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COVER STORY:ACTIVITIES2

2050年のカーボンニュートラル実現に向けて

GX推進に求められる施策と技術

ハイライト

深刻化する気候変動や地政学的リスクの顕在化など,エネルギーを取り巻く環境は大きく変化している。市民生活や企業活動に大きな影響が生じつつある中,気候変動対策としてのCO2排出量の削減と,暮らしやビジネスの安定化という二つの側面から,エネルギーの安定供給ならびに安全保障を実現するための取り組みが求められている。

カーボンニュートラル実現という大きな目標の達成に向けて,今後どのようなエネルギーの仕組みを整えていくべきか。一般社団法人電気学会の第109代会長を務めた勝野哲氏,国際環境経済研究所理事でU3イノベーションズ合同会社共同代表の竹内純子氏を迎え,脱炭素社会の実現に向けたビジョンを共有するとともに,GXの推進・実行に向けた具体的な取り組みについて論を交わした。

目次

エネルギーを取り巻く事業環境の急変

勝野 哲 勝野 哲
電気学会 前会長(対談時 会長)
中部電力株式会社 代表取締役 会長
1977年慶應義塾大学工学部電気工学科卒業後,中部電力株式会社に入社。執行役員岡崎支店長,常務執行役員東京支社長,代表取締役副社長執行役員経営戦略本部長,代表取締役社長を経て,2020年代表取締役会長に就任。電気事業連合会会長,電気学会会長などを歴任。

山田本日のテーマは2050年のカーボンニュートラル実現に向けたGX(グリーントランスフォーメーション)推進と,そこで求められる施策と技術です。想定外の課題が多々顕在化する中,暮らしやビジネス,経済を安定させるとともに,エネルギーの安定供給と安全保障を確保し,2050年のカーボンニュートラルを実現するためにはどうすればいいのか。日本のエネルギー業界に精通するお二人にお話を伺いたいと思います。

まずエネルギーを取り巻く事業環境ですが,2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻から世界が大きく変わりました。最近の動向を振り返っての感想や今後の見通しについてお聞かせください。

勝野2020年10月,菅前首相が所信表明演説で2050年までにカーボンニュートラルをめざすことを宣言し,続けて2021年4月には地球温暖化対策推進本部が具体的な目標として,2030年度には温室効果ガスを2013年度から46%削減,さらに50%の高みに向けて挑戦を続けていくことを表明しました。これは国としてのコミットメントですから非常に重く,企業・産業界もカーボンニュートラルに向けた取り組みを加速させることとなりました。一方でその前後から,エネルギー業界で言うところの「上流(探鉱・開発・生産)」部門への投資が停滞し,燃料総量が増加しないという状況が続いたため,アジアを中心に需要が伸びていく中でエネルギー価格の上昇傾向が始まっていたところ,ロシアのウクライナ侵攻による影響が重なりました。エネルギーの安定供給とともにエネルギー価格自体の安定も重要だと誰もが実感することとなり,同時に経済安全保障という概念が注目されました。政治と経済が分離できないという国際秩序の変容の中で,われわれの経済社会はわれわれ自身が守らなければいけないということを改めて認識しました。

また,電力システム改革が進められる中で,さまざまな市場開発・市場設計が試みられてきましたが,結果として,稼働率が良くない発電設備の固定費回収が困難となり,一部の設備は廃止されました。至近のエネルギー価格の高騰は,このような燃料需給の逼迫や発電設備の不足といった複数の課題が顕在化した結果であると言えるでしょう。

このような課題への対策として,忘れてはならないのがやはり原子力の再稼働です。安全性の確保が大前提でありますが,エネルギーの安全保障,安定供給,エネルギー価格の安定化の観点から,GXを推進していくうえで欠かせない要素だと考えています。

竹内現在のエネルギー環境に関して最初に3点ほど指摘しておきたいと思います。

第一は気候変動政策とエネルギー政策の思考回路の違いです。エネルギー政策はあくまでも現実的なものなので,計画立案もフォワードルッキング,つまり現状を踏まえて10年,20年先の計画を立てていきます。それに対して,気候変動政策はまさに社会変革そのもので,多岐にわたるイノベーションが必要となります。従来の延長線で考えたのでは大きな変革は期待できないので,バックキャスト,未来のあるべき姿を描いてから逆算して考えます。100年くらいの時間軸があればこの二つをつなげることも可能かもしれませんが,2030年や2050年といった時間軸でつなげようとすると,どうしても段差が生じてしまう。

