日立評論

日立東大ラボにおける次世代スマートシティ実現に向けた取り組み

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ハイライト

Society 5.0の具現化を目的に設立された日立東大ラボでは,人間中心のデータ駆動型スマートシティの実現をめざし,ハビタット・イノベーションプロジェクトに取り組んでいる。

本稿では本プロジェクトについて,(1)経済的成長と社会課題の解決を両立しつつ,人間中心の社会を実現するための指針となるフレームワーク,(2)QoL評価およびデータ利活用の社会的受容性の検討を含めた文理協創の取り組み,そして(3)具体的な社会実装事例の一つとして,松山スマートシティプロジェクトの概要と今後の展開について述べる。

目次

執筆者紹介

松岡 秀行Matsuoka Hideyuki

松岡 秀行(Matsuoka Hideyuki)

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 所属
  • 現在,日立東大ラボにおける産学協創活動に従事
  • 博士(理学)

古谷 純Furuya Jun

古谷 純(Furuya Jun)

  • 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ 価値創出プロジェクト 所属
  • 現在,日立東大ラボハビタット・イノベーションプロジェクトに従事
  • 国立大学法人愛媛大学防災情報研究センター客員教授
  • 松山アーバンデザインセンター プロジェクトディレクター

土屋 千笑美Tsuchiya Chiemi

土屋 千笑美(Tsuchiya Chiemi)

  • 日立製作所 ライフ事業統括本部 デジタルフロント事業部 コネクテッドカー本部 事業開発部 所属
  • 現在,スマートシティのデータ活用に関わる事業開発に従事

牛山 純子Ushiyama Junko

牛山 純子(Ushiyama Junko)

  • 日立製作所 ライフ事業統括本部 デジタルフロント事業部 コネクテッドカー本部 事業開発部 所属
  • 現在,スマートシティのデータ活用に関わる事業開発に従事

出口 敦Deguchi Atsushi

出口 敦(Deguchi Atsushi)

  • 東京大学大学院新領域創成科学研究科副研究科長・教授
  • 専門は都市計画学,都市デザイン学。スマートシティ,コンパクトシティ,公共空間のデザイン・マネジメントなどの研究に従事
  • 工学博士
  • 日本都市計画学会(会長),日本建築学会,土木学会,都市住宅学会などに所属

1. はじめに

図1|日立東大ラボの取り組み 図1|日立東大ラボの取り組み 日立東大ラボはSociety 5.0の具現化を目的に,「まちづくり」と「エネルギーシステム」のテーマに取り組んでいる。

日立東大ラボは,第5期科学技術基本計画において提唱された将来ビジョン「Society 5.0」を具現化することを目的に,2016年6月に東京大学内に創設された1)。Society 5.0は,「科学技術イノベーション総合戦略2017」において,「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させることにより,地域,年齢,性別,言語などによる格差なく,多様なニーズ,潜在的なニーズにきめ細かに対応したモノやサービスを提供することで経済的発展と社会的課題の解決を両立し,人々が快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることのできる,人間中心の社会である」と記されている。日立東大ラボでは,こうしたビジョンの実現に向け,「エネルギーシステム」と「ハビタット・イノベーション」の二つのプロジェクトに取り組んでいる(図1参照)。前者は,Society 5.0を支える,トータルエネルギーシステムのあり方を検討し,提言としてまとめ2),対外発信している。後者は,Society 5.0の考え方に基づく人間中心のスマートシティを居住からの変革により実現することをめざしている。本稿においては,ハビタット・イノベーションの概念とその取り組み内容を紹介する。

2. ハビタット・イノベーションのめざす姿

2.1 社会課題解決に向けたハビタット・イノベーションのフレームワーク

図2|社会課題解決へ向けたKPIリンクの考え方 図2|社会課題解決へ向けたKPIリンクの考え方 社会課題に対応するKPI(ここでは一人当たりのCO2排出量)の分母と分子に同じ項目(エネルギー消費量と活動量)を掛けることにより,3項の積から表現される因数分解を実施する。それぞれの項が,構造転換,技術イノベーション,QoLに対応する項となり,Society 5.0の考え方を明示的に表現する。

日立東大ラボでは,経済的成長と社会課題の解決を両立しつつ,人間中心の社会を実現するために,以下に示すKPI(Key Performance Indicator)リンクという考え方を提案している3)

