日立評論

再生医療施設向け空調ソリューションの新展開

細胞加工施設のモジュール化およびCOVID-19対応「陰圧クリーンブース」

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日立評論

再生医療施設向け空調ソリューションの新展開

細胞加工施設のモジュール化およびCOVID-19対応「陰圧クリーンブース」

ハイライト

加工した細胞を用いる再生医療は,これまで治療が困難であった疾患に対する治療法として期待が大きく,実用化に向けて世界規模で研究が進められており,その成果が少しずつ出てきている。

日立グローバルライフソリューションズ株式会社は,これまで培ってきた空気の質としての温度・湿度・清浄度・室圧を高精度に制御する技術を応用し,再生医療分野での細胞加工施設の空調ソリューションを提供している。細胞加工に関わる機器と空調機の遠隔監視,さらには室内の製造装置を含めた施設全体を総合的にコーディネートし,顧客へ環境価値と経済価値を実現するものである。

さらにCOVID-19に対しても,空気の清浄化および室圧の制御技術をベースに,医療機関向け「陰圧クリーンブース」を開発し,グローバルに提供できる仕様として2020年5月に販売を開始した。

目次

執筆者紹介

松崎 和仁Matsuzaki Kazuhito

松崎 和仁(Matsuzaki Kazuhito)

  • 日立グローバルライフソリューションズ株式会社 空調ソリューション事業部 空調サービスシステムエンジニアリング本部 東日本システムソリューションセンタ 所属
  • 現在,特殊空調分野のシステム営業に従事

佐藤 祐一Sato Yuichi

佐藤 祐一(Sato Yuichi)

  • 日立グローバルライフソリューションズ株式会社 空調ソリューション事業部 空調サービスシステムエンジニアリング本部 東日本システムソリューションセンタ 所属
  • 現在,特殊空調分野のシステム工事に従事

西村 典俊Nishimura Noritoshi

西村 典俊(Nishimura Noritoshi)

  • 日立グローバルライフソリューションズ株式会社 空調ソリューション事業部 空調サービスシステムエンジニアリング本部 西日本システムソリューションセンタ 所属
  • 現在,特殊空調分野の設計に従事

今口 信弘Imaguchi Nobuhiro

今口 信弘(Imaguchi Nobuhiro)

  • 日立グローバルライフソリューションズ株式会社 空調ソリューション事業部 空調サービスシステムエンジニアリング本部 西日本システムソリューションセンタ 所属
  • 現在,特殊空調分野の設計に従事

1. はじめに

従来の医薬品は,低分子化合物や細胞からの分泌物などを薬として使用してきたが,近年では,生体を構成している細胞そのものを対象の疾患に対応するように加工することで,その細胞を疾患の治療に利用する再生医療が広く研究され,実用化が強く期待されている。

現在,国内で承認された再生医療などの製品は,主に体内に存在する幹細胞などを用いて,目的の細胞・組織に加工することで治療に用いられている。iPS(induced Pluripotent Stem)細胞やES(Embryonic Stem)細胞は,再生医療で原料となる幹細胞などのソースの問題を解決することができ,臨床研究に期待が集まっている。また患者自身のT細胞を取り出し,遺伝子改変したT細胞でがんを治療するCAR(Chimeric Antigen Receptor)-T細胞療法は国内でも承認され,注目を集めている。

再生医療に利用するための細胞は,主に細胞加工施設(CPF:Cell Processing Facility)と呼ばれる施設で加工される。細胞加工施設は内部を細胞加工工程ごとにゾーニングし,各ゾーンで基準に則した高い清浄度を保持することで,無菌クリーンルームを構成している。その特長の一つは,空気清浄度および製造工程の各室間の室圧が,グレードにより分類管理される点にある(表1参照)。

表1|製造エリアのグレードによる最大許容浮遊粒子数 表1|製造エリアのグレードによる最大許容浮遊粒子数 無菌製剤を製造するエリアについて,各グレードの清浄度を示す。

日立グローバルライフソリューションズ株式会社(以下,「日立GLS」と記す。)の空調ソリューション事業部門は,医薬品の研究や製造におけるクリーンルーム,病原体の検査のためのバイオハザード対策ルーム,半導体生産向け工業用クリーンルームなど空気の質を高精度に管理する空調制御技術を応用した「特殊空調」と呼ばれる分野に注力してきた。

