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COVER STORY:CONCEPT

デジタル技術がエネルギーシステムを革新する

データを活用したマネジメントが再生可能エネルギー導入のカギに

ハイライト

脱炭素社会への世界的な潮流の加速,モビリティや産業機器の電動化,データ活用社会の到来に伴うデータセンターの電力消費拡大など,エネルギーを取り巻く景色は大きく変わりつつある。小売自由化をはじめとする電力システム改革を機に,国内のエネルギー市場にも変化の波が押し寄せる中,デジタル技術を活用することで,よりスマートかつ強靱なエネルギーシステムの構築をめざす動きも広がっている。

デジタル技術はエネルギーの世界をどう変えていくのか。その先にある近未来のエネルギーシステムの姿とは。エネルギービジネス戦略に精通する西村陽氏と,先端エネルギーシステムの研究で知られる林泰弘氏を迎えて語り合った。

目次

エネルギーは100年に一度の変革期に

西村 陽
大阪大学大学院 工学研究科 招聘教授/関西電力株式会社 営業本部 担当部長
関西電力株式会社入社後,調査,戦略,環境などに従事。1999〜2001年学習院大学経済学部特別客員教授。著書に,『電力改革の構図と戦略』(エネルギーフォーラム),『エナジー・エコノミクス』(共著,日本評論社),『低炭素社会のビジョンと課題』(共編著,晃洋書房)など。

林 泰弘
早稲田大学 先進理工学研究科 電気・情報生命専攻/先進理工学専攻 教授
早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(工学)。茨城大学工学部システム工学科講師,福井大学工学部電気・電子工学科助教授などを経て,2009年より現職。同大学先進グリッド技術研究所長,スマート社会技術融合研究機構(ACROSS)機構長を兼任。

山田脱炭素化への世界的な機運が高まり,再生可能エネルギーの導入や電化の潮流が加速するなど,エネルギーの世界に大きな変化が起きています。エネルギービジネスや技術,政策にも精通されたお二方は,エネルギー分野の昨今の動向をどうご覧になっているのか,まずお聞かせいただけますか。

西村電力システムと呼ばれる仕組みは,およそ100年前に完成形になりました。1880年代から1920年代の電気事業は,地産地消に近い形でした。その間,ニコラ・テスラの三相交流システムの発明により電力システムの原型ができ,第一次世界大戦後の1920年代になって,電灯やモータの普及,電化に伴う需要拡大により電力市場が急拡大します。そして,需要増に応えて設備を拡張して大規模化を図るという規模の経済によって電力システムは発展し,ネットワークを多重化することで信頼度を高めてきました。

そして10年ほど前から,再生可能エネルギーの普及に伴い,上流にある発電所の制御による系統安定化技術に加えて,ネットワークの末端にある蓄電池をはじめとするさまざまな機器を使って安定化・最適化を図る技術が出てきました。これは100年に一度の転換点と言えるかもしれません。これにより,欧州や米国カリフォルニア州では電力取引市場が活況を呈し,供給側ではなく市場メカニズムで需給調整する仕組みができつつあります。

日本でも需要側資源の活用と新たなプラットフォーム構築を中心とした政策強化が進められていますが,それが進んでいくと,現在は大規模電力ネットワークシステム中心の電力システムが,再生可能エネルギーや需要側資源といったオルタナティブによる分散型システムとのハイブリッド状態に変わっていくでしょう。つまり,従来の供給側が制御するシステムと,新たな需要側が制御するシステムを代替として用意しながら,最適なポイントで再生可能エネルギーが使われるというネットワークシステムです。そのような変化を見据え,エネルギーに関わる皆さんが一緒になって次の姿を考えていく時期に入ったのではないでしょうか。

確かに大きな変革期にあると感じますね。特に東日本大震災のあと,大規模な計画停電や節電が求められたこともきっかけとなり,いわゆる「我慢の節電」から,マネタイズ手法を取り入れた節電の必要性が検討され始めています。近年のエネルギー分野の潮流は,Decarbonization(脱炭素化),Decentralization(分散化),Digitalization(デジタル化)という三つのDで表せますが,特にデジタル化が一気に進んだことで,分散化した電気の流れをデータとして細かく把握し,マネタイズにつなげられる仕組みを安価に構築できるようになったことは大きいですね。われわれアカデミアの世界では以前から,エネルギー資源の乏しい日本で有効な節電策は,単に我慢するだけでなく,我慢した分をお金として還元する仕組みであると提言してきたのですが,その実現に向けた環境が整ってきたわけです。