世界は昨年,第三次オイルショックと言ってもよいエネルギー価格の高騰とウクライナ危機を経験しました。それまで欧州などの各国のリーダーたちの会話における最頻出単語は「気候変動」という言葉でしたが,「エネルギー安全保障」にとって代わられました。しかし昨年,COP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)に参加したのですが,そこに集まった世界各国のリーダーは,気候変動に向けて振った旗を降ろすわけにはいかない。気候変動政策とエネルギー政策の思考回路の違いと,時間軸の違いによって生じるギャップに苦しんでいるとも感じました。

第二に,世界各国が気候変動を自国の成長戦略として捉え,それによって競争優位を獲得しようとする意識が強まっていることです。例えば,米国のインフレ抑制法などは明らかに気候変動関連産業を支援する政策であり,その分野に巨額な補助金を投じることで持続的な成長,さらに経済安全保障を確保するねらいを鮮明にしています。企業もまた,気候変動を成長の機会に変えていくことを戦略的に考えていかなければなりません。

最後にエネルギー政策の観点では,勝野さんがおっしゃった通り,電力自由化・市場原理の導入,再生可能エネルギーの普及,原子力の安全規制の抜本的な見直しなど,多くの改革を同時に進めてきたことへの反省です。これまで日本を含めて世界各国が採った改革の手法では,安定供給に必要な電源投資が進まず,再エネ普及と改革が重なると問題はより深刻になることが指摘されています。改革の結果,いざという時の余裕代を削ることで対応するしかなくなってしまい,安定供給をどう確保するのかという問題が生じています。今までは総括原価方式という投資回収確保策に裏打ちされていたので,民間企業である電力会社が一定程度担うことが可能だったのですが,競争市場においては,いざという時の余裕を削ぎ落した事業者の方が有利です。自由化という改革は,発電設備の確保だけでなく燃料の長期契約にも影響を与えており,民間企業と国のリスク分担の見直しが急務であると思っています。

GX実行会議から見えてくる日本の課題

竹内 純子 竹内 純子
国際環境経済研究所 理事
東北大学特任教授
U3イノベーションズ合同会社共同代表
東京大学大学院工学系研究科にて博士(工学)取得。慶應義塾大学法学部法律学科卒業後,東京電力株式会社で主に環境部門に従事し,独立。複数のシンクタンクの研究員や,内閣府規制改革推進会議,GX実行会議など多数の政府委員を務める。主な著書に『誤解だらけの電力問題』(WEDGE出版),『エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ』,『エネルギー産業 2030への戦略 Utility3.0の実装』(日本経済新聞出版社),『電力崩壊 戦略なき国家のエネルギー敗戦』(日本経済新聞出版社)など。公益事業学会正会員。

山田GXの実現に向けて,日本政府は2022年7月から岸田首相を議長とするGX実行会議を開催しており,12月に基本方針がまとめられました。勝野さんと竹内さんはその構成員として議論に参加してこられましたが,そこで論じられているテーマを少しご紹介いただけますか。

勝野やはり,安定供給メカニズム再構築が大きなテーマとなっています。つまり,カーボンニュートラルの実現に向けては,移行過程においても安定供給を確保できる実現性のある計画がきわめて重要で,非連続のイノベーション技術を組み合わせ,カーボンニュートラルへの道筋を連続的に描くためのトランジションが不可欠です。これに関しては2050年に向けたロードマップ(基本計画,分野別計画)の策定とマイルストーンの設定,エネルギーの供給側と需要側が平仄を合わせて脱炭素化を進めていくことの必要性について,GX実行会議で提言をしました(図1参照)。今後,カーボンニュートラルの実現に向け,省エネと電化が進んでいくものと思いますが,それでも賄えない非電力分野は残るでしょう。そうした非電力分野も含めた脱炭素化を実現していくためには,設備投資を伴いますが,途中で発生する損失などを含めて投資・回収・損失の時系列をどう最適化するか。この最適化を企業や業界,そして国単位で取り組まなければなりません。

電力供給に関しては,再エネの主力電源化と原子力の活用を進めるとともに,トランジションにおいては,需給変動を吸収する火力発電の役割も重要となるでしょう。安定供給を全うしつつカーボンニュートラルを進めていくため,火力発電燃料の低炭素化を進め,ゼロエミッション化を図っていくとともに,そこで確立した低炭素化技術を世界に提供していくことが,今後,日本が進むべき道ではないかと考えています。世界のグローバルサプライチェーンの中で,日本の存在感・戦略的不可欠性をどう確保していくか,経済安全保障の観点からも,戦略的な対応が求められると思います。

