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ハイライト

送配電事業者においては,安定的かつ経済的な電力供給に加え,地域の持続的発展への貢献も重要な観点となりつつある。

日立は,送配電事業者の経済価値と地域の社会価値との双方を向上させる配電デジタルソリューションの将来像を検討し,構想をまとめた。配電業務に関するさまざまな情報を集約管理する「配電デジタルツイン」と,不動産デベロッパや交通事業者,公共団体など地域のステークホルダーが保有する情報やシステムと連携して地域全体の最適化などの社会価値を提供する「異業種連携アプリケーション群」により,経済価値と社会価値の双方を向上させるソリューションの実現をめざす。

目次

執筆者紹介

古川 直広Furukawa Naohiro

古川 直広

  • 日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ 社会課題協創研究部 所属
  • 現在,都市デジタルツインの研究開発に従事
  • 情報処理学会会員

室 啓朗Muro Keiro

室 啓朗

  • 日立製作所 研究開発グループ デジタルサービスプラットフォームイノベーションセンタ データマネジメント研究部 所属
  • 現在,IoTデータ分析・デジタルツインの研究開発に従事
  • 情報処理学会会員

石井 健太Ishii Kenta

石井 健太

  • 日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ 社会課題協創研究部 所属
  • 現在,都市デジタルツイン・交通予測モデルの研究開発に従事

楠瀬 信之Kusunose Nobuyuki

楠瀬 信之

  • 日立製作所 社会ビジネスユニット 社会システム事業部 エネルギーシステム第一本部 エネルギーシステム第一部 所属
  • 現在,デジタル技術を活用した配電業務の高度化に関する開発に従事

中島 裕信Nakajima Hironobu

中島 裕信

  • 株式会社日立パワーソリューションズ デジタルエンジニアリング本部 デジタルソリューション部 所属
  • 現在,配電事業者向けデジタル保全サービス基盤の開発に従事

村田 章Murata Akira

村田 章

  • 日立製作所 社会ビジネスユニット 社会システム事業部 エネルギーシステム第一本部 エネルギーシステム第一部 所属
  • 現在,デジタル技術を活用した配電業務の高度化に関する開発に従事

1. はじめに

日本では主に発電事業者が発電所で発電した電気を,送配電事業者(一般送配電事業者,送電事業者,特定送配電事業者)が送電線や変電所,配電線などの設備を用いて電気を必要とする需要家に送り届けている。送配電事業者にとって電力の安定供給は最重要事項であるが,その維持のための経済性も考慮する必要がある。

さらに送配電事業者の多くが地域と密着して社会課題を解決し,地域社会の持続的発展を支えることをビジョンに掲げている。そのような観点から自社の経済価値だけでなく,地域やコミュニティの全体の社会価値の向上が重要な観点となってきている。

そのような状況に鑑み,日立は送配電事業者,さらには地域コミュニティから今後必要とされる企業の経済価値や地域の社会価値を向上させる配電デジタルソリューションの方向性を検討した。

2. 配電デジタル保全基盤サービスのグランドデザインと提供価値

図1|配電デジタル保全基盤サービスの概要図1|配電デジタル保全基盤サービスの概要配電業務に関係するさまざまな情報を集約管理するための配電デジタルツインを構築し,配電設備の実環境をデジタル空間上に再現することで,EAMとAIやIoT(Internet of Things)センサー,ロボットなど多様なシステムとのスムーズかつ容易な連携を実現する。

前述のように,送配電事業者にとっての最優先事項は電力の安定供給である。また送配電事業者も一企業である以上,電力供給の信頼性を維持したまま運用と保全のコストを低減していくことも重要である。さらに近年,労働者不足や設備老朽化への対応といった課題も生じつつある。それらの課題に対し,送配電事業者では業務フローの再設計や組織構造の見直し,情報システムの刷新といったBPR(Business Process Re-engineering)を進めて自社の経済価値向上をめざしている。さらにAI(Artificial Intelligence)を活用した業務効率化やドローンを用いた巡視点検自動化など,先進的なシステムの導入も推進している。それらの先進的システムの導入には,送配電設備の保全業務を担うEAM(Enterprise Asset Management:企業設備資産管理)システムと新たに導入されるAIプラットフォームやIoT(Internet of Things)センサー,ロボット,都市三次元モデルといったシステムを連携活用させる必要がある。特にこれらの先進的なシステム群は日進月歩で進化するため,EAMとの連携機能開発の容易化も求められる。

