日立評論

日立京大ラボ オープンイノベーションの取り組み

社会イノベーションを深める知の協創 社会・環境・経済価値の定量化とQoLの向上

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日立評論

ACTIVITIES 日立京大ラボ オープンイノベーションの取り組み社会イノベーションを深める知の協創 社会・環境・経済価値の定量化とQoLの向上

未来社会に向けたオープンイノベーションを加速

今日,国連が提唱するSDGsや日本政府が進めるSociety 5.0など,地球社会が共通して直面する社会課題をイノベーションによって解決しようとする動きが国内外で活発化している。そうした中,日立は社会イノベーション事業を進化させることでグローバルリーダーになることを目標に定め,顧客やパートナーとの協創による「社会価値・環境価値・経済価値」の向上をめざしている。

こうした取り組みに先駆けて,研究開発グループは2015年に組織体制を一新し,顧客との協創をグローバルに推進する「社会イノベーション協創センタ(CSI)」,AI,セキュリティ,ロボット,センシングなどの先端技術革新を推進する「テクノロジーイノベーションセンタ(CTI)」,未来社会の課題解決に向けた研究開発を担う「基礎研究センタ」を設立した。さらに長期的な視野から社会課題に取り組むためには,人文科学・社会科学から自然科学にわたる大学や専門研究機関の多彩な知との連携が欠かせないと考え,2016年に東京大学,京都大学,北海道大学内にそれぞれ共同研究ラボを,2017年に再生医療の研究開発拠点「日立神戸ラボ」をそれぞれ開設し,従来の産学連携を越えて,大学や地域の特性,強みを生かすオープンイノベーションを推進している(図1)。

日立京大ラボは,2016年の創設より今日まで,「ヒトと文化の理解に基づく基礎と学理の探究」をテーマとし,京都大学のさまざまな分野の有識者・研究者,そして学生などとの議論を通して未来の社会課題を探索し,その解決と人々のQoL(Quality of Life)向上に向けた新たなイノベーション創出に取り組んでいる。

図1│国内4研究機関へのオープンラボの設置Society 5.0の実現に向け国内研究機関に共同研究拠点を設置図1│国内4研究機関へのオープンラボの設置 Society 5.0の実現に向け国内研究機関に共同研究拠点を設置

人々が持つ根源的な不安を探るデザイン思考による2050年の社会課題予測

日立京大ラボでは現在,いくつかのプロジェクトが並行して進められているが,その一つが「2050年の社会課題とその解決に向けた大学と企業のあり方」である。

このプロジェクトは,企業と大学が取り組むべき将来の社会課題を考えるという趣旨の下,「ビジョンデザイン」を推進してきた日立のデザイナーたちが京都大学の主に人文系の有識者と始めた議論がきっかけだった。ビジョンデザインとは顧客協創を加速すべくデザイン思考に基づいて考案した日立独自の手法。具体的には将来の潮流をPEST(政治・環境・社会・技術)分析の観点から把握し,それらが解決された社会の姿を生活者の視点で詳しく描き,開発者が開発の目的と方針を共有するというもので,これまでにSociety 5.0が提唱する超スマート社会への変化の過程で想定される課題や,その解決に向けたシナリオ作成などを手掛けてきた。こうした実績で得られた知見に京都大学の多彩な知が融合することで議論が深まっていった。

社会課題というと,高齢化,都市の過密化,富の集中などの現象を連想しがちだが,より本質的に捉えると,人間にとってこうした現象からどういう問題が生じるかが重要である。このプロジェクトでは,霊長類,税制論,古代ローマ史,人の心,東南アジアやアフリカの社会など,さまざまな専門分野の有識者と対話を重ねる中で,いずれの課題にも共通する要素として,人が持つ根源的な「不安」があることを発見した。そして今後,立ち向かうべき危機の本質を直視するために,2050年に人が抱える悩みを,「信じるもの(未来)」,「頼るもの(国家)」,「やること(労働)」の喪失がもたらすトリレンマ構造に沿って整理し,「Crisis 5.0」として提言したのである(図2)。

このプロジェクトの狙いは一企業の枠を越えた問題提起であり,多様なステークホルダー間でのアジェンダ(課題)共有にほかならない。ここで抽出されたトリレンマ構造を避けるためには今,何が必要なのか,その脱出口を探索する取り組みが既に始まっている。その一環として開催された2050年を担う学生たちとのワークショップでは,「自ら主体的に課題と解決策を『想像』する」ことの重要性が指摘され,そのカギが「わくわく想像する心」であるとの結論が導き出された。今後,そうした心を育むために企業や大学がなすべきことを「Imagination 5.0」と題した提言にまとめていく。

図2│Crisis 5.0:2050年の社会課題の探索図2│Crisis 5.0:2050年の社会課題の探索

成長なき時代の持続可能性を模索するAIによる政策提言

図3│政策提言の全体フロー図3│政策提言の全体フロー

急速な人口減少,少子高齢化や産業構造の変化により,ポスト成長時代のあり方が模索される中,日本の取り組みに注目が集まっている。

日立は,企業戦略の策定や経営支援にビッグデータを活用するAI研究を進めてきたが,日立京大ラボと京都大学こころの未来研究センターの広井良典教授らとの議論において,その手法を政策提言に応用するという新たなアイデアが浮上し,AIによるシミュレーション技術を用いて,2050年までに日本社会が辿る多様な未来シナリオを分析する「政策提言AI」の共同開発がスタートした。

