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COVER STORY:ACTIVITIES1

データの利活用を通じた商用車両のゼロエミッション化促進

英国におけるOptimise Primeの取り組み

ハイライト

英国における世界最大の商用EVイノベーションプロジェクト「Optimise Prime」は,配電網に起因する課題を解決し,各種商用車両のゼロエミッション車への移行を加速することを目的として発足した。過去4年間にわたり,日立は英国の主要なフリート事業者,配電事業者,技術提供者といったパートナー企業を主導しながら,商用EVの利用に関するデータを収集し,電力インフラへの影響を軽減するための新たな手法を検証してきた。

英国全体で本プロジェクトに関わったEVの台数は,当初の目標を上回る8,000台超に上った。配電事業者や自治体は,収集されたデータをEVの充電需要を満たす計画立案に活用することができる。さらに本プロジェクトでは,接続や需要家側がエネルギーリソースを制御できる新たな製品を利用すれば,フリート事業者や配電事業者がコスト効率の高い電化を進められることが実証された。日立はここで得られた知見を基に,フリート事業者が電化を加速できるようサービスを提供していく。

目次

執筆者紹介

Ben Kinrade

Ben Kinrade

  • Hitachi Europe Ltd., Hitachi Zerocarbon 所属
  • 現在,シニアビジネスアナリストとして商用車両の脱炭素化に向けたプロジェクトとソリューションの開発および実践に従事

Colm Gallagher

Colm Gallagher

  • Hitachi Europe Ltd., Hitachi Zerocarbon 所属
  • 博士
  • 現在,チーフデータサイエンティストとして,顧客の大規模かつ最小コストでの商用車両の脱炭素化を支援する,データ駆動型のスマートソリューションの開発に従事

Paula Jach

Paula Jach

  • Hitachi Europe Ltd., Hitachi Zerocarbon 所属
  • 現在,ビジネスアナリストとして複数の商用車両脱炭素化プロジェクトにわたり,EV充電に関する解析業務に従事

Priya Nagra

Priya Nagra

  • Hitachi Europe Ltd., Hitachi Zerocarbon 所属
  • 現在,ビジネスモデリングアナリストとしてOptimise Primeから得た知見を基に,商用車両の電化と運用における脱炭素化を求める企業に向けた実行可能かつ革新的な戦略提供に従事

はじめに

都市の大気汚染は早期死亡の大きな要因となっており,ロンドンでは2019年の一年間で約4,000人が道路運送車両からの排出ガスによる有害大気汚染物質が原因で死亡しているとの推定結果が発表された1)。これに対し,近年では渋滞税や超低排出ゾーンの導入など,ロンドンの大気汚染物質を削減するための大きな政策転換が進められており,さらに,輸送におけるネットゼロ排出達成への国内外の取り組みがこの政策を後押ししている。フリート事業者はこうした要件を満たしながら,企業の持続可能な開発目標を達成するため,新たな車両技術への大規模な移行を進めなければならない。

現在,EV(Electric Vehicle)が利用できる範囲は広がり,商用車両の電化が進んでいる。2017年9月に発足した国際企業イニシアチブであるEV100は,先日,会員企業が運用するEVが40万台を超えたことを発表した2)。一方で,急速なEVの普及に際しては, 自治体,インフラ事業者,配電事業者はEVの成長を支えるインフラを整備しつつ,利用者の負担の管理を求められる。こうした課題の克服には,パートナーシップによるアプローチが必須である。

日立ヨーロッパと日立ヴァンタラは,英国の配電事業者UK Power NetworksおよびScottish and Southern Electricity Networks,主要な商用車事業者である郵便大手Royal Mail,ガス・電力大手Centrica,ライドシェア(相乗り)事業者Uber,さらにリース会社Novuna Vehicle Solutionsなどと提携してコンソーシアム「Optimise Prime」を結成した。本プロジェクトの目的は,大規模なEV運用から定量的なデータを収集しながら,高まる電力需要が配電網に与える影響を抑制する革新的な技術を検証することであった。本プロジェクトの目的については,2020年発行の日立評論 Vol.102 No.2で紹介しているので参照されたい3)。本稿ではプロジェクトから得られた最新の知見と,日立がこうした学びを商用車両の電化ソリューションの開発にどのように利用しているかについて述べる。

