日立評論

高度な迅速検査を実現する体外診断装置

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ハイライト

近年の医療機関では,当日検査・当日診断が広く普及した。患者の来院回数を減らし,データから迅速に最適な治療を選択してQoLおよび医療品質の改善に貢献している。

株式会社日立ハイテクは,これらを支える生化学・免疫分析装置を提供している。ピーク時の運用や夜間緊急検査をカバーするための消耗品補給およびメンテナンスの自動化や,検査データの信頼性を高めるための異常検知技術などの製品改良を続けている。

今後,新たな検出技術および先端的な情報技術を継続的に導入することにより,迅速検査の領域を拡張していく。

目次

執筆者紹介

井上 陽子Inoue Yoko

井上 陽子(Inoue Yoko)

  • 株式会社日立ハイテク アナリティカルソリューション事業統括本部 医用システム製品本部 医用システム第一設計部 所属
  • 現在,医用システムの設計・開発に従事
  • 薬剤師
  • 日本臨床化学会会員
  • 日本分析化学会会員
  • 日本薬学会会員

今井 健太Imai Kenta

今井 健太(Imai Kenta)

  • 株式会社日立ハイテク アナリティカルソリューション事業統括本部 医用システム製品本部 医用システム第二設計部 所属
  • 現在,医用システムの設計・開発に従事
  • 博士(化学)
  • 日本医療検査科学会会員

橋本 雄一郎Hashimoto Yuichiro

橋本 雄一郎(Hashimoto Yuichiro)

  • 株式会社日立ハイテク アナリティカルソリューション事業統括本部 医用システム製品本部 医用システム第二設計部 所属
  • 現在,医用システムの設計・開発に従事
  • 博士(学術)
  • 米国質量分析学会会員
  • 日本質量分析学会会員

1. はじめに

医療の現場において,治療方針の約70%は体外診断の結果に基づき決定されると言われている1)。医療を取り巻く環境は,全ゲノム解析,アンチセンス医薬や抗体医薬の登場により,がん治療,難病に対するブレークスルーがもたらされた。高額でリスクを伴う治療法の出現により,治療法の選択において質とスピードの両面で改善していくことが求められている。体外診断装置の領域では,知見の構築と迅速な治療の選択のための結果保証を求める機運から,ISO 15189(臨床検査室―品質と能力に関する特定要求事項)が制定された。現場となる検査室では,国際的な標準化の対応,精度管理と装置の維持管理の徹底などの業務が急速に増加している。この中で,治療のフロントラインとなる医療機関では,体外診断の結果を迅速に提供することを時間で保証する体制をめざしている。この活動は,迅速な想定疾患の絞り込みを行い,細かく病態に応じて治療法を選択する「当日検査・当日診断」となり,患者・家族のQoL(Quality of Life)改善,医療費抑制の双方に効果があるからである。体外診断の一領域である生化学検査・免疫検査は前処理約15分,測定時間10〜30分であり,患者は検査結果が出るまで医療機関内で待機する。消耗品交換やメンテナンスのために検査装置が停止すると,検体は検査室内で待機させられることとなり,患者の待ち時間伸長につながる。株式会社日立ハイテクでは,医療機関で「検査を止めない」ことを目標に新規製品の開発に注力している。

2. 統合型ソリューション

図1|cobas pro integrated solutionsシステム外観 図1|cobas pro integrated solutionsシステム外観 電解質分析部(ISE),生化学分析装置 c 503,免疫分析装置 e 801を連結したシステムの例を示す。検査室の様態に合わせて分析部はISEとc 503のみ,e 801のみの構成とすることも可能である。処理能力は,ISE:300検体/時,c 503:1000テスト/時,e 801:300テスト/時で,主に中・大規模病院で活躍する。

日立ハイテクは生化学と免疫の統合型自動分析装置を世界に先駆けて市場投入し,現在に至るまで市場を牽引している。生化学・免疫検査は生体液,主に血液中に含まれる成分を分析し,その結果は診断および治療薬選択,治療効果の確認などに利用される。当日検査・当日診断を支える取り組みを,24時間検体受け入れ可能で,より信頼性の高い検査データを提供する統合型ソリューションをめざしてRoche Diagnostics社とのコラボレーションにより開発した最新の生化学・免疫統合型システムcobas※) pro integrated solutions(以下,「cobas pro」と記す。)を例に紹介する。cobas proは,電解質分析部(ISE:Ion Selective Electrode),生化学分析装置cobas c 503(以下,「c 503」と記す。)と免疫分析装置cobas e 801(以下,「e 801」と記す。)を連結可能な統合型システムである(図1参照)。

