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COVER STORY:ACTIVITIES 1

人と社会と調和するデザインの創造

経験価値を生み出すデザインで快適な移動を実現

ハイライト

日立は,人々のQoL向上と社会の持続的発展をめざし,顧客やパートナーとの協創により社会課題の解決を図る社会イノベーション事業を推進している。オープンな協創によるイノベーションの創出を加速するための研究開発拠点として2019年に開設された「協創の森」を拠点とする東京社会イノベーション協創センタでは,プロダクトデザイン,サービスデザイン,ビジョンデザインの三つを基盤に据え,利用者の満足感などの経験価値を取り込む「エクスペリエンスデザイン」の観点からデザイン活動に取り組んでいる。

これに際し,最前線の現場はどのような取り組みをしているのか。海外で活躍する鉄道車両や,スマートビルを実現する昇降機システムといった実際の製品を例に,デザインコンセプトやそれを実現する手立て,今後の展望などについて,それぞれのプロジェクトに携わったデザイナーと設計担当者に聞いた。

目次

執筆者紹介

小町 章

小町 章

  • 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション 協創センタ プロダクトデザイン部 主任デザイナー

高田 裕一郎

高田 裕一郎

  • 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション 協創センタ プロダクトデザイン部 主任デザイナー

野末 壮

野末 壮

  • 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション 協創センタ プロダクトデザイン部 デザイナー

山本 隆久

山本 隆久

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット 笠戸事業所 車両システム設計本部 車両プロジェクト設計部 主任技師

インフラ機器に求められる「社会に溶け込む」デザイン

地球温暖化や人口増加,都市化など,現代社会は数多くの課題に直面している。こうした社会課題に対し,温室効果ガスの排出量が少ない輸送手段である鉄道,都市部での移動をサポートする昇降機といったモビリティシステムへの期待が高まっている。これらのプロダクトは,多くの人々が利用する公共のインフラ機器であるだけに,性能や機能のほか,使いやすさや乗り心地のよさ,美しさなど,総合的なデザインが重要になってくる。

「鉄道や昇降機,ATM(Automated Teller Machine)などの公共生活基盤に当たるプロダクト製品のデザインは,第一に社会に溶け込むものであることが必要だと私たちは考えています。さらに,ステークホルダーとの協創により,地域や時代によって異なる環境への理解を深めることで,利用者の価値観の変化を捉えることが重要です」

そう語るのは,小町章(日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 主任デザイナー)だ。これまで日立は,満足感や感動などの経験価値を取り込んだ「エクスペリエンスデザイン」をいち早く導入するなど,先進的なデザイン活動を推進してきた。2015年には,顧客やパートナーと新たなソリューションを協創する組織として研究開発グループに「社会イノベーション協創センタ」を設立し,デザイナーと研究者が一体となって,独自に開発した顧客協創方法論「NEXPERIENCE」を用い,顧客と共にソリューション創生に取り組んできた。

現在,日立はプロダクトデザイン,サービスデザイン,ビジョンデザインの三つを基盤にデザイン活動を進めている。エクスペリエンスデザインの観点からそれぞれのプロダクトやサービスのデザインを指標化しており,鉄道や昇降機のプロダクトデザインは,生活の基盤として日常を円滑に運ぶ公共的なデザイン「Natural Support」を指標として,「社会に溶け込む」デザインをめざしている。

これらのプロダクトは,購入する事業者と実際の利用者が異なることから,双方にとっての価値を考え,「社会に溶け込む」と同時に「社会に受け入れられる」デザインを行う必要があると,小町は強調する。

英国の社会インフラとなったClass 800

実際に,鉄道車両のデザインはどのようにして行われているのか,二つの海外プロジェクトから見てみたい。一つは,2017年に英国で営業を開始したIEP(Intercity Express Programme:都市間高速鉄道計画)向けに開発した車両「Class 800」プロジェクト,もう一つは現在進行中の台湾の特急列車開発プロジェクトだ。

Class 800は,2005年にロンドンとケント州を結ぶ高速車両Class 395をベースとした車両である。800両を超える車両がロンドンと主要都市を走行するプロジェクトだけに,モノづくりの品質や,安全性,信頼性を考慮した車両デザインも非常に重要な要素であった。車両デザインに携わってきた高田裕一郎(日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 主任デザイナー)は,その造形コンセプトについてこう語る。