そこで日立は,配電業務に関するさまざまな情報を集約管理するための「配電デジタルツイン」を構築し,過去を含む配電の実環境をデジタル空間上に再現する。配電デジタルツインを各システムで共通に活用することで,EAMと先進的なシステム群をスムーズかつ容易に連携させることをめざす。

一方,送配電事業者にとって,自社単独の経済価値向上だけではなく,地域やコミュニティ全体の社会価値の向上も重要な観点である。既報1)でも述べられているように,不動産デベロッパや交通事業者,公共団体など,地域社会を取り巻くステークホルダーが保有する情報やシステムとも連携した,街全体での最適化がサステナブルな社会の実現に必要不可欠となってきている。

そこで,送配電事業者の配電デジタルツインと不動産デベロッパや交通事業者などのステークホルダーの業務システムを連携させ,単独では解くことが難しい社会課題を解決する機能群である「異業種連携アプリケーション群」を構築した。配電デジタルツインの管理情報とビル街区やモビリティなど都市に関わるさまざまな業種の業務システムを連携させ,地域コミュニティ全体での融通や最適化などの社会価値を提供する。

最終的に,EAMに加えて配電デジタルツインと先進的なシステム群,異業種連携アプリケーション群から構成されるトータルソリューション「配電デジタル保全基盤サービス」を提供することで,送配電事業者の経済価値と地域コミュニティの社会価値の双方の向上に貢献する(図1参照)。

以下に,配電デジタル保全基盤サービスの主要な構成要素である,「配電デジタルツイン」と「異業種連携アプリケーション群」についてそれぞれ説明する。

2.1 配電デジタルツイン

配電デジタル保全基盤サービスでは,配電デジタルツイン内において,送配電設備やビルなど都市の構造物の三次元データを管理する(図2参照)。その管理手順は以下のとおりである。

  1. STEP 1では,EAM内の設備管理データから配電デジタルツイン内に簡略なBIM(Building Information Modeling:建設物情報モデリング)のデータを再現する。この段階での配電デジタルツインのモデルLoD(Level of Detail:詳細度レベル)は低い。また配電デジタルツインが管理するモデルは設計時点の状態,As-Designedの状態となる。
  2. STEP 2では,現場で捕捉した点群データを活用して配電デジタルツイン内の各オブジェクトの位置情報の精度を段階的に高めていくことで,モデル全体のLoDを向上させる。実際に現場に設置された状態を取り込むため,配電デジタルツインはAs-Builtでのモデルデータを管理することとなる。
  3. STEP 3では,現場巡視のたびに点群データを再捕捉してモデルのデータを継続的に更新していくことで,配電デジタルツインのデータを最新の状態に維持する。つまり配電デジタルツインは実際の現状を反映したAs-Isでのモデルデータを管理することとなる。

STEP 3が最もLoDが詳細でかつAs-Isのモデルデータを管理できることとなるが,その分捕捉や管理にコストと手間が掛かる。そのため設備の重要度に合わせて,どのSTEPまで実行するのかを設定するのが現実的である。

この配電デジタルツインをEAMと連携させることで,EAMの提供機能である設備保全コスト管理やリスク要因分析などが活用可能となる。配電デジタルツインとEAMとが連携することで,配電デジタル保全基盤サービスは三次元のモデル情報に加え,設備を建設した過去の状態から現在の状態,そして将来予測される状態に至る時間軸と,設備投資や保全に掛かるコスト軸とを加えた五次元モデルで情報を管理することができる。日立は発電プラントや送配電設備の分野で,空間三次元設計や四次元での施工シミュレーションなどの技術を長年にわたり蓄積してきた。これらの技術をベースに五次元の配電デジタルツインを構築することで,送配電事業者の業務課題を解決してコスト低減や最適投資計画策定などの経済価値を提供する。

次にこの配電デジタルツインによって配電業務フローをどのように変革させるかについて例示する。新しい配電業務フローのイメージを図3に示す。点群データを含むさまざまなデータソースを基に,配電デジタルツインにおいて経済損失リスク,停電リスク,アセット倒壊リスクなどの種々の観点でのリスクを評価する。評価したリスクやコストをデータドリブンで統合的に判断することにより,むだのない配電業務を実現していく。

図2|配電デジタルツインの一例図2|配電デジタルツインの一例EAMが管理する配電設備データを簡易BIM(Building Information Modeling)モデルで再現したデジタル空間を構築する。現場で捕捉した点群データを重ね合わせることで正確な位置を取得し,デジタル空間にフィードバックする。