EV導入が進む商用車両の現状

Optimise Primeの実証実験では,8,000台を超えるEVからのデータが収集・解析された。これには,Royal MailとBritish Gasが運用する小型商用車からの遠隔測定データや充電データ,Uberのプラットフォームで運用されているPHV(Private Hire Vehicle:プライベートハイヤー車両)の走行データも含まれる。こうしたデータの研究によって,商用車両の間でさまざまな走行パターンが存在することが分かった。British Gasの帰宅車両は,概して配電網への需要が最大となる夕方に充電を開始する一方,Royal Mailの郵便配達車両は,車両基地における交代勤務のシフトパターン次第で,昼過ぎ,または深夜の充電が多かった(図1参照)。PHVの充電は1日を通して見られたが,需要ピークは夜間であった。

新規EVの負荷はすべてピーク時の需要に影響を及ぼし,そのために配電網のアップグレードが必要になると考えられがちであるが,こうしたパターンを把握しておくことで,正確な充電データを用いて配電網の負荷増加の予測を立てることができる。これにより,不必要な配電網インフラのアップグレードを回避でき,結果的に利用者のコストを抑えることができる。

また,これらのデータの解析結果から,車両効率と車両活動の両方の変化に起因する需要の季節変動を特定できた。例えば,British Gasの商用車両では,概して冬期に必要なエネルギーが30%増加し,気温が10℃下がるごとに1 kWh当たりの走行距離が7%減少している。

将来的な需要増については,本プロジェクトで収集したデータとパートナー企業が運用する商用車両の電化計画に基づいて予測した。フリート事業者ごとのこうした予測から,EVへの移行が加速し続ける中で,電力と充電インフラの需要がどのように拡大していく可能性があるのかが明らかになった。

例えば,ロンドンを走行するUberの全車両が電化され,ドライバーが自宅近くでの7 kWの充電を行った場合,ロンドン全域に3万3,600台の充電器を追加で設置する必要があると推定された。一方で,EVバッテリーの容量が増えると日中に必要な勤務中の充電が減り,需要の変化が見込まれる。また,一人のEV採用者からすべてのドライバーへとEVが普及していくと,充電インフラが必要となる場所も変わっていく(図2参照)。

図1│Royal Mailの車両基地における非管理負荷 図1│Royal Mailの車両基地における非管理負荷 負荷のピークは,配電網のピーク時である夕方以外が多い。

図2│2022〜2025年に見込まれるロンドンにおけるEV充電器の設置需要の変化 図2│2022〜2025年に見込まれるロンドンにおけるEV充電器の設置需要の変化

配電網への影響を軽減する新たな技術と商用モデル

図3│ロンドン中心部にあるRoyal MailのMount Pleasant Mail Centreで充電中のEV 図3│ロンドン中心部にあるRoyal MailのMount Pleasant Mail Centreで充電中のEV

充電時間と充電速度を変えてコスト削減や負荷管理を図るスマート充電は,EVの影響を管理する重要な技術と考えられてきた。しかし,コストを最小化するためにすべてのアセットが同一の価格シグナルに従っていると,負荷のピークが増大する可能性がある。つまり,局所的な制約がより大きな問題を配電網にもたらす恐れがあるということである。そのため,配電事業者は負荷に影響を与えるさまざまなツールを用意しておくことが有用である。

日立はロンドン全域で9か所のRoyal Mail車両基地に充電制御システムを導入し,スマート充電を制御したり,促進したりするさまざまな手法について検証した(図3参照)。

ピーク時の負荷を減らした顧客に配電事業者が報奨金を支払うフレキシビリティサービスは,配電網管理において既に使用されている方法であり,大規模で制御可能な産業用負荷が発生する企業で活用されている。日立は,各車両基地で充電中のEVからの予測負荷を集約し,配電事業者にデマンドレスポンスサービスを提供した。1回のサービスで,車両基地で充電中のEVが利用可能な容量が充電制御システムによって削減された。

同じシステムでは,「接続プロファイル」と呼ばれる新たな接続製品とともにEVの需要を管理することで,長期間にわたる負荷の管理も可能になった。これにより,需要制限を30分ごとに変化させ,配電網で利用可能な容量に従ってEV充電の容量を動的に配分できるようになった。配電網インフラが十分に活用されない状況になりがちな従来の固定された容量配分とは対照的である。

