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ここでは,Hitachi Energy India Limited CTOのAkilur Rahmanが,先進技術に携わるパイオニアやネットゼロ関連の起業家の将来的な育成を念頭に,エネルギートランジションの促進に向けて既存の枠組みにとらわれない考え方を醸成するための産学連携強化,多様性への投資の必要性について述べる。

目次

執筆者紹介

Akilur Rahman

Akilur Rahman

  • Hitachi Energy India Limited CTO

エネルギートランジションのための新たな人財要件

従来,教育機関は学生に知識を授け,学生はそれを産業界の現場で応用してきた。しかし,専門知識の拡充は,実際には,教育・研究機関から産業界,産業界から教育・研究機関へと双方向的に行われるものである。急速に変化する今日の世界において,「時間」は最も重要なファクターであり,それは教育においても同様である。理系教育と企業における実務経験による並行的アプローチは,新たな人財を育成するための理想的な方法と言える。

インド政府は2030年から2070年という長期的視野でカーボンニュートラルの目標達成をめざしている。こうした政府の方針に合わせて,エネルギートランジションに向けた産学連携においては,これまでのサイロ思考に代わる,より広い視野と動的連動による全体論的なアプローチが必要となる。

ネットゼロ経済の実現に向けては,求められる人財も変化する。工学,コンピュータサイエンス,化学,物理学だけでなく,社会学や経済学などさまざまな分野の専門知識の組み合わせが必要となる。今日の若手世代は,自身の専門知識分野にとらわれずに協調や協創を通じて成長することで,知識の相乗効果を生み出す大きな可能性を秘めている。エネルギートランジションの分野では,一流の技術,製品,サービスだけではなく,この新しい人財を多く必要としている。低炭素な未来への道を切り拓くために,業界としてこうした新しい人財を誘致することは私たちの責務である。

エネルギートランジションの需要に応える並行的な教育を,学術機関はどのように実践しているのか。また,いかにして産学で実践的な経験の場をつくり,理系の学位取得や就職に向けた適切な思考やジェンダー多様性を培っているのか。

こうした問い掛けに対する見解を,南アジア有数の工学系の学者の方々に伺った。

  • Iwa Garniwa教授,インドネシアInstitute of Technology PLN学長
  • Reini Wirahadikusumah教授,バンドン工科大学初の女性学長
  • Niels de Boer氏,シンガポール南洋理工大学,Centre of Excellence for Testing & Research of Autonomous Vehicles,プログラムディレクター
  • N Subrahmanyam教授,インド国立工科大学ワランガル校,Department of Electrical Engineering学部長

エネルギートランジションにおける教育・研究機関の役割

学術機関は,気候変動防止の緊急性に関するメッセージを発信し,エネルギートランジションを加速させるための礎となる役割を担う。気候変動防止に関する知識の基礎を私たちに提供してきた大学は,近年のエネルギーシステムの課題についての新たな理解と洞察を深めることで,持続可能な世界のさらなる発展に貢献している。大学は,気候変動を阻止しようとする社会の取り組みにおいて重要なステークホルダーであり,政府から独立した知識の源泉である。さらに,大学は,エネルギー業界における次の技術革新の開拓者となり得る新たな人財の宝庫でもある。現在の学生たちが私たちの2030年度,2050年度,2070年度のCO2目標達成と,よりクリーンな未来の創造に向けて文化と行動を共有することは,極めて重要である。

シンガポール南洋理工大学のNiels de Boer氏は,「技術者にとって最も説得力を持つものは,自身が手掛けるプロジェクトの結果がもたらす肯定的な影響を目の当たりにすることである」と語った。それは例えば,電気自動車におけるリチウムイオン電池システムにより抑制されるCO2排出量の場合もあるし,家庭に電力を供給する太陽光発電設備が生み出すクリーンな電気量の場合もある。

電力システム工学の修士号を持つ筆者自身も,エネルギートランジション業界で働くための技能,自信,動機を学生に与えるうえで,理論と実践を結びつけることが何よりも重要な方法であると考えている。

学生が学習,研究,革新のために最新の技術を身につけ,それを応用するために必要な研究室や研究センターの設立を業界全体で支援していかなければならない。大学は,異なる研究分野を組み合わせることで,結果的に新しい着想を探索するための偏りのない環境を提供する場所であり,実際に新しい技術,プロセス,戦略のための重要な試験台となる独自の位置にある。デジタル化により異なる技術間でさらなる統合が進む中,将来の技術者に学際的な総合教育と技能を提供し,エネルギートランジション業界で働くための準備を整えるために,エネルギー業界は学術機関との強固な連携を必要としている。

