日立評論

Happiness Planet

経営方針を従業員と共に推進するための支援技術

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Happiness Planet

経営方針を従業員と共に推進するための支援技術

ハイライト

経営者は企業の未来のために経営方針を立て推進するが,それを発信するだけでは従業員に浸透しない。なぜなら,従業員の現在の業務と経営方針の間には必ずギャップがあるため,自分ごととして行動することが難しいためである。

日立は,経営方針の達成に必要な要件を,方針のブレークダウン,従業員の前向きな参画,リスクモニタリングの3点にあると考え,ソリューションとして「Happiness Planet」を開発した。これは,従業員向けスマートフォンアプリと管理職向けのWebアプリケーションから構成されるもので,これまでに83社4,300名以上が参加した公開PoCで効果を確認しており,今後は法人向けに広く提供していく予定である。

目次

執筆者紹介

辻 聡美Tsuji Satomi

辻 聡美(Tsuji Satomi)

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 兼 未来投資本部 ハピネスプロジェクト 兼 株式会社ハピネスプラネット 所属
  • 現在,Happiness Planetのサービス開発に従事
  • Academy of Management会員

佐藤 信夫Sato Nobuo

佐藤 信夫(Sato Nobuo)

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 兼 未来投資本部 ハピネスプロジェクト 兼 株式会社ハピネスプラネット 所属
  • 現在,Happiness Planetの計測技術開発,事業立ち上げに従事
  • 博士(コンピュータ理工学)
  • IEEE会員
  • 電子情報通信学会会員
  • 情報処理学会会員

嶋田 敬太Shimada Keita

嶋田 敬太(Shimada Keita)

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 兼 未来投資本部 ハピネスプロジェクト 兼 株式会社ハピネスプラネット 所属
  • 現在,Happiness PlanetのITプラットフォーム開発に従事

荒 宏視Ara Koji

荒 宏視(Ara Koji)

  • 日立製作所 研究開発グループ 人工知能イノベーションセンタ知能情報研究部 兼 未来投資本部 ハピネスプロジェクト 兼 株式会社ハピネスプラネット 所属
  • 現在,Happiness Planetの事業立ち上げ全般に従事
  • 博士(工学)
  • 情報処理学会会員
  • 人工知能学会会員

矢野 和男Yano Kazuo

矢野 和男(Yano Kazuo)

  • 日立製作所 フェロー 兼 未来投資本部 ハピネスプロジェクトリーダー 兼 株式会社ハピネスプラネット 所属
  • 現在,Happiness Planetの事業立ち上げ全般に従事
  • 博士(工学)
  • IEEEフェロー
  • 電子情報通信学会会員
  • 応用物理学会会員
  • 日本物理学会会員
  • 人工知能学会会員

1. はじめに

コロナ禍を契機として世界の経済,政治,価値基準は大きく変わりつつある。このような先の見えない状況の中で,多くの企業はリモートワークへの転換,注力商品の変更,流通経路の変更などの経営方針の転換を行っている。これら企業という大きな船の舵を切る経営者に対して,現場は柔軟かつ迅速に追従する組織であることが求められる。そのためには,トップダウンの経営方針の明確化と,従業員によるボトムアップの行動との両立が必要となる。前者のみの指示待ち・縦割りの組織では柔軟な対応ができず,後者のみでは社会の変化速度に追いつけないためである。つまり,経営者が提示する経営方針を従業員がいち早く理解し,現場知識に基づいて適切な行動を自ら探索・判断・実行する組織であることが望ましい。

日立は,トップダウンとボトムアップのハイブリッドによる経営方針の推進アプローチを,従業員の前向きな参画を必須とするという特徴から「ハピネスマネジメント」と名付けて提案する。本稿では,ハピネスマネジメントのアプローチと,それに必要な機能を備えたソリューション「Happiness Planet」の機能について述べ,適用実績を紹介する。

2. ハピネスマネジメント

ハピネスマネジメントに必要な要件は,方針のブレークダウン,従業員の前向きな参画,リスクモニタリングの3点であると考える。特に,従業員が働きがいを感じる状態で方針にアラインして,毎日の業務を能動的に進めることが経営方針実現の成否を分けるカギとなる。本章では,働く人のハピネスについて従来研究を踏まえて整理し,次にハピネスマネジメントのアプローチについて述べる。