図1│デザインコンセプト「4 Curves & 1 Straight Line」 図1│デザインコンセプト「4 Curves & 1 Straight Line」

「欧州では日立は後発メーカーでしたので,まずは日立というブランドを確立することをめざしました。地域に溶け込みつつも,外観で日立の車両だと分かってもらえるようにするためには,当社独自の造形アイデンティティの確立が有効と考えました。従来,当社の高速車両のデザインでは『ワンモーションフォルム』と名付けた先頭形状のフォルムをベースにデザインしてきました。鉄道車両の先頭から胴体に向けて,一筆書きのようなラインで構成された美しい滑らかな外観フォルムが特徴で,先に開発したClass 395でも採用しています。Class 800では,このフォルムから発展させた『4 Curves & 1 Straight Line』というデザインコンセプトを採用しました(図1参照)。運転士席の前面ガラス下,ヘッドライト上,側面ガラス下を結ぶラインを『一つの直線』として,車体のセンターライン(1),キャラクターラインを形成する先頭から胴体部へとつながるライン(2),天井から前面へ向けて流れヘッドライトを形成して(1),(2)のカーブと交差する2本のカーブ[(3),(4)]の四つの曲線を『四つのカーブ』としています。」

こうして造形コンセプトが固まった。次の課題は,安全に対する思想の違いから日本とは異なる欧州の鉄道規格であった。英国を含む欧州では,衝突時に運転士を保護するための空間の確保,衝突時の減速度が規定されているほか,運転士や同乗する助士の視界の確保,接近する列車の視認性を高める車両先頭の警戒色といったことが細かく定められている。衝突安全性に関しては,車両先頭部に収納する衝撃吸収構造などの部品を小型化する一方,設置角度も工夫することで,スピード感のある流麗なフォルム,かつ空力性能を損なわないデザインとした。同様に,そのほかの規格についても条件を満たしつつ,車両リース会社,コンサルタント会社,運行会社からの要望も総合的に取り入れ,設計担当者と協調してデザインを進めていった(図2参照)。

図2│英国IEP向け鉄道車両Class 800を通じたトータルデザイン開発 図2│英国IEP向け鉄道車両Class 800を通じたトータルデザイン開発

さらに開発チームは,800両以上の車両を納入することから,厳格な欧州規格と車両の美しさを両立させるだけでなく,生産性やメンテナンス性の向上にも力を注いだ。

「例えば,Class 800の運転士視界は規格により定められており,同乗する助士の視界も顧客要求により決められています。しかし,視界確保を優先するあまりにガラス面を広くすると,高速車両に求められる軽量化が難しくなります。それを回避するために最適なフロントガラスの傾斜角度や運転士位置を導き出し,条件を満たす視界を確保しました。またフロントガラスの押さえ面を一段低く設置することによって,生産性を高め,部品の交換を容易にしています」(高田)

2017年より運行を開始したClass 800は,令和元年度(2019年度)の全国発明表彰において「恩賜発明賞」を受賞した。その年の最も優れた発明などに対して贈られる恩賜発明賞の歴史において,意匠(デザイン)が受賞するのは史上初のことだ。造形の美しさはもちろん,規格の違いを乗り越えるとともに,運行会社にとっての使いやすさや現地利用者の生活・文化に溶け込む車両の快適性などをトータルにデザインしたことが評価されたのである。

三者協創で「世界に誇れる」台湾特急列車のデザインを

Class 800のデザイン開発の成果は,台湾鉄路管理局(TRA:Taiwan Railways Administration)の特急車両の開発にも受け継がれている。日立は,入札に際して現地ヒアリングや沿線の調査を実施し,日立の標準車両AT 300/Class 800 をベースとして台湾の風土に映える車両デザインを提案した。顧客へのプレゼンテーションではデザインの魅力を伝えるとともに,日立の強みである制御装置の省エネルギー性能など,技術優位性を訴え,2018年12月,都市間特急車両600両の受注を獲得した。

2019年6月,顧客であるTRAと,同社が招聘した美学専門家集団との受注後初となる会合が開かれた。しかしながら,当初提案した車両デザインの評価は芳しくなかったという。実作業を担当した野末壮(日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 デザイナー)は,その理由をこう解説する。

