日立評論

がん治療のQoL向上をめざす粒子線治療を核としたスマートセラピー事業

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日立評論

ハイライト

日立はがん治療におけるQoL向上をめざし,粒子線を用いた低侵襲な治療法を中核としたスマートセラピー事業を推進している。粒子線治療は治療に伴う患者の体への負担が少ないことから高齢者にも適用しやすく,通院しながらの治療や,治療後の早期の社会復帰が可能であることなど多くのメリットがあり,QoL向上の観点から近年注目されている。

日立の粒子線治療システムの特長は,陽子や炭素という複数の核種を用いたシステムを提供可能なことで,国内外の20以上の施設で治療が行われている。今後,患者のさらなるQoL向上を実現すべく,線量集中性を生かした新技術開発を顧客協創により進めるとともに,より一層の普及を図るために,施設運用や治療のデータを用いたデジタル技術を活用したソリューションの提供をめざしていく。

目次

執筆者紹介

梅澤 真澄Umezawa Masumi

梅澤 真澄(Umezawa Masumi)

  • 日立製作所 ライフ事業統括本部 デジタルフロント事業部 ライフイノベーション本部 粒子線治療開発プロジェクト 所属
  • 現在,粒子線治療システムの技術マネジメントおよび開発に従事
  • 日本医学物理学会会員

藤本 林太郎Fujimoto Rintaro

藤本 林太郎(Fujimoto Rintaro)

  • 日立製作所 ライフ事業統括本部 デジタルフロント事業部 ライフイノベーション本部 アダプティブ開発プロジェクト 所属
  • 現在,粒子線治療システムの開発に従事
  • 博士(理学)
  • 日本医学物理学会会員

大澤 将人Osawa Masato

大澤 将人(Osawa Masato)

  • 日立製作所 ライフ事業統括本部 ヘルスケア事業部 スマートセラピー本部 放射線治療事業推進部 所属
  • 現在,粒子線治療事業の事業推進・拡販業務に従事

1. はじめに

今後も世界的にがんの罹患者数の増加が見込まれる中,がん治療法の一つである放射線治療は,治療中あるいは治療後の患者のQoL(Quality of Life)の維持という観点で,これからもその適用拡大が見込まれている1)

放射線治療の中でも陽子線や炭素線を用いた粒子線治療は,その物理的な特性を生かして腫瘍への線量集中性を高めることが可能である。これにより,治療に伴う患者の体への負担が少ないことから高齢者にも適用しやすく,通院しながらの治療や,治療後の早期の社会復帰が可能であることなど多くのメリットがあり,近年普及しつつある。

一方,従来のX線を用いた放射線治療装置に比べて,装置規模が大きく導入費用が高額となることや,粒子線の特性を生かした治療の遂行に技術的障壁があることから,今後のさらなる市場の発展には,システムの小型・低価格化や幅広い顧客層に導入可能な支援の仕組みが必要と考えられる。日立は,粒子線治療システムの提供を中心に,顧客協創も活用しつつ粒子線治療事業を進めてきたが,そのさらなる拡大に向けて,単なる治療システムの提供にとどまらず,がん治療全体に対して幅広くソリューションやサービスを提供することを目的としたスマートセラピー事業の確立と発展をめざしている。

本稿では,これまでの日立の粒子線治療システムに対する取り組みと合わせて,今後のめざす方向性について述べる。

2. 粒子線治療システム事業の展開

2.1 市場動向

粒子線治療は欧米や日本を中心としたアジアで普及しつつあり,全世界で98施設が稼働中である(2020年9月時点)。使用する核種は陽子線のみが91施設,炭素線のみが6施設,両方が使用可能な施設が6施設である。治療患者数は2018年末の時点でおよそ22万人に達している(陽子線が約19万人,炭素線が約2万8,000人)2)。一方,日本国内では23施設が稼働中であり,陽子線のみが17施設,炭素線のみが5施設,両方が使用可能な施設が1施設である。治療患者数は5万1,000人で,内訳は陽子線が2万9,000人,炭素線が2万2,000人となっている(2018年末時点)3)。日本国内では2016年4月に陽子線の小児がん,炭素線の骨軟部への治療が保険収載されて以降,2018年4月に頭頸部,前立腺がんにも保険収載が拡大された。

2.2 日立の粒子線治療システムラインアップ

図1|日立製作所の粒子線治療システムラインアップ 図1|日立製作所の粒子線治療システムラインアップ 陽子線治療,炭素線治療,および両者を備えたハイブリッドシステムを提供可能である。

日立の粒子線治療システムは,回転ガントリーを有する陽子線治療システム,固定照射室を有する炭素線治療システム,両者を有するハイブリッド型の治療装置をラインアップしている(図1参照)。

日立の粒子線治療システムを導入する顧客とその市場は年々増加しており,2018年6月に三菱電機株式会社と粒子線事業を統合した結果,国内の納入・契約数は19施設となった(うち18施設は治療がスタート。)(図2参照)。海外では米国,欧州,アジアと市場を拡大して13施設と契約し,うち7施設が治療を行っており(図3参照),日立の治療システムで治療を受けた患者数は累計5万3,000人を超え(2017年末),1年間でも7,000人を超えている(2017年のデータ)。