図3|配電デジタルツインによる新しい配電業務フローの例図3|配電デジタルツインによる新しい配電業務フローの例まず点群データを含む高精度・低コストな入力ソースを活用し,次に社会/電力潮流/アセット観点でのリスク・コストをデータドリブンで統合的に判断することにより,むだのない配電業務を実現する。

2.2 異業種連携アプリケーション群

図4|異業種連携アプリケーションの例「ビル評価指標予測サービス」図4|異業種連携アプリケーションの例「ビル評価指標予測サービス」不動産デベロッパがビル開発を行う際に,基本設計の前段階における開発計画ビルの評価指標を効率よく予測するサービスである。

前節の配電デジタルツインをコアとした配電デジタル保全基盤サービスは,主として送配電事業者の経済価値を向上させるソリューションである。本節では,その配電デジタルツインと不動産デベロッパや交通事業者など他のステークホルダーの業務システムとを連携して,ステークホルダー単独では解くことが難しい社会課題を解決する機能群である「異業種連携アプリケーション群」について説明する。そのアプリケーション群の一例として不動産デベロッパとの連携例を述べる。

不動産デベロッパは現在,オフィスワークとテレワークが混在する働き方の変革への対応や,環境負荷低減への対応など,考慮すべきさまざまな要因への対応に迫られている。日立は,不動産デベロッパへのヒアリングを通してビルや街区の開発業務の課題を抽出した。それらの課題に対して配電デジタルツインを活用したソリューションアイデアを検討した結果,「ビル評価指標予測サービス」を考案した(図4参照)。これは不動産デベロッパがビル開発を実施するときに,基本設計の前段階において開発計画ビルの評価指標を効率よく予測するサービスである。

不動産デベロッパでは,ビル開発の基本設計の前段階において,調査委託先が多岐にわたり調整コストが大きい,複数項目にわたる複合的観点からの指標評価が難しい,という課題があった。これらの課題は送配電事業者や自治体,地域コミュニティなど他のステークホルダーも関係する課題であるため,不動産デベロッパ単独で解決することは容易ではなかった。

そこで,設計図面やBIMが完成する基本設計の前段階から,計画変数と類似する既存ビルの運用中の評価指標を参照し,計画対象地の特徴を踏まえて補正することにより,開発計画ビルの評価指標の概算値を予測する。ここでいう計画変数は,高さ・延べ床面積・建築面積・階数・テナント数・空調設備数・窓の総面積・各用途(商業・住宅・オフィス・物流など)のフロア数,BEMS(Building Energy Management System)種別など基本計画・基本設計段階で決定される項目を指す。評価指標とは,開発計画ビル運用時の周辺交通量・電力消費量・外観イメージを指し,複合的観点で開発計画を評価する。このサービスにより不動産デベロッパとして,計画が具体化した後の大幅な変更に掛かる修正コストや他ステークホルダーとの調整コストを減らすことが期待できる。また複合的な観点から開発計画を定量的に評価することができる。さらに参照すべき既存ビルを特定し設計者に提示することで,開発計画の方向性を素早くかつ効率的に決定することができる。またこのような調整コストには,ビルの周辺インフラである電力設備に関わる調整コストも含まれるため,送配電事業者としても工事負担金調整コストの減少につながる。

このような異業種連携アプリケーションを複数用意することで,送配電事業者と地域コミュニティのステークホルダーとの連携を促進し,社会全体での最適化を支援する。

3. おわりに

本稿では,事業環境や社会的役割が変化している日本の配電事業を対象に,将来必要とされる配電デジタルソリューションの方向性を検討した。

今後日立は,今回設計した配電デジタル保全基盤サービスを基に,送配電事業者に加えて不動産デベロッパや交通事業者,公共団体など地域コミュニティのステークホルダーと共に協創活動を進めていくことで,個々のステークホルダーの経済価値向上と社会課題解決を両立するデジタルソリューションを創出していく。

謝辞

本稿で述べた配電デジタルツインの開発においては,株式会社日本コンピュータコンサルタントの伊丸岡智史氏をはじめとする関係各位より多くのご支援を頂いた。深く感謝の意を表する次第である。

参考文献など

1)
弓部良樹,外:デジタル技術を活用した配電事業を取り巻く社会の将来像,日立評論,102,2,204〜209(2020.3)
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