Optimise Primeは,フレキシビリティサービスと接続プロファイルの両方で技術的実現可能性の実証に成功した一方で,このタイプのソリューションを設計する際に考慮しなければならない限界も特定された。例えば,小規模の車両基地では充電の量とタイミングの予測が困難であり,フレキシビリティの正確な予測が難しくなる。接続プロファイルでは,ある程度の規模を持つ車両基地でないとEV負荷がバックグラウンド負荷の変化に対応し切れない。さらに,プロファイルは季節変動に合わせて定期的な更新が必要になる可能性がある。

ドライバーの観点と企業が直面する課題

技術的実証実験に加えて,本プロジェクトでは商用車両の電化スピードに影響を及ぼす可能性がある財務面と行動面の要因を分析した。

商用車両の電化スピードには費用対効果分析の影響があるため,フリート事業者,配電事業者,その他のステークホルダーにとって,商用車両を電化する際の経済的側面を理解しておくことは重要である。本プロジェクトの財務モデルでは,電力,燃料,車両の価格変動や政策の効果といった直近の変化による影響を考慮して,フリート事業者が直面するコストを検証している。

フリート事業者がEVへの転換を図るのは,財務面での利益だけを考えてのことではない。環境面や社会的評価面での利益は,事業を従来通り継続できること,ドライバーが新たな労働環境に満足できるようにすることと同様に,考慮すべき重要な事項である。Optimise Primeでは,フリート事業者8社の経営者とドライバーを対象としたアンケート調査を実施し,得られた3,000件を超える回答を基に,EVへの移行について行動的な側面から検証を行った。

調査では,導入,課題と成功要因,ユーザー体験および体験の時間に伴う変化などに関する質問を行った。その結果,EVに対する肯定的な意見が圧倒的多数を占めた一方,フリート事業者がインフラ展開とドライバー教育を計画する際に考慮すべき充電器の利用に関する懸念など,解決に時間を要する問題に注目が集まった。

Optimise Primeの影響

Optimise Primeは,輸送とエネルギーの両領域に及ぶプロジェクトとして,幅広いステークホルダーにさまざまな利益をもたらした。2023年1月,ロンドンで開催されたプロジェクトの完了報告会では,フリート事業者とエネルギー業界から幅広く参加者を招待してプロジェクトの結果を報告し,Optimise Primeに参画したフリート事業者によるパネルディスカッションを実施した(図4参照)。

Optimise Primeは,EVによる配電網への影響を定量化かつ最小化しながら,フリート事業者と配電事業者への価値提案ならびに技術要件の開発をめざした。目標は達成され,プロジェクトでは,スマート充電の導入とフレキシビリティサービスからの収益の定量化によって達成可能な,フリート事業者による大幅なコスト削減の可能性が確認された。膨大なデータセットが含まれるOptimise Primeの結果は公開され,ほかの組織が本プロジェクトの知見から利益を得られるようになっている4)

図4│プロジェクトの完了イベントにおけるパネルディスカッションの様子 図4│プロジェクトの完了イベントにおけるパネルディスカッションの様子

商用車両の脱炭素化に向けた日立のソリューション

日立ヨーロッパの1部門である日立ゼロカーボンは,フリート事業者による電化推進とネットゼロ達成を支援するソリューションの開発を推進している。Optimise Primeから得られた知見,プロジェクトの一環として開発された技術は,顧客が商用車両を経済的に電化できるよう活用されている。一例として,日立は大手バス事業者First Busと戦略的提携関係を結び,スマート充電ソフトウェアを導入して,拠点需要の制御やバッテリー状態の管理を行うほか,First Busのグラスゴー車両基地における充電インフラを他社の商用車両に提供することで新たな収入源を生み出している。日立はヨーロッパ全域で,管理サービスやバッテリーファイナンスに加え,充電およびエネルギー管理ソリューションを提供することにも取り組んでおり,顧客が炭素削減目標を達成できるよう支援している。

おわりに

Optimise Primeでは,データ活用と先進的な充電制御技術によって,配電事業者とフリート事業者の双方に利益がもたらされ,電化コストを削減できる方法が示された。このコスト削減によって企業のEV移行が加速し,環境面で大きな利益が得られる。

日立は,フリート事業者がEV導入を通じて自社の環境負荷を軽減させ,利益を得ることができるよう支援している。今後も,Optimise Primeの知見,および実証実験の一環として開発された技術を活用しながら,ゼロカーボンへの移行を実現するコスト効率に優れたエネルギーとモビリティのE2E(End to End)ソリューションを提供していく。

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