図2|日本における日立の粒子線治療システム受注・納入実績(機器の一部納入を含む。) 図2|日本における日立の粒子線治療システム受注・納入実績(機器の一部納入を含む。) 多くの施設で採用されており,日本マーケットシェアNo.1の地位を築いている。

図3|世界における日立の粒子線治療システム受注・納入実績(機器の一部納入を含む。) 図3|世界における日立の粒子線治療システム受注・納入実績(機器の一部納入を含む。) 北米,アジア,欧州に事業を展開中である。世界的に名高い医療機関でも採用されている。

陽子線治療システムとしては,設置面積を低減し,比較的安価に導入可能な1治療室システムから,複数室のシステムを提供可能である。

2015年に本誌で報告して以降4),2015年から2016年にかけて米国ではメイヨークリニックでの2施設,セント・ジュード小児研究病院で稼働を開始し,アジア地域では同じ2016年に香港養和病院,シンガポール国立がんセンターから陽子線治療システムを受注した。その後,2017年に欧州初としてスペインのナバラ大学病院,2018年に日立として初めて1治療室に特化したコンパクトシステムを徳洲会から受注し,また2019年にはイタリア国立粒子線がん治療センターから1治療室システムを受注した。

なお,初期導入時には1治療室として納入し,あらかじめ建設しておいた建屋部に,治療運用後に治療を停止せず,さらに治療室を追加する拡張型システムも提供しており(図4参照),2020年4月にスペインのナバラ大学病院で稼働を開始したものが,拡張型システムの初号機である(図5参照)。

炭素線治療システムでは,全室スキャニング照射のシステム「重粒子線治療システム HyBEAT」を大阪重粒子線センターに納入し,2018年10月より治療を開始するとともに,同年4月には台湾初の重粒子線がん治療システムを台北栄民総医院から受注した。

また,複数の核種を加速可能なシンクロトロン型加速器の特長を生かした,陽子線と重粒子線の両方が照射可能な粒子線がん治療システム(ハイブリッドシステム)を中国江蘇省徐州市の中固病院管理(徐州)有限公司から2019年5月に受注している。

粒子線システム納入時には,粒子線治療に必要な診断装置や治療計画ソフトウェアなどの装置・システムに加え,粒子線治療システムの据え付け,引き渡し後の保守サービスなどを一括して提供することが可能である。

図4|拡張型2室陽子線治療システム 図4|拡張型2室陽子線治療システム あらかじめ建物部分を建設することで,治療運用後に治療を停止せずに,さらに治療室を追加可能とする設計を実現した。

図5|スペインのナバラ大学病院に納入した最新の陽子線治療システム 図5|スペインのナバラ大学病院に納入した最新の陽子線治療システム 温かみのある木目調の壁面を採用し,天井に開放感のある景色を描くことで,建屋と一体となった圧迫感のない患者に配慮した治療室デザインを実現した。

3. 日立の粒子線治療技術の特長

3.1 顧客協創による新技術の開発とその適用

図6|自社開発した患者位置決め自動ソフトウェア 図6|自社開発した患者位置決め自動ソフトウェア 治療前に撮影したCT(Computed Tomography)画像と,当日撮影したCBCT(Cone Beam Computed Tomography)画像の三次元画像どうしをマッチングし,患者を正確に位置決めする。

粒子線治療は,正常組織を避けながらできるだけ腫瘍に集中して照射することができるため,患者の体への負担を抑えることができる。日立は,この特性を最大限生かすための開発を進めてきた。その一つが,現在粒子線治療では主流となっているスキャニング照射技術である。日立はこの技術を世界に先駆けて実現し5),世界各地に導入を進めてきた。

スキャニング照射技術とは,粒子線のビームを拡散させるのではなく,細い状態のままのビームを用いて順次位置を変えて照射する技術で,日立のシステムでは本技術を用いた強度変調粒子線治療(IMPT:Intensity Modulated Particle Therapy)も適用可能である。IMPTは,複数方向から照射する粒子線の線量分布を自在にコントロールすることにより,病巣の形が複雑な場合や,正常組織が隣接しているような場合にも線量を病巣に集中し,正常組織への線量を低減できる。この照射方式の持つ有効性を最大限に生かすべく,粒子線治療計画ソフトウェアも自社で製作・納入している。

また,粒子線治療の普及と適用範囲の拡大のため,高度な手技が求められる治療をできるだけ容易に実施するための技術開発も続けてきた。粒子線治療適用時に重要となる患者の位置決めについては,陽子線の回転ガントリーおよび炭素線の固定治療室の両方に,治療時に取得した二次元(2D:2-Dimensions)画像と参照先となる三次元(3D:3-Dimensions)のCT(Computed Tomography)画像を照合する2D/3Dマッチング機能を有するとともに,陽子線回転ガントリー搭載のコーンビームCT(CBCT:Cone Beam Computed Tomography)撮像機能や,炭素線治療室に別途設置された同室CTを用いた3D/3Dマッチング機能を有する自動位置決めソフトウェアを提供することで,位置決めの高精度化とともに治療スループット向上を実現している(図6参照)。

