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ハイライト

「システム進化」をコンセプトとする次世代自律分散アーキテクチャを提案する。本コンセプトは,システムに変革力を与え,不確実性への対応力を増すことで,持続可能な社会インフラの発展に寄与するアプローチである。

これまで,日立製作所は自律分散コンセプトを基に業務のスモールスタート,業務無停止での拡張・増設を可能とした情報制御システムを開発して,社会インフラの安定稼働と品質を支えてきた。次世代の自律分散は,これらに加えて,社会から求められる価値・技術の変化に柔軟に対応できるレジリエンスなシステムを作り上げることを可能とする。

本稿では,次世代の自律分散コンセプト・特長と,それらを有してDXを支える制御エッジコンピュータを紹介する。

目次

執筆者紹介

小川 雅昭Ogawa Masaaki

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 制御プラットフォーム部 所属
  • 現在,情報制御システム向けのサーバのソフトウェア開発・設計に従事

野水 拓馬Nomizu Takuma

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 制御プラットフォーム部 所属
  • 現在,情報制御システム向けのサーバのソフトウェア開発・設計に従事

清水 勝人Shimizu Katsuto

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 制御プラットフォーム部 所属
  • 現在,情報制御システム向けのサーバとコントローラの開発・設計に従事

小林 伊織Kobayashi Iori

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 制御プラットフォーム部 所属
  • 現在,情報制御システム向けのエッジコンピュータのハードウェア開発・設計に従事

飯島 光一朗Iijima Koichiro

  • 日立製作所 研究開発グループ システムイノベーションセンタ システムアーキテクチャ研究部 所属
  • 現在,社会インフラ向けソフトウェアプラットフォームの研究開発に従事
  • 電気学会会員
  • 情報処理学会会員

川上 真澄Kawakami Masumi

  • 日立製作所 研究開発グループ システムイノベーションセンタ システムプラットフォーム研究部 所属
  • 現在,社会インフラ向けソフトウェアプラットフォームの研究開発に従事
  • 電気学会会員
  • 情報処理学会会員

1. はじめに

日立の自律分散システムは,生物を範として生まれた画期的なシステムコンセプトとして1977年より開発が始まり,以来,鉄道や鉄鋼などの情報制御システムに適用されてきた。Ethernet※)ベースの自律分散ネットワークは1999年にプロトコル仕様書が当時の財団法人製造科学技術センター(MSTC:Manufacturing Science and Technology Center)のホームページで無償公開され,2000年以降はISO157451),IEC61158/617842)などの国際標準に取り込まれ,オープンな分散型システム向けプラットフォームとして普及してきた。

※)
Ethernetは,富士ゼロックス株式会社の登録商標である。

1.1 自律分散システムの基本アーキテクチャ

図1|自律分散システム・アーキテクチャ(TCD,DF) 図1|自律分散システム・アーキテクチャ(TCD,DF) TCDの同報放出により,サブシステムは他のサブシステムとデータの直接のやり取りを行わず,DFを介して疎結合なデータがやり取りされる。

自律分散システムのコンセプトは,トータルシステムの分割されたものとしてサブシステムを考えるのではなく,まずサブシステムが存在し,それらが統合された結果としてトータルシステムが成り立つという考えである3),4)。各サブシステムが自律的に稼働し,あるサブシステムが不稼働状態(停止・拡張・保守)になっても,トータルシステムへの影響を与えない。すべてのサブシステムはデータの内容を表すTCD(Transaction Code)を付加したメッセージを宛先指定せずに,DF(Data Field)に同報放出する。これにより,サブシステムは他のサブシステムとデータの直接のやり取りを行わず,DFを介して疎結合なデータがやり取りされる。また,受信側ではあらかじめ登録するTCDのデータだけを受信するようにして負荷の増大を防止できる(図1参照)。

1.2 自律分散システムの特長

図2|自律分散システムの特長 図2|自律分散システムの特長 自律分散システムは,拡張性,高信頼性,保守性を特長として,社会インフラの安定稼働と品質確保に貢献してきた。

この自律分散システムの特長について3点述べる(図2参照)。

  1. 拡張性
    業務アプリケーションはDF内のデータを自由に読み出し可能なので,送信側へ影響を与えないで,受信側の追加や変更(例えば業務アプリケーションの追加)ができる。
  2. 高信頼性
    サブシステムが疎結合であるので,部分故障が発生してもシステム全体としては継続運転可能である。また,システムの重要度に応じたネットワークの多重化・サブシステムの多重化が容易である。
  3. 保守性
    システム稼働中のオンラインデータを用いて,追加する業務プログラムの検証が容易に可能なので,大規模なシステムにおいてもシステム全体を停止することなく,低い変更コストで品質を確保することができる。

1.3 これからの自律分散システム

自律分散システムは,前述した特長により,顧客の事業とシステムの成長に最適なシステムの逐次増設や拡張を,システムを止めることなくオンラインで安全に実施できるアーキテクチャとして発展してきた。

