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COVER STORY:CONCEPT

社会課題の解決でグローバルな成長を牽引する

日立グループのモビリティ事業の戦略と展望

目次

社会課題を志向するビジネストレンド

グローバルなビジネストレンドは大きく変わってきている。特に2008年のリーマンショックなどを契機とし,グローバル市場において持続的な成長を実現していくうえでは,企業が社会的な課題解決や価値提供に寄与することが重要だとの考え方が浸透してきた。2015年には国連がSDGs(Susitainable Development Goals:持続可能な開発目標)を発表し,主に企業の経営者やビジネスリーダーに向けて,地球社会が共通して直面する課題に対してより積極的なコミットメントを求めた。2030年まで10年足らずとなった今,SDGsが掲げる目標数値を達成するためには企業の具体的な貢献が不可欠だが,グローバル企業の多くはすでにSDGsを自社の経営の根幹に据え,事業戦略の抜本的な見直しを図っている。

日立は,こうしたビジネストレンドに先駆けて社会イノベーション事業を標榜し, ITを活用した社会インフラの高度化やオープンな連携・協創を通じた社会課題の解決に取り組んできた。さらに,SDGsやSociety 5.0など,イノベーションによって社会課題を解決しようという動きが加速する状況に応えるべく,新たな中期経営計画では全事業をモビリティ,ライフ,インダストリー,エネルギー,ITという五つのセクターに分け,デジタル技術を駆使しながら,顧客と共に社会価値,環境価値,経済価値を向上して いくことを掲げている(図1参照)。

図1│社会価値,環境価値および経済価値の向上 図1│社会価値,環境価値および経済価値の向上

都市の健全な発展を支え,グローバルな成長をめざす

鉄道事業とビルシステム事業を統合するモビリティセクターは,売上収益の約3分の2を海外が占め,今後もグローバルな成長が期待される事業領域である。急激なグローバル化やデジタル化の進展によって予測不能な時代を迎える今日,社会の変化に合わせてモビリティに求められる価値も大きく変わってきている。日本を含む先進国では少子高齢化が社会問題となっているが,世界としては人口増加の傾向が続いており,2018年には76億人だった世界人口は2050年には97億人まで増えると予想されている。またその人口が都市部に集中し,2018年に55%だった都市人口の割合は2050年には68%まで上昇する。これらの人口が世界中を行き交うことによって生じる温暖化と気候変動が環境,経済,社会にさまざまな影響をもたらすものと考えられている。

こうした課題が山積する時代において,都市の健全な発展を支えるモビリティソリューションとは,一体どのようなものであろうか。

温室効果ガス削減に向けては都心部における自動車への依存度を下げる必要があり,鉄道をはじめとする公共交通による,より速く,より環境に配慮した都市間移動が求められる。また,都市の最小単位であるビル内での移動も見過ごすことはできない。そのため,エレベーター・エスカレーターなどの運行データの活用,ビル内の画像解析などにより,人の流れを整流化するといったスマートビルの実現に期待が集まっている。さらには,鉄道や公共交通,自動車からビル内の昇降機に至るさまざまな移動手段に関する情報やデータを統合・連携し,最適運行を実現するとともに利用者に対して新たな高付加価値サービスを提供するMaaS(Mobility as a Service)の構想が本格的な実用段階に入っている。スマートシティに関して多くの実績を持つ日立は世界各地のPoC(Proof of Concept)に参画し,その一翼を担っていく考えである。

こうした新たなニーズへの対応の先にはSDGsの掲げる各分野の目標達成がある。モビリティセクターではSDGsへの貢献を重要な事業指標として優先的に取り組んでいる。例えば,ビルシステム分野では2021年までに国内既設エレベーターのリニューアル対象約3万台のうち半数を置き換え,45%のCO2削減をめざすことで,気候変動やエネルギーに関する目標の達成に,また高齢化社会に対応し,利用者の歩行速度に合わせて自動で減速制御するエスカレーターで,住み続けられるまちづくりにそれぞれ貢献する。一方,鉄道分野では,次世代車両プラットフォームにリサイクル可能な材料を95%使用し,資源循環と環境負荷軽減を図っていく考えだ(図2参照)。

