日立評論

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執筆者紹介

広井 良典

  • 京都大学
  • こころの未来研究センター 教授
  • 千葉大学法政経学部教授,マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て2016年より現職。専攻は公共政策,科学哲学。『定常型社会』,『死生観を問いなおす』,『ポスト資本主義』など著書・共編著多数。

目次

歴史から見る社会イノベーション

今日,社会課題の解決に向けて企業が担う役割への期待が高まっている。この傾向は俯瞰的に見ると,市場と国家,企業と政府,個人と組織など,「私(Private)と公(Public)」という二元論的な社会のあり方が限界に達していることの現われと言える。従来,市場では企業や個人が利潤最大化を追求する一方,その結果として生じる格差・貧困や環境破壊といった問題への対応は政府が担ってきた。しかし社会の成熟に伴ってこの構図が崩れ,市場や企業の行動原理それ自体の中に公共性・社会性を埋め込むことが強く求められるようになっている。

この「私と公」の関係性を歴史的に見ると,その変化は近代社会の歩みと表裏一体であり,時代状況を反映している。資本主義が本格化する17世紀初め,1600年に東インド会社が設立された翌年,エリザベス女王により救貧法が制定された。これは市場経済の拡大から生まれる貧困に対し事後的に給付を施すというものだ。続いて19世紀には産業革命を経て,工業化が進むと貧困・格差の問題が一層深刻化し,ドイツではビスマルクが世界最初の社会保険制度を施行した。さらに20世紀に入ると,1929年に大恐慌が起こり,大量の失業者が発生する。その解決策として社会主義陣営が国家による計画経済を提唱したのに対し,資本主義の救世主として登場したのがケインズで,公共事業や社会保障を通じて政府が雇用や需要そのものを作り出せるとした。これが20世紀後半,西側諸国の基調を成したケインズ型福祉国家で,それは“資本主義の黄金時代”を招来したとされている。ところが21世紀初頭にはリーマンショックが世界を震撼させた。その後,景気は回復したものの,世界経済は長期停滞の傾向を示しており,経済格差の拡大を憂慮する声は少なくない。

以上のような資本主義の大きな流れを振り返ると,「市場と政府」の二元論をベースとしつつ,次第に政府ないし国家が市場への介入を強め,経済成長や格差の是正等を図ってきたが,そうした二元論的枠組み自体がある種の根本的限界に達していることが浮かび上がってくる。

こうした歴史的変遷を踏まえてみると,今後は「企業が利潤最大化をめざし,その市場拡大から生じる問題を政府が事後的に修正する」という構造ではなく,企業行動そのものの中に利潤最大化とは異なる要素を埋め込む」という方向が重要となる。言い換えれば,「私と公」という二元論に「共」すなわち共同体・地域(Community)という論理を加えるということにもつながる。かつての農業社会で「農」とは農村共同体にほかならず,「共」が社会の中軸となっていた。それが「私と公」ないし「市場と政府」に分かれ,成長が図られていったが,これからは「公・共・私」の三者がクロスオーバーしていくのだ。

また見方を変えると,これは「資本主義・社会主義・エコロジー」の三つの融合と捉えることもできる。限りない拡大成長を追求してきた資本主義と,国家の経済統制による社会的問題の解消を唱えた社会主義。20世紀を通して対立した二つのイデオロギーだが,いずれも地球環境・資源の有限性という自然からの視点を欠いていた。かつて経済人類学者のカール・ポランニーは人間による経済活動を「交換・再分配・互酬性」という三要素から定義した。大きくは「交換」は市場,「再分配」は政府の役割で,「互酬性」は共同体・地域やエコロジーの視点とつながるが,今後これらはクロスしていき,それが社会イノベーションを牽引していく企業と重なるだろう。

何のために「技術」を使うのか

組織,人財,資金など,企業が培ってきた資産は数えきれないが,社会イノベーションにおいて期待を集めるのは「技術(Technology)」の蓄積に尽きる。そして今,改めて問われるのはその技術を何のために使うのかという「目的」である。

技術はこれまで主に経済成長のためのドライバーという役目を果たしてきた。特に19世紀後半の工業化以降,国家主導によって膨大な研究投資が行われ,その恩恵として私たちの暮らしや社会は飛躍的に豊かになった。経済成長が長らく社会的要請でもあり,技術はそれに応える形で進歩・発展してきたのである。

しかし,気候変動などの地球環境問題に直面するとともに,先進諸国では需要不足による成長率の鈍化,長期停滞の傾向が顕著である。また日本はすでに人口減少のフェーズに突入したが,世界の大半の国もこれから遠くない将来,高齢化・人口減少という新たな時代の局面を迎えることになる。社会は成熟し,人々の意識や価値観が大きく変わる中,そもそも何のための技術かを根本から考え直す必要がある。

そこでヒントになるのが,共同体・地域やエコロジー,互酬性といった視点,価値観に根ざした社会イノベーションである。そのために技術をどう使うかは新たなテーマとなるが,ここで日本ならではの強みを発揮できるのではないか。

日本はアジアでいち早く近代化をなし遂げ,戦後の高度経済成長により1980年代,ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた。その後,失われた数十年を経て世界に先駆けて急激な高齢化・人口減少を体験している。良くも悪くもフロントランナーとして世界全体の変化を先駆的または集約的に体現する存在であるとともに,地政学的に見ても東と西,北と南を結ぶ位置にあり,文明の架け橋になりうるはずである。

最近の学生などを見ていると,決してすべてではないが,社会貢献意識を持つ学生,若い世代が増えていると実感する。加えて,「ローカル」や「地域」ということに関心を向ける若者が増えており,地域の課題に取り組む小単位の社会イノベーションの事例も出始めている。人口減少社会への移行期にある今,かつての高度経済成長期とは一線を画した若い世代のある種の“ゆるさ”が新たな創造力へとつながる可能性に期待したい。

思えば,日本型経営の原点は渋沢栄一の『論語と算盤』であった。さらに遡って江戸時代に地域再生コンサルタントとして活躍した二宮尊徳も「経済と道徳の合致」を唱えていた。このように日本型経営では「経済」と「倫理」がつながっていたが,1980年代頃から金融資本主義などの流れが加速する中で,両者が分離していった。しかし近年,経済と倫理が再び融合する流れが出てきており,実際,ソーシャルビジネスに取り組む若い世代が語る彼らの理念にはかつての日本の経営者の残した言葉が響きあう。社会イノベーションは日本では目新しいものではないのである。しかしそれは単純な過去への回帰ではなく,めざすべきは新たな技術を駆使して実現する「懐かしい未来」に違いない。 (談)