例えば,国際的な社会課題の一つに人口当たりのCO2排出量の削減が挙げられるが,国際連合でも使用されている「CO2排出量/人口」の指標は,捉え方によっては人が我慢して活動を抑制する方向にもつながりかねない(図2上段参照)。実際,日本の役所の施設内でも真夏の猛暑日に空調の室温を29度に設定し,暑い中,我慢して仕事をしているような光景も珍しくない。こうした我慢する省エネルギーなどのように,人の欲求や活動を抑制することで達成する指標と認識されてしまうと,社会課題の解決と経済的発展のための活動は二項対立的に捉えられ,その両立は極めて困難なものとして考えざるをえなくなってしまう。

そこで,日立東大ラボでは,この社会課題に関する分数で表記された指標の分子と分母にそれぞれ同じ項目(エネルギー消費量と活動量)を掛ける操作を行い,因数分解式にすることでその両立を説明するKPIリンクという考え方を提案している。すなわち,因数分解により三つの項に分解することで,一人当たりの経済活動量を向上させることと社会課題の解決の両立を図るとしたSociety 5.0の考え方をより明示的に表現する表記法を提唱している(図2下段参照)。

例えば,地球温暖化という社会課題に対する指標である人口一人当たりのCO2排出量の削減は,KPIリンクによる式において,この社会課題におけるその解決と経済成長の両立の方法と研究開発の位置づけを,三つの項に因数分解することで説明することとなり,三つの項それぞれはめざす指標の策定につなげることもできる。

図2下段の左側の項は,エネルギー消費量当たりのCO2排出量を示し,これを低減するためには自然再生エネルギーなどへの転換が必要であり,政策提言などにより実現をめざす「構造転換」に対応する項と言える。

二番目の項は,人の活動量当たりのエネルギー消費量を示し,これを低減するためには技術開発によるビル・住宅・都市施設の性能の向上が必要であり,技術開発などによりその実現をめざす「イノベーション」に対応する項と言える。

三番目の項は,一人当たりの,快適な環境下で活発に活動する量を示し,経済的発展に寄与するとともに人々の生活の豊かさを表しており,生活の質(QoL:Quality of Life)に対応する項として捉えることができる。

KPIリンクでは,さまざまな分野の社会課題の指標に対し,課題解決と経済的発展の両立を図るうえで必要な政策提言や技術開発の位置づけをより分かりやすく示すことができるとともに,研究開発を通じてわれわれがめざす方向性を分かりやすく共有できるものと考えている。すなわち,こうした因数分解の操作を通じて生成されるKPIリンクの考え方は,さまざまな社会課題の解決に対応する指標にも適応でき,Society 5.0がめざす,QoLを高めながら,社会課題解決と経済的発展を両立させるということの意味と,そのための研究開発や政策提言の役割を明確化するうえで有効であると考えている。

2.2 ハビタット・イノベーションの取り組み

図3|データ駆動型スマートシティプランニングのプロセス 図3|データ駆動型スマートシティプランニングのプロセス 従来の都市計画では,調査,データ取得と分析,課題整理,都市計画の立案から実施,評価,更新までの工程におおよそ5〜10年の「長周期のデータ活用」が基本とされてきた。近年,都市計画分野において各地で実施されている社会実験・実証実験やタクティカルアーバニズムなどの取り組みは,数日から数か月の比較的短期間に実施する限定的で小規模な事業であり,従来の5〜10年のスパンで計画を見直すサイクルとは異なる「短周期データ活用」の取り組みと言える。さらに,AIやIoT(Internet of Things)技術により,データの取得・情報化・知識化がリアルタイムに行われると,従来のデータ活用と計画の周期に依存せず,個人の行動に対して直接働きかけることが可能となる。すなわち,必要な情報がリアルタイムを基本としながらも,最適なタイミングで配信(受信)されることにより,個人が自律的に行動を選択できる「自律改善サイクル」が生み出され,QoL向上が実現する。