これからのエネルギーシステムは,西村さんがおっしゃったように電力の流れが上流から下流への一方向ではなくなり,電気を使う・戻す・ためるという三つのアクションをする分散型エネルギーリソースがあちこちにあるというものになります。それらをデジタル技術でどうマネジメントするかがカギになるでしょう。

エネルギー分野の潮流を表す三つのD

電力ネットワークの高度化に期待

山田 竜也
日立製作所 エネルギー業務統括本部 次世代エネルギー協創事業統括本部 戦略企画本部 兼 エネルギービジネスユニット チーフルマーダオフィサー
2019年4月より現職。現在,エネルギー分野での協創事業の推進,デジタル戦略立案,政策提言に従事。

山田日立はSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を経営戦略の重要な軸として位置づけており,社会イノベーション事業を通じて社会価値・環境価値・経済価値を向上し,持続可能な社会を実現することを経営計画の柱としています。少子高齢化などの社会課題の克服,気候変動や水・資源の枯渇などの環境問題への貢献,企業として収益を上げること,この三つの価値の向上を同時に追求していくのですが,そのカギとなるのがデジタル技術とデータの活用です。エネルギーは環境価値や社会価値に深く関わる領域として注力しており,例えば,脱炭素化に向けて分散電源である再生可能エネルギーが増えていく中で生じている課題の克服などに,デジタル技術とデータの活用によって貢献したいと考えています。

エネルギーの領域でデータの基点となるのは,やはりスマートメーター※1)ですね。普及状況は地域によって異なりますが,2024年までに日本全国の全家庭に設置される計画ですから,そうなればおのずとデータが集まるようになります。それをどう生かして価値を生み出すかは,世界的にも注目されると思います。

山田西村さんは,海外のデータ活用事情もよくご存知ですね。

西村国によって事情はかなり異なります。例えば英国ではスマートメーターデータの解析技術が発達していてマーケティングなどにも活用されています。日本では,スマートメーターデータの取り扱いに関する法整備が進もうとしていますが,スマートメーターの4 kmメッシュデータは,電力事業だけでなく避難計画や都市計画にも活用できるなど,大きな社会的価値があるものです。それはぜひ生かすべきでしょうね。

まずはエネルギーの細かな潮流を可視化すること,さらには予測できるようにすることが,これからの電力システムには欠かせません。今後,太陽光発電が増加すると,時間帯や天候による電圧変動に対し,これまでのような配電用変電所の増強で対応していたのではコストがかかりすぎてしまいます。そこで,先ほど言ったオルタナティブの考え方で,マネジメントにより系統の負担を軽減する方法が必要です。住宅や工場などのプロシューマ化が進んでいる欧州では,電力供給量に消費量を合わせるDR(Demand Response)をはじめとする系統負担軽減策を促進するようなインセンティブ制度が充実しています。日本でも再生可能エネルギーの大量導入時代に備え,なるべく低コストで系統を安定化させる方策が必要でしょう。そのための電力ネットワーク高度化を支援することがデジタル技術には期待されています。

※1)
電力使用量をデジタルで計測し,電気使用状況の見える化を可能にする電力量計。

新ビジネス創出とデジタルトランスフォーメーションへの期待

山田データとデジタル技術の活用によって期待されることをいくつか挙げていただきましたが,私が担当している次世代エネルギー協創事業統括本部は,さまざまなお客様との協創による,デジタル技術を生かしたエネルギーソリューションやサービス事業を展開しています。エネルギービジネスユニットとしても,IoT(Internet of Things)やAI(Artificial Intelligence)技術を用いてデジタルイノベーションを加速するソリューションLumadaを全面的に活用し,例えばABB社パワーグリッド部門のプロダクトやソフトウェアとLumadaを組み合わせたパワーグリッドソリューションやエネルギーマネジメントなどのサービスをグローバル展開していく計画です。データを活用した高付加価値なサービスとエネルギーソリューションは,これからの成長分野と位置づけていますが,デジタル技術とデータ活用が進むことを電力事業者の皆さんはどう捉えていらっしゃるのでしょうか。

