日立評論

資本主義の課題と倫理の重要性

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日立評論

執筆者紹介

小泉 英明

  • 日立製作所 名誉フェロー
  • 日本工学アカデミー 上級副会長
  • 日立製作所にて環境・医療などの分野で多くの新原理を創出し社会実装した。
  • 中国工程院外国籍院士はじめ世界各国の研究機関や財団のボードを多数兼務。理学博士。

目次

資本主義の課題を乗り越えるために

資本主義のあり方が問われている。この傾向は10年前のリーマンショック以来,特に顕著になってきた。ピケティの『21世紀の資本』がベストセラーになったのも記憶に新しい。世界的な経済格差の広がりを懸念する声が高まる中,国際NGO「オックスファム」から衝撃的な報告書が発表された。経済的に恵まれない世界人口の下位半分(約38億人)の資産総額(約1兆3,700億ドル)を米経済誌フォーブスの長者番付と比較した結果,上位26人の資産合計とほぼ同じだったというのだ。また,下位半分の財産が対前年比で11%減少したのに対して,超富裕層約1,900人の財産は1年間で12%増えていたとするデータも明らかにされている。格差そのものもさることながら,最貧困層の子どもたちが飢餓によって死亡する悲惨な状況は依然として改善されていないのである。ユニセフによると,今でも8億2,100万人もの人々が飢餓に苦しんでいるという。この事実は,私たちが生きる社会のあり方,特に現在の経済のあり方を根底から問い直すものであろう。

「資本主義の父」アダム・スミスは,その著『国富論』において市場の調整機能を「神の見えざる手」と呼び,それによって富の最適分配が実現するとして,市場の自由競争を肯定したが,前著『道徳情操論』では,本来,人間に備わった資質として共感性や倫理の重要性を説いていた。すなわち共感性に基づく公平なルールや道徳を共有することが,個人の欲望を原動力とする自由競争で「見えざる手」が働く前提条件としていたのである。現実にはルールや道徳よりも動物的な欲望の力の方が強く,利己的な経済活動が市場を支配しがちだ。だからこそ私たちは常に意識的に倫理に立ち返って価値判断を下す必要がある。経済格差や貧困は倫理的に決して看過できない問題なのである。また,私たち日立グループが社会イノベーション事業をグローバルに推進するにあたっても,見えないところで,これらの問題に関与している可能性があることを十分に考え合わせなければならない。

脳科学が解明する倫理の重要性

かつてノーベル経済学賞を受賞した世界的な経済学者に,経済格差や貧困の広がりについて今日の経済学はどう考えるのかと質問し,当惑されたことがある。曰く,経済学は経済活動のみを対象とした学問であり,それによって社会にもたらされる影響や結果について考察するものではないと。この答えに筆者は言葉を失ったのだが,経済学から解決のヒントを得るのは難しいということが理解できた(A・センやジョセフ・E・スティグリッツのように真摯に向き合う経済学者は例外だが)。一方,脳科学の進歩はめざましく,経済活動に関する人間の本性についても多くの知見を示している。例えば,快・不快という,生物に備わっている最も基本的な情動は,進化のプロセスの中で種が生き残る確率を高めるための生存戦略として獲得されたものと考えられる。快を司っている脳機能は報酬系にあり,生物を行動に駆り立てる欲望の源泉でもある。快の方向に進むことによって生存確率が高まるのに対し,不快は恐怖をもたらし,本能的にリスクを回避するように働く。恐怖を司っているのは扁桃核だ。欲望と恐怖を巡るメカニズムは,原始生物にまでさかのぼることができる生物の基本法則と考えられるが,世界規模にまで拡大した今日の資本主義を考えるうえでも重要な示唆を与えてくれる。

脳科学が明らかにしたのは,報酬系のメカニズムに留まらず,共感性や利他性といった従来,文化的な産物だと考えられてきた高度な人間感情も,進化の過程で生存戦略の一つとして獲得された先天的な資質だということである。共感性の一部は動物にも見られるが,同情(Sympathy)とは人間のみが持つ感情であり,これによって集団行動を取ることで身体的な劣位を補って人類は今日の繁栄を獲得するに至ったと考えられる。動物生態学などの研究でも多くの種で利他的行動が観察されているが,人間社会では倫理という文化の形で共感性や利他性が組み込まれているとも言える。

工学・技術に不可欠な倫理という視座

今日,倫理に対する意識が世界的に高まってきているのを実感する。多くの国際会議に出席し,倫理の重要性を訴えると期待以上に強い関心が寄せられる。今やグローバルな注目課題の一つである。大きな契機となったのは,AIやIoTに代表される革新的なデジタル技術の出現であろう。膨大なデータを現実社会の最適化に活用する際には,倫理に基づく基準や規制が求められる。しかし倫理とは本来,工学・技術と社会のあるべき姿を考えるうえで欠かすことのできない普遍的なテーマなのである。

科学(Science),工学(Engineering),技術(Technology)という言葉の語幹「sci-」「gin-」「techno-」は,それぞれ「分ける」,「生み出す」,「自然を真似る」という意味の古代ギリシア語に由来する。ここで特に注目すべきは「人工物を自然界に生み出す」工学であり,次いで芸術(Art)と同じ語源を持ち,「自然を真似て(人間が)作る」という意味の技術であろう。ITを含め,人間が作り出した人工物が人間あるいは地球にどのような影響を与えるかを常に問いながら,必要に応じて事前に対策(Assessment)を講じなければならない。

こうした文脈においても工学・技術の発展には倫理という視座が不可欠であると考え,筆者は世界各国の工学アカデミーや,バチカン・フランス・英国他の科学アカデミーと連携し,科学的知見に基づく新しい倫理の確立に取り組んでいる。日本工学アカデミー(現会長:阿部博之元東北大学総長・元総合科学技術会議議員)は,創立以来30年,日本の代表組織として国際工学アカデミー連合に加盟し活動してきた。昨年は,STSフォーラム※1)の工学アカデミー会長会議にて,工学倫理と工学教育に関する「京都宣言」※2)を発信した。

サイエンス・エンジニアリング・テクノロジーの相互関係

※1)
NPO STS forum
※2)
AEPM Kyoto Declaration
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