前節で述べたフレームワークをガイドラインとし,人間中心のスマートシティの実現に向けて,ハビタット・イノベーションプロジェクトでは以下の取り組みを進めている。

  1. 新たな価値を創造する基となる都市データの生成・蓄積と,これを知識化・価値化する情報処理基盤を整備する。
  2. 都市のデータ,情報処理基盤を活用して価値を創造する主体となるべく,住民も含めたステークホルダー間の連携・協創を加速させ,構想を国際社会に展開する。

こうした取り組みを通じ,サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させるデータ駆動型スマートシティ実現に寄与することをめざしている。そこでは,データ連携プラットフォームの構築により,データの取得と情報化が即座に行われ,専門家による高度な判断(情報の知識化)を内包した短いサイクルのデータ活用技術を通じて,現場の課題に迅速に対応しうる効果的な都市マネジメントが実現することとなる。またAI(Artificial Intelligence)やIoT(Internet of Things)技術を活用して,データの取得,情報化,知識化までがリアルタイムデータ処理によって行われることで,個人の行動に対して直接働きかけることが可能となり,個人が自律的に行動を選択できる小さなサイクル(自律改善サイクル)が生み出され,QoL向上が実現されることとなる(図3参照)。

一方,データ利活用に関する技術がいかにしてユーザーである住民らに受け入れられるかといった社会的受容性にかかる知見とその蓄積は,Society 5.0に関わる技術者,事業者,行政などがデータ利活用のよりどころとすべき指針を得るために極めて重要である。データ利活用に対する社会的受容性を考慮せずに制度設計を行うと,データ社会は,人間中心の社会と同義ではなくなってしまう。そのため,指針を得る手段として社会心理学,社会倫理学,哲学などの人文系と工学系との融合領域の開拓が必須と考え,「人間中心の社会」としてのスマートシティの評価法とQoL評価,およびデータ利活用の社会的受容­性というテーマに関し,文理協創を進めている4)

さらに,こうした人間中心の次世代スマートシティの概念整理に加え,実フィールドでの社会実装にも着手している。次章では,その一つの例として,愛媛県松山市における取り組み内容を紹介する。

3. 松山市での取り組み事例

日立東大ラボではハビタット・イノベーションの実装フィールドの一つとして,2017年より愛媛県松山市において実証を行ってきた5)。この取り組みは,松山市の「歩いて暮らせるまちづくり」構想の実現に向けた市の施策と協調しており6),2019年度に選定された国土交通省スマートシティモデル事業とも連携している。本章では,松山スマートシティプロジェクトの概要および新型コロナウイルスや自然災害への対応を想定した今後の展開について述べる。

3.1 松山スマートシティプロジェクトの概要

伊予鉄道松山市駅およびJR松山駅の駅前広場の設計,さらにそれらの交通拠点をつなぐ歩行空間の設計を対象に,日立東大ラボが提唱するデータ駆動型都市プランニングの方法の地域への実装および実証を進めている。(1)City Probe(人や交通流などの都市データのセンシング),(2)City Data-Spa(地域密着型の都市データプラットフォーム),(3)City Sim(都市整備施策の効果算定などに活用するシミュレーション),(4)City Scope[データ可視化ツールCyber-PoC(Proof of Concept)for Cities]の技術を用いた都市空間の充実化,さらにはCity Ride(次世代モビリティサービス)などの新たな都市サービスの創出を図り,それらの取り組みによる「笑顔あふれる歩いて暮らせるまち」の実現をめざしている(図4参照)。

このうち,日立製作所デジタルフロント事業部にて検討している都市データプラットフォーム(City Data-Spa)の整備方針を以下に述べる。

  1. センシング機器で取得されたデータや関連する各種データを「蓄積する」。
  2. 蓄積されたデータを「整える」,「価値ある情報へ変換する」,「他システムと連携する」機能を備える。
  3. 新たな効果や発見が期待できるさまざまな情報を用いた情報の可視化や効果予測につながる情報基盤とする。

都市データプラットフォームの活用は,都市計画業務から始めるが,将来的に連携先や情報の種類・活用分野を広げ,最終的には民間活用を見据えた対象業務の拡張を想定している。都市データプラットフォームの地域実装は,その実証計画を立て,プロトタイプを創り,利用者にとって有用で使いやすいユーザーインタフェースを含めた仕様・機能を検証し,機能を追加・改修していく,いわゆるデザイン思考のプロセスを実行するものである(図5参照)。