2.1 働く人のハピネス

図1|働く人のハピネス 図1|働く人のハピネス 従来研究を総合し,働きがいを感じている状態とは,前向きな心を持ち,信頼できる関係性の中で,組織のビジョンを共有できている状態であると考える。従業員がこの状態を維持できるようにマネジメントを行うことが必要である。

初めに,働く人の望ましい状態,つまり働きがいを感じている状態とはどう表せるか,働きがいの指標・構成要素を整理する(図1参照)。

一つ目は,一人ひとりが持つ前向きな心のエネルギーを指す「心の資本」である。これは,自信やモチベーションなどの自分に関する前向きな認識を指すものであり,米国の経営学者フレッド・ルーサンスらによって提案された指標である。心の資本が高い従業員から成る企業は業績が高いことが確認されている1)

二つ目は,同僚との信頼できる関係性を指す「心理的安全性」である。意見や不安を自由に発言できる関係であることを示すものであり,Google LLC の社内調査において,成果を挙げている組織に共通する特性であった2)。さらにわれわれの研究により,身体の動きに表れる特徴が周囲の人とのポジティブな関係性を表すことを確認しており3),4),「ハピネス関係度」と名付けたその指標は心理的安全性を定量的に示すものであると言える。

最後に三つ目は「経営方針とのアライン」であり,自分の仕事が所属する組織の未来に貢献しているという実感を持つことである。

これら三つのいずれかが欠けると人は働きがいを感じにくくなり,ひいては生産性低下や離職につながり得る。これを働く人のハピネスとし,従業員のハピネスを維持してマネジメントを行うことがハピネスマネジメントの必要条件となる。

2.2 ハピネスマネジメントのアプローチ

図2|ハピネスマネジメントのアプローチ 図2|ハピネスマネジメントのアプローチ 本アプローチの特徴は,トップダウンとボトムアップの流れが組み合わされている点である。従業員一人ひとりが毎日の自分の仕事と組織テーマを意識して自発的にアクションを選択し,実行することがカギとなる。これにより,経営方針が組織の隅々に行き渡り,各現場事情に即したやり方で実現される。

トップダウンとボトムアップの流れの組み合わせによって経営方針を推進する,ハピネスマネジメントの流れを図2に示す。簡単にするため,階層を経営層,管理職(中間管理職),従業員の三層とした。

まず,経営層が示した経営方針を,管理職が各職場課題に合わせた組織テーマにブレークダウンする。そして従業員は毎朝,組織テーマに沿った形で自由にアクションを選び実行する。さらに,従業員はアプリを用いて自分が実行するアクションを毎日選択し,さらにハピネス関係度の計測を行う。これらの記録は管理職に自動的に報告され,従業員への個別支援や表彰の判断材料として活用される。さらに重要な点は,現場からの情報を用いて経営層が経営方針達成のための残課題を分析し,現場を支援するための予算・人財の再配分といった意思決定に反映することである。これにより,経営方針がいつの間にか立ち消えになるような事態を防ぎ,現場事情に即したやり方で実現されるようになる。

本アプローチの特徴は,(1)従業員が自らアクションを選択すること,(2)管理職や経営層に現場の課題やニーズを伝達する仕組みをITによって実現することの二点である。

(1)について,アクションとはその日の仕事をどのように行うかという方向性を明示するものである。例えば,「同僚に笑顔であいさつする」といった簡単なものから「海外展開を想定して顧客に提案する」といった高難易度のものまであり得るが,従業員が自分のやるべき仕事として認識している毎日の業務の方向性を,組織テーマに沿う形で解釈し直して言語化したものがアクションである。従来のマネジメントでは,業務内容は上司に指示される前提となっていることが多い。しかし,現場の事情を最もよく知るのは従業員自身である。また,従業員の内発的な動機に基づく行動の方が熱心に実行されやすい。そのため,従業員は自分の判断でどのように業務を行うかを決定することが望ましい。一方で,経営方針の転換は旧来の業務の前提が変わることであるため,現場に一時的なゆがみをもたらすこともあり,ストレスリスクやコミュニケーション不全リスクも上昇する。そのため,従業員の状況や関心をモニタリングしながら適宜支援を提供することが必要であり,従業員のアクションの方向性がテーマから大きく逸れたときに軌道修正すること,表彰などによって従業員を激励すること,そしてモニタリングによりリスクが高まった際に個別に支援することが管理職の役割となる。