一部の機関では,既に産業界との強固な連携の成果が表れている。例えば,次世代送電線網の修士課程を有するインド国立工科大学ワランガル校では,連携先の企業からのフィードバックに刺激を受けた学生たちが就職に関して良好な展望を抱くようになっている。N Subrahmanyam教授は,「本学の学生は自分が進む業界に向けて心構えができ,良い就職の機会を得られていることから,十分な成果が表れていると見ている」と話す。


(左から)Iwa Garniwa教授,Reini Wirahadikusumah教授,Niels de Boer氏,N Subrahmanyam教授

実務経験の提供

近年,南アジアでは,革新的な先端技術による電力システムソリューションの導入が広がっている。オーストラリアのダーウィンからシンガポールまで世界最大規模の4,200 kmの長さのHVDC(High Voltage Direct Current)海底ケーブルを敷き,オーストラリアの太陽光エネルギーをシンガポールに送電するAustralia-Asia PowerLinkプロジェクトはその一例である。インド・ヒマラヤ山脈で開発が進む世界最大規模の太陽光発電所は,9 GWの供給能力をめざし,12 GWhの蓄電システムならびに4 GWの風力発電所と連結される予定である。

こうした開発事例は学生の意欲を掻き立て,結果的に電気工学の限界を押し広げることにつながる。学生のこうした大志こそが,エネルギートランジションの推進には不可欠である。業界が革新的な思考を必要とする分野と学生が気候変動防止に影響を与えられる分野をつなぎながら,学生の目標を後押しする必要がある。大学は,既存の考え方を超えた着想が生まれる場であり,既存の枠にとらわれない実験や研究を通じて斬新なアプローチに挑戦できる。

多くの学術機関が,既に産業界との連携の基盤を築いている。例えば,オーストラリアでは,産学間で再生可能エネルギーに関する多数の共同研究プロジェクトが成功を収め,政府や公共部門,民間部門からの研究投資額は総額で5,400万オーストラリアドルを上回る。こうした資金はサトウキビによるバイオガス生成を含むグリーンエネルギープロジェクトや,太陽光発電の診断システムに関するロボットによるデータ収集方法の調査に充てられた。

また,インド工科大学マドラス校は,同校を通じて育成された起業家向けのスタートアップ企業拠点を運営しており,最先端の大学研究を実業の現場で応用できる革新的なエネルギー関連企業を多数支援している。学生,卒業生,教授陣が企業と共に主導する電気自動車,再生可能エネルギー,省エネルギー機器,太陽光発電,エネルギー管理,耐量子暗号,環境に配慮した建物の冷却,エネルギー貯蔵などの分野において,アイデアが実際に適用されている。

ジャカルタに拠点を置くInstitute of Technology PLNは,インドネシアの国営公益事業会社PLNが直接支援する,工学に重点を置いた大学であるが,同学の卒業生には,学位取得の一環として行う企業インターンシップを通じて得た実務経験に基づく能力証明書も授与される。同学のIwa Garniwa教授は,この緊密な連携の目的について,「学生が産業界において価値ある雇用を得られるようにすることである」と語った。

産学の連携は,教育カリキュラムの刷新を図るための触媒となる役割も果たさなければならない。エネルギー企業は,工学の学位取得をめざす学生の将来の雇用主として,学生のカリキュラムを最新の状況に合わせてアップデートし,研究プロジェクトのテーマを提案することもできる。例えば,国立工科大学ワランガル校の次世代送電線網の修士課程では,産業界からの包括的な意見を反映して,知識・技能に関する新たな要件を満たすようカリキュラムを変更し,次世代送電線網技術やデジタルトランスフォーメーション(DX)に関する新たな研究活動を推し進めている。こうした連携は,学生がパートナー企業においてインターンシップや仕事をする形で実務経験を得る方法に基づいている。これにより,将来の技術者である学生は,潜在的な雇用主に対してだけでなく,新たなエネルギー研究や技術に関する独自のデータに触れる貴重な機会を得ることができる。

「生きた」研究室の設立

エネルギートランジションに関する教育は,カリキュラムの枠内にとどまっていてはならない。多くの大学が,キャンパスの建物やインフラの持続可能性に関する実績を拡充してきている。しかし,大学のCO2排出量削減を実現する「生きた」研究室を学生や教職員に提供するためにできることはまだある。これらは,産学が相互の利益となる連携を深めるための好機である。