「当初のデザインは一般的な観光客が台湾に期待する賑やかさ,自然の美しさというイメージに寄りすぎてしまいました。ステレオタイプな台湾らしさとは違う,現代的な台湾を表現したいという,TRAがめざす方向性や思いを十分にくみ取ることができていなかったのです。ここで,私たちが外国人の視点で考えた台湾らしさと,お客様のイメージとのギャップが明らかになったわけですが,最初の時点で認識合わせができたことはかえってよかったと思います」

「世界に誇れる特急車両をつくろう」というコンセプトの下,TRA,美学専門家集団,日立の三者による協創が始まった(図3参照)。月1回のペースで開かれたワークショップは,このような車両になってほしいという仮説をつくる作業にほかならなかったと,野末は振り返る。故宮博物館に代表される文化施設のグラフィック計画や台湾のIDカードといったさまざまなデザインに触れる中で,その抑制され,余白のあるデザインに着目した野末らは,世界に誇れる特急列車の表現とはModern Taiwanを世界に見せていくことだと考えた。そして三者で議論を重ねる中で生まれたのが,「Silent Flow」というコンセプトである。

「台湾の都市を結ぶ新しいモビリティの顔として『静かな疾走感』をデザインしたいと考え,白い紙の上に一筆で描いたような曲線のように,シンプルでありながら流麗な表情を持つ造形をめざしました。ワークショップでは手描きのスケッチをベースに,アナログとデジタルのさまざまな方法を用いてデザインを検討しました(図4参照)。3DプリンターやVR(Virtual Reality)を活用し,現実空間と仮想空間の両方でデザインを詰めていったのです」(野末)

図3│台湾鉄路管理局,美学専門家集団,日立の三者による打ち合わせの様子 図3│台湾鉄路管理局,美学専門家集団,日立の三者による打ち合わせの様子

図4│台湾鉄路管理局の特急車両のスケッチとCGモデル 図4│台湾鉄路管理局の特急車両のスケッチとCGモデル

初期のデザインイメージを守りながら車両を形にするプロセスでは,設計担当者とのきめ細かい連携も必要だった。設計担当者はデザインを再現することに加え,利用者にとっての使いやすさを追求する役割も担った。車両製造を担う山本隆久(日立製作所 鉄道ビジネスユニット 笠戸事業所 車両システム設計本部 車両プロジェクト設計部 主任技師)は,車両の設計にあたって実施したヒアリングの内容と意義を次のように語る。

「例えば運転席については,運転席周りのモックアップを実物大で製作し,現地の運転士組合にも見てもらいました。国内や他の海外案件でも同じですが,現地の方々に見ていただいて納得いく形に調整するというプロセスは有効ですし,これによって信頼関係も築くことができたと思います。また,乗務員団体からは,車掌室に関する意見やケータリング販売の人たちのニーズ,既存の設備への不満などの意見を取り入れたほか,乗客団体のヒアリングでは,われわれがユーザビリティを説明する一方で,ハンディキャップを持った人や車いすユーザー,授乳室を利用する方などの意見も聞いて設計に反映させています」

デザインワークショップがスタートしておよそ半年が過ぎた2019年12月,台北東部の花蓮で車両デザインに関する記者発表会が開かれたのに続き,台北駅ではデザイン展示会が開催された。それまでのデザイン活動が仮説をつくる作業であったとするならば,これらのイベントは仮説の検証に当たる。展示会は大きな反響を呼び,当初3日だった会期が1週間延長された。三者合作の仮説は間違っていなかったということだろう。現在,プロジェクトは,車両製造のプロセスに入っており,2021年の納入に向けて着々と進んでいる。

デザインの力によって実現した「人に寄り添う」昇降機

図5│「HUMAN FRIENDLY」を体現したエレベーター「HF-1」の内観 図5│「HUMAN FRIENDLY」を体現したエレベーター「HF-1」の内観

公共インフラ機器の一つである昇降機は,事業者と利用者が違うという点で鉄道と共通する。しかし,鉄道が都市と都市を「ヨコ」につなぐのに対し,昇降機はビル内を「タテ」に移動するモビリティシステムであり,普段は無意識に利用するプロダクトの典型という点で異なっている。その昇降機のデザイン開発はどのような考えに基づき行われているのか。日立のデザインの動向を踏まえながら,小町はこう説明する。

