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再生可能エネルギーの主電源化に向けて,発電量変動を解消するための調整力としてBESS(電池エネルギー貯蔵システム)が注目されている。系統制約を順守しつつ,BESS寿命担保と所有者の収益性を両立するには,電池の内部状態を診断し,多様な充放電に対する余寿命予測に基づいて運用計画を最適化する必要がある。

日立は,長年にわたり材料からセル,システムに至る電池性能・劣化データを蓄積しており,これを生かした診断・制御の基盤技術として放電曲線解析,これに基づく余寿命診断,容量回復技術を開発した。さらに,診断技術をエネルギーマネジメントへ適用し,需要家の内部調整力を活用したIBRFS(インバランスリスクフリーシステム)を実証した。

目次

執筆者紹介

川治 純Kawaji Jun

川治 純

  • 日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 所属
  • 現在,蓄電池システムの診断技術および設計に従事
  • 博士(工学)
  • 電気化学会会員
  • 電気学会会員

小松 大輝Komatsu Daiki

小松 大輝

  • 日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 所属
  • 現在,蓄電池システムの設計・制御開発に従事
  • 電気学会会員

山内 晋Yamauchi Shin

山内 晋

  • 日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 所属
  • 現在,脱炭素エネルギーの技術開発,ソリューション構築に従事
  • 博士(工学)
  • 電気学会会員
  • 自動車技術会会員

奥村 壮文Okumura Takefumi

奥村 壮文

  • 日立製作所 研究開発グループ 技術戦略室 戦略統括センタ 所属
  • 現在,環境イノベーション事業に関する研究開発戦略の構築に従事
  • 博士(工学)
  • 電気化学会会員
  • 日本固体イオニクス学会会員

1. はじめに

カーボンニュートラルの実現に向け,全世界で供給・消費される一次エネルギー構成が大きく変化している。IEA(International Energy Agency)の試算1)では,現在8割以上を占める化石燃料が大幅に減少し,風力や太陽光などの再生可能エネルギーの主電源化が進むと予想される。再生可能エネルギーの主電源化に伴う系統の不安定化が解消すべき課題であり,天候に依存した発電量の変動,調整力としての火力発電量の減少に対し,代替調整力として大量の電池導入が検討されている2)。電池を用いた調整力として,電気自動車(EV:Electric Vehicle)を系統に接続し電力需給を調整するV2X(Vehicle to Everything3)が注目されるほか,常時系統に接続される安定電源としてBESS(Battery Energy Storage System:電池エネルギー貯蔵システム)の導入が進んでいる4)。EVおよびBESS向けの電池にはコンパクト性や複雑な電力需給への追従性が求められるため,エネルギー密度および入出力密度に優れるLIB(Lithium Ion Battery)が広く用いられ,発電および送配電事業者や需要家向けのLIB適用BESSの市場規模は年率20%超で成長すると予想されている。この市場成長を牽引するには,導入・運用によるBESS所有者の経済的メリットを担保する必要があり,初期コストおよび運用コストの抑制やBESSを介した電力取引による収益性向上が求められる。これらを実現するには,電池運用により低下する性能・安全性を状態診断で常時把握し,運用計画に対する余寿命予測を基に製品寿命と所有者の収益性を両立する電池運用計画を決定する必要がある。

日立は,車載,民生,産業向けのLIB材料・セル開発で蓄積した材料レベルでの電池劣化データおよびナレッジをベースとして,独自の電池診断・制御技術を開発しており,エネルギー4),鉄道5),建設機器6)分野への展開を進めている。本稿では,日立のLIB診断・制御に関する基盤技術を紹介したうえで,エネルギーマネジメントへの適用事例としてEV,BESSを含む需要家の内部調整力を活用したIBRFS(Imbalance Risk Free System)の実証について述べる。

2. LIB診断・制御の基盤技術

図1|日立のLIB診断・制御の基盤技術図1|日立のLIB診断・制御の基盤技術(a),(b)は状態診断を示す。充放電で得られる電圧―容量曲線と抵抗―容量曲線から,電池内の材料劣化を劣化パラメータとして定量評価する。(c)は余寿命診断を示す。劣化パラメータの稼働条件依存性を定式化することで複数の材料劣化を伴う性能変化を予測する。(d),(e)は長寿命制御を示す。劣化パラメータに基づいた電流処理で,低下した電池容量の一部を回復し寿命を伸長する。