国際エネルギー機関によると,インドは2030年までに800億ドル相当の低炭素技術市場を作り出せると試算されており,大学が低炭素キャンパスの設立に多額の投資を行っている。例えば,インド工科大学マドラス校は,最先端の電気バスインフラプロジェクトの発祥地であり,日立エナジーの急速充電技術と,インドのバス製造業者Ashok Leylandの電気バス設計を試験的に導入している。学生も教職員もキャンパス内の移動にこれらの電気バスを使用することで,低炭素移動サービスのメリットを直接経験し,エネルギートランジションに向けた新技術に関する知識を得ることができる。同様の例として,国立工科大学ワランガル校のSmart Electric Grid Laboratoryが挙げられる。Smart Electric Grid Laboratoryは,日立エナジーが設立を支援したもので,分散型再生可能エネルギー資源の次世代送電線網などへの統合に関する新しい研究アイデアを培う場とすることを目標としている。

バンドン工科大学のReini Wirahadikusumah教授は,「ネットゼロに近づけるためには,まず身近なところからCO2排出量を削減する方法を考える必要がある」と主張する。同学では近年,グリーンキャンパスを設立し,敷地を取り囲む森林や植物園が再生可能エネルギー活用に向けたバイオベース素材の使用方法などの実用的な研究室として機能している。

新たな人財の誘致

バンドン工科大学の学生たち

既存の枠にとらわれない考え方を実践し,産業界と結びついた研究の機会を提供する教育・研究機関に重点を置くことは,工学をはじめとしたエネルギートランジション関連の学問について,入門レベルの学生の興味を掻き立てる点でも役に立つ。一方,他の産業部門との厳しい競争とも相まって,有能な卒業生をいかにエネルギートランジション業界に引き付けるかは課題の一つとなっている。私たちの業界にとって,確信を持って既存の考え方を超越し,考え得る限り最善の環境で新しいアイデアに挑戦する若者たちを取り込むことは喫緊の課題である。

また,教育者は学生に対し,ソフトウェアやオートメーション,デジタル技術の開発と適用が進む電力システムやエネルギー工学などの分野にもキャリアアップの機会があるということを教えなければならない。エネルギー貯蔵,グリーン水素,分散型エネルギー資源管理,パワーエレクトロニクス,HVDCなどドメイン固有の技術であっても,ビッグデータ,クラウドコンピューティング,AI(Artificial Intelligence),ML(Machine Learning),AR(Augmented Reality),VR(Virtual Reality),デジタルツイン,ブロックチェーン,サイバーセキュリティなどのデジタル技術であっても,機会は広く存在する。重要なのは,これらの技術は実在し,これらの集大成とも呼べるであろう,エネルギートランジションの目標達成に役立っているということである。

技術だけではなく,技術が社会に及ぼす肯定的な影響も絶大である。国立工科大学ワランガル校のN Subrahmanyam教授は,「経済的発展と社会の成長は,エネルギー部門における電気エネルギーの発展に直接関係している」と語る。電力業界が直面する諸課題に取り組む動機の一つとして,未来の学生達の心に対し,早い段階でエネルギーシステム開発の重要性を伝えていかなければならない。

生涯学習

エネルギートランジション業界への人財の誘致においては,学生だけが対象となるわけではない。転職を考える際に重要なのは,雇用主によって生涯学習やさらなる資格獲得の機会が提供されるかどうかである。企業は,一流の継続教育とキャリア開発を提供することで優れた人財の維持に注力しなければならず,明確かつ目標に基づいたキャリアパス計画を支援し,社員を最新の革新的技術・製品の運用に精通させるための研修プログラムを実施する必要がある。

エネルギーに関する技術は急速に複雑化しつつあり,業界で直接雇用されている者も,次世代の労働者を教育している者も,常に最新の情報を得ておく必要がある。企業は,従業員が重要な技能の向上と適正維持のために必要な研修を受け,高等教育課程に登録するための時間を想定して組み入れる必要がある。職能開発においては,若者のデジタルな思考様式に適合できる新たな教育と,業界で使用されている既存のデジタルソリューションの説明を重視すべきである。これらの人財維持の取り組みでは,学術機関が必要とする実践的な業界経験を提供できる専門家の力を借りることもできる。Niels de Boer氏によると,シンガポール南洋理工大学では既に職業専門家向けのカリキュラムを増強する準備に入っている。同氏はさらに,「テクノロジーの変化はますます加速しており,技術者が常に最新の情報を得ることは困難になりつつあるので,今いる従業員が技能を最新の状態に維持するために,将来的に大学が重要な役割を担うことになるだろう」と語る。