そして大きな課題が,先ほども申し上げましたが原子力の活用です。今から本格的に始めなければ,人財・技術・生産体制などの維持が間に合わなくなってしまいます。革新的軽水炉だけではなく,SMR(Small Modular Reactor),高速炉,高温ガス炉,核融合も今から同時に再スタートすることが必要です。研究開発に対して大きな希望や目標を掲げ,産業界みずからが取り組むべき課題だと思っています。

竹内GX実行会議のテーマは前半・後半に大きく分かれていて,前半の論点は主に自由化の再設計と原子力事業の立て直し,後半は投資をどう促進するか,GX投資とカーボンプライシングといったところでしたね。

自由化の再設計に加えて,原子力の必要性についてはほぼ共通認識でした。日本は1億2,000万人以上の人口,製造業主体の産業構造を有する国で,年間1兆kWh近い電力需要があります。その莫大な電力需要を,7割を山林が占める狭い国土で,再エネだけで賄うというのは現実的ではありません。岸田首相が「再エネと原子力」と,「と」で結ぶ形で表現されたのは,重要なメッセージだと感じました。ただし原子力発電の活用には,立地地域との関係や協力のあり方,賠償制度・安全規制の最適化・効率化などを含めた,網羅的な事業環境整備が不可欠で,どうすれば健全な事業・産業として成り立つかという議論を深めなければなりません。

山田さまざまな事象が同時に発生することで,答えが複雑化している状況です。ある方向が良いと思われていたのに,前提条件が変化したことで別の方向が大幅に変わり,結果が変わってしまう。原子力問題はその典型的な例で,かつては規制によって保護された環境の中で安定稼働していましたが,その前提が大きく変わってしまいました。それゆえに状況が変わって再稼働を求められても,制度面で追いつけないのかもしれません。

竹内エネルギー政策に関する全体的な議論が不足していたと感じます。エネルギー政策は3E+S(Energy Security,Economic Efficiency,Environment,Safety)の同時達成と言われますが,結局はトリレンマの中でどこに重心を置くかという問題です。あちらを立てるとこちらが立たない中で,全体を見る視点やリスク管理の意識が不足していたと言えます。全体を俯瞰することが非常に重要です。

そもそも日本は,エネルギー政策に関する選択肢が非常に限定されている国であり,足元でとり得る選択肢には議論の余地があまりありません。エネルギー政策の真髄は,その政策を国民に理解してもらうコミュニケーションなのではないかと思うのですが,これまではそれを回避し続けてきたというのが現実でもあります。

勝野日本にはさまざまな課題がありますが,リソースは限られていますから,優先順位を明確にして,国民のコンセンサスを得ていくことが重要ではないでしょうか。エネルギーだけに限りませんが,特定の事象に対して単に「はい」か「いいえ」ではなく,全体としてどうなのかを考慮する必要がありますね。

図1│カーボンニュートラルへの転換イメージ図1│カーボンニュートラルへの転換イメージ供給側の脱炭素化とともに,需要側でもそれにあわせた構造転換が求められる。需要側と供給側の平仄を合わせたトランジションが必要となる。

デジタルがもたらす社会変化とカーボンニュートラル

山田 竜也 山田 竜也
[モデレータ]
日立製作所 エネルギー事業統括本部
エネルギー経営戦略本部 担当本部長
1987年北陸電力株式会社入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て,2002年日立製作所入社。2014年戦略企画本部経営企画室部長,2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長,2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長を経て2020年より現職。エネルギー関連ビジネスに関する政策提言に従事。電気学会副会長,公益事業学会正会員。

山田竹内さんはUtility3.0という形で,デジタル化が社会に浸透していく世界をエネルギー分野に当てはめて描いたうえで,供給側だけでなく需要側も意識的に参画していくことが重要だと提唱されていますね。

竹内Utility3.0という言葉を聞きなれない方もまだおられるかもしれません。増加し続ける需要を賄うために法的独占体制の下で発展したUtility1.0,需要増加の停滞期に入り効率性の観点が導入された2.0。そして,そこから新たな社会インフラとしての3.0への発展が必要だと思っています。エネルギー産業を変えるというだけでなく,社会インフラ全体を変革していくということです。