西村デジタル化に加えて分散化が進むことで,これまでの主な収入源であった「電力量」そのものの価値の縮小や,競争相手の増加など,電気事業収益にマイナスインパクトがあるのは事実でしょう。一方で,新ビジネス創出やコスト革新への期待もあります。デジタル新ビジネスは,家庭用向け,産業用向け,データ分析・IoT,EV(Electric Vehicle)活用という四つの領域に分類できます。例えば家庭用向けでは,太陽光・蓄電池の活用によるアグリゲーションサービスビジネスが考えられるでしょう。ただ,その成功には計量の簡易化が重要です。太陽光発電システムでは,今はFIT(Feed-in Tariff:固定価格買取制度)の余剰買取に対応して逆潮流電力しか計っていません。環境価値の売買やアグリゲーションビジネスを推進するには,総発電量を低コストで簡易に計測できるように,今年の電気事業法改正案にも盛り込まれている検定計量器以外での計測が認められるような制度改革と,デジタル技術の活用が必要です。また,産業用領域ではエネルギーマネジメントやピークマネジメントの高度化,IoT領域ではエネルギーデータ分析や,エネルギー以外のデータとの複合分析によるサービス創出,EV領域では需給調整における蓄電池としてのEVの活用,シェアリングサービスなどが挙げられるでしょう。いずれの領域でも,機器価格,市場環境,法制度といったハードルがあり,リスクを織り込む必要もありますが,われわれも未来を見据えてビジネス創出に取り組み始めています。

機器価格については,需要増に伴ってこなれてくるでしょう。これは災害の多い日本独特の考え方だと思いますが,太陽光発電システムやEVは,脱炭素化だけでなくレジリエンスという観点でも期待されています。2019年の台風19号の後,住宅用の太陽光発電と蓄電池の導入が急速に増えているそうです。また法制度については,資源エネルギー庁も,計量制度をはじめ,ポストFITやデータ活用など,さまざまな改革に取り組まれていますから,期待できると思います。

エネルギー業界のデジタル技術への期待としては,デジタルトランスフォーメーションによる事業の革新もあると思います。日立さんのソリューションも注目されているのではないでしょうか。

山田現在は現場系が中心で,メンテナンスのコスト最適化や省力化といった部分的なデジタルソリューションにとどまっていますが,今後は送配電の効率化など運用系にも拡大していきたいと考えています。

求められるオープンでセキュアなプラットフォーム

山田今後,分散化やプロシューマ化が進んでプレーヤーが増え,地域の枠も越えて,さまざまなデータがやり取りされるようになると,ハードウェア中心からプラットフォーム志向への転換も加速すると思われます。

西村送配電のプラットフォームははっきりしていますが,問題はサービスのプラットフォームですね。電力設備の運用・管理,エネルギーマネジメント,小売事業者やアグリゲータ※2)の取引,DSO(Distribution System Operator)やTSO(Transmission System Operator)との取引といったさまざまなサービスを提供する場として,新しいプレーヤーが参入しやすい環境を整えることが重要です。欧州の電力会社は,顧客起点のサービスビジネスの世界にシフトしなければ淘汰されるという危機意識を持ってプラットフォームづくりに取り組み始めています。

山田当社がシステム構築のお手伝いをしている需給調整市場では,プラットフォーム化をめざしていますが,そうした動きがサービスの領域でも必要ということですね。

エネルギーのプラットフォームはライフラインでもあるため信頼性が重要です。一方でさまざまなプレーヤーに対してオープンでなければならない。それを実現するには,エネルギー産業界でプラットフォームに関する検討組織を立ち上げ,自分たちでグランドデザインを描いていくことも必要ではないでしょうか。ユーティリティ(送配電網を有する事業者)の皆さんが存在感を発揮しつつ,いろいろなアイデアを持ったDSOがサービスビジネスを広げていくという世界がつくれれば理想的ですね。

