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COVER STORY:ACTIVITIES 1

持続可能な社会をめざす電力分野のデジタルイノベーション

北米におけるパワーグリッド向けデジタルソリューションビジネスの創出

ハイライト

IoTやAIに代表されるデジタル技術の進展は,再生可能エネルギー導入の拡大,分散電源の導入,電力小売自由化といった変化と相まってエネルギー業界に大きな変革をもたらそうとしている。特にグローバル市場において,その流れは顕著であり,装置・設備のメンテナンスや運用高度化のみならず,電力供給者と需要家の機能と関係性の変化,基幹系統に頼らない需給構成の増加など,電力業界のバリューチェーン,電力事業の在り方に変化が起き始めている。一連の流れの中,電力事業者はデジタル技術を活用しデータに基づいた経営判断を下す必要性と価値を認識し始めている一方で,データ活用プラットフォームの必要性,社内システムの統合および互換性の強化,系統設備のフィールドデータを経営指標に反映する機能・仕組みの検討など,新たな経営課題に直面している。

こうした中,日立は顧客課題を起点にみずからの総合力を生かしたデジタルソリューションビジネスを創出するため, 3,000社もの多様な電力事業者を抱える北米において,顧客との協創活動を展開している。

目次

執筆者紹介

Ken Badaracco

  • Hitachi T&D Solutions, Inc.
  • President and CEO.

David Brozek

  • Hitachi T&D Solutions, Inc.
  • Senior Vice President - Sales and Commercial Operations

森脇 紀彦

  • 日立製作所 エネルギー業務統括本部 デジタル事業戦略本部
  • 本部長

松田 慎司

  • Hitachi T&D Solutions, Inc.
  • Director - New Business Development Department

電力業界におけるデジタル技術の導入

電力業界は,小売自由化や発送電分離,需給調整市場開設といった規制改革,脱炭素化圧力やコスト低下を背景とした再生可能エネルギー導入の加速,社会インフラおよび産業基盤としてのレジリエンス・セキュリティ確保の要求の強まりなどを受け,事業環境の変革期を迎えている。

出力変動が大きい再生可能エネルギー導入の拡大に伴い,需給バランス制御や電圧制御,潮流計算,発電計画においては,経済性に加え環境親和性も考慮する必要から,運用が複雑化しつつある。

これに対し,経営判断の確実性向上やリスク回避のための予測と最適化の手段として,経営の改善に寄与するデジタルソリューションの導入が期待されている。

変革期にある電力業界と北米市場の状況

脱炭素化を中心とした電力事業変革の動きはEU(European Union)がリードしているが,米国においても進展している。米国の年間発電量の市場規模が約4兆キロワット時であるのに対し,風力と太陽光を中心とする再生可能エネルギーによる年間発電量は2010年から2017年の間に2,800億kWh以上増加した。一方で,石炭火力発電が6,400億キロワット時減少している。北米における再生可能エネルギーの活用には各地域の特性が反映されており,カリフォルニアでは太陽光が発電量の16%を占め,テキサスでは風力が発電量の15%を占める。こうした再生可能エネルギー導入の背景には,州ごとに定める供給電力の一定割合を再生可能エネルギー電力で賄うことを義務付ける再生可能エネルギー利用基準制度(RPS:Renewable Portfolio Standard)があり,2018年10月現在29州およびワシントンD.C.で導入されている1)

米国の電力事業者の経営課題とデジタル化の取り組み

図1│北米における電力会社のデジタル化への取り組み状況図1│北米における電力会社のデジタル化への取り組み状況

表1│顧客のデジタル化の取り組み状況に応じたバリューステップ表1│顧客のデジタル化の取り組み状況に応じたバリューステップ

こうした中,北米の送配電事業者は,再生可能エネルギーの導入に伴い変化する系統運用の高度化や,既設設備の管理高度化のためのアセットマネジメントへの投資を検討している。さらに,いかに事業の経済性を確保しながら,さまざまなリスクに対応できるかという観点で,デジタル技術の活用にも意識が向き始めている。

電力会社の運用や保守の瑕疵(かし)により損害が生じた場合,電力会社は経営責任を問われるため,リスクに対する対応意識が高まりつつある。例えば,カリフォルニア州で発生した山火事の原因が老朽化した送電線の整備不良によるものとされた際,運用していた電力会社は損害賠償と罰金への対応に追われ,日本の民事再生法に相当する米連邦破産法11条を適用した。現在でも,風が強い日には火災を発生させないよう,PSPS(Public Safety Power Shut-off)と呼ばれる停電が実施されており,一部の地域では1週間の大半が停電することもあるなど,電力の供給信頼度を著しく毀損する事態に発展している。

一方,こういった課題を解決するための電力事業者のデジタル化は必ずしも進展しているとは言えない。図1に示すように,多くの電力事業者においては社内で個別に構築されたさまざまなシステムが未だに連携しておらず,データが分散して保存されている状況であり,データ統合インフラや,データアナリストの不足,社員のデジタル技術に対する理解向上の必要性など,課題を認識し始めた段階である。また,データが散在しているため,経営層が経営判断を改善するために必要なデータにアクセスできないという課題も発生している。

日立は,顧客の課題を踏まえたデジタルソリューションの提供に向け,電力事業者のデジタル化の取り組みレベルであるバリューステップを定義した(表1参照)。これにより,各顧客のレベルと課題に応じた価値の提供,そしてさらなるステップアップに向けたプランニングを図っている。