今回,空気の質を制御する技術と再生医療に使用される細胞加工施設で求められている低コスト化・短工期・ライフサイクルコストの低減といったニーズに応えるため,細胞加工施設をモジュール化することで課題解決を図った。本稿では,これらの取り組みについて解説するとともに,この技術を応用し,世界で猛威を振るっているCOVID-19(新型コロナウイルス)への対策の一環として,医療機関向けに開発した「陰圧クリーンブース」を併せて紹介する。

2. 細胞加工施設のモジュール化

前述のとおり,細胞加工施設は,細胞の製造を行う工程では空気の質(温度・湿度・清浄度・室圧)の徹底した管理が求められる。このグレードに応じて一次更衣室,二次更衣室,清浄化通路,細胞調製室,保管室などの部屋が構成される。これらを考慮した施設が2018年12月に開設した「再生医療イノベーションセンタ」である(図1参照)。

本施設では,エントランスを手洗い場とし,それより奥を管理区域としている。順路は,薄いグレーの区域にある更衣室(一次更衣室)からクリーン廊下(清浄化通路)を介し,濃いグレーの区域にある着衣室(二次更衣室),エアロック室を通過し,人が入室できる中で最も清浄度の高いグレードの細胞調整室に入室する。この細胞調製室に設置された無菌操作機器で,細胞を操作・加工していくこととなる。

このように,最終的な作業をするための調製室にたどりつくまで,いくつもの部屋で構成される。従来の設備設計では,この各室に他の部屋との室間差圧をとるためにダクトと高速で反応するダンパーを設置し,これを制御することで室圧の維持を行っている。

しかしながら,面積的に小さな小部屋(例えば一次更衣室や二次更衣室など)は,ダクトの構成として給気と排気の2系統がそれぞれ必要となるため,小部屋の数が多くなると結果としてダクトスペースが増加し,天井が低い場所ではダンパーが設置できないケースも考えられる。

再生医療の細胞加工施設では,こうした小部屋のダクトによる制御が複雑化することで,コストの増大と工期にも大きな影響が生じる。このような設備のコストと工期短縮の課題を解決するため,従来のダクト+ダンパー方式から,FFU(Fan Filter Unit)による個別制御を行う天井内ノンダクト工法を採用した。この工法により,各室の室圧,清浄度の確保を可能とした「次世代モジュール型CPC(Cell Processing Center)」を開発した(図2参照)。

図1|再生医療イノベーションセンタのレイアウト 図1|再生医療イノベーションセンタのレイアウト 細胞加工施設の各室のグレードを示す。

図2|細胞加工施設モジュールのイメージ図 図2|細胞加工施設モジュールのイメージ図 細胞加工施設の前処理室(グレードC)と細胞調整室(グレードB)を示す。

2.1 次世代モジュール型CPC(細胞加工施設)

図3|モジュール型CPCの系統図 図3|モジュール型CPCの系統図 細胞加工施設での空調システムの空気の流れを示す。

細胞加工施設の計画においては,一次更衣室,二次更衣室,エアロック室,調製室など必要な面積をそのつど,ユーザー要求仕様書(URS:User Requirements Specification)に基づき設計している。

取り扱われる細胞の種類にもよるが,必要な部屋の構成はある程度パターン化できるため,施設設備である一次更衣室,二次更衣室,機材保管室,細胞調製室,保管エリア,滅菌エリアなど構成される各室の大きさをモジュール化し,設計工数の低減を図り計画のスピードアップを実現している。

モジュールの構造としては,天井を一つのチャンバーとし,その下に各室を構成している。天井内チャンバーは一つの空間であるため,場所による圧力の差はない。そのチャンバーの下に配置される各室は,FFUにて所定の室間差圧に調整される構造となっている(図3参照)。

2.2 FFU方式での室圧制御

図4|FFUの外観 図4|FFUの外観 モジュール化で使用するFFUの外観を示す。

FFUは,クリーンルームを形成するためのファンとHEPA(High Efficiency Particulate Air)フィルタなどのフィルタを組み合わせた機器の総称である。モジュール化で使用するFFUは,半導体製造工場の超高清浄度クリーンルームの天井に設置されたり,半導体製造装置に組み込まれて高清浄度の空気を供給する装置に使用されている。主な特長としては,BLDC(Brushless Direct Current)モータ※)のファンの回転制御機能があり,風速と回転数がリニアに連動することが挙げられる(図4参照)。