近年は技術進化の速度が加速し,構築時の技術を長期運用することが困難になっている。また,カーボンニュートラルに代表される社会課題に伴う新たな規制・法への対応や,COVID-19による世界情勢の変化といった社会の不確実性の高まりを受け,業務の進化や適用される技術の新陳代謝など変化へ柔軟に対応するダイナミックケイパビリティ5),6)が企業および業務システムに求められている。

2. 次世代自律分散システム

2.1 コンセプト

社会から求められる価値・技術が変化していく中でも,それに対応してシステムを進化できることが次世代の自律分散が提供する価値である。長期的にシステムが進化する中では,構成要素は常に新たな要素が付け加わり(誕生),ニーズ・環境に合わせて感知・捕捉・変容し(成長),不適合な要素は削除(死滅)される。これら動的に出入りするシステム要素(アプリケーション)どうしが連携して新たな価値を提供し,改善し続けることをシステムの「進化」と呼ぶ。

このため次世代自律分散のコンセプトは,生物の生体機能の仕組みに加えて,構成要素が入れ替わり連携することで発展する社会の営み(社会性)を新しいコンセプトとして追加し,これを実現する。

例えば,サブシステムを業務とすれば,これにDX(デジタルトランスフォーメーション)などの第三者が加わり,あるいは新たな技術で構築された新しい業務が既存業務と新陳代謝し,業務は継続したままでシステム全体が賢く,継続的に進化することができる。

2.2 次世代自律分散システムの基本アーキテクチャ

最近のシステムでは,仮想化技術やクラウドの利用,移動体の加入などによって,業務の配置がネットワークの特定の箇所に固定され得なくなっている。このため,業務アプリケーションをその構成単位(自律個)とし,物理的配置を超えて通信すべき業務間をつなぐ仮想DFによって相互に接続され,位置透過的に情報を共有する(図3参照)。

次世代の自律分散システムでは,仮想DFに接続される業務アプリケーションは,仮想TCDを付加したデータをDFへ仮想的に同報放出し,他のアプリケーションとデータを共有する。仮想TCDには,データの名称や意味情報(コンテキスト)などが格納され,受信側に追加された業務アプリケーションはオンラインでデータの意味や用途などを得て,無停止でアプリケーション間の連携を拡張することが可能となる(図4参照)。

図3|次世代自律分散アーキテクチャ(仮想DF) 図3|次世代自律分散アーキテクチャ(仮想DF) 次世代の自律分散システムでは,業務アプリケーションは仮想DFに接続され,位置透過的に情報を共有する。

図4|次世代自律分散アーキテクチャ(仮想TCD) 図4|次世代自律分散アーキテクチャ(仮想TCD) 仮想DFに接続される業務アプリケーションは,仮想TCDを付加したデータを同報放出することで,他のアプリケーションとデータを共有する。

2.3 次世代自律分散システムの特長

次世代の自律分散システムの特長である「システム進化」を支える仮想DFと仮想TCDを実現する三つの技術要素について述べる。

  1. フラット・透過的なデータ連携
    DFの考え方を拡張した仮想DFにより位置透過的に情報を共有することで,業務アプリケーションの物理的配置を開発者が意識せずに,機能の追加・変更・削除が可能となる。
  2. コンテキスト(意味)付きデータによるデータ連携(データ抽象化)
    コンテキスト(意味)付きデータにより連携することで,異なる時期に開発されたアプリケーション間でデータの意味が引き継がれ,データ名だけでなく,さまざまなデータの意味も提供することで必要となるデータの発見・理解が容易となり開発コストが低減される。
    データの単位やフォーマットなどの付加情報とともにデータを取得することで,データを誤った単位で処理してしまうなどI/F(Interface)間の齟齬を防ぐ。さらに,新しいコンテキストをオンラインで追記して提供することで,さまざまな業務のサービスインを継続的に実現する。
  3. 業務アプリケーションのオーケストレーション(再配置)
    コンテキスト付きデータにより,業務アプリケーションが必要とする業務アプリケーション間の振る舞いとデータインタフェースをオンラインで検証しながら,システム進化を実現することで,オンラインで連携先の設定や連携するデータの整合性を検証し,拡張することが可能となる。