日立のLIB診断・制御の基盤技術の一例を図1に示す。LIBは運用(貯蔵や充放電の繰り返し)により,構成材料が劣化し,貯蔵できる電気量(電池容量)の減少や,内部抵抗の増大による入出力時の効率低下を招く。日立は運用中のLIBの電圧−容量および抵抗−容量の相関曲線から材料レベルでの劣化現象を非破壊で診断する技術として「放電曲線解析」を開発している7)図1(a),(b)参照]。この解析では,材料レベルでの劣化現象を示す指標として,図1(a)に示す劣化パラメータに着目している。この劣化パラメータは,図1(b)に示す電圧−容量曲線と抵抗−容量曲線の形状に反映されるため,運用途中に得られる曲線から,各パラメータを同定し,材料ごとの劣化状態を診断できる。このような診断技術については広く検討が進められている8)が,日立の診断技術の特徴として診断対象の多様性が挙げられる。既報9),10)の診断対象は,車載用途で広く用いられる電池種[正極材料にLi(NixMnyCoz)O2三元系酸化物を適用]が主である。この電池種では,容量に対する電圧の変化が顕著であるため診断が容易である一方,長寿命,低価格が志向されるBESSで注目される電池種(正極にレアメタルフリーのLiFePO4を適用)では容量に対する電圧変化が小さく,既報技術での状態診断が困難である。これに対し日立は,容量に対し感度を示す状態量として抵抗に着目し,抵抗−容量曲線も併せて解析することで劣化パラメータの導出を可能としている11),12)。本手法は,需要家や系統内に存在する多種多様なLIBの高精度状態診断への適用が期待される。

また,この手法は単なる診断にとどまらず,余寿命予測に活用できる[図1(c)参照]。運用中のLIB劣化はその稼働パターン(例:温度,電圧,電流の時系列データ)に依存するが,日立の診断技術では稼働パターンと劣化パラメータの相関を個別に定式化することで,多様な劣化反応が混在するLIB劣化を予測できる。これらの特徴により,対象LIBの劣化特性を考慮したBESSの適正設計や,余寿命を考慮したLIB充放電の計画と実行に応用できる。

さらに,近年では材料レベルでの劣化状態を基に,劣化した電池容量の一部を回復させ,電池寿命を伸長させる検討も進めている[図1(d),(e)参照]13)図1(a)に示した劣化現象のうち,リチウムイオン(Li+)の失活はLi+が負極材料内部で滞留し充放電に寄与しなくなることを意味する。通常使用する電池電圧の下限値を超える範囲まで放電し,負極の電位を一時的に高めることで,充放電に寄与しないLi+を引き出し,容量を回復させることができるが,過度な放電による他の部材の劣化や発火リスク向上が懸念される。ここで,前述の診断で得られる劣化パラメータを基に回復条件を設定することで,部材劣化や発火リスクを抑制しつつ,寿命を伸長できることを確認しており,今後システムへの展開が期待される。

3. エネルギーマネジメントへの展開 内部調整力を活用したIBRFS

再生可能エネルギー比率の向上に向け,電力小売事業者は系統安定化のための調整力を保持する必要がある。日立は,電力小売事業者と需要家が連携して自律的に需給インバランスを調整し,インバランスによって生じる需要家の経済損失(インバランスリスク)を解消するIBRFS14)を開発している。その構成例を図2に示す。需要家は設備として,種々の負荷設備(空調設備,照明設備),PV(Photovoltaics:太陽光発電システム),電池システム(EVと双方向充電器,BESS)などを有する。需要家内の各種エネルギーマネジメントシステム(xEMS:x Energy Management System)は,これらの機器稼働情報と受電点の電力消費量を把握し,需要家群のインバランスリスクフリー制御を行う統括EMS(Overall EMS)に送る。統括EMSは,電力小売事業者から入手する電力調達計画量と各xEMSからの実需要情報を基に需給インバランスを判定し,各設備での調整量を決定し各xEMSへ指令する。このように需給調整市場を介さず自律的に応答することで,インバランスに対して高応答性のシステムが構築できる。

一方で,不必要に調整力応答することで設備性能が低下し,その残価値を損なうリスクがあるため,インバランスに対する設備の応答が経済的に優位であるかを事前に判断することが重要である。IBRFSでは,この応答可否を判断する指標として調整力単価を導入している。具体的には,負荷設備に関する調整力単価を駆動に対する電気料金などのコスト,電池設備に関する調整力単価を単位電力量(kWh)当たりの充放電劣化で損失する電池残価値と定義した。この調整力単価とインバランスリスクの比較により調整力として応答する設備を決定する。

BESSの調整力単価の演算フローを説明する。以下の式(1)でBESSの充電方向の調整力単価を算出する。放電も係数が異なるが同様の式構成である。

CbattDR_charge=kcharge(SOC,T)×Cproduct/QRemaining (1)

CbattDR_chargeは蓄電池の調整力ベース単価,kchargeは調整力の活用頻度を向上させるための補正係数でありLIBの充電率(SOC)と温度に依存する。Cproductは製品の現在価値であり,減価償却の考え方に倣い下記式(2)のように,製品の購入費用から使用想定年数まで減少する費用とする。ここでCproduct_iniは製品の購入費用,tLifeは使用想定年数,tproductは現在の製品の使用年数である。