「従来エレベーターは,ユニバーサルデザインの観点と建築との調和という観点の二本立てでデザイン開発を進めており,当社のエレベーターは業界に先駆けて採用したユニバーサルデザインが評価され,2002年度のグッドデザイン賞を受賞しました。しかし,こうしたデザインは次第に一般化し,特別なものではなくなりつつあります。そこで,日立の昇降機の新たなコンセプトと製品を市場に送り出すことを目的として,2012年からは,世界的に活躍するプロダクトデザイナー深澤直人氏との協業によるデザイン活動を推進してきました。その活動を通じて,誰もが使いやすいというだけでなく,人がオフィスビルに入ってから自分のデスクに着くまでを円滑に移動できるよう,デザインでサポートしようと考えました」

そうした考えに至ったのは,都市の高度な利用に伴う街区の大型化や動線の複雑化,セキュリティ強化による動線の分断という,近年になって顕在化してきた新たなバリアに対する問題意識があったからだ。こうした新たな移動のバリアを取り除き,利用者が意識せず,自由に,そして円滑に移動できることを目標として,「人に優しく,人の行為に寄り添うエレベーター」という思いを込めた「HUMAN FRIENDLY」というコンセプトが生まれた。

2015年7月に発表されたこの基本コンセプトを象徴するエレベーターの開発に際しては,エレベーターと利用者の関係性を把握するため,UCM(User Conceptual Model:ユーザー概念モデル)を抽出した。UCMとは,「人はエレベーターの中で無意識に何をするか。何を思うか」をモデルとして抽出するものである。エレベーターの中で上を見る,奥の角に立つ,先に降りたがる,ベビーカーを気にする,すでに人が乗っていたら乗らない,階の様子をボタン表示から知るといった,エレベーターの中や乗降の際に利用者が無意識にとってしまう行動・思考を理解し,そこにある課題を解決することで,利便性や快適性を追求していった。

「空いているエレベーターに乗るとき,多くの人は隅に立ち,壁に身体を預けようとします。であれば,かごの四隅に肩が収まる丸みをつける。同じように,乗降時の円滑な人の流れを無意識にガイドするため,出入り口に丸みを設ける。さらには,自分が乗っているエレベーターの現在位置が直感的に分かるようにするため,フロアの表示と矢印の動きで表現する縦長のディスプレイを採用する。些細なことですが,人の無意識な行動にエレベーターが先回りして応えてくれることをデザインの力で実現しようとしたのです」(小町)

人を優しく包み込む丸みを帯びたデザイン,照明の色調,操作盤の視認性や操作性など細部までこだわったコンセプトモデルであるエレベーター「HF-1」は,2015年度のグッドデザイン賞金賞やiF DESIGN AWARDを受賞するなど,国内外で高い評価を得ている(図5参照)。

さらに日立は,「HUMAN FRIENDLY」の考えを製品やサービス全般に拡大する中で,2019年10月に人流予測型エレベーター運行管理システムを発表した。

「AIの活用によって過去の膨大なデータからエレベーターの利用人数を予測し,混雑時の待ち時間を低減するシステムです。また,ビル内の監視カメラやテナントのIDカードなどと連携させれば,ホールが人でいっぱいになっていたらその階に複数台のエレベーターを割り当てるなど,ビルの移動をさらに快適にすることができます。開かれたシステムによって利用者に対するサービスの質を高めるのはもちろん,事業者に向けてはビルの付加価値向上につなげることをねらっているわけです」(小町)

このように,利用者を基点としたプロダクト単体からサービスに至るまでシステム管理の観点も取り込んだうえで,エレベーターを含めたビル全体,街全体の移動をさらにスムーズかつ快適にするため,日立はさらなる「HUMAN FRIENDLY」の具現化に動き出している。

安全・安心・快適をサポートするデザインの実現に向けて

今後,鉄道や昇降機のデザインのあり方は,変わっていくのだろうか。プロダクトからサービスへ,エクスペリエンスデザインの適用拡大を視野に入れて,高田は語る。

「鉄道車両のデザインが,地域の街並みに溶け込む美しさとともに,製造しやすさ,メンテナンスのしやすさといった機能美を追求することに変わりはありません。とはいえ,今後は,受注した車両を美しくデザインするだけでなく,例えば旅の思い出なども念頭に置き,インフラを含めて一つのサービスとしてお客様に満足していただくため,複合的に考えていく必要があるでしょう。そうした考えで,鉄道車両から生み出されるさまざまな情報を全体のサービスに生かす取り組みを始めているところです」

