日立評論

これからの社会と幸せの真実(2)

「心の資本」の時代

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日立評論

執筆者紹介

矢野 和男

  • 日立製作所 フェロー
  • 1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し,ナノデバイスの室温動作に道を拓く。2004年から世界に先行してビッグデータ収集・活用分野を牽引。論文被引用件数は2500件,特許出願350件を越える。博士(工学)。IEEE Fellow。2014年上梓の著書『データの見えざる手』が2014年ビジネス書ベスト10に選出(BookVinegar)。

目次

周りとの関係性に自分が責任を持つ

先日,私の周りで仕事上のある問題が起きた。関係者が4人いて,全て私が信頼している人物である。一人目にヒアリングすると,それは別の人が勘違いしたからではないかという。ところが,その別の人にヒアリングするとそのようなことはしていないし,そのような疑いを持たれるのは心外だという。さらに残りの2人にそれぞれヒアリングすると,それぞれが違うことをいう。4人をヒアリングしてみて初めて私にはわかった。真実は,4人の話しているどれとも違うことに。まるでアガサ・クリスティの小説のような展開である。

4人とも,私の質問に誠実に答えてくれた。ところが,よく聞いてみると4人とも,部分的な情報しか持っていないので,自分が知らないところを推測で理解していたが,その推測のどれもが結果的に見ると違っていたのである。4人全員が自信を持っていたのは,自分はその問題の原因ではないこと。したがって,その原因は他の人にあるということであった。

これこそがコミュニケーションが必要な理由なのである。しかも,実験と学習によって未知の可能性を追求するとき,このような複雑で,各自の情報では的確にできない判断が次から次に必要になるのである。この各人の持つ情報や知識のギャップを埋めることが常に必要になる。

このようなギャップを前にしたときにどうすればよいか。この態度には,大きく分けると二つしかない。自らがギャップを埋めることに責任を持つか,その責任を周りに押しつけるかである。

前者を私は「協創」(Co-create)と呼ぶ。後者は二つの形態として表れる。一つは,相手に無条件に従うもので,これを「追従」(Follow)と呼ぶ。他方は,相手を疑い,うまくいかなかった場合の原因を相手に押しつけるもので,これを「懐疑」(Skeptical)と呼ぶ。実は,「追従」と「懐疑」のいずれも周りに責任を押しつけるという点では変わらない。

必要なのは常に「協創」である。周りとの関係性に自分が責任を持つという姿勢である。それ以外の「追従」も「懐疑」も,組織と社会を壊す病気なのである。

しかし,人間という生き物は知らず知らずのうちに追従や懐疑に囚われて,周りに責任を押し付けてしまうものである。いかにすれば,その誘惑に抗い,自分が責任を持つという姿勢を取ることができるのだろうか。

その鍵は,抽象的かつ主観的になりがちな,この人間社会の理解に,より定量的,科学的なアプローチを取り入れ,よりよい社会を科学的につくることである。我々は,過去13年以上にわたり,大量の人間行動データを多様な対象について計測することで,よい状態の集団には,身体運動に明確な特徴が現れ,それはセンサーにより数値化できることを見いだした。ここでよい集団を特徴づけるもの,それこそが「幸せ」である。我々はテクノロジーを使って,「幸せ」はセンサーにより数値化できることを発見したのである。

さらにデータが明らかにした重要な事実が,自分一人では,幸せにはなれないことである。「幸せ」とは,周りとの相互作用の中で生まれる現象であることが明らかになったのだ。幸せは周りと「よい人間関係がつくれるか」によって決まり,幸せを高める最も有効な方法は,周りとよい関係をつくることなのである。これこそが「協創」である。この意味で,自分が関わり合う人々(顧客,同僚,上司,協力者他)の幸せをつくり出す協創活動に一人ひとりが貢献する必要があるし,その責任を一人ひとりが担っているのである。我々は,周りとよい関係をつくる責任がある。そしてこれは,社会全体の幸せや経済的な繁栄の中核にある営みなのである。

「心の資本」から協創の意義を考える

ただし,「協創」は主体的,能動的な行為であるが故に,エネルギーが必要である。決して「楽なこと」ではない。重要なのは,この協創という主体的,能動的な行為を通じてこそ「持続的な幸せ」が得られ,同時に生産性も高くできることである。したがって,「持続的な幸せ」は,刹那的なうれしさとは全く異なるものであり,むしろ真逆とも言えるほどである。工夫し,挑戦することで「決して楽ではない道」を選ぶことで,我々は持続的な幸せが得られるのである。

心理学的には,このような「持続的な幸せ」の背後にある,共通の要因が研究されている。それがフレッド・ルーサンス教授が提唱し,多数の科学的な研究によって裏付けられた「心の資本」(Psychological Capital)という概念であり,数値指標である。この「心の資本」が問題にするのは,持続的な幸せに関係する要因の中でも,我々が「訓練や学習によって高められる要因」である。我々が意識的に変えられる部分に注目しようというのである。膨大な心理学や経営学の文献を調査した結果,「心の資本」は,以下の四要素から成ることが明らかになったのである。一つは“Hope”であり,自ら道を見つけることをいう。第二は“Efficacy”であり,自信をもって踏み出すことをいう。第三は“Resilience”であり,困難にも立ち向かうことをいう。第四は,“Optimism”であり,複雑な状況を,ポジティブなストーリーとして捉える力をいう。この「HERO」(という省略形もうまくできている)が「持続的な幸せ」と「パフォーマンス」の最も根源にある資本なのである。

この「心の資本」があってこそ,周りとよい関係をつくり,それに自らが責任を持つという困難な仕事に立ち向かえるのである。人が考えていることも,人がどんな経験をしてきたかも,原理的には知り得ない。断片的な情報が得られるだけである。その中で,自ら道を見つけ,前に踏み出し,そして,自他の違いや誤解に対してもひるまず立ち向かい,自らの意志で複雑な状況をポジティブなストーリーとして捉えて進むことが必要なのである。そして,そのようなことができる人や組織は,幸せで生産性が高いのである。しかも,この「心の資本」は,学習したり,訓練を受けたり,経験を積むことで高めることが可能なのである。我々は,もっと意識的に「心の資本」を高める仕組みを社会に構築することが必要である。

子どもの頃,私は,母親にことある毎に「為せば成る為さねば成らぬ何事も」と言われた。妻に聞くと,彼女も同様だったという。私たちが育った1960年代から1970年代,多くの親は,この言葉を子どもに言い聞かせてきたのだと思う。この「為せば成る」は前述の「心の資本」(=HERO)と重なるところが多い。その当時は,今と比べて,物質的には決して豊かではなかった。しかし,豊かな「心の資本」に満ち,HEROが多かったのかもしれない。このような考え方は,豊かになるにつれて「精神論」や「根性論」と一蹴され,急速に薄れていった。短絡的な「精神論」や「根性論」と,この「心の資本」は明確に区別されるべきである。そして,この「心の資本」を蓄積することは,社会の変化が加速する中で,今後ますます必要になると予想される。

これからの社会で大事なのは,あらゆる人が「実験と学習」を実践する「探索者」となることである。それはあらゆる人が「HERO」になることである。これにより,最大の社会課題である,知識労働者とサービス労働者との「階級闘争」を超えていくことができる。それは意外にも,この40年,我々が忘れかけた「為せば成る」を今の時代に思い出すことではないかと思うのである。

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