図4|松山市がめざすデータ駆動型都市プランニングの概要 図4|松山市がめざすデータ駆動型都市プランニングの概要 まちなかの多様なデータを取得・集約・可視化して市民との合意形成・計画策定に活用することで,次世代都市サービスを創出する。

図5|City Data-Spa (都市データプラットフォーム)のイメージ 図5|City Data-Spa (都市データプラットフォーム)のイメージ まちづくりに関係する多分野のデータを可視化やシミュレーションを行いやすい形にして,まちづくり関係者や次世代都市サービスの提供事業者に提供する。

3.2 データ駆動型プランニングの今後の展開

図6|松山市がめざすスマートシティ 図6|松山市がめざすスマートシティ 「笑顔あふれる歩いて暮らせるまち」の実現により市民のQoL向上と観光による経済活性化を両立し,同時に低炭素化と災害対応を図る。

前節で述べたデジタル技術を活用したプランニング(都市計画)手法の適用により,最適化された都市空間の形成と次世代都市サービスの相乗効果の創出が可能になる。そして,誰もが歩いて暮らせることによる生きがい創出や健康増進などの市民のQoL向上と同時に,低炭素・循環型社会,観光地としての魅力向上,交流促進による経済活性化といった施策の実現へとつながっていくものと考えている(図6参照)。

また,近年の新型コロナウイルス感染症や豪雨災害,さらには近い将来予想される南海トラフ地震などの災害を事前に想定して迅速に対応するためにも,データ駆動型プランニングの実現は喫緊の課題である。データ駆動型プランニングは前述の平常時のまちづくりに加え,回遊行動シミュレーション技術の津波発生時の避難行動への適用や,新型コロナウイルス禍で有用な人流測定技術の三密回避への応用,さらにはCity Scopeによるまちづくりリモートワークショップなど,平常時以外への活用も並行して検討を進めている(図7参照)。

図7|愛媛県愛南町における事前復興の取り組み(左),レーザーセンサーによる松山市大手町駅付近の乗降客の行動計測(右) 図7|愛媛県愛南町における事前復興の取り組み(左),レーザーセンサーによる松山市大手町駅付近の乗降客の行動計測(右) 人流を計測して現況把握し,行動シミュレーションに生かすことで,災害時の避難行動や交通機関乗り換えの改善に活用する。

4. おわりに

本稿では,日立東大ラボにおける次世代スマートシティに関する取り組みを紹介した。2020年度より,松山市や柏の葉スマートシティにおける社会実装に軸足を置いた活動を始めたところであるが,新型コロナウイルスはスマートシティのあり方を大きく変化させるだろう。今後,リモート化する社会における都市空間・生活のあり方を見定めたうえで,新たに生じうる都市課題を解決するデータ利活用が求められることとなる。例えば,人流データも混雑を避けてソーシャルディスタンスを確保する行動変容を促す方向での活用が期待されることとなる。今後は,弱者を守るインクルーシブな都市社会の実現に向け,サイバー空間の活用がますます重要になってくると考えられ,ハビタット・イノベーションプロジェクトはその実現に向けた取り組みを進めていくものである。

謝辞

本稿で述べた松山スマートシティプロジェクトに関しては,東京大学大学院工学系研究科の羽藤英二教授にご指導いただいている。深く感謝の意を表する次第である。

関連情報

参考文献など

1)
日立ニュースリリース,産学連携から産学協創へ-東大と日立の新たな取り組み超スマート社会の実現に向け,ビジョンを生み出し実現する「日立東大ラボ」を設置(2016.6)
2)
日立東大ラボ:Society(ソサエティ)5.0 人間中心の超スマート社会,日本経済新聞出版社(2018.10)
3)
日立東大ラボ,日立東大ラボ・産学協創フォーラム 「Society5.0を支える電力システムの実現に向けて」(第2回) (2019.4)
4)
出口敦:スマートシティをめぐる文理の協創の取組と課題,学術の動向 (2020.7)
5)
佐藤暁子,外:デジタル基盤で支える「People Centric City」,日立評論,101,3,330〜335(2019.5)
6)
石井朋紀,外:松山市におけるスマートシティ実現に向けた取り組み,アーバンインフラ・テクノロジー推進会議 第31回技術研究発表会(2019.11)
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