この特長を生かし,チャンバー内に設置された給気FFUと排気FFUの風量をコントロールすることで,ダンパーを使用せず室圧の調整と所定の空気清浄度を実現している。FFU方式のメリットとしては,各室への給気・排気ダクトを削減できるため,ダクトスペースの大幅な削減が可能なことがある。

もう一つのメリットは,FFU方式の場合は最低風量が60 m3/hと小風量でも制御が可能な点である。更衣室のような小さな部屋の室圧も制御でき,設計の自由度が高くなるという優位性もある。

日立GLSでは,この技術が細胞加工施設での運転に実用可能か検証するため,室圧の制御,清浄度分布,温湿度分布の各種試験を実施した。

その結果,ダンパー方式に見られる室圧変動に対するオーバーシュートの動きは見られず,ダンパー方式と比較して室圧制御における追従の優位性を確認することができた。

※)
ブラシレス直流電動機

2.3 モジュール化によるメリット

FFU方式でダクトを極力使用せず,各室(例えば一次更衣室,二次更衣室,調製室)の室圧を調整することで,ダクトスペースを最低限にできるため,狭小空間でも細胞加工施設が設置できるメリットがある。また,細胞加工施設に必要なクリーンルームを構成する各室を事前に設計しておき,現地で組み立てることで施工期間も短縮が可能となり,コスト低減にも寄与する。これにより,設置空間と施工時間に制限があるテナントビルへの導入も進む可能性があると考える。

さらに,海外での事業展開を検討している顧客にとっては,国内で基準化した製造管理・品質管理などの手順書と組み合わせることで,海外でも一定品質を保った製造と細胞加工施設の設置が可能であるとの見方もある。

2.4 空気の質の制御から生まれたCOVID-19対応「陰圧クリーンブース」

図5|陰圧クリーンブースの外観と平面図 図5|陰圧クリーンブースの外観と平面図 アルミ角材と帯電防止ビニール(不燃)で構成された陰圧クリーンブースとその平面図を示す。

日立GLSの取り組みである空気の質管理の技術を応用し,世界で猛威を振るっているCOVID-19に対応している医療機関への緊急支援として,「陰圧クリーンブース」を開発した(図5参照)。

本装置の特長として,以下の四点がある。

  • 臨時の医療施設として利用が考えられているイベント会場などの大規模施設に,簡易陰圧装置として設置する際の簡便性を考慮し,所要時間約4時間で組み立てられる構造とした。
  • 陰圧ブース内へ清浄度の高い空気を導入するためにFFUを設置した。医療従事者への感染リスクを少しでも減らすことと,患者の状態によってはICU(Intensive Care Unit)としての設置も考えられることから,室内をISOクラス7が達成できる循環量を確保した。
  • ブース内圧力を-5〜-15 Paに維持しながらブース外に排気できる排気ユニットを設置した。排気ユニットのFFUはHEPAフィルタを二重で装着し,厳密にろ過を実施する。
  • 日本国外でも使用できるように,国外の電圧にも対応している。すでに本装置は,国内医療機関のみならず中国をはじめ東アジア地域にも出荷している。

さらに本装置の活用方法として,病室以外にも,PCR(Polymerase Chain Reaction)検査室,外来発熱トリアージ用ブースとしても使用することも考えられる。

この「陰圧クリーンブース」を,COVID-19の感染拡大防止に取り組む社会全体で広く活用してもらいたいと考え,当該技術に関する知的財産については,社会貢献の観点からも無償で公開することを検討している。

3. おわりに

日立GLSの特殊空調分野のソリューションの一つである「再生医療市場に向けた空調ソリューション」として,モジュール化による細胞加工施設の開発とその技術の応用によるCOVID-19対応医療機関向け「陰圧クリーンブース」を紹介した。

今後は,再生医療の医療技術が国外にも展開して行けるよう,協創パートナーとの連携を強化し,自動化への取り組みなどの事業成長を図るとともに社会に貢献できるソリューションを連続的に提供するための情報発信を継続していく考えである。

謝辞

本稿で述べた「陰圧クリーンブース」の開発においては,ローツェライフサイエンス株式会社およびSHANGHAI RORZE REMED BIOTECHNOLOGY CO., LTD.と,共同で開発を進めた。また,モジュール開発においては日軽パネルシステム株式会社,株式会社サイフューズをはじめとする関係各位より多くのご支援を頂いた。深く感謝の意を表する次第である。

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