日立評論

オフィスビル利用者の体験価値向上を支える就業者ソリューション

ページの本文へ

Hitachi

日立評論

ハイライト

国を挙げての働き方改革の推進,在宅勤務の拡大などを受け,働き方や働く場所の多様化が進んでいる。これに伴い,オフィスビルに求められる機能も変化し始めている。不動産デベロッパー各社は,従来のハードウェアの充実に加え,ソフトウェア面においても就業者一人ひとりに寄り添うサービスに着目している。

日立では,不動産デベロッパーを介して就業者に提供するソリューションにより,オフィス空間における新たな体験価値を生み出し,就業者のQoL向上に貢献することをめざしている。本稿では,日立がめざす就業者ソリューション像や,株式会社日立リアルエステートパートナーズと連携した実証事業など,事業化に向けた検討状況について紹介する。

目次

執筆者紹介

大塚 憲治Ohtsuka Kenji

大塚 憲治(Ohtsuka Kenji)

  • 日立製作所 ビルシステムビジネスユニット 経営戦略統括本部 SIB推進本部 SIB推進部 所属
  • 現在,ビル向けのソリューションビジネスの事業化に従事

清國 敦史Kiyokuni Atsufumi

清國 敦史(Kiyokuni Atsufumi)

  • 日立製作所 ビルシステムビジネスユニット 経営戦略統括本部 SIB推進本部 SIB推進部 所属
  • 現在,ビル向けのソリューションビジネスの事業化に従事

串間 花乃咲Kushima Kanosa

串間 花乃咲(Kushima Kanosa)

  • 日立製作所 ビルシステムビジネスユニット 経営戦略統括本部 SIB推進本部 SIB推進部 所属
  • 現在,ビル向けのソリューションビジネスの事業化に従事

渡辺 裕之Watanabe Hiroyuki

渡辺 裕之(Watanabe Hiroyuki)

  • 日立製作所 ビルシステムビジネスユニット 営業統括本部 アカウント第一営業本部 所属
  • 現在,ビル向けのデジタルトランスフォーメーションビジネスの営業に従事

丹下 裕子Tange Yuko

丹下 裕子(Tange Yuko)

  • 日立製作所 社会ビジネスユニット 社会システム事業部 社会・通信ソリューション本部 デジタルソリューション推進部 所属
  • 現在,ビル向けのプラットフォームビジネスの開発に従事

笈田 邦彦Oida Kunihiko

笈田 邦彦(Oida Kunihiko)

  • 株式会社日立リアルエステートパートナーズ グループCRE統括センタ オフィスソリューションセンタ 所属
  • 現在,働き方改革を伴うワークプレイス構築事業に従事
  • 一級建築士

1. はじめに

近年,働き方や働く場所が多様化し,固定化されたオフィス以外での就業機会が増加するなど,オフィスビルを取り巻く環境が変化している。また,国を挙げての働き方改革の推進,感染症予防対策として全国的に実施された在宅勤務の拡大など,今後その多様化はより加速するものと推測される。

オフィスビルの主たる提供元である不動産デベロッパー各社は,従来のハードウェアの充実に加え,ソフトウェア面のサービス強化に取り組んでいる。その一つとして,就業者に寄り添うサービスの提供に着目しており,就業者一人ひとりの利便性や生産性の向上に寄与するサービスを企図している。

一方,日立製作所ビルシステムビジネスユニットでは,2021年度中期経営計画において,昇降機事業とサービス事業をビル事業における両輪として掲げ,デジタル化に対応する新サービス創出に取り組んでおり,不動産デベロッパーなどを介して就業者向けに提供するサービスを重点テーマの一つに位置づけている。

2. オフィスビルを取り巻く環境の変化

2.1 活況な再開発

2019年第4四半期(10月〜12月)時点で,主要大都市部における空室率が軒並み連続して過去最低を記録する中,オフィス需要の取り込みに向け,都心を中心としたオフィスエリアで大規模再開発が相次いで計画されている。需要の背景としては,(1)企業業績に応じた移転・増床,(2)人財確保に向けた企業イメージ向上,(3)働き方改革の推進,(4)シェアリングオフィスやコワーキングスペースの開設など複数の要因がある。