エネルギーの文脈で考えると,当面は大規模集中インフラと地産地消型などの分散型インフラが共存することになりますが,大規模集中インフラは国が負うべき責任が大きくなると思います。一方,分散型インフラは産業側や民間が協創を通じて新たな産業を生み出していく,民間の創意工夫が重要になるでしょう。例えば,カーボンニュートラルが国民全体に広がっていかないのは,そもそもエネルギーが「手段」であり,CO2が「行動の結果」であるということに起因していると考えています。行動した結果,ゴミが出るのと同じですね。CO2を出さないように行動を変えることを強要するのではなく,カッコいい,便利,快適で,消費者が「これを使いたい」と感じる商品やサービスを提供し,それを選んでもらうことで結果的にCO2を低減する。これこそが産業の重要な役割だと言えるでしょう。こうした商品やサービスを作るには,エネルギー産業だけでなくモビリティ産業や住宅産業など,さまざまな産業との掛け算で新しい付加価値を提供することを考えていかなければなりません。デジタル化もカギになります。Utility3.0は多様な意味を包含していますが,めざすべき世界の姿はこうしたものだと考えています(図2参照)。

勝野カーボンニュートラルとデジタル技術の活用は表裏一体であり,それに向けた社会変化のポイントとして,(1)経済成長との両立/新たな豊かさの享受,(2)分散・循環型のネットワーク化,(3)生産性向上/多様性創出の三つが必要と考えています。

まず(1)は,カーボンニュートラル実現には間違いなく革新的技術が必要ですが,それをいかに早く社会実装していくかがカギとなります。しかもそれをビジネスとして確立し,経済成長につなげていかなければならない。コストが増えてもそれを適切に社会に反映させ,豊かで安心・安全な生活を享受できるようにしなければならない。そのためには,国際規格・標準化を進めて海外に打って出ることが必要で,その意気込みがなければカーボンニュートラルは進まないでしょう。もう一つ,大きな要素はデジタル化です。今後,エネルギー・通信などの物理的インフラ,教育・医療などの制度インフラは,デジタル化により見える化が進むと考えられます。それらのデータをプラットフォーム化し,産業・生活・社会の変容にどうつなげていくか,サイバーとフィジカルの融合によりどのような新たな価値・サービスを提供していくかが重要となります。バリューチェーンに関わる企業・組織,お客さまが大きく進化していく中で,どのようにビジョンを共有し,コミュニケーションを取りながらアプローチしていくか。それが一つ目のポイントと考えています。

(2)は経済社会の効率性向上と,レジリエンスまたは品質向上を両立するのがねらいです。エネルギーの分散化とモノの循環は,ともにデジタルが支える地産地消型の社会という点で親和性が高く,同時並行的に移行が進むと期待されます。地域によってそれぞれの特徴があるので,やれるところからやっていって,やりやすいからこそ安定して品質も上がるという好循環を重ねることで,全体の高効率化・高度化を図り,レジリエンスを向上させる。こうしたつなぎ方がユーティリティの役割の一つではないかと思います。

最後に(3)について,カーボンニュートラルのような社会変革には多様な人財の創出・活用が不可欠です。具体的には,電化・デジタル化などによる生産性向上で人財の流動性を高め,多様性と新たな価値の創出を図るとともに,必要なリスキリング,リカレント教育のための人財投資によって次世代人財育成のための学校連携・若年層へのアプローチなどを実施する。これらの取り組みを通じて新たな価値創造に貢献し,働きがい,生きがいを感じられる活力ある社会をめざしていくという考えです。以上の三つがすべて,カーボンニュートラルに包摂されているのですね。

竹内カーボンニュートラルという看板の下に,解決しなければいけない社会課題が集約されているように思います。ただ,そのビジョンをどう表現し,伝えていくかという点では,欧米と日本はだいぶ異なるようにも感じますね。例えば,米国のインフレ抑制法や欧州の「REPower EU」などを見ると,具体的な技術やアプローチに関してはそれほど変わらないと思いますが,ビジョンの発信が巧みです。日本でも,カーボンニュートラルの達成に向けて政府が150兆円の投資が必要であるとしていますが,そのためには,ロードマップを軌道修正しながら,より明確なビジョンとそれをリードする旗振り役の存在が必要だと感じます。

もう一つ,分散・循環型のネットワーク化に関して申し上げると,分散型インフラ,分散型ライフラインというものを現実に成り立たせるのは非常にハードルが高いことです。従来のような大規模集中型インフラは,効率性やコストの面では非常に優れたシステムなのですね。