3. 次世代自律分散システムのユースケース

  1. タイムリーなデータ利活用によるシステム進化
    これからの情報制御システムは,システム構築後も業務効率向上や,市場環境変化などに伴って進化し続ける。複数の業務アプリケーションはそれぞれ独立に運行しながら,さまざまなデータを共有し,あらかじめ想定していなかったものも含めてシステム全体としての機能を高め,変化しながら進化する。
    例えば,電気品工場の製造現場では,生産制御監視システムを用いてラインの設備稼働と半製品の流れを制御監視している。ここのデータを情報系管理システムから仮想DFより位置透過的に共有できるようにし,実行中の生産計画について,実際の進捗状況の追跡監視を可能にして,生産の見える化を実現できる。
    さらに,デジタル化されていない人作業については,生産現場にカメラを追加設置し,画像をAI(Artificial Intelligence)処理し,標準作業時間から偏差のある作業をピックアップして分析する。作業者への外乱発生などの原因を判別し,ダイナミックにバックアップ可能な作業屋台に作業振り分けを行うという変更や,応援作業者を用意するなどの対策を現場に指示する。併せて画像のAI活用品質判定により,作業者姿勢変化や半製品の外観などを判別し,下流への不良品の流出を防止することができ,生産性を向上させることができる。
    このように,実空間の事業や設備の運行をサイバー空間で再現し,経営環境の変化に対してデータ利活用と最適な指示により,改善サイクルをより短くすることに貢献し,システム全体の進化を加速することが可能である。
  2. システム連携・離合によるシステム進化
    さらに,これからの情報制御システムは異業種のシステムや外部システム,運営主体が異なるシステムなどより広範なシステム群と連携し,現場データと設備を活用した新しいビジネス進化のニーズや社会状況による顧客ニーズの変化などによる業務形態の変化へスムーズに対応することが求められる。
    例えば,次世代移動のサービス化としてのMaaS(Mobility as a Service)を実現するにあたり,鉄道とバスなどの異業種間のシステムが連携しつつ,ユーザーに最適な移動手段を提供する必要がある。鉄道・バスの路線を需要に応じてタイムリーに変化させながら拡張あるいは最適化するために,異業種間で互いのシステム・設備が調停しながらサービスを醸成していくことが求められる。次世代自律分散では,異なるシステムの業務アプリケーションが,仮想DF上を流れる実データを共有し,また必要に応じてアプリケーション自体の更新をシステム無停止で行うことが可能である。これにより,異なるシステムがオンライン中に互いに影響を与えることなく事業を継続することに貢献し,安全にシステムの連携・離合を繰り返しながらユーザーへサービスを提供することができる。

4. 制御エッジコンピュータ

図5|日立制御エッジコンピュータ CE50-10図5|日立制御エッジコンピュータ CE50-10 現場設備への組み込みなどに対応するため,ファンレス/スリットレス/スピンドルレス設計として耐環境性を高めるとともに,I/O(Input/Output)などケーブル接続を前面に集約し保守性を向上している。

次世代自律分散システムの実現により,情報制御システムの継続的・段階的な進化を実現するためには,現場設備からより多くのデータを取得し,そこから新たな知見を獲得し,その知見から価値を創出(DX)することやその知見を現場設備にフィードバックすることが極めて重要となる。そのため,情報制御システム内の現場機器に近いレイヤ(エッジ)において2.3節に挙げた技術要素を実現するための機能を有した,制御エッジコンピュータが必要となる。

制御エッジコンピュータでは,現場設備から取得したデータへのコンテキスト付与をしながら並行して現場設備への制御を継続する,また,カメラから取得した画像を分析して良否判定の結果を現場設備に低レイテンシーでフィードバックするなど,現場設備との通信,リアルタイム制御に加え,これまでクラウドやサーバで行っていたような処理に対応可能な機能を有している。

さらにこのような業務アプリケーションをコンテナベースに設計することで,アプリケーションの実行環境がクラウドまたはサーバであるか,エッジであるかによって専用アプリケーションを用意するのではなく,共通アプリケーションをシステム運用に合わせて実行環境に配置するオーケストレーションに対応する。

また,位置透過的に情報共有を行う仮想DFを実現するには,従来の情報制御システム以上にシステムを構成する各コンポーネントのセキュリティが重要となる。オーケストレーションによるOS(Operating System)や業務アプリケーションなどソフトウェアの更新や追加に対応するためにもセキュリティ堅牢化が重要であり,各コンポーネントはセキュアブートなどのセキュリティ機能を活用し,信頼の基点(Root of Trust)として機能しなければならない。

これら,DX実現や次世代自律分散コンセプトの具現化に貢献する製品として「日立制御エッジコンピュータ CE50-10」を開発した(図5表1参照)。本製品は次世代自律分散や次世代通信規格5G(Fifth Generation)活用など次世代情報制御システム実現に向けたPoC(Proof of Concept:概念実証)への適用をはじめ,情報制御システムのDXを支えていく。

表1|日立制御エッジコンピュータ CE50-10仕様 表1|日立制御エッジコンピュータ CE50-10仕様 CE50-10の代表構成である「組み込みAIモデル」の主要な仕様を示す。

5. おわりに

本稿では,従来の自律分散コンセプトに加え,継続的にシステムと業務が進化しながら新陳代謝していくことを可能にする次世代の自律分散コンセプトとDXを支える制御エッジコンピュータを紹介した。

日立は,社会の不確実性の高まりに対して,次世代の自律分散コンセプトとそれを支える製品を通して,業務変化に対応し進化するシステムを提供することで,社会に新たな価値を創成し,持続的な成長を実現していく。

参考文献など

1)
ISO 15745-3:2003(2003.11)
2)
IEC 61158-1:2019(2019.4)
3)
森欣司:自律分散システム入門,森北出版(2006.9)
4)
新誠一,外:自律分散システム,朝倉書店(1995.10)
5)
D. Teece: Dynamic Capabilities and Strategic Management: Organizing for Innovation and Growth, Oxford University Press (2011.11)
6)
経済産業省,外:2020年度版ものづくり白書(2020.5)
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