図2│SDGs達成に貢献する日立のモビリティ事業 図2│SDGs達成に貢献する日立のモビリティ事業

グローバルな協創で世界の鉄道をリード

世界に広がる日立の鉄道事業

アンドリュー・バー アンドリュー・バー
日立製作所 執行役常務
鉄道ビジネスユニット CEO

現在,世界で約1万2,000人の従業員を擁する日立の鉄道事業の歴史は古く,日本国内では100年前の1920年に蒸気機関車の製造に着手し,1924年に完成した国産初の大型電気機関車ED15形が原点と言える。2015年,日立グループに加わったHitachi Rail S.p.A. (旧Ansald Breda社)の歴史はさらに古く,そのルーツは 1853年,イタリア・ジェノヴァでジョヴァンニ・アンサルドによって創業されたアンサルド社にまで遡る。創業当初は英国からの輸入に依存していた蒸気機関車のイタリア国産化をめざし,1850年代後半に最初の国産蒸気機関車を納入した。

また2001年にアンサルド社と合併したブレダ社は,エルネスト・ブレダによって1886年に設立され,鉄道車両だけでなく,のちに飛行機の製作も手掛けたイタリア有数のメーカーであった。両社は機関車,電車の製造から,ETR200,ETR400(Frecciarossa 1000)などの高速鉄道車両の製造を担ってきた。

一方,信号関連分野を担当するアンサルドSTS社も2006年に設立された会社ではあるが,1881年にジョージ・ウェスティングハウスが創設したユニオン・スイッチ・アンド・シグナル(US&S)社,スウェーデンのスタンダード・レディオ・オ・テレフォン社,フランスの鉄道信号企業であるCSEE社など,それぞれ歴史を持つ有力な通信事業や信号会社を統合しながら,信号システム・ターンキー事業をグローバルに展開してきた。貨物輸送向けと旅客輸送向けに信号&保全装置の開発,製造,新設,更新,保守を一手に手掛け,特に自動制御システム技術に優位性があり,それを中核とした自動運転システムが2002年にデンマークのコペンハーゲンで採用され,その後,イタリアのミラノ地下鉄5号線などにも採用された。2015年よりHitachi Rail S.p.A.とともに日立グループの一員となり,Hitachi Rail STS S.p.A.として新たなスタートを切ることとなった。

「気候変動や都市化に関する多くの課題が顕在化している今日,都市機能の中核を担う鉄道に対しての期待が世界的に高まっていますが,こうした大規模かつ複雑な社会システムを構築し,安全・安心に運用する能力を備えた企業はワールドワイドに見ても数社に限られます。日本,英国,イタリアの伝統を受け継ぐ日立の鉄道事業は2020年現在,世界中に11の生産拠点を有しており,米国・イタリア・インド・オーストラリアなどへの信号システム,英国でのClass 800シリーズなどの車両,日本国内では新幹線車両やモノレールシステムを納入しています。(図3参照)。今後は鉄道システムにおけるトータルソリューションのリーディングカンパニーとして,さらなる発展をめざしています。」(日立製作所 執行役常務・鉄道ビジネスユニット CEOアンドリュー・バー)

図3│鉄道事業における主要プロジェクトの進捗状況 図3│鉄道事業における主要プロジェクトの進捗状況

鉄道のフルラインアップで世界に挑む

グローバルに拡大する日立の鉄道事業は,世界各地の多様なニーズに応えるために車両,信号&ターンキー,サービス&メンテナンスという三つのビジネスラインで競争力の強化を図っている。それぞれの分野でコア製品と技術への投資を行い,顧客に対する付加価値を高めていく計画である。

車両ビジネスは,高速車両,通勤電車,モノレール,空調・換気装置,台車などに加え,インバータ制御装置,ハイブリッド駆動システム,ATIなどの車載機器を含む分野だ。ここでは主にグローバルな製造工程における作業量の平準化・効率化を図る新プラットフォームの開発に注力する。特にデジタル・IoTソリューションを導入することにより,顧客ニーズを見据えた技術革新を加速していく。

信号&ターンキービジネスは,ネットワーク信号制御システム,デジタルATC(Automatic Train Control:自動列車制御装置) 運行管理システム,旅客案内システム,鉄道用受変電システムなどである。ここでは“One Hitachi Rail”として,日立製作所とHitachi Rail STSの事業の統合を推進し,グローバルなプロジェクトマネジメント能力を強化していく。またERTMS(European Rail Traffic Management System)への取り組みを強化し,CBTC(Communication Based Train Control System:無線式列車制御システム)の新市場を開拓し,関連デジタル技術を開発することがカギとなる。