その第一弾として2017年9月に発表した提言では「2050年の日本の持続可能性の確保」をテーマとし,大きく分けて三つのプロセスによる研究を行った(図3)。まず第一ステージの「情報収集」では,有識者を交えた議論を通じて,人口・財政・資源・格差・健康・幸福など,主観的要素を含む視点から149個の社会指標についてモデル化した。続く第二ステージの「選択肢検討」でAIを用いたシミュレーションを実施し,そこから抽出された約2万通りの未来シナリオを23個の代表的なグループに分類し,解釈・意味づけを行った(図4)。その結果,「都市集中型」と「地方分散型」に大きく二分された。そして,第三ステージの「戦略選択」ではさらに「持続可能か否か」の観点を加え,シナリオグループが分岐する時期と要因を解析した。

図4│シナリオ解釈結果各グループの代表シナリオを人(有識者)が解釈し意味づけ35年後(2052年)の状態を,4+4つの観点(人口,財政,地域,環境・資源,雇用,格差,健康,幸福)で評価した。図4│シナリオ解釈結果

以上の結果,(1)持続可能性や幸福などの観点から「地方分散型」が望ましい,(2)8〜10年後に二つのシナリオが分岐し,再び交わることがない,(3)約17〜20年後には地方分散型シナリオでも持続可能か否かの分岐が生じることなどが明らかとなった。

現在,国の最も重要な政策課題の一つとして「地方創生」が掲げられ,全国の自治体でさまざまな取り組みが進む中,地域の合意形成を図るうえで強く求められるのがEBPM(Evidence-based Policy Making:証拠に基づく政策立案)である。国や地方の総合戦略で挙げられたKPIの検証・評価には多くの手法が用いられるが,政策提言AIは新たな可能性を示すものとして,発表以来多くの注目を集めている。日立京大ラボでは既に長野県,福島県,兵庫県など地方自治体との協創として,政策提言AIを用いた未来シナリオの作成を実施している。

また「指標同士の相関を定義する」という政策提言AIは行政だけでなく,住民参加型の取り組みや民間企業の経営計画策定にも応用可能であり,福井新聞社との協業で県の幸福度と県民の幸福感に関する調査において主観指標や定量モデルの作成を行った。今後は応用範囲を広げ,AIに基づく政策立案の実現をめざしていく。

人間社会の秩序形成を生物に学ぶITシステムに規範や倫理を取り入れる「社会Co-OS」

日立は中期経営計画で「社会価値・環境価値・経済価値」の向上を掲げているが,三つの価値を同時に向上させることはチャレンジングな課題である。例えば,経済価値を重視した効率重視のまちづくりを進めれば,地域の景観が損なわれ社会価値が軽視される懸念がある。日立京大ラボは,これら三つの価値の適切な組み合わせの実現に向けた研究を推進している。ここで課題になるのが人々の多様な価値観の扱い方だ。まちづくりや社会づくりなど,住民,従事者,自治体,地元企業,地権者などの多数のステークホルダーが関係するような事業では,多様な価値観を考慮した社会施策の合意形成が求められるからである。

日立京大ラボは,実世界(Physical)空間にあるデータをIoTで収集し,サイバー(Cyber)空間で物理モデルを使って大規模データ処理を駆使して分析し,そこで出された情報や価値で社会課題の解決を図るCPS(Cyber Physical System)に代えて,人の価値観を表現する人モデルをサイバー空間に追加し,その人モデルを使って社会価値や環境価値をも向上させるCHS(Cyber Human System)というコンセプトを提案している。人モデルを使って合意形成を支援したり,社会規範や倫理に沿った行動を促したりすることで社会全体のWell-being向上をめざす(図5)。

図5│Cyber Human Systems(CHS)コンセプトの提案人の価値観に基づく人間モデルにて社会価値や環境価値も向上図5│Cyber Human Systems(CHS)コンセプトの提案:人の価値観に基づく人間モデルにて社会価値や環境価値も向上

このコンセプトに基づく社会システムのアーキテクチャが,ITシステムに規範や倫理の概念を取り入れた「社会Co-OS(Cooperate Operating System)」である。実世界における個人・集団・ルールという三階層の意思決定プロセスに対し,サイバー側から働きかけることで合意形成を促す(図6)。なおこの社会Co-OSは,日立京大ラボが創設以来一貫して取り組んできた「生物に学ぶ」の観点から,人とサイバーの相互作用によって目的やルールを構成員みずからが決めて秩序形成するオートポイエーシス(自己創生)システムと捉えることができる。

図6│社会Co-OSの再構成各ステークホルダーの価値観を可視化し合意形成を支援図6│社会Co-OSの再構成:各ステークホルダーの価値観を可視化し合意形成を支援

図7│代表的選択肢の提示図7│代表的選択肢の提示

現在,社会Co-OSを用いた社会実証実験を進めているが,一例として中山間地域である宮崎県高原町では自然エネルギーによる地域経済循環と地域活性化の可能性を検証している。その結果,三つの価値を適切にバランスさせれば,地域の活性度を現在の7.7倍に向上できることが明らかとなった(図7)。

社会Co-OSの研究は試行錯誤の途上だが,各地域にはそれぞれ喫緊の課題が山積しており,日立京大ラボには多くの自治体や企業から高い関心が寄せられている。それらの声に応えるために地域社会・住民との協創や実証実験を通して,いち早く社会実装が可能なモデルへと改良・改善を重ね,将来にわたって個人と社会のQoL向上に寄与するイノベーション創出をめざしていく。

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