さらに,粒子線治療をより多くの患者に提供するため,患者数の多い肺がんを含む移動性臓器に対する開発も行っている。北海道大学と共同開発した動体追跡技術を用いて,腫瘍の近くに埋め込んだ金マーカーの位置をX線透視画像で追跡することで,移動する腫瘍により正確に粒子線を照射することを可能としている。この技術は,北海道大学と共同で取り組んだ国家プロジェクトの最先端研究開発支援プログラム「持続的発展を見据えた『分子追跡放射線治療装置』の開発」の成果として,日立開発のスキャニング照射技術と北海道大学開発の動体追跡放射線治療技術を融合した移動性臓器対応スキャニング照射技術を実用化6)したものである。さらに,その開発中に共同で創生した発明が,2017年度全国発明表彰においてその最高賞となる恩賜発明賞に選ばれた7)。今後も,日立はこのような顧客との協創をベースに新技術を開発し,粒子線治療をより良いものとしていく。

3.2 経済性・保守サービス

日立の粒子線治療システムでは,取り出すエネルギーが可変なシンクロトロン加速器を採用しており,エネルギーを効率的に活用することができるため,光熱費低減や建物のコンクリート壁厚を薄くできるなどの経済的メリットがある。

また,粒子線治療システムの保守サービスは,高い稼働率を実現してきた経験を生かして,さらにその品質維持・向上に努めている。治療を長期間停止しないための予防的な保守計画を週末を利用して立てるとともに,国内19施設(建設中含む。)全体で保守チーム,保守部品の管理を効率化し,またリモート保守を取り入れて治療を停止させないシステムをめざしている。こうした高稼働率システムをベースに,治療準備を含めたシステム全体の高スループット化,さらには装置小型化を含む初期導入費用低減と併せて,顧客ニーズに合わせた経済性の高いシステムの提供が可能である。

4. おわりに

粒子線治療事業は2019年5月より日立の中のライフセクターに属し,健康,安全,快適をキーワードに社会課題の解決をめざす事業分野の一つとして,粒子線治療を核としたQoLを維持したがん治療の実現をめざしている。そのためには,粒子線治療システムの小型・低価格化と高付加価値化,さらには粒子線治療市場自体の拡大が必須である。小型・低価格化に関しては従来の粒子線加速器と回転ガントリーという組み合わせの抜本的な見直しも視野に入れて,X線を用いた放射線治療装置からの置換も提案可能なレベルをめざしている。

一方で高付加価値化としては,治療中および治療後の患者のさらなるQoL向上をめざしており,そのためには線量の集中性を高めて正常組織へのダメージをさらに軽減させていく必要がある。粒子線の腫瘍への高い線量集中性を生かすことで,より患者の体への負担が少なくQoLの高い治療が提供できるものと考える。近年のイメージング技術の進展に加え,AI(Artificial Intelligence)を含めたデジタル技術を活用することで,日々の患者の状態変化に合わせて治療を進めるアダプティブ(適応)放射線治療ソリューションの開発を進めている。

アダプティブ放射線治療では,治療時の患者・腫瘍の状態の把握や,必要に応じた再計画などのプロセスが加わり,治療ワークフローが複雑化する。そのため,高精度化のための技術だけでなく,治療ワークフローを省力化していくための技術も必要となる。これらの開発は,既存の顧客ネットワークの活用や,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED:Japan Agency for Medical Research and Development)の支援も得ながら進めている。

放射線治療,粒子線治療市場そのものの拡大に向けては,陽子線治療のエビデンス構築のための活動として,米国における頭頸部がんのX線と陽子線による放射線治療の臨床試験に関わる共同研究,ゲノム情報に基づく放射線治療の効果や予後予測の共同研究などを進めている。さらには,病院や医療機関との幅広い協創で,過去の診療データや培ってきた治療ノウハウを活用するデジタルソリューションの研究開発を進めている。

一人ひとりの患者に適したがん治療を実現し,高度な医療を安定して提供できるようサポートすることで,より多くの患者が安心して暮らせる社会を支え,医療技術のさらなる進化,医療機器の安定稼働,病院の経営改善なども継続的に支援していく。

参考文献など

1)
R. Atun et al.: Expanding global access to radiotherapy,Lancet Oncology, No.16, Vol.10, pp.1153-1186(2015.9)
2)
PTCOG(Particle Therapy Co-Operative Group)
3)
公益財団法人医用原子力技術研究振興財団,粒子線治療
4)
秋山浩,外:患者にやさしい治療を実現する粒子線治療,日立評論,97,9,512〜515(2015.9)
5)
松田浩二,外:世界初の商用スポットスキャニング照射装置ーM.D.アンダーソンがんセンター納め陽子線治療システムの完成ー,日立評論,91,3,314〜319(2009.3)
6)
梅澤真澄,外:移動性臓器対応小型陽子線治療システムの開発,日立評論,97,6-7,388〜393(2015.6)
7)
藤井祐介,外:粒子線治療装置開発における産学連携と知財の創生,日立評論,101,9,214〜219(2019.3)
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