次章以降において,cobas proの特徴技術である消耗品補給やメンテナンスの自動化技術,および異常検知技術について紹介する。

※)
COBAS,COBAS C,COBAS Eは,Roche社の登録商標である。

3. 消耗品補給やメンテナンスで検査を止めないシステム

図2|従来の病院検査室の検査運用例 図2|従来の病院検査室の検査運用例 一般に,医療機関における血液検査のピークは,外来や入院患者の検査が重なる午前中に訪れる。必要な処理能力に応じて複数の装置を平行して運用する。準備,分析,メンテナンスのタイミングをずらすことで間断のない分析を実現している。

従来,24時間の検査体制をとる医療機関では,日中に複数台の主力機,夜間に小型機と,複数機種を使用して対応するのが一般的であった(図2参照)。検査のピーク時であっても試薬パックが空になれば装置を停止して交換しなければならず,また,毎日装置を停止してメンテナンスを実施する必要があり,主力機のメンテナンスを夕方〜夜間に実施するためである。そのため検査技師は複数機種の使用方法やメンテナンスを習得する必要があった。

24時間検体受け入れ可能となること,すなわち24時間装置が連続して稼働し続けられることは,検査技師が装置に拘束される時間の削減に直結する。cobas proは,検査技師のワークロードを大幅に低減したシステムである。

3.1 試薬ハンドリング

図3|試薬オートローダと試薬パック 図3|試薬オートローダと試薬パック 上部カバーを取り外し,試薬オートローダを露出させた状態(上)と,各分析部の試薬オートローダと試薬パック(下)を示す。

cobas proは,c 503およびe 801の双方の分析部において,検査技師が任意のタイミングで試薬パックを補充するための試薬オートローダを搭載した。通常,数十種類の試薬パックが,分析部の試薬ディスク内に保冷保管されている。分析中には試薬ディスクが回転して,各分析に使用する試薬パックを試薬分注位置に次々に移動させる。試薬パック内の試薬残量が低下した場合には,検査技師が新しい試薬パックを補充する。前機種において分析中に試薬パックを補充するには,検査技師が分析を一度停止し,試薬保管ディスクが止まった状態で試薬パックを交換した後に分析を再開する必要があった。また,生化学分析用と免疫分析用の試薬パックは,種類や消費量の違いから外観形状が異なるとともに,分注ノズルの洗浄方式の違いからキャップの開栓方法も異なっている。cobas proにおいては,双方の分析部に,それぞれの試薬パックを検査技師が開栓などの事前作業なく投入可能な試薬オートローダを搭載した(図3参照)。

試薬オートローダに投入された試薬パックは,他の機構と干渉しない時間に自動的に試薬保管ディスクに移送される。そのため,分析中でも検査技師は自由に試薬パックを投入できる。さらにこのとき,残量が不足した試薬パックは,試薬オートローダの投入部に自動的に排出される。それらにより,分析の状態によらずに検査技師が試薬パックを補充できる「検査技師主導型のワークフロー」を実現した。なお,cobas pro製造工場における出荷検査の一部には,試薬パックを自動投入するロボットを適用している。将来的にはこのようなロボットを検査室に適用することにより,さらなるワークフローの改善が期待される。また,本システムの開発では,生化学分析における濃縮試薬およびその自動希釈機能の搭載,ならびに免疫分析における試薬保冷温度の最適化およびキャップ開時間の最短化により,一つの試薬パックをできる限り長く使用する改良も行った。さらに,システムに投入された試薬パックは,RFID(Radio Frequency Identification)により有効期限や残量が検査技師の手入力なしに厳密に管理される。このようにcobas proは,特に大規模な検査室や検査センターにおいて,検査技師のワークロードの低減に寄与することができる。

3.2 日常メンテナンスの自動化と分散実行

図4|日常のメンテナンスの自動化 図4|日常のメンテナンスの自動化 従来機では綿棒などで毎日ノズルを清掃していた(写真左)。ISE, c 503ではオペレーション中に自動的に一定の間隔ごとに試料分注ノズルが超音波洗浄される。

従来の自動分析装置では,装置の使用後に検体分注ノズルの清拭などのメンテナンスが必要であった。c 503ではオペレーション中にシステムが自動で日々のメンテナンスを実施する。オペレーション中に自動的に実施されるためユーザーによる作業は不要で,装置は分析を継続しているかのように見える。しかし,例えば週に一度実施する必要がある反応容器の洗浄を,全221個の反応容器に対して一度に実施すると,その実施日において約30分間検体測定不可となる時間が生じる。そこで,実施日を5日間に分けるとともに,検体が到着していないタイミングで実施するようにプログラムすることで,検査できない時間が生じないようにした。