Cproduct=Cproduct_ini(1-tproduct/tLife) (2)

QRemainingは製品寿命までの残電力量(kWh)であり,所定の劣化率に到達するまでの充放電可能な総電力量(kWh)として下記式(3)で演算する。

QRemaining=QLife-Q (3)

QLifeは生涯で充放電可能な総電力量,Qは現時点までに充放電した総電力量である。QLifeは寿命予測式などで使用条件に基づき算出し,前章で紹介した劣化診断および余寿命予測技術の活用でQLifeを高精度に演算することで,所有者の経済優位性を担保できる。

前述のIBRFSの実証のため,研究所内にEVやBESSを含む需要家模擬設備を設置し,調整力単価を判断指標としたインバランス応答を検討した。式(1)で算出した定置型LIBとEVの調整力単価とインバランスリスク(単位:円/kWh)の時系列データを図3(a)に示す。インバランスリスクは2020年度のインバランス料金に対して,補正係数を乗じたものである。ここで補正係数は過去実績値と比べてインバランス料金が高騰した場合を想定したマージンを設定している。このインバランスリスクと各機器の調整力単価の大小に従い調整力としての各機器での応答可否が決定される。蓄電池設備(LIB)の調整力としての入出力応答を図3(b)に示す。(1)において,インバランスリスクが増加してLIBの調整力単価を上回ったタイミングで自動的に調整力としてのLIBへの充電が開始した。一方,充電が進行しLIBの充電率が高まり,電池の劣化リスクが高まることでその充電調整力単価が上昇し,インバランスリスクよりも高くなった(2)の時点でLIB充電が制限された。

以上により,調整力単価演算が正常に機能し,インバランスリスクとの比較により応答する機器が判断されており,調整力単価とインバランスリスクの比較により需要家収益を最大化する運用が可能であることを実証した。

図2|IBRFSの顧客としての需要家イメージ図2|IBRFSの顧客としての需要家イメージ電力小売事業者と需要家が連携して自律的に需給インバランスを調整するシステム,IBRFS(Imbalance Risk Free System)の構成を示す。

図3|IBRFS実証試験の結果例図3|IBRFS実証試験の結果例(a)はLIBもしくはEVの充電と放電の調整力単価,インバランスリスクの変化を示す。(b)は調整力単価に基づき充放電した電力を示す。

4. おわりに

本稿では,LIBを活用したエネルギーマネジメントの一例として,調整力単価とインバランスリスクの比較により調整力としての稼働機器を決定するシステムの実証について述べた。

系統制約や製品寿命を順守しながら所有者の収益を向上するには,調整力単価の根拠となる余寿命予測の対象範囲の広範化および精度向上が重要であり,本稿で述べたLIB診断・制御技術の深化により提供価値の向上へ貢献していく。

参考文献など

1)
IEA, Net Zero by 2050, A Roadmap for the Global Energy Sector
2)
総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会,2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析(中間報告)(2021.5)(PDF形式、4.35Mバイト)
3)
A. W. Thompson et al.: Vehicle-to-Everything (V2X) energy services, value streams, and regulatory policy implications, Energy Policy, Vol. 137, 111136 (2020.2)
4)
Hitachi Energy Ltd., e-meshTM: Infinite insight
5)
永浦康弘,外:蓄電池駆動システムにおける最新技術と展望,日立評論,98,10-11,625〜629(2016.11)
6)
日立建機株式会社ニュースリリース,欧州市場で5tクラスのバッテリー駆動式ミニショベルを受注開始(2022.4)
7)
本蔵耕平,外:リチウムイオン二次電池の容量減少要因と出力低下要因の非破壊診断手法,日立評論,104,2,234〜238(2022.3)
8)
A. Barai et al.: A comparison of methodologies for the non-invasive characterisation of commercial Li-ion cells, Progress in Energy and Combustion Science, Vol. 72, pp. 1-31 (2019.5)
9)
杉山暢克,外:充電曲線解析法を用いた組電池のセルバランス・劣化状態ばらつきの推定,電気化学,89巻,2号,pp. 101〜106(2021.6)
10)
冨永由騎:電気性能発現メカニズムに基づいたリチウムイオン電池性能の劣化推定モデルの構築,電気化学,89巻,2号,pp. 125〜132(2021.6)
11)
西嶋駿,外:内部抵抗特性を用いたリチウムイオン電池の劣化状態診断,第63回電池討論会,3C18(2022.11)
12)
日立製作所,レアメタルを含まないリン酸鉄系リチウムイオン電池の劣化状況を非破壊で診断する技術を開発(2022.12)
13)
日立製作所,リチウムイオン電池の寿命を非破壊で延長できる容量回復技術を開発,(2021.10)
14)
小松大輝,外:需給インバランスリスクフリーシステムの開発,電気学会研究会資料(Web),SMF-22-019-023 スマートファシリティ研究会,pp. 21〜26(2022.9)
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