また,野末は実務者の立場から企業のデザイン活動のあり方についてこう話す。

「台北駅での新型特急車両デザインの展示会では,車両デザインを紹介するVRや動画だけでなく,初期のスケッチや開発段階のメモ,モックアップまでさまざまなものを提供しました。そのイベントの経験から,デザイナーや設計担当者の努力や苦労なども含めて,デザインのプロセスを見せていくことが一つの企業評価につながることを実感しています。プロセスをすべて見せるという方法自体が社会へのメッセージとなるはずで,われわれはそこに対してもコミットしていくべきだと考えています」

さらに小町は,今後は新たな環境への迅速な対応がより重要になるだろうと指摘する。

「新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大していますが,いずれ『ウィズコロナ』から『アフターコロナ』へと移行する中で,これまでの価値観や,製品に求められることが大幅に変わってしまうと予想されます。エレベーターという閉鎖空間では密が避けられませんし,エスカレーターでは手すりにつかまりたくなくなる。すでに日立は,画像解析サービスやハンズフリータグの活用によって,建物内の非接触での移動を実現するタッチレスソリューションを展開していますが,今後はそうした人の価値観の変化をいかに早く捉えるかがプロダクトデザインにおける重要なポイントになってくるでしょう」

感染症の広がりは,ソーシャルディスタンスの確保やテレワークの推進など,人との接し方,働き方に変化をもたらしつつある。日立は,これまで同様「社会に溶け込むデザイン」や顧客協創を進めつつ,環境の変化に対してはそれに伴う利用者の価値観の変容も的確に捉えたうえで,安全・安心かつ快適な移動を実現するべく,モビリティシステムのデザイン開発を推進していく。

COLUMN:都市や自然の風景に柔らかく溶け込む特急車両を
西武鉄道新型特急車両001系「Laview」のデザインに寄せて

日立の車両製造に関する技術力とノウハウが発揮された西武鉄道株式会社の新型特急「Laview」は,スタイリッシュで特徴的なデザインや機能性,バリアフリーな設備,環境負荷低減の取り組みなどが評価され,2020年6月,鉄道友の会が定めるブルーリボン賞を受賞した。本コラムは,「Laview」の車両デザインを担当した世界的な建築家・妹島和世氏に寄稿いただいた。

妹島 和世 Photo by Aiko Suzuki 妹島 和世
1981年日本女子大学大学院を修了。1987年妹島和世建築設計事務所設立。1995年西沢立衛とともにSANAA(Sejima and Nishizawa and Associates)を設立。2010年第12回ベネチアビエンナーレ国際建築展の総合ディレクターを務める。同年プリツカー賞※)(アメリカ)を受賞。主な建築作品として,金沢21世紀美術館※)(金沢市),Rolexラーニングセンター※)(ローザンヌ・スイス),ルーヴル=ランス※)(ランス・フランス)などがある。

※)SANAAとして受賞。

「今までに見たことがない特急車両を」という依頼を頂きましてデザインが始まりました。車両のデザインは初めてでしたが,建築で試みるように,多様な人々が一緒に快適にいられる時間・空間を作ったらどうかと考えました。そのためには,周りから切り離されたものでなく,環境に溶け込んでいくようなものになればと考えました。今回のような特急に限らず,快適な空間とは個人的なものであると同時に公共的なものであると思うからです。

大きな窓を開けることで景色を内部に取り込み,外の風景と同じ明るさの室内をつくりだしました。外観はそのかたちではなく,景色や光の色が写り込む車体と窓越しにみえる中の人々や向こう側の風景とが一緒になって作られますし,逆に内観は,この窓を通り過ぎる風景が意匠の一部となります。電車がホームに到着すると,電車の中の人々が作り出す内部空間が目の前に飛び込んできます。その場その場の風景に溶け込みその一部となるようなもの,車両のかたちをよりも運んできたその空気感を感じるようなものになればと考えました。

打ち合わせや確認のため笠戸事業所に何度か伺わせていただきましたが,広い工場内で車両が出来上がっていく様がとても印象に残っています。車のように量産されるプロダクトではないし,建築のようにある場所で一点造りあげられるものでもない。工場での精度の高い技術と手作りが絶妙に織り合わさって造りあげられていることに想像力をかき立てられました。

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