また,メンテナンスの自動化のために検体分注ノズル用の小型の超音波洗浄ユニットを開発した。従来,装置を停止させて検体ノズルを毎日拭く必要があったところ,装置運転中に一定の間隔ごとに自動的に超音波洗浄することにより,毎日の拭き取り清掃を不要とした(図4参照)。

メンテナンスのための毎日の装置停止が不要となったことにより,検査技師を日々のメンテナンスから解放し,未熟な作業者がメンテナンス時にノズルを曲げてしまうといったミスの防止にも寄与する。

4. 検査データの信頼性向上

検体検査においては,(1)血液検体中のフィブリンなど固形物によるノズルの詰まり,(2)検体表面の泡や検体不足により,規定量の検体を吸引・吐出できずデータ異常を引き起こす可能性がある。データ異常の発生により,検査技師は調査や対策に時間を費やすことになる。(1)に対しては,吸引時の圧力波形から特徴量を抽出し,マハラノビス距離を用いて詰まりを異常として検知する方法が従来より実装されている。(2)の空吸いは詰まりの場合と比較して,正常に吸引した時に対する圧力波形の変化が小さいため,同じ方法での判別は困難であった。cobas pro では検査データの信頼性をさらに向上させるため,c 503・e 801の双方の分析部においてそれぞれの装置特性に適した検知技術を搭載した。

c 503は,以下に述べる新たなアルゴリズムによる空吸い検知技術を搭載した。

  • 圧力波形からあらかじめ定めた複数のタイミングの平均値を計算し,特徴変数とする。
  • あらかじめ定めた判別スコア計算式に特徴変数の値を代入して,判別スコアを計算する。
  • 計算した判別スコアの値が閾(しきい)値より大きい場合を空吸い,低い場合を正常吸引と判別する。

判別スコア計算式の係数ベクトルは,設計段階において複数の装置で液体の粘性などの条件を変えて取得した正常および空吸いの圧力波形を教師データとして求めた。係数の決定には一般化線形モデル(GLM:Generalized Linear Model)の一つであるロジスティック回帰分析を利用した。空吸いと判定された場合は結果欄にアラームが表示される。

e 801は画像解析による検体気泡検知機能を搭載した。試料吸引前に,検体容器の上方に設置したカメラで検体表面の画像を撮影する。この画像と気泡検出アルゴリズムを用いて検体表面の気泡の有無を判断する。気泡が存在すると判断した場合には,試料分注を行わずに,検査技師へ異常を通知する。本機能の開発において,検体色4種,検体容器5種,画像パターン15種以上にわたる合計100万枚以上の画像を基に,機械学習(CNN:Convolutional Neural Network)を用いて気泡検出アルゴリズムを構築している。

これらの検知機能は,検査結果のより高い信頼性を確保し,検査技師が検査データから空吸いや泡を疑って調査する手間を削減できる。

5. 将来技術

前章までに,cobas proの特徴技術について説明した。本章では,体外診断装置における将来的な技術の展望について述べる。

5.1 使用状況に応じたサービスメンテナンス

ビッグデータ解析技術およびデータ通信技術の進展を背景に,単純な運転時間あるいは検査テスト数に応じたメンテナンスから,使用状況を考慮したメンテナンスへの移行が進んでいる。分析システムは,測定データ,動作ログおよびメンテナンス記録など多種のデータを蓄積している。上位の情報システムがこれらのデータを遠隔収集し,機械学習やAI(Artificial Intelligence)を適用してメーカーの保有する情報と組み合わせると,最適なメンテナンス内容および時期を予測できる。例えば,ある部品の疲労度と相関するパラメータを上位システムで監視して,その値が閾値に達した場合に部品交換を推奨する仕組みが考えられる。このパラメータは,運転時間や検査テスト数だけでなく,顧客の運用形態や測定項目などの影響も反映して変化することになる。そのため,上位システムはこの変化に基づいて,ユーザーの使用状況に応じたメンテナンスを計画できる。さらに,データ解析によって得られた使用状況に関する種々の知見は,既存システムの改良や次世代システムの開発へのインプットとしても活用できる。