さらに(2)について,従業員がアプリで入力したものは,現場の状況を知らせる非常に価値のある情報である。従来,従業員アンケートや満足度調査などを行っている企業は多いが,年に一度程度の間隔では後付けの解釈しかできず,経営方針達成に反映することが困難である。ITを使うことで従業員の毎日の記録をモニタリング情報として迅速に活用できるようになる。

これらのように,ハピネスマネジメントにおいては従業員の前向きな参画がカギとなり,迅速かつ柔軟・確実な経営方針の実現が期待できる。

ハピネスマネジメントを適用する経営方針としては,「新人のオンボーディング」や「顧客視点での営業の横連携」など多様なものがあるが,図2に「リモートワーク中心の働き方への転換」という経営方針に適用する場合の事例を併記した。コロナ禍により日立もリモートワークを大幅に適用することを決定した5)。オフィスに出勤するスタイルからリモートワーク中心の働き方へ強制的に変わらざるを得なかったが,現場の従業員・管理職は混乱しつつも新しい習慣に適応していった。具体的な例として,当事者としての事情を踏まえたストーリーを以下に紹介する。なお,分かりやすさを考慮し一部に架空の内容を含む。

2.3 具体例

経営方針を受けてリモートワークに転換した後,現場の従業員からは先輩に相談するタイミングが分からない,業務分担が偏っている気がするという課題が挙げられた。これは雑談などを通して自然に伝わっていた調子の良し悪しやちょっとした不安などの報・連・相に満たない些細な情報がチーム内で共有されなくなってしまったからではないかと仮説を立て,組織テーマを「毎日のプチ報・連・相をしよう」に設定した。そして従業員は毎朝,今日のやりたい仕事の計画を宣言する,体調を伝える,おもしろかった本を紹介するといった項目をアプリ上のアクションの選択肢から選び,雑談に相当するコメントを入力する。これによってチームの心理的安全性を高め,互いに相談しやすい風土を作ろうという狙いである。併せてモニタリングのために,スマートフォンをポケットに入れてハピネス関係度計測を行う。これらの記録を集計したものが管理職や経営層に報告され,高リスク者や組織の早期発見,現場ニーズの理解と支援のために役立てられる。

3. Happiness Planet

Happiness Planetはハピネスマネジメントを支援するソリューションである。本章ではそのアプリケーションについて述べる。

3.1 従業員向けアプリケーション

図3|Happiness Planet アプリケーション 図3|Happiness Planet アプリケーション 実際の従業員向けのスマートフォンアプリケーション画面を示す。毎日のアクションの選択・共有・実行報告が容易にでき,「働く人のハピネス」を向上するための基本機能を搭載している。加速度センサーを利用したハピネス関係度計測によるフィードバック機能も付いている。

従業員が情報入力・閲覧のために用いるアプリケーションを図3に示す6)。経営方針に沿った組織のテーマが画面上部に大きく表示され,毎朝自分の一日の業務を思い浮かべながらやりたいアクションを選択する。アプリの設計指針として「働く人のハピネス」を向上することを狙いとしており,アプリ内ポイント獲得やメンバー間のコメントの共有,匿名での感謝の受け渡し機能などを備え,継続的な利用によって心の資本やチームの心理的安全性の向上効果が期待できる。また,ハピネス関係度計測機能により,毎日の自分のハピネス関係度を確認できる。個人の計測値は本人のみにフィードバックし,管理職や経営層向けには組織単位や選択されたアクション単位での集計結果を提示する。

3.2 管理職向け管理ツール

管理職が職場の状態を確認するための管理ツール(PCブラウザ上で動くWebアプリケーション)の画面例を図4に示す。心理的天気図は従業員の置かれた状況を数値化し,ストレスリスクを天気情報に模して表示するものである。先に述べたとおり,ハピネス関係度は本人の主観的なハピネスではなく,周囲の人との関係性のポジティブさを示すものである。それを応用し,関係の深い複数の同僚のハピネス関係度を統計的に集計すると,本人が置かれた状況のポジティブさを数値で示すことができる。その集計結果を晴れ/曇り/雨の天気のシンボルに置き換えて表示する。またその時系列変化をグラフ表示することにより,状況が悪化している部下をいち早く見つけることができる。