一方,不動産デベロッパー各社は供給床面積の増加に伴い,立地や建物のしつらえといったハードウェア面の魅力向上に加え,人々のライフスタイル・ワークスタイルを支える空間の提供に向け,ソフトウェア面のサービス強化の動きを活発化させている。

2.2 就業者の働き方の変化

2018年には「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が公布され,国を挙げて働き方改革の総合的かつ継続的な取り組みが行われるなど,その変革は過去に類を見ないスピードで進んでいる。代表的な変革として,以下の三つの観点が挙げられる。

  1. 雇用形態
    日本企業の特徴的な雇用形態であった終身雇用・年功序列賃金制度に対し,フリーランスの増加,副業の解禁など,雇用のあり方そのものがすでに変化を始めている。
  2. 就業時間
    フレックスタイムや裁量労働を導入する企業が多く見られ,就業者のライフスタイルに合わせた柔軟な働き方を支援している。
  3. 就業場所
    雇用形態や就業時間の多様化に伴い,就業場所の選択肢も広がっている。在宅勤務の拡大,シェアリングオフィスやコワーキングスペースなどの新たなオフィスサービスの普及,リゾート地で休暇を兼ねて働くワーケーションの登場など,オフィス以外での就業が身近なものとなりつつある。
    また,就業者がオフィスに求める機能にも変化が見られる。従来は,執務・社内会議・来客対応などが主たる用途であったが,イノベーション創出・エコシステム形成に向けて,企業間の壁を越えたコミュニケーションの場としての重要性も増している。

2.3 今後想定される潮流

オフィスビルを取り巻く環境は今後も大きく変化することが予想される。2020年3月に商用サービスが開始された5G(5th Generation:第5世代移動通信システム)の普及により,リアル空間とサイバー空間の融合が急速に進み,場所を問わない勤務が後押しされるものと考えられる。また,新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けて全国的に実施された在宅勤務がきっかけとなり,オフィスへ出社する必要性そのものが見直されるであろう。このように,就業者をめぐるトレンドとして,働く時間・働く場所のさらなる多様化が訪れると予測される。

一方,ビル・街区においては「選ばれる決め手の強化」が重要となるだろう。不動産デベロッパー各社は,どこでも勤務が行える状態の就業者に対して,オフィスで就業することの付加価値の提供やモチベーションを喚起する施策の提供をより強く求められている。

3. 日立がめざす就業者ソリューション

3.1 従来のオフィスビルにおけるIT施策

テナントの維持・獲得に向けたオフィスビルの価値向上施策としては,不動産デベロッパー各社により受付システム,入退館管理システム,デジタルサイネージ,会議室予約­などのITを活用したサービスが導入されている。しかし,サービスの対象が当該ビルを利用するテナントまたは当該ビル発行のカード(入退館などに利用するIDカード)単位となっているため,就業者一人ひとりへの新たな付加価値を持つサービス提供に必要となる接点を持ちえていない。

また,施策がビル単位で導入されているため,導入後,経年とともにサービス内容が陳腐化してしまうことや,ビル単位でサービスが開発されているため不動産デベロッパー側で重複投資が発生してしまうといった課題がある。

これらの課題に対し,昨今の働く場所・働き方の多様化を踏まえ,不動産デベロッパーのオフィスビル価値向上に向けては,(1)就業者一人ひとりに寄り添ったサービスの提供,(2)不動産デベロッパーが保有するオフィス間をまたいだサービス提供が有効である。

3.2 日立がめざす就業者サービスのあり方

前項で述べた課題の解決に向け,日立では,不動産デベロッパーに対して(1)就業者一人ひとりとの接点および付加価値を持つ新たなサービスを提供できる環境の提供,(2)複数のオフィスビルをまたぐサービス提供が可能な環境を提供するソリューションの事業化をめざしている。一方,就業者に対しては,これまでと異なり,適宜新たなサービスが提供されることや,オフィスビルをまたいでサービスを利用できることで,より魅力あるサービスをシームレスに享受できる環境をスマートフォンやWEBブラウザを通じて提供する。本ソリューションにより,就業者の体験価値・QoL(Quality of Life)向上と併せて不動産デベロッパーの収益向上に貢献することをめざしている。日立のめざす姿を図1に示す。