5.2 ITを活用した検査結果のポータビリティの実現

ITを活用した検査データの共有による医療機関の連携,国を越えた治験データの共有,匿名化したビッグデータの医学研究利用の実現への取り組みが進んでいる。遠隔でのデータの共有を実現するためには,同一検体の測定結果が検査施設によらず一定となる検査結果の同一性が確立されていることが不可欠である。生化学・免疫検査においては,試薬の処方と装置の組み合わせや測定環境の違いにより,基準値や検査結果が国や地域,病院によって異なることも普通であった。近年,試薬処方の統一や検査室のISO 15189認証による検査の標準化が世界的に進んでいる。標準化により,例えばかかりつけ医から特定機能病院,急性期病院からリハビリ機能を有する病院などへ転院した場合でも,患者データを一連の時系列データとして活用することが可能となる。検査装置に対しては,ばらつきが小さいことに代表される高い信頼性と環境に左右されない安定性が求められる。

日立ハイテクでは,世界中どの地域で使用しても信頼性が高いデータを提供することができるよう開発時に温湿度試験,EMC(Electromagnetic Compatibility)試験,高地を想定した減圧試験を実施するとともに,米国FDA(Food and Drug Administration)のサイバーセキュリティ要求事項に適合する対応を実施しており,ITを活用した検査結果のポータビリティの実現に寄与する。

5.3 質量分析技術の臨床検査への展開

図5|高感度質量分析技術(新型のイオンガイド) 図5|高感度質量分析技術(新型のイオンガイド) イオンを偏向して効率的に透過させると同時に,汚染源となる中性ガスを除去する機能を有し,長期安定性を向上した。

質量分析は,測定対象成分を分子レベルでイオン化し,イオンの質量ごとに分別して計測する手法であり,他手法にはない,高感度で選択性の高い検出が可能である。また,液体クロマトグラフィーと呼ばれる分離手法と相性が良く,これと組み合わせて用いることで,タンパク質や代謝物の網羅的測定や,ビタミンD類,血中薬剤などの高精度な濃度測定が行えることが知られている2)。このような優れた特性から,近年になって質量分析は,欧米を中心に臨床検査でも広く用いられるようになっている。

一方で,質量分析装置を検査室で用いるには,高感度システムの長期間の安定動作や自動化にいまだ課題があり,質量分析技術に精通した専門オペレータを必要としているのが現状である。このうち,高感度システムの安定動作に資する新型のイオンガイド技術について紹介する(図5参照)。質量分析装置では,大気圧中のイオン源で発生した測定対象由来のイオンを,高真空中(10-3 Pa:大気圧の1億分の1の圧力)に設置された質量分析部で検出する。高感度を得るには,大気圧で生成したイオンを質量分析部へ高効率で導入する必要がある一方で,安定動作のためには,汚染源となる中性ガスを質量分析部に導入しない仕組みが必要である。この相反する要求に応えるために,特殊な形状のイオンガイドを中間圧力領域(200 Pa程度)に設置し,イオンを偏向して効率的に透過させると同時に,汚染源となる中性ガスを除去することに成功した3)。これらの新技術開発により質量分析の課題が着実に改善されており,今後の臨床検査への普及が期待される。

6. おわりに

医学的診断において,当日検査・当日診断の導入により体外診断の活用は拡大している。当日に治療方針が決定することは,患者やその家族に対するQoLの向上にも非常に有意義である。検査結果の利用可能を前提とした診療に対応するため,間断なく検査結果を提供しなければならない。同時に,医薬品,医療技術の発展に伴い,新たな検査項目,そして検査装置が開発されている。その結果,検査を担当する検査技師の負担は増加している。これらの状況に対応するべく,検査の主軸となっている生化学・免疫検査において「検査を止めない」という視点で新規自動化技術および信頼性向上技術をcobas proに搭載した。

今後,より精密な診断,治療選択を行うために,一つの検体からより多くの項目を検査できる装置が求められていく。現時点で分析可能な約300の検査項目をさらに拡大することにより,迅速検査の領域を拡張していくことが重要である。日立ハイテクは,継続的に新たな検出技術を開発してシームレスに提供していき,さらにITやAIとの融合により,医療システムの進歩に貢献していく。

参考文献など

1)
Rohr UP, et al.: The Value of In Vitro Diagnostic Testing in Medical Practice: A Status Report, PLOS ONE, Vol.11, No.3(2016.3)
2)
M. Sato et al.: Applications of mass spectrometry in clinical chemistry, Medical Mass Spectrometry, Vol.3, No.1, pp.2-10(2019.6)
3)
M. Sugiyama et al.: A novel ion guide achieving high transmission efficiency under a strong gas flow, Proceedings of the 67th Annual Conference of the American Society for Mass Spectrometry, Atlanta, Georgia(2019.6)
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