サービス&メンテナンスビジネスは,鉄道システムのエンジニアリング・保守・運用などに関わる分野である。ここでは,予防保全向けのデジタル・IoTソリューションの深化が課題であり,車両のライフサイクルコストの削減をめざし,サプライチェーン管理を強化していく。これらを通じて車両のサービス品質・信頼性の継続的な向上を図っていく考えである。

「日立の強みは,車両,信号&ターンキー,OS&M(Operation,Service & Maintenance:運用・サービス・保守)という,鉄道システムに関わる三つの分野を統合するフルシステムプロバイダーであることです。現在,モビリティとしての全体最適化が一層求められる将来課題に対して,独自のソリューションを提案する体制が整いつつあります。三つのビジネスラインが連携して開発を進めることにより,モビリティ分野のシステムインテグレーターとしてB2B(Business to Business)のビジネスだけでなく,B2C(Business to Customer)のビジネスも通じて,イノベーションを通じた新しい価値で社会のニーズに応えることで,よりよい社会の実現に全力を尽くしていきます。」(バー)

Lumadaが実現する次世代の鉄道システム

こうした戦略を実行するうえで最大のコアコンピタンスとなるのが日立のLumadaが提供するデジタルソリューションテクノロジーである。

製造工程では先端ロボティクスやAIと生産設備のつながる化によるデジタルファクトリーの実現をめざすとともに,シームレスなサプライチェーン管理による品質管理,工場設備の保守,コンポーネント部品数の適正化などを通じてスループットの拡大を図っていく。

将来の車両に向けては,需要に応じた運行で混雑緩和に寄与するダイナミックヘッドウェイや無人自動運転による省力化をめざす。また,オペレーション面では運行状況の診断モニタリングや故障予測技術などを駆使した最適化・効率化と,データを活用した新たな高付加価値を提供していく(図4参照)。

図4│日立グループのデジタルソリューションテクノロジー 図4│日立グループのデジタルソリューションテクノロジー

社会イノベーションのコア事業として世界No.1をめざす

日本・中国から世界に拡大する日立のビルシステム事業

光冨 眞哉 光冨 眞哉
日立製作所 執行役常務
ビルシステムビジネスユニット CEO

日立のビルシステム事業は,駅やビルなどで快適な移動を担う昇降機を軸に展開してきた。エレベーターは1920年代に亀戸工場で研究開発を開始し,1932年に東京電気株式会社川崎工場に第1号機を,エスカレーターは1936年に大鉄百貨店へ第1号機をそれぞれ納入したことからスタートした。戦後は昇降機の需要増加に伴い,1961年に国分工場から水戸工場に昇降機生産を移管した。高層ビル時代を見据えて高速エレベーター技術の開発に取り組み, 1968年に竣工となった日本初の超高層ビル,霞が関ビルディングに,当時の国内最高速となる定格速度300 m/分の高速エレベーターを納入した。また,ビルの高層化やマンション,オフィスビルの増加に合わせて1970年代からは遠隔監視技術の開発,メンテナンスサービスの拡大に注力した。

その後,日立の昇降機は,オフィスビル,マンション,商業施設など,多くの高層・超高層ビルで利用されながら,インバータ制御方式の採用などによる進化を続けてきた。さらなるビルの超高層化に伴う高速化や大量輸送のニーズに応えるため,2010年には水戸事業所に当時,エレベーター研究施設としては世界で最も高い地上高213 mの「G1TOWER」を完成させた。一方で昇降機のメンテナンス面では遠隔知的診断システム「ヘリオス」や,グローバル管制センターへの投資を拡大している。

図5│世界最速1,260m/分のエレベーターを納入した広州周大福金融中心の外観 図5│世界最速1,260m/分のエレベーターを納入した広州周大福金融中心の外観

ビルシステム事業のグローバル展開としては,1980年から中国市場で本格的に昇降機事業の展開を始め,1995年には広州に製造・販売・サービスを担う合弁会社を設立した。以後,市場の拡大に応じて絶えざる革新を続け,新たな地域で社会イノベーション事業の中核として成長を牽引してきた。特にアジア・中東地域では2010年代より販売・サービス拠点の拡大を加速し,中国市場においてはトップクラスの新設受注台数シェアを獲得している。こうした近年の成果を象徴するのが,広州周大福金融中心に納入した世界最速※)1,260 m/分のエレベーターである(図5参照)。