トランジションの中心にある多様性

エネルギーは本来,私たちの世界を動的に統制し保護する,複雑に絡み合った生態系であり,生活全般に関わるものである。そして,持続可能な未来に向けて人間,機械,AIがともに機能する際にそれぞれを結びつける大きな可能性を秘めている。したがって,思考,地理,文化,ジェンダーそして世代の多様性を,職業的環境だけでなく学術研究にも組み込む必要がある。産学は,科学の進歩のための連携および包括性を促進するため,多様性に関して360度の視点を組み込まなければならない。

幸い,エネルギートランジション分野の研究や教育は,既に複数の世代にわたってグローバルな視点を有する学問分野である。しかし,ジェンダー多様性においては依然として遅れが見られる。国際再生可能エネルギー機関によると,再生可能エネルギー業界の労働人口に占める女性の割合は3割程度にとどまる。この数字は,エネルギー業界全体における割合に比べれば大きいが,エネルギートランジションを効果的なものとするには,変化が起きている場所をさらに明確化していくためにより多くの女性の参加が求められる。

工学の学位を取得して卒業する女性の数は増加してはいるものの,依然として少ない。総合大学,単科大学,高校などではより多くの女性の学生に理系の学位を取得することを奨励しており,多くのエネルギー企業では女性従業員の募集・昇進のための制度を実施している。それでも,この問題に関しては産学間でより緊密な連携を取ることで,さらなる改善が見られるはずである。例えば,エネルギー企業は,ロールモデルとなる女性技術者を前面に押し出し,若手女性技術者と指導的立場にある女性とを結びつけるメンター制度などに力を入れるべきである。

女性の学生や従業員を誘致し,維持するための取り組みを開始している企業や教育機関は増えているが,それだけではまだ十分とは言えない。女性の学生に対して工学課程を選択し,学びを継続する動機付けをし,これを支援するところから変わり始めることが必要である。例えばインドでは,日立エナジーをはじめとした組織が学部課程向けの[Women in Engineering(工学分野の女性)]プログラムの一環として,地方出身の女子学生を支援している。同プログラムでは,女子学生に対してキャリアの形成をサポートしたり,あるいは業界での雇用を獲得するための教育支援,教材,コーチ指導,メンター制度,高等教育機関における夏季講習を提供したりしている。

オーストラリアでは,シドニー工科大学が支援するWICEF(Women in Climate and Energy Fellowship:気候・エネルギー分野の女性に対する奨励金制度)において,クリーンエネルギー・気候関連技術のスタートアップ企業を立ち上げる際の支援の一環として,女性起業家がワークショップやメンター制度を利用できる仕組みを用意している。

エネルギートランジション業界へより多くの女性を誘致するためには,若い女性たちに対して,大学や学校で理系の学位や科目を選択するよう働きかけることが重要である。これを実現するには多くの場所で,克服すべき根深い社会的思考様式の変化が求められる。

女性の上級職の雇用を増やすことも,大学にとって大いに効果がある。バンドン工科大学では近年,Center for Research on Energy Policy(エネルギー政策研究所)所長であるDr. Ir. Retno Gumilang Dewi(M.Env.,Eng.Sc.)をはじめとする4名の女性が研究センター長として任命された。これは,より多くの機関が後に続くべき一歩である。

おわりに

産学の結びつきは,エネルギートランジションの未来に向けた重要な礎である。教育機関は古い考え方を一新し,エネルギー技術革新の限界に本格的に挑む新たなアイデアの試験場である。私たちは,低炭素世界実現のための最新のソリューションを作り出すために,従来の技術的・経済的・社会的な考え方を変えていく必要がある。学術・研究機関は,エネルギートランジションを次のレベルに引き上げるための新たな人財を育成する重要な役割を果たしている。産業界は,強固な連携を通じて,創意豊かな実験の土壌を提供することにより,これを支援しなければならない。

エネルギー業界は従業員に対し,エネルギートランジションの課題に取り組むための協調的アプローチに向けて生涯学習の機会を提供する義務があり,本質的に教育と関連している。エネルギートランジションを進めるうえで一貫して必要なのは,多様性への投資である。産学は,ジェンダーや考え方,年齢などの多様性に関して360度の視点を持たなければならない。そのためには社会的思考様式の変化を促進するための助けが必要である。エネルギートランジションを真に成功させる方法は,多様な見解の協調,理解をおいて他にはない。

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