した電力設備の巡視の効率化が検討されている。ドローンは電力システムの巡視効率化をするために発明されたわけではないが,有効に活用されていることに鑑みると,電力システムに携わる多くの人々の普遍的な行動規範が柔軟かつ有用であることを示す好例であると思われる。

世代をまたいで知見のみならず行動規範を横断させることが,電力システムを動的に平衡させ,持続可能に変化し続けるために重要であると考える。顧客のデータから価値を創出し,デジタルイノベーションを加速する日立が推進するLumadaは,先進的なデジタル技術で人の英知のみならず,思いをも共通化することができ,動的に変化し続ける電力システム構築のための重要なバックボーンを構成することになると確信している。

関連情報

参考文献など

1)
福岡伸一,生物と無生物のあいだ,講談社(2007.5)
2)
アンリ・ベルクソン(合田正人,外訳),創造的進化,筑摩書房(2010.9)
3)
末永晋也,外:オンライン最適電圧プロファイル実現に向けた研究,電気学会論文誌B(電力・エネルギー部門誌),139,4,pp.251〜258(2019.4)
4)
ファナック,日立,ドコモ,5Gを活用した製造現場の高度化に向け共同検討を開始(2019.9)
5)
岡本佳久,外:高信頼かつ経済合理的な社会インフラの形成に向けた計画支援技術の検討,電気学会研究会資料(2019.8)
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