「世界最大の市場である中国ではNo.1昇降機メーカーとしての地位を守りつつ,その生産能力を活用してアジア・中東諸国への輸出拡大を進めていきます。その一方で現在,高齢化が急速に進む中国では,一人ひとりのQoLを基点とした社会課題への取り組みが求められており,ビルシステム事業においては,エレベーターのない古い団地にエレベーターを後付けする取り組みを推進しています。ビルシステム事業は,オフィス,住宅,商業施設,公共施設,宿泊施設などの多様な顧客ベースを有しており,スマートシティのような広範囲にわたる社会イノベーション事業を牽引する事業領域と言えます。」(日立製作所 執行役常務・ビルシステムビジネスユニット CEO 光冨眞哉)

※)
2020年7月現在(日立製作所調べ)。

データ活用で新たな価値をグローバルに提供していく

図6│グローバル管制センターの様子 図6│グローバル管制センターの様子

今後はエレベーター・エスカレーターの新設・リニューアルおよびメンテナンスを中心とする昇降機事業をデジタル技術で高度化していくことに加えて,既存の事業チャネルを生かし,ビル設備をはじめとするさまざまなデータを活用して新たなビルサービス事業を拡大していく考えであり,グローバル市場での競争力を一層強化するための施策を進めている。

まず先端的なサービス提供を可能にするプラットフォームとして,世界で60万台を超える昇降機やその他のビル設備,そして世界1,500拠点のサービス・メンテナンス網を結ぶグローバル管制センターの機能をさらに拡充し,ビルサービス事業のグローバル展開を加速していく(図6参照)。

続いてはコアコンピタンスであるLumadaを活用したデジタル化による新たな価値の提案だ。ビル設備に加え,ビル内の人の動き,混雑状況などのさまざまなIoTデータを収集・分析し,設備の最適化や就業者向けのサービスを提供する。

「グローバル管制センターを強化し,AIを活用した故障復旧支援システムの導入などのサービスの高度化を図るとともに,遠隔監視サービスやビルオーナー・管理者向けダッシュボードのグローバル展開を推進しています。また,スマートビル,スマートシティの実現に向けて,昇降機とその他のビル設備や,サービスロボットなどを組み合わせたデジタルソリューションの開発を加速しています。日本を中心に実績を積み上げ,Lumadaのユースケースとして蓄積し,グローバルでの課題解決に貢献していきたいと考えています。」(光冨)

危機の時代を乗り越えていくために

2020年の年頭から現在に至るまで,新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって,世界各地で医療機関の機能を守るために都市封鎖などの対策が行われている。こうした中で,人と人,人と物の接触を最小限に抑制しようというソーシャルディスタンスやフィジカルディスタンスなどの考え方が唱えられ,今後,感染拡大が鎮静化したとしても,第二波,第三波を警戒した新しい生活様式が求められるようになっている。

日立は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大という危機に対して,社会インフラやサプライチェーンの維持,顧客の事業継続への支援などに努めるとともに,新たな生活様式や社会のあり方に対応した技術開発と製品・サービス提供に注力している。モビリティセクターでは,ビル・建物内の非接触での移動・生活を実現する「タッチレスソリューション」の提案をはじめ,ソーシャルディスタンスに配慮しつつ,都市空間における安全・安心・快適な移動をトータルに支援するソリューションを検討している。

「新型コロナウイルスのパンデミックにより,世界はいっそう予測不能な時代に突入しています。しかし,このような危機的な状況にこそ,社会イノベーション事業を通じてグローバルに培ってきた幅広い実績と知見を生かせる機会があると考えています。これは,社会・環境・経済にわたる新たな価値を協創する機会と捉え直すことができます。日立のモビリティセクターは鉄道や昇降機など,人の移動を支援する技術を磨いてきましたが,今後は新たな顧客ニーズをいち早く捉えたソリューションを開発し,コアとなる製品と組み合わせて提供することで,都市空間におけるニューノーマルに貢献していきたいと考えています。」(光冨)

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