図1|就業者サービスプラットフォームのめざす姿 図1|就業者サービスプラットフォームのめざす姿 就業者サービスプラットフォームの提供により就業者の利便性向上および不動産デベロッパーの収益向上をめざす。

ソリューション提供先としては,オフィスビルの主たる提供元である不動産デベロッパーのみならず,鉄道関連事業者などのビル提供者・利用者も対象とすることでソリューションの提供先を拡大させることを検討している。

3.3 就業者ソリューションの概要

前述のサービスのあり方を実現するソリューションとして,(1)就業者への体験価値向上を提供する就業者アプリケーション(就業者アプリ),(2)就業者一人ひとりに即したサービス提供を支える就業者サービスプラットフォームを提供する。図2にサービスの概要を示す。

図2|サービス概要 図2|サービス概要 就業者の属性情報を管理するプラットフォームとアプリケーションにより,就業者一人ひとりに即したサービスを提供する。

  1. 就業者へ体験価値向上を提供する就業者アプリケーション
    コワーキングスペースやシェアリングオフィスの使用が盛んな欧米を中心に,近年,「テナントエクスペリエンス」といった言葉が用いられている。これは,オフィスビル就業者どうしのコミュニティ形成や就業者が日常的に利用できるスペース予約,ケータリングといった機能をユーザビリティに優れたアプリケーションを通じて提供するサービスのことで,新たなワークスタイルを支えている。図3にアプリケーションの画面イメージを示す。
    日立が提供する就業者アプリの基本機能としては,表1に挙げられる機能群を想定している。標準機能として提供されるアプリケーションでは,就業者に対してこれまで以上に使いやすいオフィスビル内の設備利用環境を提供すること,周辺飲食店の活用利便性を向上させること,同じ趣味を持つ就業者どうしの交流イベントを通じて働きがいを向上させること,といった価値提供が可能になると考える。この標準アプリケーションに,ビルや街区の魅力を向上させる追加アプリケーションを組み合わせることで,就業者の体験価値を向上させるスマートフォン向け就業者アプリとして提供する。
  2. 就業者一人ひとりに即したサービス提供を支える就業者サービスプラットフォーム
    日立ではこれまで,官公庁システムや社会インフラシステムなどにおけるさまざまなプラットフォームの構築実績を有している。これらの経験を生かし,就業者アプリのサービス提供を支えるプラットフォームとして,就業者のデータを統合管理する就業者サービスプラットフォームを提供する。このプラットフォームでは,これまで個別のアプリケーションごとに管理されていたデータを集約することで,統合的にそれらの機能を利用できるようにするとともに,就業者が所属するビル・フロア・テナント情報などの属性データを統合的に管理することで,新たな付加価値サービスの提供をサポートするものである。特に,日本特有の複雑な組織階層に対応した認証・認可を実現し,就業者にとっても一つのIDにより複数のサービスをシームレスに利用できる,自分自身に適したサービスを受けられるなど,利便性の向上に寄与することをめざしている。

図3|就業者アプリケーションの画面イメージ 図3|就業者アプリケーションの画面イメージ ユーザーインタフェースに優れた使い勝手のよいアプリケーションを提供する。

表1|標準機能例 表1|標準機能例 就業者アプリケーションにて提供する標準機能の例を示す。

3.4 事業化に向けた取り組み

就業者ソリューションの事業化に向けては,日立グループにて不動産事業を展開する株式会社日立リアルエステートパートナーズと連携して,実証事業を推進中である。日立リアルエステートパートナーズでは,「協創」,「革新」,「ダイバーシティ」をキーワードに,働き方改革を推進する最先端のオフィスの創造に取り組んでいる。今回実施する実証事業では,日常的な利用の例として,スマートフォンによる(1)就業者アプリケーションのイベント機能・コミュニケーション機能を利用した他の就業者との交流,(2)購買機能を活用した,オフィスビルに隣接する飲食店の利用について検証する。

またシナリオの一例として,オフィスビル管理者より就業者に対して注意喚起が必要な事態を想定し,ニュース配信機能を用いた情報伝達の有効性も検証する予定である。日立グループが一体となり,日常的な就業者ソリューションの利用を通して就業者・不動産事業者・サービス事業者の各視点から,サービスを提供するうえでの課題の洗い出しや,最先端のオフィスにおいて就業者が求めるサービス内容についてのブラッシュアップを行う。実証事業で得られる知見や評価結果についても参考とし,2020年度内にサービスを事業化することを予定している。