しかし,日本の市場・社会は縮小傾向に入っており,大規模集中型インフラを維持することが困難になる中では,カーボンニュートラルという大きな目標に向け,インフラ機能の代替として分散型・循環型への移行が求められています。そうした観点から考えると,安定供給メカニズムとして危機的な部分は化石燃料を用いて回避するなど,柔軟性を持って対処する必要があるでしょう。この課題については産業界が先行的に取り組み,制度設計を行う行政や官庁に対して具体的な成果を示していかなければならないところだと思います。

山田そこについてはエネルギー事業者だけでなく,当社のようなメーカーも一体となって貢献していきたいところですね。さまざまな実証に挑戦し,技術要件を満たしていきたいと思います。一方で先ほどのお話のとおり,事業性と予見性,それを支える制度という三つの要件がそろわないと社会実装はなかなか進みません。オープンな対話や議論を通じて,お客さまや国民の皆さまの理解を得ることも非常に重要と考えています。

図2│Utility3.0の世界とは図2│Utility3.0の世界とは Utility1.0と2.0の違いはネットワークのアンバンドルであり,3.0はエネルギー供給を超えた新たな社会システムとなる。大規模集中インフラと分散型インフラの並立は当面続くため,両者の健全な発展・維持が求められる。

電気学会という「場」から日本発イノベーションを

集合写真

山田ところで,勝野さんは2022年5月から電気学会の第109代会長を務めてこられました。ここで電気学会について少しご紹介いただけますか。

勝野電気学会は1888年の創設時より,学術と実業,官と学とを結んで,わが国の電気に関する研究の進歩とその利用普及に大きな貢献を果たしてきました。それから今日まで135年にわたり,電気の使用量は膨大に増え続けてきました。通信技術は電気より10年ほど早く普及して,モールス信号から無線通信,長波・短波,光と発展を遂げてきましたが,一方の電気は,かつての1 kWhは今日の1 kWhと質的に変わりません。電気は灯りであり,動力であり,熱であり,エネルギーとして使い勝手が良いので,「つくる,おくる,つかう」ために主として発電・送電技術が発展したのが面白いところです。

電気学会創設の主提唱者である志田林三郎は,1888年に行われた電気学会第1回総会の中で,将来実現することを予測した九つの技術について論じているのですが,中部電力初代社長で電気学会の第50代会長を務めた井上五郎が1967年に書いた手記の中で,志田が予測した技術のうち空飛ぶ車以外は実現していると述べ,将来を予測する楽しさが研究開発につながるのだといったことを語っています。これは電気学会を提唱した志田自身の思いでもあり,さまざまな立場や専門分野を持った研究者や技術者が集う「場」を提供することによって,電気に関する研究の進歩とその利用普及に貢献してきたわけです。

これは現在にそのまま通じる考えだと思います。カーボンニュートラル実現をめざし,さまざまな革新的技術が実装されることによって形作られていく未来社会の姿を研究者・技術者自身が想像し,掲げたビジョンに研究開発の焦点を当てて進むことが今まで以上に求められるのはないでしょうか。

2022年7月に発表した「新グランドデザイン」の中で,電気学会は,「豊かで安全・安心な社会」と「持続的発展が可能な社会」というめざす社会の実現に向けて,知識や意見の交換調整,情報提供などを行う「場」,そして他分野や海外の学会と連携・融合した多様性のある「場」の提供を通じて,社会と産学官が一体となった協創を生み出すことを掲げています。特にカーボンニュートラル実現のためには電気以外の工学系知識はもちろん,人文社会科学系の分野とも連携していかなければなりません。社会全体を変革するという共通意識を醸成するうえでは,企業,学術機関,地域・住民とのコミュニケーションが重要ですし,研究者・技術者の思いをどう伝えていくかも大きなカギになります。

山田130年以上もの長きにわたり,電気に関する多くの知見・知識の蓄積,そして人財輩出に貢献されてきたことに敬意を表します。先般,私も電気学会の全国大会や部門大会に参加させていただきましたが,有識者の方々と共に若い学生さんも多数参加され,活発な議論をされている様子を見ることができました。電気学会という「場」が,多様な世代の方々がさまざまな立場でコミュニケーションできる「プラットフォーム」となっていることを感じました。