デジタルソリューション創出戦略

図2│OT×ITによるデジタルソリューション創出図2│OT×ITによるデジタルソリューション創出

図3│日立のデータマネジメントサービスの概要図3│日立のデータマネジメントサービスの概要

デジタルソリューションの創出に向けては,北米市場における変電機器販売拠点Hitachi Transmission and Distribution Solutions(以下,「HTDS」と記す。)がT&D(Transmission and Distribution)事業で培ったOT(Operational Technology)のノウハウと顧客網に,日立ヴァンタラを中心としたITのノウハウを融合させることで,顧客の課題を解決するIoT(Internet of Things)ソリューションの創出をめざしている(図2図3参照)。

具体的には,遮断器・変圧器などのプロダクトに関する知見や周辺サービス提供のノウハウ,北米での広範な顧客網を戦略的に活用し,そこに日立ヴァンタラの柔軟で高信頼なデータ管理,クラウドサービス提供能力と,Lumadaに蓄積されたソリューション2)の再活用による即効性のあるソリューション提案力を組み合わせ,電力分野の顧客との協創を立ち上げる。さらには第三者機関との連携により,プロダクト,ソリューション,サービスを包括的な価値として顧客に提供していく計画である。

図4│送変電設備を対象にした音響診断図4│送変電設備を対象にした音響診断

図5│衛星画像からの植生分類マップ図5│衛星画像からの植生分類マップ

図6│O&Mデジタルツインの概要図6│O&Mデジタルツインの概要

  1. データマネジメント
    業務ごとに分散しているデータの統合的な活用が課題となっている。これに対し,SCADA(Supervisory Control and Data Acquisition)やPMU(Phasor Measurement Unit)による電力系統の監視・計測情報のみならず,監視システムの映像データやセンサーデータ,さらには,業務システムのデータをクラウドで収集して,データレイクを構築する。また,サイバーセキュリティサービスの提供も重要な課題である。ITシステムだけでなく,OT設備の監視・制御上のセキュリティを担保するため,北米のNERC-CIP(North American Electric Reliability Corporation Critical Infrastructure Protection)3)に対応したサイバーセキュリティソリューションの提供を検討している。
  2. 予防保全
    老朽化した変圧器,遮断器などの送変電設備の保守においては,低コストかつ非接触で,後付けが可能なセンサーの実現が課題となっている。そこで,稼働中の送変電設備の発する音に基づいて設備の状態を診断すべく,高精度な音源分離による環境ノイズ除去技術と,非定常音に対する異常音検知技術を適用している4)図4参照)。
  3. ベジテーションマネジメント
    米国の電力会社では,送配電線への樹木の接触を防ぐためのメンテナンス作業 (ベジテーションマネジメント) のコスト削減が経営課題となっている。特に,植生の成長が早いサウスカロライナなどの南東部,乾燥により山火事が発生しやすいカリフォルニアなどの南西部では,大きな課題として受け止められている。送電線の多くは山間部など人が立ち入りにくい場所に設置されているため,配電線への樹木の接触を遠隔から監視する目の役割として,リモートセンシング技術が注目されている。リモートセンシングの代表的な手段としては,人工衛星・ドローンがある。
    現在,日立が農業向けに開発した衛星画像に基づく植生分布解析技術を電力会社向けベジテーションマネジメント技術として応用している(図5参照)。
  4. リスク管理デジタルツイン
    変圧器や遮断器などの送変電設備の老朽化,少子高齢化による熟練作業員の不足が進む中,コストを抑えつつ従来と同じサービス品質を保つための,メンテナンス業務改革が必要となっている。これに対し,設備の状態に基づくメンテナンスを継続的に提供するためのO&M(Operation and Maintenance)デジタルツインの構築を検討している(図6参照)。具体的には,従来のTBM(Time Based Maintenance)に加え,設備の故障予測に基づくCBM(Condition Based Maintenance)を取り入れることで,設備の状態をデジタルツインで捉え,最適なメンテナンスの計画,部品調達・配置,チーム構成,ワークフローを決定する技術を開発している。
    さらに,地球温暖化などの環境問題により自然災害が増加・激甚化しており,電力システムの運用に関わる災害の予測,大規模なインシデントからの迅速な復旧の重要性が増している。そこで,グリッドレベルに拡張したデジタルツインに対し,気象予測や災害など,設備以外の情報を取り込むことで,送配電事業におけるリスクを統合的に扱うシステムを検討している。

インテリジェントグリッドの実現に向けて

図7│インテリジェントグリッドのコンセプト図7│インテリジェントグリッドのコンセプト

IoTやAI(Artificial Intelligence)に代表されるデジタル技術の進展により,新たなエネルギープラットフォームの定義と新サービスの登場が期待されている。今後,エネルギー分野においても,エネルギーレイヤーの抽象化,仮想化技術が進展し,競争領域は「再生可能エネルギーのオンデマンド提供」など,上位価値にシフトしていくと考えられる(図7参照)。多様な電力事業者やエンドユーザーの価値・判断を基に,再生エネルギーの導入拡大,分散電源の導入,電力小売自由化といった事業環境の変化とデジタル変革の相乗効果によって,柔軟かつレジリエントに動作するエネルギーインフラの実現をめざしていく。

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