また,図5の組織のハピネス特性マップは,図1の働く人のハピネスのうち相互比較可能な2項目「心の資本」と「心理的安全性」を両軸とし,組織の特性を相対的に可視化したものである。2項目がともに高い組織は,個人の前向きな心と信頼できる関係性が両立しており,新しい課題にも挑戦的に向き合える望ましい心理状態であると言える。また,図5の右図は,部ごとに経営方針(リモートワーク)の導入前後の変化を図示した場合の例である。急な経営方針の転換は特定の従業員や部署に負担をかけてしまいやすい。この例では財務部や総務部において左下向きの望ましくない方向に変化しており,優先的な支援が必要であると気付くことができる。

図4|管理ツール 心理的天気図 図4|管理ツール 心理的天気図 従業員の置かれた状況を天気に模して表示する。業務上多く関わっている人々のハピネス関係度データを集計し,周囲との関係性がポジティブな場合には「晴れ」,ネガティブな場合には「雨」と表示される。これによって支援が必要な部下を早く見つけることができる。

図5|管理ツール 組織のハピネス特性マップ 図5|管理ツール 組織のハピネス特性マップ 「心の資本」と「心理的安全性」を両軸とし,匿名の他社データと重ね合わせて表示したものである。右上の「挑戦」の領域に向かって変化することが望ましい。経営方針の推進過程において支援が必要な部署を早く見つけることができる。

4. 適用実績

これまでに,Happiness Planetアプリを用いた働き方改革に関する公開PoC(Proof of Concept)を行い,83社約4,300名が利用し,心の資本の向上効果を確認した7)図2に示したとおり,経営方針の成否を握るカギは従業員の前向きな参画にかかっているが,PoCの結果,参加者の過半数が「楽しかった」と回答しており6),本アプリはゲーム的な表現や参加者どうしの緩やかな連携を促す機能によって従業員の前向きな参画を引き出すことに成功していると考える。さらに数社において,法人向けサービスとして経営方針推進のための適用を開始しており,新人のオンボーディング,営業力強化などを目的として活用されている。また,2020年7月に株式会社ハピネスプラネットを新設し,さらにサービス提供を拡大していく計画である8)

5. おわりに

本稿では,経営方針推進のためのトップダウンとボトムアップを組み合わせたアプローチを提案した。このアプローチの特徴は,従業員が働きがいを感じる状態で前向きに経営方針の実行に参画することである。そのために必要な機能を有するソリューションHappiness Planetを開発し,従業員向けのアプリケーションと管理職向けの管理ツールを紹介した。大きな変化の渦中で働くすべての人々が働きがいを持って力を発揮できる社会の実現のため,引き続き事業展開を進めていく。

参考文献など

1)
フレッド・ルーサンス,外:こころの資本,中央経済社(2020.6)
2)
C. Duhigg:What Google Learned From Its Quest to Build the Perfect Team,The New York Times Magazine(2016.2)
3)
矢野和男,外:ウエアラブル技術による幸福感の計測,日立評論,97,6-7,396〜401(2015.6)
4)
Satomi Tsuji, et al.:Effect of personal data aggregation method on estimating group stress with wearable sensor: Consideration of group dynamics in workplaces, 2017 IEEE International Conference on Systems, Man, and Cybernetics(SMC),Banff, AB, pp.1523-1528(2017.10)
5)
日立ニュースリリース,在宅勤務を変革のドライバーとする働き方改革を推進(2020.5)
6)
佐藤信夫,外:デジタル化で楽しく続ける働き方改革,日立評論,100,4,390〜395(2018.7)
7)
日立ニュースリリース,働き方改革を支援するスマートフォンアプリ「ハピネスプラネット」の活用で働く人の「仕事に対する自信」と「働きがい」を示す尺度である「心の資本」が高まる効果を確認(2019.11)
8)
日立ニュースリリース,幸せの見える化技術で新たな産業創生をめざす「出島」としての新会社を設立(2020.6)
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