また,プラットフォームでつなげてデータや情報のやりとりをするには標準化も重要です。今はつなげるのも簡単ではありませんから。

西村そうですね。われわれ関西電力株式会社で数年前からVPP※3)(Virtual Power Plant)に取り組んできて分かったのですが,OpenADR2.0という自動DRの国際標準プロトコルでも,機器ごとに方言のようなものがあるため,その擦り合わせに手間がかかるようです。標準化は細かいことですが重要なポイントです。

山田データの利活用にはオープンデータも重要ですね。スマートメーターをはじめとした全国での電力設備,データ活用を推進することを狙いとして設立された「グリッドデータバンク・ラボ」のような動きもありますが,やはりスマートメーターデータだけでなく系統側のデータも含め,セキュリティを確保しながらさまざまなプレーヤーが利用できるようになると,イノベーションが促進されるはずです。

西村セキュリティでは,誰にどこまでオープンにするかという設定を精緻にすることが重要になるでしょう。

VPPのイメージ

※2)
電力会社と需要者の間に入り,需要家の需要量を制御して電力の需要と供給のバランスをコントロールする事業者。
※3)
多数の発電所や電力システムを一つの発電所とみなし,まとめて制御すること。

未来のエネルギーへの示唆を日本から

山田最後に,近未来のエネルギーはどのような方向に向かうとお考えでしょうか。

大きな方向性が脱炭素であることは言うまでもありませんが,その近未来に向けた動きとして重要なのが,VPPの市場を大きく育てていくことだと考えています。私が機構長を務める早稲田大学スマート社会技術融合研究機構(ACROSS)では,一般社団法人環境共創イニシアチブから補助金を頂いてVPP基盤整備事業に取り組むなど,アカデミアの立場からVPPの拡大に取り組んでいます。脱炭素化,スマート化の早期実現には市場原理の活用がポイントで,市場を通じて需給調整をするアグリゲータの皆さんがマネタイズできる場をつくることで,変革が加速するはずです。そういう意味では,関西電力さんがVPPの運営をサポートする統合プラットフォームを構築されたのは,すばらしい取り組みですね。

西村やはり電力会社みずからが変革に挑まなければならない時代です。

VPPが発電所を代替できるくらいの規模になると,社会的なインパクトも大きいですよね。今後,SDGsやESG(Environment,Social,Governance)投資など,ビジネスや資金の流れは黙っていても脱炭素化に向かうでしょう。変化するエネルギーシステムをどううまくマネジメントしていくかは,研究テーマとしてもおもしろいと思います。

西村私はよく授業で学生たちにこう言っています。現在,世界の都市人口割合は約30%なのが,2050〜60年には50%に達すると予想されている。つまり半数以上の人が都市に暮らす社会において,エネルギーネットワークはどのようなものになるのか。世界人口も100億人余りで頭打ちになり,社会もある程度成熟して大量消費社会ではなくなっていくとき,エネルギーシステムのあり方も大きく変わるのではないかと。

よくリープフロッグ現象※4)などと言われますが,新興国で固定通信網が普及する前に携帯電話が普及したのと同じことがエネルギーの世界でも起きるでしょう。アフリカの未電化地域に太陽光パネルを設置し,携帯電話の充電とランタンのレンタルサービスを行うWASSHAという企業があります。送配電インフラを整備する前に,一足飛びにエネルギー文明を広げているような世界があるわけです。これからのエネルギーの行き先は,今の先進国のようなレガシーシステムの世界と,そうした太陽光とランタンの世界の間にあるのではないかと思います。

例えば,分散型ネットワークがデファクトになるかもしませんし,今は無理ですが,回転機に近いようなインバータができれば,自立型のグリッドが当たり前にならないとも限りません。エネルギーの未来は,そのようにグローバルな視野で考える必要があります。そしてできれば,世界のエネルギーの未来に示唆を与えられるような技術やビジネスを日本から発信していきたいですね。

山田未来へ向けた産学の動きを後押しすべく,官も経済産業省資源エネルギー庁を中心に規制緩和などに前進され,変革が加速していると感じます。われわれ日立も皆さんの力をお借りしながら,事業を通じて持続可能な社会を支えるエネルギーシステムの構築に貢献してまいります。本日はありがとうございました。

※4)
既存の社会インフラが整備されていない新興国において,先進国が歩んできた技術進展を飛び越え,新しいサービスなどが一気に広まること。
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