3.5 周辺ステークホルダーとの協調によるエコシステムの形成

一方,周辺サービスの提供状況を見てみると,不動産テック1),※1)と呼ばれるITサービスや,ビジネスシーンを支えるスマートフォン向けアプリケーションなど,日々さまざまなサービスが登場している。就業者ソリューションも単独での拡大をめざすのではなく,多様な視点を取り込むべく,これらの周辺ステークホルダーと連携したエコシステム形成を検討している。

エコシステムを形成するオープンなソリューションとすることで,就業者・不動産デベロッパー双方が便利なサービスを享受できるとともに,周辺ステークホルダーも日立のプラットフォームを介して多くのユーザーとの接点を得ることができる。また,日立としてもプラットフォームに多くのステークホルダーが参画することにより,ネットワーク効果による好循環が期待できるというメリットがある。

本ソリューションをオープンなアーキテクチャとして構築し,今後周辺ステークホルダーとの積極的な協調を図り,サービスの充実をめざす。

※1)
不動産とテクノロジーを掛け合わせた造語。テクノロジーの力によって,不動産に関わる業界課題や従来の商習慣を変えようとする価値や仕組みのことを指す。

4. ビル設備との連携による高付加価値サービスの創出

ここまで就業者ソリューションに着目して論じてきたが,ビルに関連するもう一つの大きなトレンドとして,ビル全体へのIoT(Internet of Things)ソリューションの導入が挙げられる。日立においても,就業者ソリューションの事業化と並行し,ビル設備との連携やビル内のさまざまなIoTデータの活用に向け,ビルIoTプラットフォームおよびプラットフォーム上で動作するアプリケーションから構成されるビルIoTソリューションの開発を進めている。就業者ソリューションとビルIoTソリューションを連携させることで,ビル内の設備・空間が一体となった,一人ひとりに寄り添うサービスを実現できる(図4参照)。

図4|ビルIoTプラットフォームと就業者サービスプラットフォームの連携 図4|ビルIoTプラットフォームと就業者サービスプラットフォームの連携 ビルIoTプラットフォームが提供するビル設備とのI/F(Interface)やビル設備情報と就業者サービスプラットフォームを連携することにより,ビル内の設備・空間が一体となった,一人ひとりに寄り添うサービスを実現する。

例えば,就業者が手元のアプリから照明や空調の操作をしたり,会議室などの予約・決済状況に応じてアプリのQRコード※2)を用いて開錠を行ったりするなど,すでに実際のサービスも登場し始めている。また,就業者の属性情報,顔認証などを用いたビルのセキュリティシステム,店舗や自動販売機の課金・決済基盤などを組み合わせることにより,タッチレス・キャッシュレスでのオフィスビル生活を実現することができるだろう。さらには,就業者の属性情報と位置情報を活用し,将来的にはロボットと連携を図るなどのさまざまな広がりが考えられる。

※2)
QRコードは,株式会社デンソーウェーブの登録商標である。

5. おわりに

日本においては目下,政府により超スマート社会をめざすSociety 5.0が提唱され,サイバー空間とフィジカル空間の融合に注目が集まっている。大手不動産デベロッパー各社もその関心は高く,イノベーション創出や最新テクノロジーの積極活用を経営目標として掲げている。

日立では,就業者ソリューションを通じて生み出す新たな体験価値により,就業者のQoL向上への貢献をめざしている。また,これまで長きにわたり培ってきた各種ビル設備に関するOT(Operational Technology)のノウハウと,就業者ソリューション,ビルIoTソリューションといったITソリューションを掛け合わせることで,一人ひとりに寄り添うより高付加価値なサービスの創出に向けて今後も注力していく。

なお,本稿執筆時は,新型コロナウイルスによる市場環境への影響が見通せておらず,今後,オフィスビルや就業者を取り巻く環境に大きな変化があることも予想される。日立では,環境の変化への柔軟な対応を図りながら,社会価値向上への貢献に努める。

Adobe Readerのダウンロード
PDF形式のファイルをご覧になるには、Adobe Systems Incorporated (アドビシステムズ社)のAdobe® Reader®が必要です。