竹内昨日,あるシンポジウムに登壇し,「経済の武器化」というテーマで議論させていただきました。平和な時には,エネルギー安全保障の価値に誰も振り向きません。そこに投資が必要だという意識もない。ただ,有事が発生して慌てて対策を採れるものでもありません。安定供給も社会が必要とする価値です。そうした価値について国民理解を醸成することの重要性について申し上げたのですが,そうした意味でも電気学会の社会実装に向けた幅広い取り組み,そして次世代の人財を取り込みながらプロフェッショナルコミュニティとしての存在感を示していることは非常に重要だと思います。

勝野電気学会では,国際規格・標準化に関する取り組みも重要視しています。共通仕様という側面もありますが,今日においてはバリューチェーン,ビジネスモデルそれ自体が標準化の対象となっています。そのような状況を見据えて,電気学会が提供する技術者・研究者の「場」を活用し,日本発のイノベーションを一丸となって育てるとともに,研究者一人ひとりが海外と交流して人脈をつくっていくことが非常に大事になってきています。電気学会では国際標準化に関する産官学の有識者を招き,議論する場をつくるといった取り組みをしています。こうした地道な活動が,さらなる国際規格・標準獲得に向けた一つのきっかけになればと思っています。

山田国内市場の成長が鈍化する中,製品の標準化を進めることは製造コストの面での効果も期待できるのではないでしょうか。さらに海外市場への展開も考えた場合,国際標準化を進めることは重要になってくると思います。電気学会がハブになって,そのモデルが確立されることに期待したいですね。もちろん当社もその一員として貢献できればと思います。

勝野日立はもともとアカデミアに近い基礎研究から,インフラ,家電などの社会実装までを担う総合電機メーカーですから,非常に重要な役割を担っていると思います。社会全体の大きな転換点を迎える今,企業も変わっていかなければなりません。

デジタル化の進展に伴ってサービスが提供する価値が変化し,バリューチェーンも様変わりしています。例えばモビリティはその典型で,ロボットやAI(Artificial Intelligence)が導入され,人を運ぶだけでなくそこで派生するサービスを通じて多様な価値を運ぶMaaS(Mobility as a Service)という形になりつつあり,それ自体が一種のコミュニティ性を持っています。バリューチェーンの中身,レイヤが変わっていく中で,日立には幅広い業容を持つ企業として社会全体の変革をマネジメントする存在になってもらい,社会のための研究開発につなげたいものです。その中で国際規格・標準化を進め,国際競争力,経済安全保障にもつながっていくことを期待しています。

山田ハードウェアも大切ではありますが,テレビにせよ,自動車にせよ,スマートフォンのようにコンテンツやサービスでお客さまのニーズを満たす形に変わってきています。先日,ある情報通信事業の企業の方から「日立は社会をスマートフォンのようにしてほしい」と言われました。街全体をスマートフォンのように,リアルタイムにアップデートできるような社会をつくってほしいという意味です。社会インフラを常に最新に保ち,そこに暮らす一人ひとりが便利に使える形に変えていくのが日立としてありたい姿だと思いました。

勝野デジタル技術を駆使してさまざまなサービスを家庭や社会に提供することが可能になると,それらをどういう形でつなぐのかという課題に応えるバリュープロバイダが必要になるでしょう。分散型/循環型の社会とは,従来の大量生産・大量消費から少量変量,多品種生産・消費に移行した社会であり,さまざまなインフラをつなげるLumadaのようなデータプラットフォームの役割も重要になってくるのでしょうね。

竹内電力会社のようなユーティリティ企業と,日立のようなメーカーは親和性が高いと思います。地域に向き合い,地域から絶対に逃げない存在として電力会社への信頼はやはり大きいですが,今まで地域の方々の生活を高解像度で捉えてきたかと言えば,必ずしもそうではない面もありました。電力会社で勤務した経験からすると,建物に電気を届けるのがゴールでした。一方,社会インフラから家電品まで手掛けるメーカーは人々の生活の非常に近いところで価値を提供してきたはずです。その生活も地域によって特性がある中,どういう付加価値を提供できるかという点で,両者が組むことには大きな意義があるでしょう。GXは社会全体の変革なので,スタートアップも含めてどれだけ多様なパートナーを得られるかが重要だと思います。

山田まずは国内を中心にオープンな協創実績を積み重ねることが,国際標準化にもつながると思います。カーボンニュートラル実現に向けて,これからもよろしくお願いします。本日はありがとうございました。